蜜柑とアイスの共存

それでも君は輝いて



「ありがとうございます、またわからないことがあったら教えてくださいね!」
軽く会釈をして去っていく生徒にうなずき見送った。授業で使った、刃を潰した剣を元あったところへ立てかけると、刀身はきらりと自身の姿を映した。そこで、改めて髪の色と目の色が変質していることを自覚する。改めて、と言ってもかがむときに襟足が視界を過ったりと、今日だけで数度と確認しているはずなのだが。クラッセ内外問わず会う生徒に驚かれるのは流石になれたが、約二十年付き合い続けてきた己の髪色がまさか白以外に変わることがあろうとは考えもしていなかった。
「……いや、緑青色から薄緑に変わったのは、退色という意味では当たらずとも遠からずなのでは」
剣に映る自身をじいと見つめながら、そのうち白髪になるのかもしれない。そう思った。ちょっとばかり早い気もするが、リシテアやエーデルガルトも白髪である。理由が理由なのだし、ありえないことはない。
「……緑青色、か……」
濃い緑、と称さなかったのは、昔の記憶を思い起こしたせいだろうか。まだ自分が傭兵として働き始めたか、そうでないかの頃。ジェラルトに連れられた先でのことだ。

――

「君の髪色は綺麗な緑青色だね、見ていて落ち着くよ」
「……緑青、色?」
「ああ」
鍛冶屋に獲物の修繕に出し、父は買い出しに行くだかでそのまま待機を任務として言い渡された時の事だった。鍛冶屋見習いだと名乗ったその人物は聞き返した自分ににっかりと笑った。
「緑青はね、まさに君の髪と同じ色をしていて、銅剣なんかをほっとくといつの間にかついてるんだ」
「……さび?」
「そうそう、錆の一種……ってああ、ゴメン、それだけ聞くとあまりいい印象はないよね。緑青っていうのは他の錆と違って、中身を守ってくれるすごいヤツなんだ」
「……?」
「フフ、よくわからないって顔してるね。……こっちは鉄の剣。これが錆びてるの、見たことある?」
問われたのでこくりとうなずいた。
「傭兵団の人が……手入れを忘れてたって」
「あっはは、それは大変だ。それで、こっちは青銅の剣。この隅のところ、君と同じ色をしているの、わかる?」
「……うん、似てる……」
「ふふ……武器や防具を錆びさせるのはご存知の通り良くないんだけど、これが例えば像になってくると話は変わってくるんだ。この剣にできた錆を……そうだな、例えば王様の像の一番外側に塗りつける。するとどうだろう、どんな天気になってもどれだけの時が立っても、王様の像は威厳を保ったままでいられるんだ」
「……」
「緑青は腐ることを防いでくれるんだ」
「……じゃあ、肉やパンに塗りつければ……」
「あ~……それはちょっと……味が……」
「味……」
「あれ、あまり味は気にしない質? 味だけじゃなく食べても無害とは言えないから、食べ物に使うのはあまりふさわしいとは言えないね……」
「ダメなのか」
「うん。しない方がいい」
「そっか……」
「そうそう。ま、そんな感じだから……君みたいな色はなんかいいなーって思うわけ」
そう、と相づちを打つと、その人は強くうなずいた。反応が薄くて子供っぽさがないという評価を受けがちな自分に特に気にした風もなく、言いたいことは言ったとでもいいたげに再びにっかりと笑い、懐から焼き菓子を取り出しこちらへ渡す。
「これ、あげる。あとで君の父さんと一緒に食べなよ」
緑青に浸すのはナシだよ、そうウインクを残して、その人は鍛冶場の奥へと戻っていった。

──

まだ幼かったとはいえ、大分おかしな返しをした記憶も一緒によみがえってきた。余計なことまで思い出してしまった……と多少の羞恥心にむずがゆくなりながら、髪を一房つまんでみる。かの人が今の自分を見たら、他の生徒と同じように驚くだろうか。
この大修道院に来るまで、ものごとにたいする執着やこだわりは全くなかったため、あの人物と出会ったのがどこの街だったのかすら思い出せない。おそらくこれから会うこともないだろう。ただ懐かしい気分に浸っていた。
やがて、訓練場の外から生徒のにぎやかな声が聞こえてきた。自主訓練にきた者たちだろう。彼らは自分に気がつくと手を振って駆け寄った。それに応えるために、自分も彼らの方へ向き直った。


2019/08/27


メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで
現在文字数 0文字