蜜柑とアイスの共存
ルミール村の少年
「あ、先生!」
黒い影を見つけて思わず声をかけると、先生は足を止めて振り返った。先生――といっても、僕の先生ではないんだけど。その人は、元はルミール村で傭兵として働いてくれていたジェラルトさんの子供で、かつジェラルトさん率いる傭兵団の一員だった。いかつい武器を軽々と操り山賊を倒す彼らはとってもかっこよくて、僕だけじゃない、村の子供達は彼らによく構ってもらっていたのだ。
先生は半年ほど前に山賊に襲われていたルミール村を助け出してくれたあと、その腕を買われてガルグ=マク大修道院に付属している士官学校の先生になった。だから、先生。
そして、なぜ僕が件のガルグ=マク大修道院にいるかというと、そのルミール村で事件が起こってしまったからだった。
「君は……」
僕が先生を見上げていると、先生は僕の目線に合わせてしゃがんでくれる。
「君は、無事だったんだね」
確かめるように僕の頬を包み込む先生。表情はとても辛そうで、しかし、生きていてくれてよかったという言葉通り安堵しているようにもみえる。
「――はい、先生たちのおかげで、僕は助かりました。……ありがとう、ございました」
僕の家族は、命を落としてしまったけれど。でも僕は助かって、僕と同じように親やきょうだいを亡くした子供たちはセイロス教の大司教、レアさまの鶴の一声でここ、ガルグ=マク大修道院に引き取ってもらえることになったのだ。
「先生はもう聞いてるかもしれないけど、僕たちここでお世話になることになったんです。それで僕……色々手伝おうと思って。奉仕活動?っていうんですか?仕事もいろいろもらえるようにって……頑張るので、先生も何かあればどんどん僕に言ってくださいね。特に先生には、村でお世話になった分もあるので!」
意気込みを伝える僕に、先生の眉は下がる。あれ、おかしいな。なるべく心配させないようにと思ったのに。うまくいかないもんだなぁ。ていうか先生、村にいたときはもっと表情が硬い人だったのに、随分印象がかわるなぁ。
村での先生を思い出そうとすると、一緒に遊んでもらった友達のこととか、うちでご馳走したときの両親の顔とかを思い出してしまう。鼻の奥がツンとしはじめたのでこれ以上はここにいられない。
「じゃあ、そういうことなので、改めてよろしくお願いしますね、先生!」
僕は一方的にそう言って、先生に背を向けて走り出した。視界の端で先生が僕の名前を呼んでいたけれど、ここにとどまっていてもひどい顔しか見せられないから、無視してしまうことを心の中でだけ謝った。
――五年後、ガルグ=マク大修道院
「先生!?」
記憶の中に鮮明に残っている黒い影が、何年たった今でも全く変わらずに目の前にあった。思わず悲鳴のような声を上げて、おまけに手に持っていたものも落としてしまって。幸い割れ物ではないので壊れたりはしていないが自業自得ながら肝を冷やす。当の先生は僕が落としたものを一緒に拾いながらじっと視線をこちらに向けている。きっと僕が誰なのか気付いていないのだろう。それはそうだ、なにせ最後にあってから背も体格も変わったのだから。
「……」
「ハッ、ぼ、僕です!ルミール村の!!」
「……!大きく、なったな」
口には出ないけど、顔には出ていた。先生は目をまんまるにして、確かめるように僕の名前を呼んでくれる。
「はい、そうですっ。お久しぶりです、先生。五年前……戦争が始まった後は別のセイロス教会で過ごしてたんですが、先生がここに戻ってきてるときいていてもたってもいられず……来てしまいました」
でも、先生は全く変わってないんですね。変わってなさすぎて、びっくりしちゃいましたよ。そう続けて言うと先生は少し視線を彷徨わせた後に「……寝てたら、五年経ってた」
「ふふ、先生も冗談言うんですね、あんまり冗談っぽさがないから本気にしてしまいそうです」
すると先生はやや間をおいてから頷いた。
「先生……僕、あれから勉強とか、いろいろ頑張ったんですよ!今は修道士見習いなんですけど、少しずつ魔法も使えるようになってきたんです」
だから、後方支援は任せてほしい。そう伝えると先生は頼りにしていると微笑んだ。
「何かあったら手伝いますから、なんでも言ってくださいね」
「ああ、ありがとう。……それじゃあ早速頼み事なんだけど」
「はい!」
「一緒にお茶会でもしよう」
「え……ぼ、僕とですか?」
聞き返すと先生は頷く。ガルグ=マクにきたばかりのころも、表情が随分柔らかくなったと感じたものだけれど、もしかしたら僕が知らなかっただけで、先生は最初から表情豊かな人だったのかもしれないとさえ思えた。
「うん、君と。話題はなんでもいいけど、久しぶりに会ったことだし」
「……はい、ぜひ。よろこんで」
そう答えると先生は好きなものはあるかといくつもの紅茶の銘柄を上げるが、正直いろいろとありすぎてよくわからない。様々な名前が書かれたラベルを眺め首をひねり……。
「せ、先生のオススメで、お願いします」
この回答はちょっと逃げだった気がする。
2019/08/26
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