蜜柑とアイスの共存

子がないた



 目の前にあるぬくもりを抱きしめる。いつもは革製のベルトやなんやらを着用しているが、今はごくラフな休日用の服を着ているため、いつものようなゴツゴツとした感触はない。この薄い身体は布を一枚めくると、緑色の液体で満たされている。そう知らされたのはしばらく前の話だが、はじめて見たときは心底驚いたものだ。まあ、今となってはすっかり目になじんでいるけれど。それよりも、中身のつまった腹にも戻せるということの方が気になる。あの瑞々しい透き通った緑色も、しっかりと腹筋のついた感触も、どちらもひとしく愛しいと思っているけれど。
 シャツごしにぴったりと顔を寄せて耳を澄ませると、こぽこぽ泡が生まれては消えていく音が聞こえる。彼の細い腰をぎゅうと抱きしめ、もっとよく聞こえるようにと腹に頭を押しつければ、ぼくの頭をアンドラスくんは撫でていく。
 そのまましばらくのあいだ彼からの接触を教授していれば、ふいに彼の身体が揺れた。どうやら笑っているらしい。
 不思議に思い、少し身体を離して彼を見上げると、彼は口角を上げたまま、頭に触れていた手はぼくの頬に移動した。
「誰かの腹部に頭を押しつけるのは」
 頬を撫でて、鼻を指先でちょいとつまんでは唇をなぞっていく。彼のやわい体温がぼくをくすぐり、戯れを残していく。
「胎内回帰願望がある証拠だってさ」
 彼の指が首筋を通り、ついに耳へとたどり着いた。耳介の軟骨に触れると少し指に力を入れたのがわかった。そうして、ぼくと目を合わせてにやっと笑う。
「あくまでもヴィータの間での、単なる俗説にすぎないけどね」
「……」
 胎内回帰。つまり、母親のお腹の中に帰りたいとか、そういう。
 ふむ。
「……アンドラスママー」
 彼と目を合わせたまま呟くように言った声は、思ったよりも棒読みっぽくなってしまった。すると彼はぼくの皮膚にすべらせていた指をとめて、おかしそうにまばたきをひとつ。
「おや」
 アンドラスくんがなにをしてくれるのか、ちょっとの期待をしながらぼくは待つ。二人がなにも言わないと、また一つ彼の泡が浮かんでは消える音が聞こえたような気がした。
「大きい子供がいるようだ」
 ソファの背にたたんでかけておいたブランケットを手に取り、ぼくの身体を覆うように広げる。すこしひんやりとした空気が揺れたあと、すぐ柔らかな感覚に包まれた。ああ、これは、まぶたが重くなってしまう。
 どちらも妙な冗談とテンションでいるのはわかっているけれど、彼が「ママ」という言葉を肯定も否定もしなかったのが、なんだかおかしかった。



18/11/17


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