蜜柑とアイスの共存

なんでもない朝のこと





「さむい」
 眉を寄せて不満げにそうつぶやいたぼくに、アンドラスくんはいつもの薄い笑みを浮かべたまま皿をテーブルに置いた。ほかほかと湯気が立ち、美味しそうな匂いで空腹を誘うそれ。その一拍前に持ってきたコーヒーもそろって2ペア。
 ──アンドラスくんが用意してくれた、オシャレな朝食である。
 鮮やかな黄身とまっさらな白身のコントラストが美しい目玉焼き。カリカリに焼かれたベーコン。こんがりきつね色のトーストと、ワンプレートの上に彩りを与えるサラダ。うん、いかにも物語の冒頭シーンに出てきそうな仕上がりだ。
「──…目玉焼きは」
 ぼくのつぶやきをどう受け取ったのか、ひょいと片眉を上げるだか下げるだかしたアンドラスくんが椅子を引きながら言う。
「きみの好みのかたさにしておいたよ」
「……ん、んん! いや! スパダリ属性を見せつけても許されないよ……なんといったって、アンドラスくんは致命的な失敗を犯してしまったからね」
 アンドラスくんは聞き慣れない単語に首をかしげるが、そのままぼくの言葉の続きを待っている。そう、ぼくが先ほど放った台詞。たださむいというだけなら季節柄当たり前のことを言ったに過ぎない。問題なのは彼の行動。彼は、あろうことか一人でベッドを抜け出していたのだ。
「昨日一緒に寝ていた人が、朝起きたらいないのって、結構さみしいんだよ」
 大抵アンドラスくんの方が早起きだし、仮にぼくが先に起きたとしてもそのままアンドラスくんの寝顔を眺めているかサイドテーブルに置いている本を読んでいるかがほとんどだ。そのためベッドからいなくなることはないから、そういうさみしさはしらないのかもしれないけれど。
 寝癖をなでつけるようにすると、隙間から入ってきた空気の冷たさに身震いをした。またもそもそと布団をたぐりよせて、アンドラスくんをみやる。
「──困ったな」
 と、まったく困っているようには見えない表情で彼はつぶやいた。その後彼は黙ってしまったので、もしかすると結構困ってるのかもしれない。分厚い毛布の下に一枚、薄めの肌掛けをはさんでいた。それを引きずり出して、身体にくるませてぼくはアンドラスくんにかけよった。
「はー! さむかった」
 肌掛けをつかんだままアンドラスくんの肩を抱き寄せて、彼の肩口に頭を乗せる。柔らかい陽の光のような神がわずかに頬をくすぐったが、それすらも心地よく感じる。
「……」
「……アンドラスくん?」
「……こうすれば、よかったのか」
 得心がいったらしい彼は、ぼくが彼にしたのと同じように──と言うには少々短い時間であったが──ぼくに抱擁を贈り、
「朝食が冷めてしまうから、はやく食べないか」
 と控えめな声量で伝えてからそっと離れた。朝食は──…先ほどみたときよりも、湯気の量は減っていた。
 ぼくはうなずいて、マントのようにしていた肌掛けをベッドの上へ。その代わりにカーディガンを羽織って、アンドラスくんとは反対側の席に着いた。
「アンドラスくんの料理、うれしいなぁ」
 にっこり笑っててをあわせると、アンドラスくんも口の端をいくらか上げて視線で返事をする。
「さぁ、食べようか」
 今日も、何でもなくすばらしい一日が始まるはずだ。

18/11/5


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