蜜柑とアイスの共存

きみのあたたかなところ


 月明かりの射し込む薄暗い部屋の中で、ほのかな蛍光緑色に光る彼の腹部にそっと触れた。今までに何度となく触れた感触と同じ……いや、それよりもいくらかつるりとしているのかもしれない。だが、体温はいつも通りのままだった。暖かな感覚が指先に伝わり、そのままつう、と指を滑らせた。
 事の発端は、服装が変わった彼にそれとなく言及したところ、何を思いついたように彼が言ったことによる。
「服の上からは見えないところにも、変わったことがあるんだよ」
どこか楽しげな様子に、今までは機能重視だった彼もついにオシャレに目覚めたのだろうか? そう思いながら次の言葉を待っていると、彼はおもむろに衣服をくつろがせた。
 そうしてぼくの眼前にあるのは、緑色の液体で満たされている以外には空っぽのお腹。
 ぼくは彼に何かを言う前に、そこに手を伸ばしたのだった。
「……っふ、ふふ」
 目の前の緑色の腹部が小刻みに震える。と、それにあわせて空気の泡がこぽこぽと音を立てて彼の腹の中を下から上へとのぼっていった。
 ……ああ、よくみると、胸の下あたりに円柱状の部品のようなものが見える。彼が服をたくし上げている関係でちょうどみぞおちのあたりまでしか見えないけれど、これをたくし上げるのはさすがに咎められるだろうか。
 金属のような光をもつそれをもう少し観察してみたかったが、含み笑いをこぼした彼に、這わせていた手を離した。
「……ごめん、いきなり触って。……くすぐったかった?」
「ああ、それぐらいなら全く。構わないよ。ただ……ふふ……」
 今日の彼はいつもより余計に笑うな、と思った。彼が楽しそうにしているのは何よりだけれど。
 彼の言わんとしていることをくみ取りきれなかったぼくが首をかしげていると、彼はぼくの下まぶたに触れて眼球ギリギリをそっとなぞっていく。
「君の瞳の色が、緑色に輝くのもいいなと思ってね」
「……うん?」
 どういう意味かと問いかける前に彼はかぶりを振った。
「本当のところ、もう少し驚いた反応が見られると思っていたんだけど」
「え、驚いてるよ。内蔵とかどうなってるの?」
 構わないと言われたので、今度は遠慮なく彼のお腹をぺたぺたと触る。彼の呼吸に合わせて動く腹部。
 先ほどよりも泡がこまめに生まれては消えていく。元気そうだし、まさかご飯が食べられない、なんて状況にはなってないだろうけど。
「俺も自分の身体がどうなってるのか解剖して見たいところなんだけど……なかなか実現は難しくてね」
「……そうだろうねぇ」
「ひとまずは元気みたいだよ」
 他人事のような口ぶりになんだそれ、と返すと、彼はなおさら愉快そうに笑う。
 指先で触れる彼のお腹ごしに、小さな泡が浮かんでは消える音を聞いていた。


18'10/4



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