蜜柑とアイスの共存
オニキスの輝き
虹色に輝いた残滓煌めく召喚陣の中心。昏く紅く光る双眸が、こちらを見据えていた。
「クー・フーリン、召喚に応じ参上した。俺の色がお前に関係あるのか?」
そう口上を述べる彼。彼はその後、主人である環の顔を、相当なアホ面だったと評した。
「あ、オルタニキー! いたいた、ちょっと付き合ってくんない?」
環に呼ばれ、彼は緩慢な動きで環をみやる。何か用か、と尋ねると、環はにへら笑いを浮かべた。
「いやぁ、だって、まさか来てくれるとは思わなかったからさ」
召喚時のことを思い出して彼は語る。あ、来てほしくなかったとかじゃ勿論ないよ? とフォローを入れて、パチンと小気味好い音を立てながら駒を置く。
パタパタ、くるくる反転する様をみつめてオルタは平坦な返事をした。興味なさ気にも生返事にも聞こえる反応だが、きちんと聞いているということは短い付き合いながらも環はしっかりと理解している。
彼の重厚な尾がたしん、と床を叩いたのをみて、環はうながした。
「次、しっぽニキの番だよ」
「ん……、なぁ」
「うん?」
長い爪で器用に駒を操り、環がしたのと同じようにパチンと音を立て駒を置く。パタン、ひとつだけ反転。質問を投げかけるわりには、そう興味も沸いていない様子で尋ねる。
「お前のその、俺に話しかける度に変わる呼び方は一体なんだ?」
「ん? あー、んー、いや、自分もどうしよっかなーって」
環は盤上を見つめる彼に気の抜けた笑みを向けながら、答えと言えない返事をする。そんな彼をオルタは無言で続きを促した。
「うちに既に三人クー・フーリンがいるだろ? あの三人は槍ニキとか、プニキとか、キャスニキとかってそれぞれいつも呼んでるんだけどな。オルタのことはどう呼べばいいのかなーって。考えてたらとっ散らかった感じになった! タニキはどう呼ばれたい?」
「何だっていい。マスターが彼らと区別をつけたいのなら。……ただ、他のサーヴァントが、お前が俺を呼ぶ度にこちらを振り向くのは多少の煩わしさがある」
「はは、いやさ、メイヴはクーちゃんって呼んでるだろ? でも、アメリカ大陸にはキャスニキも一緒に行ってたせいか微妙にキャスニキも反応しかけちゃうっぽいんだよな。クーちゃんって呼ばれてたのは皆同じだろうに、他二人が反応しないのはちょっと面白いけど」
「ああ……」
相槌とも独り言とも取れないそのつぶやきに、環は少々の納得の色を見た。そういえば、と思いついたように続ける。
「座には過去とか未来とかないんだっけ。こないだ……聖杯戦争に呼び出された記憶は、記録として処理される……ええと、本で読んだみたいになるって聞いたけど、生前の記憶はどうなの?」
「そうだな……座の記録よりは客観的でもないが、まざまざと思い出せることもあればうろ覚えにしか思い出せないこともある。ただ俺は、キャスターのクー・フーリンよりも呼び出されにくい存在だ。なんなら彼ら聞いた方が情報としては確実性が高いだろうさ」
「ふーん、そっか」
パチン、環は先ほどのようによどみなく駒を場に置き、パタリパタリと一列分の駒を引っくり返す。心なしか満足気だ。
「オルタニキ、はそのまんまで……オルタだとアルトリアがいるし、んで、ワニキはほら、その鎧がワニみたいでカッコよかったし、俺はワルだぜ! みたいな感じがでてるし」
「ワニぃ? ……そう見えるのか」
「うーん、雰囲気! まぁワニは鱗ってイメージはあるけど、ほら、ワニキってギザギザ歯がいかにもだし、トゲトゲとか牙みたい? なーんて。あとはえーと、しっぽニキは可愛らしさアピールっ」
語尾にハートが付きそうな勢いで環は言い切った。それに対しオルタはこの部屋にきて初めて表情筋を動かした。なんとも言い難い、「何言ってんだ、コイツ」というどうしようもない感情がありありと現れていたが。
「可愛らしさ」
「あ、でもしっぽのトゲトゲもカッコいいと思うよ。百足みたい」
「……」
「えっ、なんでそこで黙るの、おああああ!? ちょっとま、まって!」
「待たん」
環が嬉々として語る傍ら、オルタは黙々と盤上の駒を動かしていた。四隅のひとつを陣取り、手際よくパタパタと駒をひっくり返していく。
あああ、と環は声にならない叫びを上げながら色が反転していくのを顔を覆った指の間から眺める。自陣の色を守るには彼は少々無力だった。
すんすん鼻をすする真似をした環をオルタは鼻で笑う。意地悪だ、なんてつぶやきを聞こうものなら彼はさらに口角を上げたかもしれない。
気を取り直して環が震える手で駒を取る。悩むが、あまり手段は残されてはいない。
「えーとあとは、オルタニキ、を縮めてオニキとも呼ぶよね。プニキみたいで、収まりがいい」
「……なぁ、その話まだ続くのか」
「えっ? なんで自分が延々と長話してるみたいになってるの? 聞いてきたのオニキからだよね?」
飽きちゃったの、小さな子供に聞くように尋ねた環にオルタは鋭く尖った歯をカチンと鳴らす。それを見て環は、あー、なんて口を開けて気の抜けた音を出す。
「むず痒かったか」
「……アホ面」
「えっ、ひっど! そんなこと言うんだったら今日一日オニキの話しちゃうから」
「やめろ」
オルタはたしたし床を叩いていた尾を持ち上げ、環の身体に巻き付けていく。ぐるぐると巻きつかれて、オルタの尾であればひとひとり絞めあげることも可能だというのに環はくすぐったそうに笑っている。
ぐ、力をいれて彼の身体を持ち上げた。流石に驚いたようで、不安定な身体を支えるようにオルタの尾をつかむ。
「……俺の尾は、支えなのか……」
「……え? 何かいった?」
はぁ、と呆れたようにオルタが息を吐く。ひとのことをアトラクションか何かだと思っているんじゃないだろうか、このマスターは。
多少脅すつもりで巻き付けた尾だが、彼は呑気にどこまで持ち上げられるんだ? なんて急かすように尾を叩いてくる。持ち上げられないことはないが今彼の言うことを聞くのは癪で、そのまま元々座っていた場所に降ろし彼を解放した。
残念そうに、離れていく尾を見つめる環の瞳に怖気は一欠片も見られない。
「……あとは、オニキス」
「……それは、もう別物だろう」
現に、今も自分が呼ばれたことを認識できなかった。こちらをひたと見据えるまっすぐな視線でようやくはっとしたくらいだ。
「いやいや、でもさ。綺麗だろ。合ってると思うよ」
そう言って環はオルタのことをオルキスと呼ぶ理由を指折り数えていく。
曰く、黒い。混じりけのなさ。力強い。エトセトラ。
よくもまぁ、恥ずかしげもなく言うものだ。ええとあとは、他にも理由を挙げながら指を折る彼の姿にオルタはある種の感心を抱いた。
だからと言って、オルタがどうするというわけでもないが。
「それと……、あれ、聞いてない? オニキスさーん」
目の前で手をひらひらと振られる。話に飽きたとでも思ったのだろう、実際熱心に聴いていたとは言い難いが、聞いていなかったわけではない。
視線が合うと、彼はにっと笑みを浮かべる。いつ顔を合わせても見るその表情は、もはや癖としてしみついているのではないか。
環は駒をひとつつまみ、黒の面をオルタに向ける。
「ほら、綺麗な黒」
「……。……つっても、プラスチックじゃあな」
「ぶっは、それはほら、そこはそれ。……あ! そういえば……」
ふと思い立ったように環は下の収納に手を伸ばす。引出を開けごそごそと何かをあさり、やがてオルタの眼前に何かを握りしめた手を差し出す。
受け取ると、それは環が先ほど突き出したもの……半分黒で半分白の駒ではなく、真黒の円盤形の物体だ。環が少々無理な体勢で適当にとりだしたためだろう、見せるだけならば一つで足るそれが三つ、オルタの掌に乗っていた。
「……碁石か」
「そうそう。孔明が持ってたみたいでさ。今まで見たことある碁石とは違って透明感があるから、なんでかなって思って聞いてみたんだけど……オニキスって黒瑪瑙じゃん? その石も瑪瑙でできてるらしいんだよ」
「へえ……」
「へへ、こっちをもってくるべきだったな」
今度は囲碁やってみる? と嬉々として尋ねる環だったが、オルタは碁石を眺めながらルールわかるのか、と対して期待も込めていない声色で聞き返す。
すると途端に彼の気色は乾いた笑いに変わり、おずおずと白状した。
「孔明に教えてもらってたんだけど、これがまたちょっと難しくてですね?」
「だろうとは思った」
「ばれてーら」
目をそらしながらははは、と生気のない目で笑う環。真黒く、しかし透明感のある石をオルタは指先で転がし遊ばせた。
光を吸い込み、艶やかにてる石を彼は見つめる。
しかしそれも束の間。はあー、わざとらしくうなだれる環に目を移す。
「……五目並べとか、様にならないかなぁ」
「さぁな」
にべもなく返すオルタ。環はさらにうなだれ、だらしなく壁に体重を預ける。
「ま、俺にソレですら負けてるようじゃ、五目並べでも結果は変わらんだろうさ」
そう言うとオルタは立ち上がり、重厚な尾を引きずりながら出口へと歩いていく。
「え、もうかえるの」
「もう勝ち負けは決まっただろう。次は遊戯じゃなく、戦いに俺を呼べ」
そして、彼は思い出したように環に何かを投げてよこす。
持前の反射神経でなんとか受け取ると、それは先ほど彼に渡した黒瑪瑙の碁石だった。
「ちょ、これ借り物……」
暗に投げないで、大事に扱って。と焦りをにじませた声で乞うが、彼はちゃんと受け取ったからいいだろうとさして気にした様子もない。
じゃあな、と律義にも挨拶をしてくれた彼に半ば惚けながら返事を返し、数瞬。彼に言わせればアホ面を晒すのも憚られて、ほとんど一色に染まった盤上を片付けようと、散らばる円柱状の薄い駒を集めて窪みに収める。
碁盤と同じ場所に収納してあったため片づけは容易だ。台を仕舞い、碁石を碁笥に収めようとしたところで、ふと、気が付いた。
「……あれ、二つだったっけ」
オルタに渡した碁石の数はもう少し多かった、ような気がしただけだろうか。
16′4/16
5/12掲載
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