蜜柑とアイスの共存
若里春名誕生日2015
「春名、改めて誕生日おめでとう」
「……あ、……ありがと」
事務所での誕生日祝いをした後。片付けも終わりがらんとした部屋を出て、メンバーを家まで送り届けてから、春名だけは環の家でもう一度、ささやかな誕生日パーティーをしていた。
朝、事務所に入ってきた春名をクラッカーで出迎え、あっけにとられている間に「あんたが主役」とかかれたタスキを四季がかけ、パーティーの三角帽を夏来が被せ。
隼人が合図を送ると、旬の伴奏に合わせてhappy birthday to youの合唱が送られた。
その時も、いまと同じように小さくお礼の言葉をつぶやいていた。
「……春名、ぽかんって口開けてたしね」
「しょ、しょうがないだろ! いきなりでクラッカーとか、びっくりしない方が不思議だって……」
笑いながらマグカップを渡す。赤くなりながら弁解した春名は誤魔化すように一口すすり、ほう、と息を吐いた。
冷蔵庫から小さなホールケーキを出す。事務所でもこれでもかというほど食べたが、どうしても個別で祝いたいのだ。
カットケーキふたつ、ではなくホールケーキひとつ、というところに拘っているのも、春名が知れば笑うだろうか。
「……でもさ」
「うん?」
「今日、ホントにうれしかったんだぜ。みんながオレのために祝ってくれて。プロデューサーが色々準備してくれたんだろ?」
視線はカップの中身に向けたまま。春名はとつとつと話し出す。その頬は温かいものを飲んだためか、それとも照れのためか。ほんのりと赤く色付いている。
「……そりゃあ、春名の生まれた日だから。お祝い事は大げさなくらいがちょうどいいんだよ」
なんて、冗談めかして言えば、春名は「なんだそれ」と眉根を下げて照れ笑いを浮かべた。
それから二人は同じソファの上でぽつぽつとはなしをした。いままでにあったこと、特になんでもないようなことだが、その積み重ねで今がある。
ふいに言葉が途切れた。数秒の沈黙。
環にとっては心地の良いものだったが、春名にとってはやや緊張を孕んでいるものだったようで。
飲み終わったカップを持った手。それに春名は自分の手を重ねた。続けて、身体を少しだけ傾けて、環の肩にもたれて、まるで甘えるかのように。
「……」
環の手が動き、離されてしまうだろうかと緊張すると、しかしそういうわけでもなくただ手のひらが合わさるように手首を回しただけだった。すり、環のかさついた指先が緊張で少しばかり湿った春名の指先を擦る。
ぴくり、痙攣するように反応を見せれば、やや強く握り返されたがその力はすぐまる緩まる。
手だけの行為のはずなのに、まるで抱きしめられているようだ。春名は思った。
「ぷ、……プロデューサー」
「なに?」
「……なんでも、ない」
それを環に伝えるのも恥ずかしい。それに、この抱擁は心地良いものだ。だから、もっとこうしていたい。
「……次のプロデューサーの誕生日も、来年のオレの誕生日も、こうしていたいな」
「……いられるよ」
「……ん」
環の肩にもたれかかるのも、まだ少し気合いが必要ではある。
もう少しいい意味で気安く環に甘えられれば。そう思いながら、春名は指先の抱擁を返した。
ホールケーキは手付かずだが、もう少しだけ、こうしていたい。
ありがとう、プロデューサー。小さく呟き、環もまた、うんと小さく相槌を打った。
2015/3/30
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