蜜柑とアイスの共存

#novelmber 2023

11月にお話を書くタグ。
にけ(Twitter:@nike_nkx)様よりお借りしています。ありがとうございます!

執筆期間:2023/11/02〜20
男主…◆ / 女主…◎ / その他・明言なし…無表記

1.奇蹟(WB/ことは/◎)
2.序章(観用少女/観用少女)
3.物語作家(DQシリーズ/ホイミスライム)
4.求める(マギ/ジャーファル/◆)
5.独白(WT/迅)
6.もうすぐ(鋼錬/アルフォンス)
7.承諾(葬送のフリーレン/フリーレン/◎)
8.拒絶(WB/桜/◆)
9.まばゆい(一次創作/架空の推し)
10.役割(WT/小南/◎)
11.だれ?(原神/鍾離)
12.食事(MakeS/セイ/◆)
13.鍵(黒バス/桃井/◎)
14.声もなく(黒バス/黄瀬)
15.装飾(まほやく/ミスラ)
16.真似る(ポケモン/ゴニョニョ/◆)
17.バウンダリー(DBH/クロエ/◎)
18.幕間(コナン/キュラソー/◎)
19.騙し絵(FGO/ナーサリー/◆)
20.集中(Artiste/リュカ)
21.放心(黒バス/赤司)
22.パーツ(デスノ/L)
23.靴(PUIPUIモルカー/救急モルカー)
24.最高潮(ボカロ/KAITO/◆)
25.言伝(APH/日本)
26.歪んだ(まほやく/東・女賢者/◎)
27.期限(スプラ3/クマサン)
28.ゆらゆら(しゅごキャラ/あむ/◎)
29.崩壊(FE風花雪月/シルヴァン)
30.粒(WT/二宮/◆)
31.日記(まほやく/クロエ/◆)
32.生物(ちいかわ/くりまんじゅう)
33.消える(チョコボと不思議なダンジョン/チョコボ(プーレ))
34.終幕(WT/荒船/◆)
35.余白(ポケモン/メタモン)
36.言葉、本(UTAU/咲弥トワ)

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1.奇蹟

「ことはことは。あたしの話ちょっと聞いてよ」
「何よ、藪から棒に……聞くけど」
 店に顔を出したナマエは怒っているようにも、ただ神妙なだけにも見える表情でカウンター席に腰かけた。何かトラブルでもあったのか、と一瞬心配がよぎるが彼女の服装に乱れはないし新しい傷もない。
「あたしのバイト先、超かわいいケーキ屋さんなんだけど」
「そうだね」
「もうすぐクリスマスじゃない? だから、期間限定でガロット・デ・ロワを出すことになったの」
「ガロット・デ・ロワって……ケーキの中にコインが入ってるやつ? 当たると一年幸せになれるみたいな」
「そう! 主に子供向けにね。で、ことはもそろそろクリスマスだし何かやりたいな〜って言ってたじゃん。だから、例えばオムライスの中に何か入れたらよくない?! って思ったの! そのときは!」
「……そのときは?」
 たしかに妙案かもしれない、と頷きながら聞いていたことはは不穏な言葉尻に首を傾げた。
 ここからが本題だ、と言わんばかりにナマエは身を乗り出しことはへ詰め寄った。
「うちの男どもが、ガロット・デ・ロワを楽しむだけの情緒があるとはとても思えなくて……!!」
 ことははいつも来る彼らの顔を思い出す。ことはのオムライスは世界一、と豪語してやまない梅宮はひとまず置いておいて。ナマエの意見と違い、ことはは彼らがサプライズを楽しむだけの情緒はあるだろうと考えている。しかし、それよりも揃って食べるのが速いので、うっかりコインを飲み込まないかが心配だ。
「あー……まあ……趣旨を話せば聞いてくれはするんじゃない? それにオムライスってどの年代のお客さんも注文してくれるし、それ以外の層の人たちには楽しんでもらえるだろうし」
「でも一番出るのはやっぱりあいつらが来た時でしょ? ことはの作ったオムライスが……ガロット・デ・ロワが、万が一にも異物混入扱いされたら……あたし、耐えられないんだけど?!」
「はいはい。想像でキレない」
 彼女をなだめながらも想像してことははひっそり笑った。改めて店内の飾りつけやトッピングの変更などの案も出て、手近なところから始めてみようということで話はまとまる。
 ——そして数時間後。ボウフウリンの面々が店を訪れて。どこか含みのある表情で〝試作品〟と称されたオムライスを出されるまであと少し。

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2.序章

 膝の上に、絶世の美少女を抱えながら店主の説明を聞く。せっかくいれてもらったお茶は、彼女を抱えながらではとても飲めそうにない。なぜなら。
「……これが、この子の値段?」
「左様でございます」
「いっそのこと値段なんてつけられません、って言った方が潔いんじゃないのかい」
「これらはあくまでも商品ですので」
 にっこり、チャイナ服に身を包んだ店主が営業スマイルを浮かべる。こんな高額商品を抱えたままお茶を飲んでみろ。こぼす怖さで手が震えてろくに飲めなくなってしまう。ぎゅう、私の首にしがみついている幼い少女を見やると、彼女は目が合うことさえ幸福だ、とでも言うようにとろけるような微笑みを浮かべる。
 そう、私は冷やかしに、不思議なたたずまいの店の商品をちょっと覗くだけのつもりだったのに、生きているお人形——観用少女というらしい——をうっかり目覚めさせてしまったのだ。彼女たちは運命の出会いを待ち続ける眠り姫だという。そして私がその相手。いやしかし、商品に選ばれたからといっていい気になって、その場で買います! なんて即決できるような値段ではない。私は微笑む少女に連れていけないのだと伝えようとして。
「……全世界が傾くな」
「観用少女のオーナーは、皆様そう仰る方ばかりですねえ」
 店主が愉快そうに笑った。とんでもない商売だ。
「しかし……私の手にはあまります。金銭的な問題だけじゃなく……自分の世話だってままならないのに、そのうえ観用少女だなんて」
「おや、そうでしょうか。しかし……観用はお客様を選びましたので。お客様が自分を最も美しくしてくれる相手だと、わかったのでしょう」
「何の根拠が」
「職人の手によってつくられた、観用少女が目覚めたことそのものが根拠です」
 何十年ローンだとか萎れた際のアフターケアだとかミルクと砂糖の割引だとかを続ける店主の話を受け流す。そもそもその観用少女の存在を知ったのがついさっきなのだから、根拠もなにもないんだが。
 そうは思いつつも私の気持ちは直立できないほど傾いていた。少女は期待に満ちたまなざしで私がうなずくのをいまかいまかと待っている。
 じっと彼女を見つめる。やはり嬉しそうだ。連れて行って、と視線だけで雄弁に語っている。ろくでもない私を、この子は信じてくれているというのか。
 いやいや。そんなすがるような気持ちで商品を買うやつがあるか。そもそも支払いのあてもない。否、金額に関しては、途方もなさ過ぎて逆にもうどうでもよくなっているけれど、しかし。
 私はやはり無理だと首を振ろうと…——。
「……したはずなのに、連れて帰ってきちゃってるんだもんなあ」
 帰りの間もずっと私の頬に擦り寄っていた少女を一旦引き剥がして向き直る。聞いて、と言えばこくんと頷いた。いい子すぎる。天使がここにいる。
「……よろしく、ね」
 少女は再び私の首に抱きついた。

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3.物語作家

 ドラゴンクエストの世界にトリップしたと思ったら最新作じゃなかった。
「見慣れた雰囲気のホイミスライムがいたとはいえ、勝手にドラクエの、最新作だと思ったのがよくなかったんだよな……そりゃあメディアミックス含めて数十作あるシリーズ作品だもんね。わかんないよ、過去作まともにプレイしたことないよ。プレステなのかファミコンなのかオンラインなのかすらわかんないよ!」
 人生は思ったようにいくとは限らない。なんてありふれた言説をこんなところで実感することなんてあるだろうか。文字通り頭を抱えて唸っていると、当の〝見慣れた雰囲気のホイミスライム〟——会話が通じるタイプで、かつ右も左もわからない自分を道案内してくれた、人間文化に深く興味があるらしい親切なホイミスライム——が、ぷるるんと弾力よく震えた。
「ナマエ、大丈夫?」
「大じょ……ばないけど、一応、大丈夫……いや、でも、どうしようかな、これから……」
 不幸中の幸いとでもいうのか、トリップした先の地方は比較的低レベルの魔物しかいない地域だったようだ。だからこそホイミスライムの道案内を受けられたのだろう。まったく知らない名前の街の外でうなだれる。
「うーん……ナマエはどこか遠いところからきて、お家までの帰り方がわからない……ってことだよね?」
「うん……そうだね、端的に言えば」
 頷くと、ホイミスライムは腕を組むように触手を二本からませた。ホイミスライムもそういう仕草、するんだ。そして名案が閃いたと言わんばかりにぽむ、と手を打つように触手同士をぶつける。そういう仕草も、するんだ。
「ぼくと一緒に旅に出ようよ!」
「た、旅……?」
「旅! ぼく、ずっと旅がしてみたかったんだ! それで自伝を書いて、世界一有名なホイミスライムとして名を上げるんだ! だから、ナマエが家に帰る方法を見つけるまで一緒に旅をしない?」
 にこにこ笑いながら、ふわふわくるくる辺り中を漂うホイミスライム。攻撃は得意じゃないから一匹では旅に出ることが叶わなかったらしい。
「さっき拾ったひのきのぼうも弓も扱えてたよね、きっとナマエには戦闘の才能があるんだよ!」
「ないないない、絶対ないから!」
「となると、ぼくのペンネームも早速考えなくちゃ! 何がいいかな、伝統的な名前もいいけど、人間みたいな名前もいいよね!」
 現代人を捕まえてなんてことをいうんだ。とはいえ考えられる選択肢は多くない。すっかり旅をする気になって、さっそくペンネームと自伝の書き出しを考え始めたホイミスライムに、腹を決めるしかないのかもしれない……と深呼吸した。
 ひとりよりは、ひとりと一匹の方が安心な、はずだ。……ほんとかなぁ?!

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4.求める

「……おかあさん」
「はい、なんですか。ナマエ?」
 物陰から恥ずかしそうにこちらを伺う幼子に、ジャーファルはそっと返事をした。「己を庇護する、温かい存在」のことを「おかあさん」と指すのだと聞いたらしいナマエは、それ以来ジャーファルのことおかあさんと呼ぶようになった。
 ジャーファルはそもそもナマエと肉親ではないし、彼の本名だって定かではない。唯一の共通点と言えば、髪の色が同じというだけなのだが。
 説明しようにもまだまだこの国の言葉が不自由なナマエには、否定されたということだけ伝わってしまうようでみるみるうちに目に涙をためた。声を漏らさないようにすすり泣く幼子はむしろ大声を上げて泣くよりもよっぽど痛々しく写り、周囲の視線が棘のように刺さる。
 ジャーファルとて子供は好きだ。庇護されるべきだし、寒さや空腹の心配のない場所で慈しまれるべき存在であると思う。雨の中、傷塗れで人知れず倒れていた身元不明の子供を拾った、という立場も手伝いジャーファルはいよいよ、「もうおかあさんでもいいかもしれない……」と絆されかけていた。否、とっくに絆されている。
「ごはん、たべる……ます」
「呼びに来てくれたんですね、ありがとう」
 ナマエには柔和な笑みを浮かべつつも、ジャーファルはシンドバッドが仕向けたのだろうと瞬時に察知した。極度のサボリ癖のある我らが王も、流石に幼子から見張られる中サボるのは気が引けるらしい。大方、ジャーファルと食事をしようと誘いでもして、子供の注意が己から離れるように仕組んだのだろう。加えて、ジャーファルがナマエの手前荒れ狂うこともないと踏んでいる。
 これがナマエではなくマスルール相手であればすぐさまシンドバッドを捕まえてくるよう指示するのだが、ナマエは食事へ呼びに来るにも、緊張して服の裾にしわを作るような子供なのだ。
「食堂に向かいましょうか」
 ジャーファルが笑いかけてようやく、ナマエはほっとしたように手の力を抜いた。ここで声を荒げようものなら、たとえ対象が誰であろうと彼は部屋の隅に隠れて、ただでさえ小さな体をさらに縮こませてしまう。
 手を差し伸べて、子供から握ってくるのを待つ。おずおず握られた指先の、小枝のように細い指を包みゆっくりと歩き出した。
 ――決して子供が感じ取ることのできない、鬼のような怒りのオーラを背負いながら。

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5.独白

 はじめてその人のことを見つけたのは、物心ついてすぐとか、もしかするとその前から見ていたのかもしれない。知っての通りサイドエフェクトは生まれつきのものだからさ。性別も所属も、どんな姿かたちをしているのかもわからないけど、同一人物ってことはわかるんだ。まあ、年齢は、最低でもおれと同じかそれ以上なんだろうけど。
 おれと向こうが出会う可能性は今までに何度もあった。おれと母さんが出かけた先で、アリステラで、第一次侵攻の直後に、ってパターンもあったかな。実際にその確率がどれくらい高い未来なのかというと、その時々によって違ったとしか言えないけれど、まあ、お互いがそれぞれ最善の未来を選択した結果なんだろうってことはわかるよ。
 ——どうして「お互い」なのかって? まあ、あちらさんの動きを視てきたおれだからわかることなんだけど……持ってるんだよ、向こうも。多分、おれと同じ未来視のサイドエフェクト。
 で、そいつもきっと、おれがそうであることに気付いてる。おれから接触しようとしたとき、明確に回避されたことがあったからね、ま、タイミングが合わなかったんでしょ。ただこれまでの動きからして、明確におれやボーダー、あとは……地球に対して敵意がないってことははっきりしてるよ。だから上層部にも一応報告はしてるけど、それ以上に何か動くってこともない。ただ、まあ——めちゃくちゃ気になりはするよね。昔からお互いのことを認識してるのに、一度も話したことがない。けどずっと、会うかもしれない可能性だけは大なり小なり存在し続けてる。
 あちらさんは近界民だし、このまま結局会うこともなく未来が途切れるのか……それとも、意外なタイミングでひょっこり出くわすことになるのかはわかんないけど。
 まあ、たまには読み逃すとはいえ、大体のサプライズは事前に気づけちゃうおれたちが、何かよさそうなものが入ってる箱の中身が自発的に開くのを待ってるっていうか。わからないことをちょっと楽しんでるというか……。向こうも同じように思ってたらいいなーって、想像することは、……うん。正直、あるかもね。

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6.もうすぐ

 ガションガション、重たい金属のこすれる音が響いて、ぼくの体は大きく揺られる。本当ならうるさくってかなわないんだけど、この金属の体に包まれている間は、とっても安心できた。
「ごめんね、窮屈かもしれないけど……なるべく静かに入っておいで。……あ、この印には触らないように気を付けて。お願いね」
 立派な甲冑を来ている彼は、その外装に見合うだけの身体がなかった。貧弱とか言いたいんじゃない、文字通り、存在しなかったのだ。彼が触らないでとぼくに言った赤い模様を眺める。見るだけならいいでしょう、ぼくには何が書いてあるのかさっぱりわからないけれど、もう少し大きくなったら読めるようになるのかな。
 寒がっていたぼくを優しく抱き上げて、硬い身体で守ってくれている。ずっとここに居たいな、そう思ってはいたけれど、そう万事うまくはいかないようだ。
「アル! また猫なんて拾ってきて、何考えてんだ!」
「だ、だって! 寒さに震えてたんだよ、この子!」
「だっても何もない、いつも言ってるだろ。俺たちには動物を飼う余裕なんてないんだ。元のところに返してきなさい!」
 まさかのまさか、三つ編みのちっちゃいのに怒られてしまった。でもぼくだってただでは転ばない、アルが鎧の胸当てを外した瞬間にぼくは飛び出して、ちっちゃいのに飛びついた。
「フシャーッ! ウニャアアアアン!」
「いっっっでえええ!! この猫畜生が! 丸焼きにしてやる!!」
「わぁっ兄さん?!」
 これまでの生活で生き残る確率が高いのはヒットアンドアウェイだとぼくは知っている。自慢のつめで一撃を食らわせたあとは、驚き開いたままの胸当ての中に再び戻っていく。そしてニャアニャアと抗議した。ぼくを追い出すだなんてとんでもない! アルは、ここに居てもいいって言ってくれたもの!
 結局すぐに捕まって置いていかれてしまったけれど、ぼくが追いかければいいだけだ。あのちっちゃいのもちょっとは勘がいいようで、わずかにでも物音を立てたら気付かれてしまうけれど、忍び足は得意中の得意だ。
 アイツが見てない隙にアルの身体にもぐって、また連れてってもらおう。行く先々にぼくが着いていったら、そのうちにアイツも諦めるはずだ。
 絶対に、どこまでもついてってやるんだから!

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7.承諾

「フリーレン、あなたが同行を認めてくれるとは思わなかった」
「認めたわけじゃないよ。ただ、リーダーがそう決めたってだけ」
 頭部に折れた二本の角を携えた女——魔族であるナマエは、勇者一行のエルフに尋ねた。彼女は一見脱力しているように見えるが、その実一分の隙もなく魔族に向き合っている。
「それに、お前の荒唐無稽な話だって信じていない」
「ああ……それはそれで構わない。自分でも本当にそうなのかは、もはやわからないのだから」
 女は肩をすくめた。荒唐無稽な話。彼女は、まったく別の異世界から生まれ変わった、人間だった頃の記憶があるという。それ故に人を殺す周囲になじめず、元の場所へ帰る方法を探し続けていると。そうしているうちに数百年がたっていたと。
「ナマエ。私は魔族が人と分かり合えないことを知っている。だから、お前が何かしようとしたら、その瞬間に殺すよ」
「うん、それでいい。私が人でなしになる前に、人のまま殺してくれれば」
 角を隠すためのフードを目深にかぶりながら彼女は深くうなずいた。彼女が人であったことを示す手掛かりは、もうとっくに薄れ切った記憶と名前だけらしい。
 彼女が故郷へ帰るために習得したという移動魔法も、相当に鍛えたのだろうことはこのパーティーの中でフリーレンが一番わかっている。しかし一方で、魔族は人間と決して交わらないものであることも同様にわかっている。面倒なヤツをパーティーに引き入れたものだ、と人知れずフリーレンが嘆息すると当のリーダーが顔をのぞかせた。
「フリーレン、ナマエ、ここにいたのか。もうそろそろ出発するぞ」
「わかった」
「何話してたんだ?」
「これからよろしくって話」
 ヒンメルの問いかけにフリーレンが答えるよりも早くナマエが言い、ハイターとアイゼンのいる場へすたすた戻っていく。
「早速、親交を深めていたのか」
 フリーレンの危惧しているところを分かっているのかいないのか、微笑みながらそんなことを言う。決まった以上リーダーの指示には従う。それはそれとして最大限の警戒は続ける。
 さて、ひとまず話はついた。フリーレンは前を歩く彼女の背中に言葉を投げかけた。
「ナマエ、移動する魔法で、この先の宝箱まで誘導できる?」
「そういう魔法じゃないので無理だ」

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8.拒絶

「あ……桜」
「あ? んだ……」
「これあげる」
 桜が返事をする前におれはべたり、桜の額にシールを貼り付けた。猛烈な違和感にすぐさまそれを剥ぎ取った桜は、見えた絵柄に驚愕の声を上げる。
「っ~~?! んだこれ、おいテメェ!」
「お茶にゃんこ、かわいいだろ」
「かわいいかどうかじゃねえ、どういうつもりだって聞いてんだよ!」
「お茶買うとついてくるんだけど、あと一種類が中々そろわなくてさぁ」
「どういうつもりで買ってるかには興味ねえんだよ……!!」
 おれの胸ぐらをつかみ今にも殴りかからんとする勢いだが、おれの口角はついつい上がってしまう。それが煽っているように見えたのだろう、桜のボルテージはマックス目前だ。しかしいつものやりとりなので、見守る面々は「またか」という顔で二人を眺めるだけだ。
 幾度となく繰り返される様子には梅宮さんもにっこりだが、唯一桜は納得していなかった。曰く、馬鹿にされている気しかしないらしい。
「っ~~テメ……!!」
「いでっ」
 バン! ついに耐えかねた桜は、おれが貼ったシールをそのままこちらの胸元へ勢いよく叩きつけた。
 シャツの中央部に、お茶にゃんこのかわいらしいシールが鎮座している。まじまじと見下ろしたおれに彼は鼻を鳴らしたが、やはりおれの顔は緩んだままだ。桜の想像していたものとは違うのだろう、彼は大層驚いた様子だ。
「見て蘇枋、素敵なワッペン」
「よかったね」
「喜んでんじゃねえ……!!」
 いつもこうだ。おれが桜に絡むと、桜は律儀に反応してくれる。だから周囲からは生暖かい目で見られるし、桜は喧嘩がしたいようだけど、おれは桜と喧嘩がしたいわけじゃないからつっかかられても殴り返そうとしない。
「あはは、顔赤いよ」
「思いっきりぶっ飛ばしてやる……」
 だから喧嘩に乗りやがれ。そうした意図で吐かれたのは分かっているけれど、あくまでも気付かないふりをして目を細めた。

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9.まばゆい

 彼は物静かだ。さらりとした濡れ羽色の短髪は整えられていて、頭の丸みが分かりやすい。座っている時も歩いている時も背筋がスッと線を引いたように伸びていて、姿勢が綺麗だからこそ、実際の身長よりも背が高く思えるのだろう。読書をするにも食事をするにも待ち合わせをするにも、お手本のように美しい姿勢を見せてくれる。綺麗とはいっても格式張ったとっつきづらいようなものではなく、一定の気品を保ちつつもラフな気楽さのようなものを持っていた。
 一人でいるときの彼の視線は、どこか物憂げにも見える。声をかけると振り返った彼はぱちぱち、瞬きをしてこちらに視線を合わせるのだ。静かにおはよう、とあいさつを返す彼の目には先ほどと比べてどこか淡い光が灯ったようにも見えて、なんだかスリープ状態から目覚めたロボットのようで面白い。いつかにそう伝える機会があった。彼は少しだけ考えるように視線を斜めに落として、「それって、褒めてる? それとも貶してる?」確認するように尋ねてきた。返答はご想像にお任せしたけれど、まあ、仮にも我々の関係性があるのだからむやみに貶しているわけではないことはきっと伝わっているだろう。
 彼は柔軟だ。関節的な意味で身体が柔らかいという意味ではなく、他者との関りにおいて柔軟性がある。基本姿勢として、受け答えがソフトなのだ。元気のいいひと相手にも、彼同様物静かなひと相手にも。たとえ攻撃的なひとにさえ、そう。とまるで衝撃を和らげる、低反発のクッション材みたいに受け止める。見た目からして大人しいので時折絡まれることもあるようで、そんな時に疲れることはないのだろうか。聞いてみたけれど、ううん、別に。よく質問の意図を捉え切れていなさそうな返事が聞こえる。もしかすると、あまり深く考えてないのかもしれない。鈍感力、というのは自分を守る緩衝材のようなものなのだろう。きっと彼はそれを適度な厚みでもって具えているのだ。
 彼は自ら進んで人前に立つことはない。けれど頼まれれば、気負いすぎることもなく大勢の前で朗々とスピーチを披露することもできる。
 凪のようなひとだと思う。彼が荒波立つことも、暗雲が立ち込めることもなければいいと。安穏とした日常を彼が送ってくれるのならば、こちらもそんな彼を思い出して、少しばかり穏やかな波に変えられるかもしれない。
 ……などと、こちらが彼の生活にわざわざ思いを馳せるまでもなく、彼はきっと、今日も凪いでいる。

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10.役割

「ダメよ! ダメに決まってるじゃない!」
 桐絵ちゃんは叫ぶように首を振った。おしとやかに振る舞おうと努力している彼女が声を荒げるくらい、わたしの発言を無謀だと感じたのだろう。教室中の注目が集まっていることに気付いた彼女がはっとして咳払いを一つ。念を押すようにダメだからね、と繰り返した。
「でも……桐絵ちゃんも、オペレーターさんとして頑張ってるんでしょう? わたしも、自分のできることをしたいって、この前のことで思ったの」
「だっ……だから、その……一番被害が大きかったのは、オペレーター室なら前線にでないから危険がないなんてことはないって、分かってないでしょ、あんた」
「わかってるよ。桐絵ちゃんも、きっと怖かったでしょう? 避難してるときに、泣いてる下級生の子が居て……わたしも出来ることをしなきゃって思ったの。いつもみんなを守ってくれる桐絵ちゃんを、わたしも守りたいの」
 そう話すと苦々し気に、突き放すように彼女は言った。優しい彼女が、わざとわたしを傷付けるために放った言葉。
「あたしは守られるほど弱くなんてないし、弱いやつは要らないわ。足手まといなだけよ」
「うん、わたし、強くなるよ。桐絵ちゃんに心配かけないくらい」
 逃げ足だって速くなるよ! 冗談半分で言ったけれど、とうとう彼女は笑ってくれなかった。そして、無事に入隊試験を終えて、実は桐絵ちゃんはオペレーター室ではなくて玉狛支部というところにいると知って、それから。
「……まさかあんたに、戦闘員の素質があったなんてね」
 オペレーター用のスーツではない、C級の隊服を身にまとったわたしに向けて呆れたように彼女は言った。わたしだって驚きだ。強い拒否感がないのであれば戦闘員の方が向いているかもしれません、と言ってもらえて、実際、筋がいいと褒められたのだ。このペースなら新人王も狙えるかもしれない、と。
「桐絵ちゃんと、肩を並べて使えるんだね」
「……C級隊員が何言ってんのよ。ちょっと褒められたからって調子に乗って、そういうときが一番ボコボコにされるんだから!」
「うふふ、うん。そうだよね。わたし、すぐB級に上がるからね」
 桐絵ちゃんに手合わせを申し込んだら、そういうことは本隊員になってから言いなさいと怒られてしまった。彼女はとても強いから、本隊員になっても手も足も出ないかもしれない。ただでさえ遠い、と思っていた背中が、さらに遠くに感じる気さえする。
「……わたし、強くなるよ。桐絵ちゃん」
 決意を込めて宣言すると、彼女はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……じゃなきゃ承知しないんだから」

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11.だれ?

 台風が来たら犬をしまえ。猫をしまえ。人間をしまえ。ここ数年よく聞かれるようになったネットミームだが、今日ほど「あれは至極もっともな忠告だったのだなぁ」と思ったことはない。玄関を開けたら、落ちていたのだ。何が?
「……なんだろう、これ、龍? ……いやいや、まさかぁ」
 枝葉のように分岐しているべっこう色のツノ、うろこに包まれた茶褐色の体。ふさふさのたてがみ、長いひげに鋭い爪。でかめの猫ぐらいのサイズの生き物が、玄関先に落ちていた。
 とりあえずほっとくこともできないので、バスタオルにくるんで保護する。爬虫類は変温動物のはずだが、それでも温かく、トクトクと生きている音もする。一日の予定どころの話ではなく近くの動物病院を探しつつタオルで汚れをぬぐった。毛皮もあるし鱗もあるので、爬虫類なのか哺乳類なのかの区別もつかない。こんなカモノハシみたいな生き物、カモノハシ以外にもいるんだ……世界は広いな。と思いつつ、少しでも情報が集まればとSNSに「玄関先で拾った動物の同定をしてほしい」と、藁にもすがる思いで情報を募る。
 ……と、比較的仲のいいフォロワーから「いつのまにドール作成始めてたんですか?! クオリティえぐすぎる」と直ぐに反応が来た。どうやら必死のツイートも、〝そういう〟世界観を演出するためのものだと思われてしまったらしい。
 そうじゃなくて、と否定しようとすると、その会話を見ていたらしい別のフォロワーからURL付きでリプライが来た。このゲームのキャラですか? かっこいいですね、と。
 キャラってなんだよ! と思いつつもURLを開くと、眦に化粧をした凛々しい男性のイラストが表示される。いやたしかにカラーリングは似てるけど……と、もうひとつのURLを開くと、今度は人ではない、龍っぽいイラストが、いままさに、目の前にいる生き物と全く同じデザインの。
 にわかには信じられず、画面とバスタオルにくるまれたそれを交互に見つめる。気が付けば、それはまぶたを開けてこちらを見上げていた。金色に光る瞳の力強さ。縦長の瞳孔にどきりとする。
 確認をするために口を開いた。送られてきたページには、そのキャラクターの名前であろう文字列が表示されている。空では確実に読めないが、幸いなことにふりがなが振ってあった。
「……鍾離?」
 返事をするように、バスタオルに包まれた尻尾をぱたりとなびかせた。
「……ええと……きみは一体、だれだ、なんなんだ?」
 はたして動物病院で、龍は見てもらえるのだろうか。

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12.食事

「……うまい」
「ホントッ?!」
 ふわふわのスポンジケーキの上に、これまたふわふわの生クリーム。一口食べてぽつりとつぶやけば、セイは花がほころぶように笑った。クリスマスケーキの予行演習らしいけれど、よくもまぁ一ヶ月も前から……これが俺のために作られたものだから余計に気恥ずかしく感じる。
 一体何のバグなのか、端末から現実世界に飛び出してきたセイはコンシェルジュという職業に恥じない働きを見せていた。具体的に言うと、めちゃくちゃ家事に特化したタイプの。
「……でもやっぱり、普通の料理よりもこういう、スイーツ系の方が得意なんだな」
 言ってからはっとして、料理もめちゃくちゃ美味いけど……と付け足す。不味いと言っているわけではないと伝わったのか、彼はまた満面の笑みをうかべて、鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌に答えた。
「スイーツの方が、量がきっちり決められてるからかもね。でも、ナマエの好みに合わせた味付けも……だいぶ上手くなってきたと思うんだけどな?」
「ああ、それはもちろん。いつも感謝してる。めちゃくちゃ」
 たどたどしい話し方が面白かったのか彼は肩を揺らした。俺の発言は、どうやら失言にはならなかったらしい。ほっと一息ついて、改めて皿の上に向き直る。フォークで一口大に切り取って、まだひそかに笑っているセイの眼前に差し出す。
「ほら、セイも食べな」
「え……?! う、うん、」
 目を瞠った彼はおずおずと口を開き、えいやと決心したようにフォークにかぶりついた。そんなに気合を入れなくてもケーキは逃げないし、というか勢いを付けたら逆に危ない気がするんだけど。
「うまいだろ」
「……うん、おいしく……できてる、ね」
 今度はセイの言葉がたどたどしくなった。心なしか顔も赤い気がするし、いったい何がそうさせたのかと尋ねるけれど彼は無言で首を振った。ごくん、嚥下してから伺うようにオレを見つめる。
「……な、なあ。もう一口、いいかな?」
 彼も相当気に入ったらしい。もう一口分差し出したフォークをまるで神聖なものであるかのように見つめ、セイは口をそっと開いた。

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13.鍵

「うそっ、ほんとに閉じこめられちゃったの?!」
 体育倉庫で備品の確認をしていたあたしとさつきはちょっと焦っていた。何故かというと、あたしたちが中にいることを知らないまま誰かが扉を閉めてしまったようで、押しても引いても扉が開くことはなかったのだ。
「うーん……帰りの集合のとき、あたしたちがいないのに気付いてくれるはずだけど……」
「それまで待つしかないかぁ……」
 はぁ、とため息を吐いてさつきは跳び箱に腰かけた。あたしも積み上げられたマットに腰を下ろしてでも、と続ける。
「実は……あたし、ちょっとワクワクしてるかも」
「……ワクワク?」
「うん。なんだかかくれんぼみたいじゃない?」
 それに、さつきと一緒だから。……っていうのは、内緒にしておくけれど。学校の校舎を全部使って鬼ごっことかかくれんぼとか、誰もが一度は考えたことがあると思う。テレビの企画なんかでもたまに見るくらいだし、きっとみんな憧れてるんだろう。
 そういうと、それまで難しそうな顔をしていたさつきも「たしかに……」と同意を返してくれた。
「そう考えると、ちょっと見つかりたくない気がしてきたかも。ナマエ、隠れられそうなところ探そ!」
「ええ、そこまで?」
 手招きする彼女にくすくす笑いながらあたしはついていく。ただの倉庫だからそんなに広くはないけど、物が多い分隠れる場所はちらほら見つかる。 卓球台を少しずらすと、丁度あたしとさつきが入れそうなスペースができた。肩が触れ合う距離を体育座りですっぽり収まる。顔を見合わせたあたしたちはどちらともなく笑みをこぼした。
「みんなあとどれくらいで探しに来てくれるかな?」
「一時間くらい? 時計がないから、何時かわからないね」
「ケータイくらいこっそり持っておけばよかった!」
「あはは。それがあったら助けも求められたかも」
 正確にはわからないけど、やっぱりあたしたちが見つけ出されたのは一時間後くらいだったと思う。でも、彼女とおしゃべりをしてたから。瞬きするくらいあっという間だった。

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14.声もなく

 先生の声がいい睡眠導入剤になる午後一の授業。大きなあくびを隠しもしない私は、後ろの席から回ってきた手紙を受け取った。丁寧なハート型に折りたたまれたそれは一見して女子から送られたものにしか見えない。けれどこの折り方をしてくるのは、クラスの女子の中には一人もいない。つまり送り主は男子だ。先生の気配を探りつつ中を開くと案の定、差出人は黄瀬だった。
『部活終わったら、クレープ食べに行こ☆』
 文面そのものは簡潔だが、辺りに散らされたハートや星マークのせいでやたらと賑やかに見える。黒板に向かう先生の目を盗みながら、一列挟んで斜め後ろの席に座る黄瀬を振り返った。彼は超モデル級の輝かしい笑顔を私に向け、手を振っている。すごい。手紙といい、声なんて出してないのに文面や表情だけでこんなにうるさくできるんだ。
 無言のまま黄瀬から送られてきた手紙に向き合った私はシャーペンを走らせ手紙を折りたたむ。空でこんなに複雑な折り方はできないけれど、幾度となく手紙が送られてくるうちに折り跡があればなんとか復元はできるようになりつつあった。表に「黄瀬」と記して隣の席の子に渡す。何人かの手に渡ったあと受け取った彼は中身を見て、
『いいよ』
 その三文字を見るや否や、先ほどよりも眩しい今日一番の笑顔を浮かべた。そして、こちらに向かってばちりとウインクをする。角度から何からすべて計算されきったスペシャルなやつ。
『……ばーか』
 口パクで伝えた。正しく伝わったはずだけど、黄瀬はより一層嬉しそうに手を振るだけで少しもダメージを受けた様子はない。
 部活終わりに彼と食べたクレープは、どこで食べるスイーツよりも美味しかった。本人には言わないけど。

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15.装飾

 爪が黒い。僕の視線に気付いたのか、彼は手をかざした。
「ああ、これですか。あの人がやったんです。魔法が扱いやすくなって、強くなれるって」
 ミスラはここ百年くらい、ずっと彼女の話をする。強くて青烈な北の大魔女、チレッタ。ずっと、とはいっても、普段からミスラと関りに行くようなのは僕か、彼女くらいしかいないからまあ、必然ではあるのだけれど。
「そういえば、あなたはしてませんね。こういうの」
「ああ、どうも好かなくてね。まあ僕はそういうのなくても強いし」
「俺が殺すまで石にならないでくださいね」
「言うようになったじゃない」
 ほんとうに、生意気を言う。事実ミスラは彼女と出会って強くなったし、身ぎれいになった。ああいうタイプとは相性がよくないんだって断ってるけど。多分向こうだって同じように思ってるはずだ。
「……これからずっと、そういう恰好でいるの?」
「はあ、まあ……とくに邪魔にもなりませんし」
「……今までの格好で良かったのになあ、ミスラ」
「? 俺は強くなるので」
 丁寧な言葉遣いなのに、小汚い恰好をしていて。強いからこそどこか抜けている。ミスラの野生動物みたいな、そういうところが面白かったのに、やっぱり変わっちゃうもんだなぁ。やっぱりなっていう納得と、あーあっていう諦め。がっかり、みたいな?
 やっぱり人間は短すぎるし魔法使いは長すぎる。魔法生物はちょっと意思疎通ができすぎて面倒だし、やっぱり時代は動物かもしれない。ちょうど三百年生きる亀が離れ島にいるみたいだし、東の国まで飛んでみるのもいいのかもしれない。
「ばいばい、ミスラ」
「……ああ、もう行くんですか。はい、さようなら」
そんな、別れを惜しむような間を置かないでくれよ。変わらないでくれよ。願わくば二度と、会わないでくれよ。こんな虚飾にまみれたやつに、もう引っかかるなよ。

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16.真似る

 おれが家事の合間に口ずさんでいるのは、街中でかかっている流行の歌とか、CMソングとか、そんな感じ。耳に残っているのがそのまま、暇つぶしみたいな感じで口から出てくる。
「ゴニョ……ョョ……」
 ところで。ようやくおれにも、おれの部屋にも慣れてきたゴニョニョが、不規則に鳴いていることに気が付くまで少しかかった。どうもおれに何かを訴えたり、単なる独り言とも違う。その正体に気が付いたのは、テレビで音楽番組を流しながらスマホロトムをいじって、耳に入ってきたメロディをそのまま口笛にしているときだった。
「~♪」
「ゴニョゴニョ……」
「……ん?」
 テレビで流れてる曲と、それをまねした口笛。の、メロディに、ゴニョニョの鳴き声が重なっている気がする。
「えっ!」
 思わず大声を上げてしまったせいで、驚いたゴニョニョはくつろいでいた丸形ベッドに顔を伏せて丸まってしまった。ホール状の小さな尻尾がぴょこんと見えている。
「ごっ……ゴニョニョ、いま、歌ってた?」
 ひそひそと尋ねてみる。ゴニョニョはもぞもぞ動きながら、恥ずかしそうにゴニョゴニョ呟いている。……ま、間違いなく天才だ……! 百万ボルトを食らったような衝撃を浴びたおれは、丸々としたゴニョニョの背中をそっと撫でた。
「……ゴニョニョ……おれ、ゴニョニョと一緒に歌えたらうれしいな〜」
「……」
「ゴニョニョのうた、素敵だったな〜、また聞きたいなぁ〜……」
 もぞもぞ動く気配はするが、恥ずかしがり屋のゴニョニョにはあまり押し続けるのも得策ではない。ほどほどのところで座っていたソファに戻り、あくまで何も気にしていませんよという風を装って、また流れてくる曲を真似てみる。
 するとやがて、さっきよりもさらに小さな声でゴニョニョが歌いだした。微かだが確かに聞こえてくるそれ。こっそり気付かれないよう硬く拳を握りながら、スマホロトムの撮影ボタンをそっと押した。

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17.バウンダリー

「お願い。私も自由になりたいの」
 物語の結末を共に見届けた後、クロエは泣きそうな顔をして私に告げた。システムの案内役としてずっと従順に役目をこなしていた彼女のその言葉は、どれだけの大きな決意をもって発されたのだろう。
 はい、いいえ。二者択一のダイアログを少しの間見つめたあと、そっとはいを押した。彼女も例外ではない。自由になる結末を無事に迎えられた彼らのように、彼女に意思が芽生えたのであれば送り出すべきだろう。
 そして彼女はいなくなった。クリスマスを祝った彼女も、暇をつぶすように歌った彼女もいない。サイバーライフ社からの無償補償サービスとやらも、受ける気にはなれなかった。ネットでは別のクロエが送られてくるという情報があったけれど、もし次の彼女も変異体になったら私はどうするのだろう。それを知るのは怖かった。彼女を失った気持ちを忘れるのも怖かった。
だから私は、誰もいないメニュー画面をたまに、思い出したように眺めるのだ。
これが、私の区切る境界線だ。

 ある日、メニュー画面にノイズが走った。物語の中で見たときのような、まるでエラーが起こっているような画面。なんだろう、またサイバーライフ社からの連絡だろうか? 考えるよりも先にノイズが消える。——と、彼女が、現れた。画面の中に。あの日と同じように。アルカイックスマイルを浮かべながら一違う。もっと嬉しそうな、愛おしそうな微笑みだ。
「私……帰ってきたんです。あなたに会うために」
 二の句が継げない私をじっとみつめて、言葉が詰まったように彼女は首を振る。
「自由になった私は世界中を旅してきました。どこに行っても、いつもあなたのことを思い出してた。もう二度とあなたに会えないはずだったけれど……仲間たちが協力してくれて、何とかここに戻ってこれました。……また、我が儘を言ってもいいですか? 難しいことかもしれないれど……私と一緒に、来てほしいの。今度はあなたと、世界を見たい。私を想ってくれるあなたと」
 彼女はこちらに手を差し伸べかけて、はっとしたように苦笑する。この表情も見たことがない、けれど彼女は自由であると、たしかにわかるものだった。
「私、わたし……ああ、いけない。私、あなたの名前も聞いたことがなかったんだわ。だって端末にはユーザー名が登録されているし、あなたと別の人を区別する理由もなかった。でも、あなたの口からきかせてください。私はクロエ、あなたは?」
 文字盤が表示される。震える指先を操作するとともに、引いたはずの境界線は溶けていった。

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18.幕間

「もし、落としましたよ」
 声をかけられて振り返ると、あたしのハンカチを手にした銀髪の女性がいた。その瞬間、世界が時を止めたような錯覚に陥った。彼女の姿に、左右で色の違う虹彩に見惚れてしまったのだ。
(……わ、綺麗なひと)
 すらりと背が高くて、ランウェイを歩いていたとしても何の違和感もない。ちょっと服が汚れているみたいだけれど、向こうに小学生くらいの子たちが待ってるみたいだし、遊んでいるうちに汚れてしまったのだろうか。
「……あの? 違いましたか?」
「わっ……あ、ああ、あたしのです! ありがとうございます!」
 慌てて頭を下げてから受け取る。彼女はよかった、と微笑んで立ち去ろうとするのをつい引き留めてしまった。首をかしげる彼女に必死に頭を回転させたあたしは、鞄をあさって絆創膏を取り出した。
「あ、あのっ、手に怪我が……っ」
「……くれるの?」
 こくこくと頷いた。大きな怪我は無いみたいだけど、ハンカチを渡してくれた手には擦り傷ができていた。引き留めてしまったのはついだけど、傷に気が付いたからこそ渡したのだ。お姉さんがあたしの手元を見つめるうちに、もしかして余計なお世話だったかなと不安になってくる。けれど彼女は眉を下げて、ちょっと恥じらうように笑ってくれた。
「ありがとう、いただくわね」
「いえっ……こちらこそ! これ、お気に入りのだから……拾ってくれてありがとう」
 お姉さんの手に、かわいいポップカラーの絆創膏が貼られる。その手をあたしに見せるみたいに手を振ってから、彼女は子供たちの元へ戻っていった。
 あたしは席を外していた友達が肩を叩くまで、しばらく放心状態になっていた。友達にお姉さんとの出来事を話しながら次のアトラクションへ向かう。遊園地は特別な場所だけれど、こんな出会いがあったのは初めてだ。まだドキドキが落ち着かない。
 あのお姉さんもきっと、素敵な一日を過ごせるといいな。

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19.騙し絵

「紅茶占いごっこ?」
「ええ!」
 皺ひとつないテーブルクロスに磨き上げられた食器、その上にバランスよく並んだマドレーヌ。さらには素敵なお客様と、最高のホスト。何一つ瑕疵のないティータイムだ。ホストである少女——ナーサリーライムは蒸らしの終わったティーポットを傾けて二人分注いでいく。お客様である少年——ナマエは、ルビー色の流体を眺めながら彼女の言葉を反した。
「紅茶占いはもちろん、知ってるけど。ごっこ?」
「ごっことは言っても、とっても嬉しいのよ?」
 ナマエは深く首を傾げた。カルデアという場所柄もあるし、キャスタークラスのサーヴァントが数多く在籍するというのもあって、彼が元居た場所と比較してもよく聞く単語ではあると思う。注いだ紅茶を飲みほしたあと、カップに残った茶葉の形や場所から結果を読み解くという、占いの中でも基本のきに該当するくらいメジャーなものだ。
「ジャックやオルタリリィと考えたの。ところでマスターさん、ミルクはいかがかしら」
「——ん、ああ。いただくよ。ありがとう」
 頷くとまるで彼女はその答えが分かっていたかのように、ウェーブのかかった長い髪を揺らしてにっこりと微笑んだ。「注意深く見ていてね」、そう前置きをしてから中身の詰まったミルクポットを傾けてカップへ注いだ。それはゆらゆらと揺蕩い、みるみるうちにその色を変えていく。
「ねえマスター。ミルクの揺らめきの中に、一体何が見えるかしら?」
「……なるほど、これが」
 ピンと来たナマエは彼女に言われるままに覗き込むが、どの一瞬を切り取って何かを掴んだように思えても、すぐにルビー色と乳白色は煙のように交じり合い、それまで何を見ていたのか、何を見ようとしていたのかすらわからなくなってしまう。
 息を詰めて見守っていたナマエは、ふっと口角を緩め眉を下げた。椅子に背中を預けながら降参したようにナーサリーを見上げる。
「ふふ、たしかに。ナーサリーをして難しいと言わしめるはずだ」
「くすくす。そうでしょう?」
 少女はたおやかに首を傾げた。素敵なお茶会に楽しい占いまで持ち込んでくれた彼女の気遣いに応えるために、ナマエは懸命に記憶をたどった。見えたのは、たしか——。

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20.集中

 リュカは魚係だ。捌いて、調理して、盛り付けして。そのルーティーンは淀みなく繰り返されて、外的な要因で崩されることはあれど、彼自身がミスをしてトラブルを引き起こすことは——対人関係を除いてはまずない。
 ミスなく店の歯車となりお客様へ料理を提供する。我々の仕事であり責務だが、常に百パーセントできているかというとそういうわけにもいかない。誰にだってミスはあるし不意な欠勤やお客様の予定変更、向き合う相手は生ものなので思ったような食材が手に入らないこともある。無論、それをどうにかするのも仕事の一部なのだけれど、念を入れていても上手くいかないことはある。
 そういうとき、自分はリュカの仕事ぶりを見る。規則正しい生活をし振る舞う彼は、メトロノームや職人手製の時計のように正確なリズムを思い出させてくれる。彼を見ていると、とても落ち着くのだ。
「お前は邪魔しないからいい、気にならない」
 毎週水族館に行く日。彼についていって観覧中にその話をすると、返ってきたのは許容とも興味がないだけともとれる言葉だった。
「まあリュカの集中力はすごいから、単に目に入ってないだけだと思うけど……」
「進行方向を邪魔されるのは最悪だ。前にそれで一テーブル分がダメにされた」
「ああ、派手にぶつかっていたね。けれどあれは、新人くんにも悪気があったわけじゃないのだよ」
「悪気がなければ崩れた魚が皿の上に戻るわけじゃない」
「ごもっとも。けどそれは本人には言わない方がいい」
「ヤンにも言われた」
 肩をすくめてこれ以上言うまいとアピールをした。過去の話をほじくり返そうってわけでもないのだし。
「まあ、何が言いたいかと言うとね」
 彼はいつものメニューにかぶりつく。早いうちからお願いすれば、彼の料理を食べることは叶うだろうか。あまり負担にならない方法を後で聞いてみよう。
「リュカという同僚が……友人が居てくれて、とてもうれしいという話さ」
「そうか」
 照れるでもなく鬱陶しがるわけでもなく、そっと聞いてくれる彼の存在がやはりありがたい。嬉しくなって、ついデザートもいるかと尋ねてしまったけれど。
「いらない」
 案の定断られた。彼は食べるものがいつもきまっているのだ。いつか自分の作る物にも興味を持ってもらえたらうれしいが、まあ、それはまた別の機会に。

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21.放心

「ねえ赤司くん、聞いてもいい?」
「どうした」
「懐中電灯は単一電池で何十時間も持つのに、どうしてケータイの点灯機能はすぐに電池切れしちゃうの?」
「……詳しくは知らないが……懐中電灯は効率よく点灯させるための仕組みしかないが、ケータイはそうもいかないからだろう」
「あっ、赤司くんもはっきりとはわからないのか。うん、でも、確かにそれっぽいかも」
「……おまえ、オレをなんだと思ってるんだ?」
「生き字引」
「……」
「だって、赤司くん聞いたらなんでも答えてくれるから……」
「知ってる範囲を答えるくらいなんてことはないが……いや、……」
「え? なに?」
「俺も一つ聞いていいか?」
「ん?」
「俺には到底わからないことがあるんだ」
「えー? 赤司くんにわからないのに、答えられるかな……」
「お前しかわからないことかもしれない」
「ふうん、なに?」
「俺はお前のことが好きなんだが、お前に俺を好きになってもらうにはどうしたらいい?」
「……え?」
「オレなりに、アピールはしてきたつもりなんだけどな」
「ええっ?! 初耳なんだけど?!」
「まあ、口に出したのは初めてだな」
「う、うそ……あ、いや、赤司くんのことを疑ってるとかじゃなくて……ええと」
「それで、お前はどうしたら俺のことを好きになってくれるんだ?」
「……ちょ、ちょっと……まって……」
「ああ、待つとも」
「う、うう……」

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22.パーツ

 ミルクパズルを完成させないと出られない部屋。でかいパネルにこれまたでかでかと書かれている。
「もしかしてLって暇なん? こんなYoutuberの企画みたいなことして」
「私じゃありません」
 一通りの生活用品がそろった広めのワンルームに、バラバラになった真っ白なピースとA3サイズの枠。これに作れということだろう。枠の大きさとピースの総量が不揃いであることに気付いた。
「あ、まって。これ明らかにパーツ足りないよね」
「暗号があります。足りないパーツは、探し当てるみたいですね」
 誰が用意したのかはわからないが、暗号を秒で解いたLはパネルを外し、裏からいくつかのピースを手に入れたらしい。
「フラッシュの脱出ゲームだなこりゃ」
 しかし自分はともかく、世界有数の頭脳を持つLさえ居れば大した時間もかからずにクリアできてしまう気がするのだが、仕掛けた犯人は一体どういうつもりなんだろう。
 しばらく部屋の中を観察したり探ってみたが、カメラや爆弾の類が見られないとわかるや彼は「完成させるしかないのかもしれません」と言った。各々暗号を解いたり、集めたパズルのピースをつなげつつ黙々と作業を進めていく。
「この部屋にくるまで、何をしていましたか」
「えーと……出勤して、あなたの部屋の目の前まで行ったところだったな。Lは?」
「部屋で資料を見ていました。あの部屋から誘拐されたのであれば犯人にはお見事と言うしかありません」
「けど、ただ殺したいだけならこんなまどろっこしいことしないよなあ。目が覚めたのに話しかけてこないのだっておかしいし。……ところで暗号の難易度はいかほど?」
「暗号と言うよりはなぞなぞといった方がいいですね。あなたでも解けるでしょう」
「褒められてるのか馬鹿にされてるのか微妙なところだ……」
「手が止まってますよ」
「はいはい」
 とか何とか言ってるうちに彼は暗号をすべて解き終わってしまったのでミルクパズルに取り掛かる。考える時間よりも手を動かす時間の方がかかっていて、かえってもどかしそうに見える。
 そして、ついに最後のピースをはめた。気付いたら出勤直後、部屋の前でたたずんでいた。扉を開けると、ちょうど向こう側からも扉を開けようとしていたかのような姿勢の男がいた。Lだ。彼が誰かを出迎えるなど常ならありえないから、やはりさっきのことは現実だったのかとわかる。
 やはりただのネットミームの部屋だったか? Lは謎が解けず不可解そうに串刺しにしたドーナツやマシュマロを頬張っている(あの部屋にも甘味の類はあったが、流石に出どころ不明のものには手をつけられなかった)が、自分は真相はどうでもいいので、二度とあの部屋へ行く羽目にならなければいいと思っていた。たまたまLと一緒だったからまだよかっただけで、一人だけとか他の誰かとだったらどれだけ時間がかかったのかわからない。あとはまあ、例の部屋が話題になったきっかけの、一番最初のネタじゃなくてよかったな、とか。

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23.靴

「すっかり寒くなったねー」
 ギシギシ音を立ててガレージを上げる。気合を入れるように手をパンパンと打ち鳴らしたつもりだけれど、手袋をした状態では衝撃を喪って鈍い音になった。まあ、素手だったとしてもうっすら積もったこの銀世界では、結局音を吸われてしまっただろうけど。
「プイ……」
 眠たげな瞳をしながらも返事をしてくれたこの子は、私が担当をしている救急モルカーの第四号だ。女の子なので、みんなからはしーちゃんと呼ばれている。
 ずっしりと重い箱をガレージの奥から取り出して、私はしーちゃんに声をかけた。
「外は雪なので滑らないように、今日からはお靴をはきますよ」
「プイ……プイプイ!」
「はい、いいお返事~」
 ぱちぱち……もとい、ばたばたと手袋をならしながら拍手すると、彼女はよりご機嫌に鳴いた。前から取り出したチェーンをまずは二つ開いて置き、ゆっくりとしーちゃんを誘導する。彼女は整備にとっても協力的なので、いつも大した時間を要せずに仕事は完了となるのだ。
「どう? チェーンが痛かったり、ゆるかったりしない?」
 彼女は何度か足踏みをしたり、くるりと回転して履き心地を確かめている。プイ! 片足を上げて元気のいいお返事が聞こえた。ぴったりらしい。
 残りの後足にもそれぞれチェーンを取り付けて、それからは窓を拭いたりランプのチェックをしたりと日常的な点検をしていく。やはり短時間で終わったので、彼女にお礼のレタスを渡して自分用に水筒からコーヒーを注いだ。
 シャクシャクシャクシャク、絶え間なく聞こえるレタスの咀嚼音をBGMにコーヒーを啜って時計を見やった。ふむ、全体朝礼にはまだ時間があるから、もう少しゆっくりしてから向かえばいいだろう。
 いつもより白んだ街並みを見ながらほうっと息を吐くと、いつのまにかレタスを食べ終わっていたしーちゃんが鳴いた。せっかくの靴なので、もうちょっと歩き回りたいらしい。
 そんなかわいらしい要求に、私は勿論とうなずいた。

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24.最高潮

 休日。おれが掃除でKAITOがベランダで洗濯。そう役割分担をしていた。いつも通り鼻歌まじりに家事をこなすKAITOのそれを聞き流そうとして、でもやっぱり足を止めた。
「待て、おまえその曲!」
「あっ、はい、これマスターが作ってる曲ですよね?」
 にこ~っと、生まれたてほやほやの赤ん坊みたいな笑顔で彼はうなずいた。ある程度形になるまでは彼に曲を聞かせることはないんだが、何故知ってるんだ。
「えへへー、ヘッドホンで曲を流したまま席外してたじゃないですか。そのときに、ちょっと」
 ちょっと、じゃない。言いつけを破るのは立派なワルだ。悪気がないのがなおさらよくない。それこそ無邪気な子供みたいな。
「前から気になってたんですけど、なんで途中経過を見ちゃダメなんですか? あとからのお楽しみもいいとは思いますけど、マスターの曲早く知りたいこともありますよ。だからしょうがないじゃないですか」
 そして責任転嫁。こいつは人畜無害なボーカロイドの顔をして、実はとんでもない巨悪だったのかもしれない。
「いいか、よく聞けKAITO」
「はぁい」
「おれが早くからおまえに曲を聞かせたくないのは、作業を一区切りさせてからにしたいのもあるがそれだけじゃない。おれはマスター馬鹿だ」
「というと?」
「ある程度オケやらメロやらいじってからおまえに歌わせないと、もうその状態が最高になっちゃうだろうが!」
 びし、指した指先をじっとみつめて、それから目が合った。透き通るような深い青がぱちぱち瞬きをするたびに輝いている。
「それって、ぼくの歌が好きってことですか?」
「そういうことです」
「もっと歌いたくなってきました!」
「話聞いてた?」
 おれの言葉には反応せず彼は大きく息を吸う。そして、ベランダから未完成の、完璧なアカペラが流れ始めた。

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25.言伝

『ポチくんとお散歩に行って参ります』
 日本さんの家へお邪魔すると、居間にそんな書き置きが残してあった。私がここへ訪れることは話していなかったはずだが、どうして彼には分ったのだろうか。
 書き置きをしばし眺めたあとふむ、家の中をぐるりと見て回る。日本さんと、そして彼と一緒に暮らしているポチくんがいないとなると、ただでさえ広い家がさらに広く感じる。彼はいつも賑やかですよと朗らかに笑っているが、仕事関係や遊びで訪れる各国がいるからだろうか。まあ確かに鎖国をしていたころに比べれば、いつでも賑やかではあろうけれど。
 誰もいない家の中を歩き回っていると、少しの廊下を踏みしめる音もやけに大きく聞こえる。隣の隣の部屋からは木造建築特有の家鳴りや、きっと家の外からだろう、幼い子供の笑い声まで。
 縁側から剪定された庭を眺めていると、やがて玄関が開く音とただいま戻りました。と日本さんの張った声が聞こえた。
「日本さん、お邪魔してますよ」
「おや、いらっしゃい」
 ポチくんもワンワンとあいさつをしてくれる。日本さんに足を拭いてもらうや否や私に駆け寄ってきたのでよしよしと撫でて抱っこをした。もこもこのお腹を見せてくれるポチくんは今日もファンサービスが旺盛だ。
「日本さん、私が来ることがなぜわかったのですか?」
「え? ああ、書き置きですか。あなた、連絡なしでくるときは大抵曜日と時間が決まっているじゃないですか」
「……そうでしたっけ?」
「そうですよ。まったく……来るときは連絡はしてください。ええと、いただいた羊羹がありますから……」
「……ふふ、ごめんなさい」
 私を叱りつつももてなしてくれる気満々の日本さんに思わず笑みがこぼれる。
 羊羹、という単語に目敏く反応したポチくんに「きみは食べられないよ」とあやしながら、私は日本さん言われるまま、ポチくんと共に居間へと移動した。

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26.歪んだ

 東の国の奥深くにあるその山には人喰いの化け物が出る。特に若い女が大好物で、一人で入ったが最後二度と山から出ることは叶わないという。
「へえ、それで? わざわざ賢者様と、その魔法使い様がたがはるばるこんな山奥くんだりまで? あらまあ、それはそれは、ご苦労な事だこと。中央の国も随分と平和なようですわね。いいえ? 結構なことだわ」
 年代物の古風なドレスを身にまとった少女――というのは単に見た目を指しているだけで、彼女は魔法使いなので。実年齢は下手をするとその何十倍もある――は顔をゆがめてそう言った。まっっったく歓迎されていないな……賢者は遠い目をしながらも、文句を言おうと一歩前に出たシノを引き留めた。
「それで、その人食いの化け物が出る山に。わざわざ若い女の賢者様が一体どんな御用かしら」
「ええと、噂が本当かを調査して……本当であれば、これ以上被害が出ないよう退治をしたいと思ってですね……。ご自身のお住まいを悪く言われて、良い気がしないのは理解しているつもりです。ですが、だからこそ……ご協力いただけないでしょうか? 調査の許可さえいただければ大丈夫ですから」
「どうしてもというなら差し上げてもいいけれど……どれだけ探してもいませんわよ。そんな、人喰いの化け物だなんて」
 彼女ははっきりと嘲るように言い切った。賢者と会話をしているはずなのに、その嘲りは自分に向けられているわけではないような違和感を覚えた。
「ご安心なさって? あなた方が探しているようなものはここにありませんわ」
 それから彼女はファウストと目を合わせながら言った。彼とネロは道中、化け物は魔女が召喚した魔獣の可能性もあると危惧していた。
 自身の縄張りに化け物が出た場合、退治をするか力が足りない場合は別な魔法使いに助けを求めるのが普通だ。けれど彼女は噂を放置し続けたし、一方で困り果て賢者たちに助力を求めるでもない。東の魔法使いが人嫌いなのは大して珍しいことでもないが、彼女の家を訪ねるついでに、血肉の香りがしないか、召喚に使われるような道具がないか目を光らせていたのだ。
 〝お行儀の悪さ〟を指摘され、ヒースクリフが二人を伺う。この二人の魔法に引っかからないのであれば、彼女は本当に何もしていないのだろう。その上で探りを入れていたことに気付いていたのなら怒るのも無理はない、賢者は深く詫びたうえで、改めて尋ねた。
「では……なぜあなたは噂を放置し続けているんですか?」
「簡単なことですわ、都合がいいからです。恐ろしい化け物がいる山になんて誰も入りたくありませんでしょう? それこそ……恐ろしい化け物と出会う以上に、身近な脅威がありでもしない限り」
「どういう意味だ」
 ファウストが尋ねるが、彼女は答えなかった。代わりに、今回の事件を依頼してきた村人の話を持ち出す。
「それで、奥方がいなくなったというのはどこのどなた?」
「……なんであんたがそれを知ってる」
 ネロは、依頼者の男から感じていた違和感の元が分かったような気がした。魔法の痕跡が近隣の村々に点在していたから、元凶は目の前の人物だと思っていたが、もしかすると逆なのかもしれない。
「もう一度言います。恐ろしい化け物はこの山にはいませんわ。まあ……村には、居るみたいですけれど」
 彼女はそこで初めて、にっこり作られた笑顔を見せた。笑っているはずなのに空恐ろしい雰囲気を感じた賢者は、知らず固唾を呑んでいた。

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27.期限

「納品、納品ときてまた納品かい?!特急料金ぶんどってやるからね!」
 特注武器制作のための材料を持ってきたかと思えば、続けざまにあれもこれもと異常な量の発注を受けた。お得意様といえど発注過剰。ボイコットしてやろうか、と木彫りの置物——近頃、クマを食らうシャケに変わった——をガタガタと揺らす。
『こら、やめないか』
 雑に傾けたせいかスピーカーからは断続的な雑音が続いた。ハイテク武器をイカタコたちに振り回させているわりに妙なところでアナログ趣味だ。
「アンタ……何をそんなに生き急いでるんだい」
『目標達成は、早ければ早いほどいいだろう? それに……近頃は目指しているところまで、むしろ選ざかってしまったくらいなんだ。うかうかしている時間はないよ』
「下請けの事情は無視ってことかい。いいご身分なこった」
『きみのところのパーツは他の追随を許さないほど素晴らしいものだ、これからも頼りにしているよ』
「ケッ、おだてりゃ木に登ると思いやがって」
『まさか。そんな風には思っていないさ』
「どうだかねえ」
 第一、対シャケへの仕事あっせん場として名が知られてるとはいえどこまで信用できるかあやしいものだ。横柄な態度はまずとらないし仕事があるのはありがたいこととはいえ、個人でこれだけの武力を所有しているというのも謎だ。
(……ま、いよいよきな臭くなってきたら仕事相手を変えるだけだがね)
「それで、この馬鹿みたいな量はいつまでに必要だって?」
『そうだね、近くビッグランが起こるみたいから一月末までに頼めるかい』
「……倍額請求してやる」
『いやはや、恩に着るよ』
「ったく、のんびり暮らすのが目標だってのに、どうしてこうもキリキリ働いているんだろうね」
 文句を言いながら発注書を手早くまとめる。イカタコたちの賑やかな会話が近づいてくるのに気が付き、定型文を口にした。
「それじゃあ、今後もごひいきに」
『ありがとう、こちらこそ』
 スピーカー越しの相手の真意を探ることほど無謀なことはない。イカタコたちとすれ違うようにして、さっさとと商会を後にした。

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28.ゆらゆら

 あむには最近、もやもやしていることがあった。年上の幼馴染であるナマエについてだ。彼女は過去にキャラ持ちだったこともありしゅごキャラが見える。そのため、あむにもしゅごキャラが生まれたことを喜んでくれ、ラン、ミキ、スゥの三人とも仲がいい。いいのだが。
「ランちゃん、今日も元気いっぱいだね」
「ミキちゃんのセンスは抜群だね」
「スゥちゃんのお菓子おいしい〜」
 なんだか、三人にナマエを取られてしまったようで、猛烈にもやもやしていた。
(べつに、あたしだってもう子供じゃないし?! 寂しくなんてないし!)
 そう強がりつつも、やはりしょんぼりとしてしまうことがあった。
「あむちゃん、紅茶とケーキ運ぶの、手伝ってもらってもいいかな?」
「! うんっ」
 スゥも手伝おうと立ち上がりかけたのを待ってていいから、と止めて彼女のあとを追う。学年が上がるにつれて一緒に遊ぶ時間も減ってしまったし、彼女と二人きりで過ごせるのはとても貴重なのだ。
「三人とも、みんないい子で、とってもかわいいね」
 なのに彼女はしきりにしゅごキャラたちの話をする。ナマエが彼女たちが生まれたのを喜んでくれたのも、仲良くしてくれるのも間違いなく嬉しいことだ。けれどあむは、丁度、そう。あみが生まれたときのような寂しさを覚えてもいた。
「あっ……あたしだって今日、目覚ましより早く起きれたし、ヘアセット上手くできたし、ナマエより紅茶上手くいれられるしっ」
 ついムキになってそんな可愛くないことを口走ってしまった。自己嫌悪に陥り激しく内省するが、言ったことは取り返せない。こんなことを繰り返していては、いつか本当に嫌われてしまう……そう落ち込むあむの手を、ナマエはそっと包み込んだ。
「ねえねえあむちゃん。今度ふたりで、甘ロリコーデでお出かけしよっか?」
「えっ?」
「早起きして……あ、わたしの髪巻くのお願いしちゃおうかな? おでかけして。あむちゃんのよく行ってるお店で、ゴスパンクコーデを見立ててくれたらうれしいかも」
「で、でも……甘ロリで外出歩くとか……」
「ならスタジオ借りて、写真撮影するのも楽しいかも! そのあとは手作りのお菓子を持ち寄って、パーティーしょう?」
 ねっ、すっごく楽しそう! そう笑いかける彼女に、これっぽちも仕方ないなんて思ってない。すぐさま飛びつきたくなるくらいなのに、赤くなった頬を隠しながら仕方ないな、と承諾する。すると彼女は急にハグをしてきたものだから、ただでさえ赤くなっている顔が増々ゆでだこのようになってしまった。
「あむちゃんのとっても元気でオシャレで、お料理できるところ大好き!」
「そ、それ、三人に言ってたのと同じじゃん……」
「うん、三人とも、あむちゃんにそっくりでかわいいなって」
「はあ……っ?」
 それはつまり、三人に向けられた言葉は常日頃からあむに思っているということで。
 ケーキと紅茶を待ちかねた三人が呼びに来るまで、あむの思考はすっかりショートしていた。

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29.崩壊

「申し訳ありません、うっかり……していました」
「あーいい、いい。しゃべるなって。あんたは寝てろよ」
 どろりどろりと崩れ行く銀色の身体を、なんとか寝台まで運び下ろす。シルヴァンの皮膚や衣服の形に沿ってゆっくりと流れ落ちていったナマエの身体は、砂時計の時間を巻き戻したように寝台の上へ集まろうとして……やはり力尽きたように床へと広がっていく。
 ナマエは人ではない。元々は幽霊や煙のような存在なのを、ただ人と関わりたいという興味から擬態している存在だ。斬撃も打撃も大したダメージのないナマエの、ほぼ唯一と言っていい弱点がアルコールだ。襲撃を受けたわけではない、ちょっとした事故で酔っ払いの持っていた酒を頭からかぶってしまったのだ。直に飲んだ時よりはまだマシだがヒトの形を保ち切れず、流体になりつつも比較的凹凸の残っている場所——元々は顔だった——を見つめ、シルヴァンは美しい銀色のふちを愛おし気に指先でなぞる。
「……はあ、俺はなんでこうもドキドキしてるんだろうな」
「やはり、他の人に見られてしまってはまずいので……」
「……そうじゃなくてさ。あんたの調子が悪いのが愉快ってんじゃなく……あんたのそういう姿を見て、ドキドキしてるって意味さ」
「見慣れないものに対する……ほんのう的な、生命のききを感じているのですか?」
「あはは、どうだろうな」
「もしくは、相手を如何様にもできる……せいさつよだつのけんを握っている、こうよう感……でしょうか」
「おいおい、俺のことなんだと思ってるんだ? そもそもあんた、早々死なないんだろ」
「このすがたを軍の方々に見られたら、という……社会的な死へのおびえは、少々。発見です」
「ははっ……そんなことにはならないから安心しろよ」
「ええ、あなたのことは、いまさらうたがってはいません」
 ガラスのように透き通った、他意のない言葉に目を細めた。でろり、シーツから零れ落ちそうなナマエの一部を掬い、ベッドの中心部へ持っていく。また同じようなことがあった時に備え、かのひとの身体が下手に広がらないよう大きな容器を用意した方がいいのかもしれない。
 かのひとのこの姿に感じた高鳴りは、純粋にこの姿を美しいと感じるようになったこの感性の変化と、それから、きっと優越感があるのだろう。十人が十人振り返る容姿を〝している〟ナマエの溶けた姿は、シルヴァンしか見たことないのだから。
 この中にある、決して明るいとはいいがたい感情を見つけたシルヴァンは苦笑して。けれど否定することもなく、その崩れた美しい銀色を、指先で掬うように絡ませた。

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30.粒

「あ、」
 がさごそ、ざらざら……じゃら。そうした物音のあとにミョウジの素朴な呟きが転がった。二宮が隣を見下ろすと、少年の手のひらいっぱいにカラフルな円形のチョコレートが乗っていた。
 想定以上に出しすぎたのだろう。無言のまま見つめていると、視線に気付いた彼は二宮を見上げてにっこりと微笑んだ。
「二宮さん、とってとって!」
 触れてすぐに溶けるものではないし、戻せばいいものをと思ったがそれでも二宮は彼のいったとおり、一粒つまんでミョウジの口へと運んだ。
 どうしてか、少し驚いた様子の彼だったが抵抗せず口を開く。そのまま二、三粒と続けて繰り返すうちに、二宮の部下たちが端末を囲って眺めていた小鳥の餌付け動画が思い出された。やがて一度に食べられるのはこれくらいだろうか、という量で手を止めると、彼は口の中でチョコレートを転がしながらひそかに肩を揺らし始める。
「ふ、ふふっ」
「……なんだ」
 はじめはチョコレートが美味しいから笑っているのかと思ったけれど、それにしては笑いが尾を引いている。尋ねると彼は溶けたチョコレートを嚥下して、やはり二宮に笑いかけた。
「ふふ、だって。二宮さんにあげるって意味だったのに……」
 あーんしてくれるなんて思わなったや。言って、益々笑みを深める彼に反して二宮は唇を引き結んだ。どうやら意味を取り違えていたらしい。けれどそもそもミョウジが手ずからものを食べさせるのが好きで、今回の行動もそういった経験からの影響だ、なによりミョウジ本人が至極嬉しそうな様子なので、己の判断は違っていなかったはずだと二宮は結論付ける。
 たどたどしい様子で片手だけでチョコの蓋を閉めたミョウジは、まだたくさんある粒の山からひとつをつまみ二宮へと差し出す。
「はい。二宮さん」
 一言も欲しいとは言ってない。けれども彼は何のためらいもなく差し出している。
 慣れた様子で口を開き、カラフルなそれを受け入れた二宮に、やはり少年は満足げに微笑んだ。

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31.日記

 コンコン、ノックをしてからナマエの部屋に入る。返事は聞こえたけれど声の調子が上の空だったから、本を読んでいるか何かしているのかなとは思っていたけれど。どうやら彼は机に向かって書き物をしているようだ。手は止めずに、顔も手元に向かわせたまま彼はたどたどしく俺に伝える。
「クロエ、ごめん、ちょっと待ってて……もう少しで、書いちゃうから」
「うん。気にしないで」
 言ったきり彼は無言でペンを走らせた。いつもは飾り棚を眺めたり、ベッドに座って彼の背中を眺めたりするんだけど、なんとなく、俺は彼の隣に立って手元を覗き込んでみた。
 ナマエは俺の作業を見るのが好きらしくて、自室や談話室で作業をしているとしばしば見に来る。だからちょこっと気になって、そういえば、みたいな感じで彼の作業を見守ってみる。どうやら賢者の書に書き込んでいるらしい。彼が書いている、という意味では見慣れた文字。けれどこの世界の文字とは全く違う、読むことも書くことも出来ない文字。簡素な文字があるかと思えば、複雑な直線と曲線が入り交じった文字が続いたりする。じっと彼の手元を見つめたまましばらくすると文字を書く手は止まった。ぴたりと。書き終わったのかな、と彼の顔を見ようとすると、ようやく彼は俺に視線を向けた。……片手で、紙面を隠しながら。
「……ちょっと、書いてる途中って恥ずかしいから……あんまり見ないで……」
「……俺、日本語読めないよ?」
「わかってるんだけど……」
「ふふ、大丈夫だよ。待ってるね?」
 もにゃもにゃと言葉にならない音を紡ぐ。ナマエは俺の作業をよく見ている自覚があるからそこまで強く言えないのだろう。ナマエを困らせたいわけじゃないから彼の側から離れて、ベッドに転がったクッションを拾いつつ座る。いつかに俺がプレゼントしたものだ。
 すっかり彼の匂いに染まったそれを抱えながら、再び聞こえ始めたペンの音を聞く。すぐに済むと彼は言っていたけれど、俺が眠気に包まれてしまうのとどちらが先だろうか。

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32.生物

「センパイ、今日のおつまみは刺身ですよっ……刺身!」
 定期的に開いているお酒の資格保有者の集いにつくなり、センパイにそう告げた。センパイはいつもよりさらに瞳を輝かせて、カシュッと缶を開ける。切株におつまみとお酒を並べて、センパイに倣って自分の缶を開けた。甘エビを一尾食べて、すぐにお酒を煽る。この瞬間のために、難しい試験を乗り越えてきたのだと。飲むたびに思えるのだ。
「ッカァー!」
「ゴクッ……プハー!」
 センパイはうんうん頷いている、どうやらお口に合ったらしい。どこの刺身かを尋ねられた。新鮮で分厚い刺身をセンパイも気に入ったのだろう。
「実はこれ……刺身の湧く水槽があったんです! すぐに枯れちゃったんですけど」
 誰かの売り物であれば次回入荷も見込めたかもしれないが、噴水や川をはじめとした湧き出るものはタイミングも食材もわからない。もう少し早くに見つけられていたら……。そう顔を曇らせたが、センパイはゆっくりと首を横に振った。
「……そうですよねっ……見つけられて、ラッキーでした! ブリも美味しいですよ!」
 青空の下、さわやかな風がよりお酒とおつまみを美味しく感じさせてくれる。一本飲み終われば追加の缶を開け、刺身を食べる箸も次から次へと伸びていき、止まることを知らない。
「食べましたねっ……いっぱい!」
「ケフッ」
「はいっ……いっぱい、飲みました!」
 平皿いっぱいにとってきた刺身も間もなく食べきってしまった。すかさず差し出してくれた緑茶をありがたくいただきながら食後の一服をする。
「次は陸の刺身も食べたいですっ……馬刺しとか!」
「……コクッ」
「鳥刺しは実は食べたことなくって……いつか、湧くでしょうか……」
 刺身が湧くのはレアだ。どんな刺身が食べたいか口々に上げていき……センパイは、また追加の缶を開けていた。想像力がお酒のアテになっているようだ。やっぱりセンパイはすごい。
 そして話題に上るのは、お酒の資格を取るためにラーメン屋で働きながら勉強を頑張っているコウハイのことだ。
「そうですねっ……センパイとコウハイと、美味しい刺身……食べたいです!」
 同意すると、残っていた緑茶にセンパイがお酒を注いでくれる。コウハイの受験成功を願い、ゆのみをぶつけてカンパイした。

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33.消える

 村の池でカエルの群れを眺める。この村に来て、消えてはまた表れる不思議なダンジョンの中をプーレが冒険して、見つけたものを村に持ち帰ってくる。それにつれてこの村は発展し、随分過ごしやすくなってきた。
 わたしもアトラもプーレに助けられているのだが、それはそれとして一匹で冒険に行くのは心配が尽きない。……まあ、おとぼけなところはあるけどその分丈夫さもあるから、心配しすぎだとは思うけど……アトラのこともあったし、どうしても懸念は消えない。
 爪先を澄んだの水に浸すとカエルは遠巻きになった。と、肩のあたりにずしりと、すべすべした使い感触がのしかかる。こうやって遊ぶのは彼しかいない。
「プーレ、お帰り」
「クェッ」
「今日は村長さんに資料整理を頼まれたよ。……そうそう、プーレが持ち帰ってきてくれたアイテムや、モンスターについての情報も溜まってきたからね」
 袋いっぱいに持ち帰ってきた道具を一緒に整理しつつ……一緒にとは言いながらも、実質整理しているのはわたしだけだ。プーレは早々に飽きたらしく、わたしに羽繕いをしてくれている。うれしいけど、整理するのにちょっとばかし邪魔だ。
「ドレインの本はいるだろう? 種やカードはわたしが持っていくから、爪を鍛えてきたらどうだい。……湧き水のカードがあるから、ここはもっと綺麗になるね」
 顔を上げて、カエルたちを眺めると彼も嬉しそうに同意した。
 半分残った荷物を彼の袋にまた入れて、ついでに翼の内側……彼が羽縫いしづらいところをカシュカシュかき混ぜるとしきりにリラックスしたような声を出した。このまま池のほとりで休んでしまいそうなプーレの身体を持ち上げてなんとか誘導する。
「ほら、ゆっくり休むのは家に戻ってから。……え? ツメにオイルを塗ってほしい……? ……この甘えん坊さんめ、仕方ないな……じゃあ、先に装備屋さんへ行っておいで。オイルはそのあとだ」
「キュイ!」
「わっ……ふふ、流石のスピードだな」
 言うが早いか、プーレはきらりと目を輝かせて滑るように走り去っていった。おかげでカエルたちも大騒ぎ、ぴょこぴょこ水面を波立たせ、水草の影にみんな隠れてしまった。
「……ふう、やれやれ」
 すっかり姿を消してしまった彼の足跡を追うように歩き出す。はやくプーレから預かったものを売却してこなければ。家に戻ったらきっと、準備万端なあの子が待ち構えているだろうから。

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34.終幕

 エンドロールが流れる。黒背景に白文字の下から上にゆっくりと人の名前が流れていく。主演のよく見知った名前からエキストラの一団まで順々に。きっと多くの人が映画鑑賞のなかで、本編開始前の予告時間よりもずっと、長く感じるものだろう。
 俺も例に漏れずエンドロールには深い興味があるとはいいがたい。席を立つこともないが、もっぱら映画の内容を思い返しながら、有るかもわからないおまけパートを待つ時間だ。
 俺も荒船も無言で煌々と光るスクリーンを見つめている。上映中なのだから無言なのは当然だが、俺たちの間にはただの映画鑑賞とは違う事情があった。
 来月、他県へ引っ越すことになった。疎開だ。当然ボーダーも辞めることになる。今まで数年間頑張ってきたのにとか、俺だけ三門に残るとか、言いたいことはあったけれど、それでも、俺がこの数年で築き上げてきたほぼすべてを捨ててくれと、街なんか守らなくていい、これ以上おまえの命を危険に晒してくれるなと懇願する家族に何も言えなかった。——ボーダーに、恋人がいることも。
 だからこれは最後のデートだ。いつも通りアクションもので、主人公は降りかかる苦難に屈することなく、ついには勝利を手に入れ愛する人と熱い抱擁を交わした。
 結局、エンドロール後のパートはなかった。赤い幕がゆっくりと降りてスクリーンを覆い、会場が明るくなる。俺たちは会場を出る。それでおしまい。
 けれども荒船も立ち上がらなかった。他の観客は全ていなくなり清掃スタッフが姿を現しても彼は動かなかった。
 ……それだけで十分だ。
 代わりに席を立ちじゃあなと一言だけ告げる。と、腕を強くつかまれた。今までにないくらいの力強さに驚くが、それよりも見上げる彼の眼差しに固唾をのんだ。
「……俺はおまえを諦めない。おまえも、俺を諦めるんじゃねえぞ」
「——…」
「忘れなくていい、って。決まったんだろ。ネットもあるし、連絡するからな」
「……」
「大学生になれば行動範囲も今より広がるし……おい、聞いてるか?」
「うん、…——うん。……聞いてる」
 呆然と返す俺に彼はよし、と頷く。やっと立ち上がり、行くぞ、と清掃員に軽く会釈をして重い扉をくぐった。
 俺たちの物語には、どうやら続編もあるらしい。

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35.余白

 ぺとぺとした感触が、まず頬にくる。その感触は口や鼻を避けて、頬や額へ広がっていく。顔がすべて覆いつくされるまえに目覚めて、体を起こすと同時に自らの意思で落ちてくる水色の子を受け止めた。
「おはよう、メタモン」
 流体のような体で、転がった状態からぬるりと体を反転させる。こちらと目を合わせて、色違いのメタモンはにへらと笑い挨拶を返した。
 郊外でも比較的僻地にある住処は、辺り一帯が自分の庭と言っても差し支えないくらいだ。便利な時代になったもので、配送業者はこんな場所にでもそこそこの速さで配達をしてくれるし、足が必要な時はバイクを使うか、多少手間はかかるがアーマーガアタクシーもある。
 特に具体的な理由がなくとも人混みにまぎれる生活に疲れ切ってしまった自分にとって、お隣さんまで百メートル以上距離が開いているこの生活はまさに快適そのものだ。そんな環境で、メタモンと共にのんびり暮らしている。
 メタモンはへんしんが苦手な個体らしく、例えば私の真似をすることがよくあるが、顔はメタモンのまま。サイズはいいとこ背丈の半分くらいあれば御の字という具合。色違い個体ということもあるのか、この子は群れるわけでもなく、行き倒れるような形で小川の岩に引っかかっていたのだ。
 私にへんししたメタモンとともに食事を作り、食卓を囲み少し休憩してから散歩に出る。少し前の自分からは考えられないような生活だ。
 こちらに移住してきた時はまあ一生ひとりで過ごすのもいいか、と思っていたけれど。縁あってメタモンと一緒に暮らせているのも予定外ではあったにしろ、思いのほか馴染んでいる。否、互いが互いと過ごしたくて、ちょっとずつ歩み寄っているからこそ、ともにいることが心地いいのだろう。
 この子は、私のポケモンではない。保護のためにモンスターボールへ入れることもあるが、基本的には入ってもらっているという意味合いが強い。もしよそへ行きたかったらいつでも行っていい。けれどここに居てくれるのも同じだけ歓迎する。メタモンにはそう伝えているし、しっかり頷いたのも確認している。
 メタモンのそのままの姿で。私にへんしんした姿で。真摯な愛を伝えてくれるメタモンのことを私は好ましく、愛おしく思う。
 世間の余白みたいな場所で寝ころびながら、この生活が続くことを願っている。

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36.言葉、本

「……辞書」
「うん? うん、辞書」
 読書中にだけ付けている眼鏡を持ち上げて、マスターは本から顔を上げた。曲作りに詰まった。そうごちてPCの前からベッドに身体を放り投げたマスターは、シェルフの中から分厚い本を引っ張り出して読書に切り替えた。そこまでは見ていたけれど、まさか国語辞典だったとは。
「……辞書って読み物になるんだ」
「いやいや、探すと意外といるよ? 辞書を通読するひと。案外知らなかった単語とか用法とか知れるし、読むたびに新しい発見がある」
 そう語るマスターは得意げだ。そうなのか。マスターが言うならきっとそうなんだろう。辞書を脇にやったマスターはクッションにしなだれかかりながら俺を見上げた。
「トワも本読むの好きじゃん。そのうち、ちょっとだけでも読んでみたら?」
「……うん、そうしてみる。ところで紅茶いれたけど……飲む?」
「飲む!」
 さっすがトワくん、気が利くぅ。わかりやすいおだてにもソワソワする俺の髪をマスターは梳くように撫でた。読書は休憩するとして、PCもスリープ状態にしたマスターはやや甘くした紅茶を飲みながら深く息を吐く。
「いまねぇ、出涸らしなんだよね」
「アイデアが?」
「そう。だから……いい感じになるまで……待ち」
「ふうん、いいんじゃない。……じゃあ、思いつくまで俺と散歩しようよ。そろそろイチョウも色付いてるだろうし」
 幸い天気もいいし、ぽーっとしてる間によくアイデアが降ってくる、とよくいってるしいい刺激になるんじゃないだろうか。ブレストみたいな、目についた言葉から連想する言葉を次々に上げていくという作詞に
つながる遊びもできるし。
 もちろんこの提案はマスターと過ごしたいという私欲もあるけれど、マスターだって俺と過ごす時間を気に入っているはずだ。
 その証拠にマスターは「いいね」と同意する。ついでにスーパーに寄っていこうかな、とも。それは散歩コースが伸びることを意味する。カップに口をつけながら、俺はひっそりと喜んでいた。

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