ぼくらは世界に二人きりでいいの

 北の国、生き物が生活するには厳しい白銀の世界を、雪には足跡ひとつつけずに幼子の姿をした双子が箒に跨りスイスイ飛んでいく。
「街に戻るのも久しぶりじゃのう」
「そうじゃのう、最近は魔法舎にずっといたからの」
 そう楽しげに会話している彼らの実年齢が二千を超えているのも、箒で飛んでいるのも、気候に見合わない服装をしているのも何らおかしいところはない。なぜなら彼ら──スノウとホワイトは、魔法使いだからだ。
 二人は自らが守護している街に降り立つ。すると彼らの姿に気付いた住民がこぞって駆け寄り、二人の帰還へ歓喜の言葉を唱えた。
「スノウ様、ホワイト様。よくぞお帰りくださいました! 長旅でお疲れでしょう、ぜひ休んでいかれてください」
「スノウ様、ホワイト様。先日生まれた我が子です、どうか抱いてやってください」
「スノウ様、ホワイト様。とれたてのマーシアの実です。召し上がってください」
「スノウ様、ホワイト様」
 波のように慕い駆け寄る彼らの一人ひとりに労りの言葉をかけ、ある程度引いたところでホワイトは周りを見渡した。
「ところで……アヤとレイはおらんかの」
 とあるきょうだいの名前を出すと、子供をあやしていた母親が「ああ」と顔をほころばせた
「アヤとレイなら熊を狩りにでかけました。ちょうど、今日か明日あたりに帰ってくるはずです」

 アヤとレイは双子のきょうだいだ。スノウとホワイトにとって幼い彼らが今よりももっと幼かった頃、子供ふたりでどうやってここまできたのか、ぐったりとしているレイの身体を、木の皮と板だけでつくった簡素なソリに乗せてアヤが氷の街の門を叩いた。
「お願いします、助けてください。たった一人の家族なんです」
 街の住人は今にも命の灯火が消えそうな幼いきょうだいの姿を哀れに思ったが、門を開こうとは思わなかった。なぜなら街の住人の数は「いっぱい」で、これ以上人が増えれば守護をしているスノウとホワイトが街を離れてしまうという懸念があったからだ。
 他人の生活と自分の生活。他人の家族と自分の家族。見知らぬ子どもと自分の子供。厳しい北の大地で魔法使いが気まぐれに垂らす命綱をなんとか握りしめ生きてきた人間たちにとって、天秤にかけるまでもなく答えは決まっていた。しかしそれは決して彼らが冷たいというわけではない。自分の命が、そして家族の命が何より大切だと思うことは生存欲を持つ人間として普通のことだからだ。
 だが、結果的に双子のきょうだいのために門は開けらた。他の誰でもないスノウとホワイトの鶴の一声があったからだ。
「尽きかけているが、たしかに魔力を感じる」
「寒かったじゃろう、すぐに家の中へ入れてやるからの」
 手製の拙いソリに乗せられたレイは生まれつき魔法を使うことができた。だから例外的にスノウとホワイトにより、アヤ共々命を助けられたのだ。
 それ以来、みなしごの双子は魔法使いの双子の庇護下に入った。アヤは人間として、レイは魔法使いとして街の仕事をして過ごすことになった。街の中には既にスノウとホワイト以外の力の弱い魔法使いもいたが、レイはどうやら魔法の力が強いようで、加えて幼いがためにスノウもホワイトも二人を大層かわいがった。
「だって、レイちゃんもアヤちゃんも超キュートじゃし?」
「レイちゃんは将来有望だし、アヤちゃんは賢いし?」
「「それに、同じ双子として何か感じるものがあるんだよね~!!」」
 と、そのような扱いを街の長である二人が新参者に対してとれば少なからず反感を買いそうなものだが、北の魔法使いが統治する土地の中では力の強い魔法使いの言うことが絶対で、また北の中でも随一の力を持つ双子の言うことに住人達は異論があるはずもなかった。それに、レイの魔力が強いということは将来もしスノウとホワイトがこの街を去ったとしても、レイがこの街に残れば生き残るための術となる。加えて二人は各々よく街のために働いたので、内心ではこっそり、ずるいと思っていた住民も中にはいたがそんな反感も徐々に消えていった。
 二人で熊を狩りにいったのもそうだ。通常、食料のために大型の獣を狩りに行く際には大人が何人も集まって日取りや装備を相談して決める。しかし魔法の使えるレイと地読みの上手いアヤが二人で行けば、それよりもずっと少ない日数で確実な成果を上げられた。
 その内レイが独り立ちする日が来れば、街同士で交流できる日もくるかもしれない、とよく酒の席で話されることもあるほどだった。

 *

 レイと熊を狩って帰ると、久方ぶりにスノウ様とホワイト様が村に来ていた。
「お二人とも、お戻りだったのですね」
「アヤちゃん! 久しぶり! レイちゃんと仲良くしておったか?」
「二人ともしばらく見ない内に大きくなったかのう?」
「それ、会う度に仰ってますよ」
 レイの魔法で運んだ熊の解体は街のみんなに任せて、とっくの昔に背を追い越してしまったお二人にお茶をいれた。
「そうじゃったっけ?」なんて本気なのかとぼけているのかわからないお二人を横目に、レイは荷解きをしている。
「レイちゃん、お帰りなさいは?」
「……お帰りなさいませ、スノウ様、ホワイト様。お二人が変わらずご健勝のようで、喜ばしい限りです」
 口調とおじぎこそ丁寧な所作ではあるものの、レイはにこりともせず挨拶をしてそのまますいーっと出ていってしまった。まあレイは元々愛想のいい方ではないし、クールなタイプなのだけど。とはいえ前回までの様子とは明らかに異なる姿に、お二人は説明を求めるようにこちらを見つめ
「……レイ、最近反抗期なんです」
「え~っ! 成長してる〜! 感動ものじゃなぁ……」
「前回の修行では厳しくしたから嫌われたかと思うたぞ」
「まあボクと二人の時は素直なんですけど」
「えっ? 自慢?」
「実はアヤちゃんも反抗期なんじゃない?」
「フフフ。いえいえ、そんなまさか」
 ぶーぶー文句を言うお二人に笑みを浮かべて自分用のお茶を飲んだ。最近、レイの態度がとげとげしいことに悩んでいるのは本当だ。
「レイちゃんにも北の魔法使いとしての自覚が出てきたのかもしれんの」
「もうすぐ巣立ちの日も近いのかもしれん」
「まっ、あと百年は早いけどね〜!」
 百年かぁ。長寿なお二人にとっては瞬きのような時間かもしれないが、ボクにとっては一生よりも長い時間だ。
「レイがツンツンしておることに、何か心当たりはないのか?」
「うーん、どうでしょう……レイが苦手な食事が続いたからかもしれませんし、前回ボクの作戦ミスでウサギを取り逃したせいかもしれません」
「何を言うか。そんな小さなことでああなるはずもなかろう」
「そもそも、アヤにだけは素直なんじゃろう」
 お主が原因ではあるまいとお二人は言う。それに困ったように笑いながら、曖昧に首を振った。
「ううん、ええと……一応、ボクが原因というか、なんというか……」
 意外そうな顔をした彼らに事の顛末を話した。

 しばらく前、ボクたち双子と同じ年ごろの住民が挙式したのだ。ボクたちも勿論同じ街に住む者として、そして友人として出席して、そして二次会だか三次会だかのときに誰ともなく、話の流れで言い出したのだ。
「アヤもいい人はいないの?」
「でも、アヤの相手はスノウ様とホワイト様のお眼鏡に叶う者でないといけないんじゃ?」
「お二人が決められる者なら非の打ちどころのない立派な人物なんだろうなあ」
 みんな年ごろの男女なうえに友人の結婚式で気分は有頂天だ。それ以降も話の中心だったはずのボクを置いて、かといって話題の中心が今日結婚した彼らに戻ることもなく。置いてけぼりにされたままパーティーの時にしか飲めないいい酒をチビチビ飲んでいるのだった。
「それで、レイも大人しくしてたので聞き流してるだけかなぁと思ってたのですが」
「内心バチバチにキレてたと」
「そういうことです」
「わしら、アヤちゃんの結婚相手を探してるなんて一言も言ってないのにの」
「レイちゃんは思い込み激しいとこあるから」
「ええ、本当に」
 くすくす笑いながらうなずくと、ホワイト様はまなじりを緩めながら問いかけた。
「でも、アヤもアヤで誤解を解いたりはしなかったのじゃろ?」
「そうじゃ! アヤがあらかじめレイにそんな話は聞いてないと一言伝えておれば、我らが睨まれることもなかったじゃろうに」
「それについては申し訳ありません。でも……」
 ここ最近のレイの言動を思い出すと、自然に口角があがってしまう。肩を震わせながらボクはお二人に理由を語った。
「いもしない相手にやきもちを妬いてるなんて、レイってばかわいい……」
 スノウ様とホワイト様は、きゃっと声を上げながら震えるお互いを抱きしめた。

 *

「レイちゃん!」
 薪割りのために外へ出ていると、しばらくしてスノウ様とホワイト様が私を呼んだ。失礼な態度をとった自覚はあるものの、正直今は会いたくない。聞こえないふりをしてどうにか誤魔化せないだろうか……そう考えつつ、風の刃で薪を割る。
「レイよ!」
 もう一度、先ほどよりも近くから声が聞こえ、集めていた薪を目がけて魔法が飛んできた。咄嗟に逆向きに魔法を放ち、威力を相殺させようとしたが力負けしてしまい、薪のうちの一つに火がついてしまった。
「……お二人とも、キャンプファイヤーをご所望ですか?」
「ツンツンも度がすぎるとかわいくなくなるぞ」
 ぷんぷん! 口で言いながらスノウ様が風のように降り立った。
「聞いたぞ、アヤの結婚の話で拗ねておると」
「拗ねてませんけど」
「も〜っ、やっぱり素直じゃない!」
 ぷんすこ怒ってみせるおふたりはただ駄々をこねている子供にしか見えないが、先ほどからじっと見つめているにもかかわらず、この目には一分の隙すら見つけられない。私はため息のようにふ、と息を吐いて、作った薪を魔法でひとまとめにする。これ以上絡まれても面倒なので、無難な日常会話を……と少し考えてお二人に尋ねた。
「お二人は、いつ発たれるんですか?」
「これ、我らはついさっき到着したばかりじゃ。なのにもう出発の話か」
 今度はおいおい泣き真似をされてしまった。面倒だなあという雰囲気も隠さずに、私は今度こそ大きなため息をつくのだった。
 本当に、この二人の相手は疲れる。はやく仕事を終えてしまって、アヤの元へ帰らないと。そう考えているとホワイト様がおもむろに口を開いた。
「アヤを結婚させる予定なぞない、安心せよ」
「……いずれは、させるんですか?」
「我らが決めたとて、それでおぬしらは納得するのか? しないであろう。そもそもアヤも結婚したいなどと言っておらんだろうに。おぬしは何をそんなに焦っておるのじゃ」
 彼らの言う通りだ。村人の中で夫婦になった二人がいたというだけで、その延長でアヤの結婚の話になっただけだ。アヤは結婚はおろか恋人が欲しいというようなことも言ったことがない。もしお二人が、万が一にでもアヤをどこの馬の骨とも知れない人間と結婚させようとでもいうのなら私はアヤを連れてどこにでも行こう。もうあの時の、力のない子供ではない。元より他人のテリトリーでしかないこの土地に愛着もないのだから、アヤさえいれば私はどこにでも行ける。
 ただ、だからこそ怖かった。だからこそ、とある可能性に気付いてしまった。
「……もしいつかアヤが、結婚したい人がいると言い出したら?」
 アヤは遠巻きにされがちな私と違って友人も多い。「スノウ様とホワイト様から寵愛を受けている双子」という認識はアヤも同じだけれど、アヤは社交的だ。その上「魔法使い様」という称号を持たされた私は、友人と呼べるほど気安い関係の村人もいなかった。とはいえ彼らと友人になりたいと思ったことはないからこれは大した問題ではない。問題はそこではない、重要なのは、アヤに関わりのある人間が多いということだ。
「アヤが他の知らない人間を連れてきたら……その間に子供が生まれたりなんかしたら。私は……それらを殺さない自信がありません」
 長く生きている分、お二人は何か解決策をもっていないだろうか。そう思って聞いたのだけれど。
「レイ、それは……」
 スノウ様とホワイト様は顔を見合わせて、それからわざとらしく首を傾げた。からかっているのかと疑うくらい寸分違わず揃った動きだ。
「うーん、それは難しい問題じゃ」
「……わかりませんか?」
「そうは言っておらん。例えばこうしてー……」
 少しあった距離を詰めるように、スノウ様は小走りで私に近づく。あと一歩の距離をぴょんっと軽快に跳び、握りこぶしを両頬の横に持っていって私を見上げた。
「ずっとずっと、アヤちゃんと一緒にいたいな〜♥ って、お願いしてみるのはどうじゃ? 我はホワイトちゃんにこういうお願いの仕方をされると弱くてのう」
「……」
 彼の瞳はうるうると滲んでいてわざとらしいことこの上ない。ほんの少しでも期待した自分を恥じた。そんな態度、一度も誰に対してもとったことはない。第一、アヤはそんなお願いひとつで聞くような性格じゃない。私が無言で首を横に振ったのを見てスノウ様が駄目じゃったかあ、と残念そうに(その実、全く残念には思っていないに違いない)呟くと、続いてホワイト様が口を開いた。
「あとは、そうじゃのう。アヤちゃんを隠しちゃうとか?」
「……はぁ?」
「それはいい案じゃ! 大事に大事ーにしまって、誰の目にもつかんようにすれば、レイちゃんはアヤちゃんとずっと共にいられるし、アヤちゃんに…──」
 ホワイト様に同調したスノウ様の言葉が途切れた。私がスノウ様に刃を向けたからだ。呪文に合わせて氷柱の刃が躍る。直接スノウ様を狙う氷柱と、回り込んで狙う氷柱を別々に操った。無数のそれらはどれも彼を狙うが、次々に避けたり別の魔法をぶつけられて砕けてしまう。内心で舌打ちをして、ならばと彼の足元を凍らせたところで背後からホワイト様の声がした。
「頭に血が上ると周りが見えなくなるのが、アヤの悪いところじゃと毎回教えておるはずなのにのう」
 とっさに魔力で覆った腕でかばう。強烈な衝撃が走るが動けなくなるほどではない。二人から距離を取り、雪に手を這わせたが彼らの魔法の方がはやかった。私を追い詰めるように地面を隆起させ、集中が乱れたところでむき出しになった岩まで思い切りまで吹き飛ばされた。
「まだまだじゃのう」
「せっかくアドバイスをくれてやったのに、いきなり襲い掛かるとは何事じゃ」
「くそっ……殺す……」
「あっさりはりつけにされておきながらよう言うわ」
「少しの間そこで反省しておれ」
 やれやれ、と言った様子で彼らは去っていった。何か特殊な魔法を使ってはりつけにしてされているようで、力を入れても抜いても壁からは抜け出せない。私の魔力がもっと高ければ、もしくはもっと魔法の知識があれば解けるのかもしれないけれど、少なくとも今の私にはどちらも足りない。
 こういうことがある度に、私もアヤもあの二人のおもちゃでしかないのだと思い知らされる。
 ああ腹が立つ。私が怒るとわかっていてあんなことを言った|彼ら《クソジジイ》にも、そんな彼らに一矢報いることすらできない私にも。このままでは仮にアヤと一緒にどこかへ行ったとしても、他のやつらになすすべなく殺されてしまうだろう。もっと強くならないと、もっと力を手に入れないと。いつか私が彼らを殺せば力の証明になる。そのためには彼らから学ぶだけ学んで、その末に超えてやろう。あなたたちの弟子はあなたたちを殺せるくらい――ホワイト様はもう死んでいるけれど──強いのだと、そう示してやるのだ。そうして、石を食ってやる。その為の一歩として、今度こそ抜け出せないかとじたばたもがく。やっぱり抜けない。
 結局アヤに見つかるまで効力の続く術だったようだ。、私はしばらくそのままだった。

 *

「いやはや、まさかレイが、アヤに新しい家族ができてほしくないと思っとったとは」
「驚いたのう。でも安心したぞ」
「ああ。もしアヤを隠すことに同調したら、それこそ育て方を間違えたと反省するところじゃった」
「ちゃんと怒れる子でよかったよかった」
「アヤもレイから離れる気はさらさらない様子じゃったし……やっぱり双子はこうでないとねー!」
 スノウとホワイトは手をつなぎ、きゃらきゃらと笑いながらレイとの会話を反する。レイは北の魔法使いらしく苛烈で真っ直ぐで、とても育てがいがある。打てば響き、少し押せばその何倍もの勢いで跳ね返ってくる。アヤはアヤで、北の人間らしく謙虚さがありながらもレイの影響か時折スノウとホワイトを刺すような言葉を投げかける。それでも二人が冗談として笑える程度の引き際はきちんと弁えていた。庇護されている人間らしく、レイが軽々超えて結果お仕置きを受けることになるラインを見極めている。アヤの持っている逞しさだ。
「レイの様子をみるに、いずれは我らの街から出ていくんじゃろうが……楽しみじゃのう」
「育てた子の独り立ちを見守るのは楽しいのう」
「……のう、ホワイト。……アヤとレイは、最期まで仲良くすごせるじゃろうか」
 尋ねられて、ホワイトはスノウを振り返った。スノウの声は子供たちを見守る温かさを持ちながら、諦観を捨てきれない途方に暮れた響きもあった。何か仄暗い結果を期待するような色も滲んでいる。
 ホワイトは一瞬息を呑み、しかし、あえて軽快に笑いスノウを揶揄った。
「え~? スノウちゃんがそれ言っちゃう~?」
「そっ……そうじゃけど、だからこそじゃ! もぉ! ホワイトちゃんのいじわる!」
「もし気になるなら一緒に占おうか? あやつらの行く先を」
「……いや、しない。前に決めた通りじゃ。降りてきたならともかく、二人のこの先を我らが占うようなことはすまい」
 スノウのその言葉に、ホワイトも異論はなかった。
「覚えておるか? 二人がこの街に来た時のこと」
「もちろんじゃ。我らと同じ双子で、我らとは違う片割れが魔法使いで片割れが人間。我もホワイトも、どうしても行く先を見守りたくなってしまった」
「そうじゃ。我らは喧嘩してしまった。長くいられる分、すれ違うことも多い。けれどレイとアヤは……。我らよりは短くとも、二人がずっと一緒にいられたらいいのう」
 二人は頷きあう。自分たちが成し得なかったことを託すように。あるいは、レイとアヤの関係がダメになってしまったとして、ああやっぱり。どの双子でもダメなんだと安心するために。スノウがホワイトの魂を魔法でこの世につなぎとめている関係で二人はどこかつながっている。二人はお互いの清濁を自覚しつつ、しかしあえて希望以外を口に出すことはなかった。

 レイはスノウとホワイトから受けた傷の治療をアヤから受けていた。レイは怪我をするとまず隠すか自分で治そうとする。それをアヤが目ざとく見つけて救急箱を取り出すのがいつもの流れになっていた。レイは怪我すること自体知られたがっていないだけで治療行為が嫌というわけではなく、少しの攻防の末、結局アヤに促され椅子に腰かけるのだ。
 しかしここ最近「反抗期」だったレイは少し気まずかった。おとなしく治療は受けつつもソワソワと落ち着きがない。
「……それで? スノウ様とホワイト様とはどんな話をしたの」
 仕方なくアヤが助け舟を出した。腕の傷に消毒液が沁みて、レイはぴくりと小指を動かす。
「アヤと……」
「ボクと?」
「……ずっと一緒にいられるには、どうしたらいいかって」
「……そう。……うーん、レイの言うずっとって、いつまで?」
「いつまで、って……ずっとはずっとだよ。一生」
「一生って、でもボクたち、別々の命だよ。人間と魔法使いだよ。ボクの方が先に死んじゃうじゃない。その後、レイはどうするの?」
「や……やめてよ。なんでそんな先の話するの? 私はただ、他の誰かにアヤを取られたくなくて、だから強くなりたいし、そのためにスノウ様を……」
 その続きはアヤが止めた。「滅多なことを言ってはいけないよ」と首を振る。レイはスノウとホワイトに直接殺すと宣言したので今更だと思ったが、アヤの目はまっすぐレイを見つめて、眩しそうに細められるのを見て反論するのをやめた。
「いつまで」と問うてきたアヤの意図が、レイの願いとは反対にあるわけではなかったことを察して興奮が少し冷めたレイは、ここしばらくの間ため込んでいた、「もしアヤが誰かと結婚したいと言い出したら」という懸念を本人に直接語った。
 アヤはその懸念を笑い飛ばした。そして真剣なのにごめんねと謝り、やはりまた少し笑った。
「ボクはレイ以外の誰かと一緒になろうなんて思ってないよ。約束はできないけど……まぁ、少なくとも今のところはね」
「……そこは言い切ってよ」
「レイが言い切って欲しいなら、言い切ってあげてもいいけど?」
「そんな言い方は嫌。アヤが自発的に言って」
「あはは。ボクたち、もっと作戦会議しないとだね。いつまでにどれくらい強くなって知恵をつけて、どこに行くのか」
 二人で笑い合った後、レイはふと、ぽつりこぼした。
「アヤも魔法を使えたらよかったのに」
 アヤは静かにレイを見つめて、そして頷いた。
「……そうだね。ボクたちが二人とも魔法を使えたら、貧しくない暮らしを四人のままできたかもしれないのにね」
「あいつらのことは関係ないよ」
「そうかな。ボクたちがそもそもこの街に来たのだって、あの人たちがボクだけを殺して、レイとだけ一緒に暮らそうとしたからじゃない」
 淡々と話すとレイは唇を噛み締めて俯いた。特にレイが感情的になってしまうから、今まで意図的に避けてきた話題だ。アヤだって、努めて冷静に話しこそすれあまり口に出していて気持ちのいい気分ではなかった。いつかこの話を心の底からなんでもなく話せる日が来るのだろうか。だとしてもその日はきっと、少なくともこの街を出て誰かの庇護下から抜け出してからではないと来ない気がする。そうアヤは考えている。
 最愛の片割れが苦々しげに目を瞑ったけれど、アヤは続けた。
「……ボクたちが二人とも人間だったら、あのまま雪の下で、二人だけで眠れたかもしれないのにね」
「やめて! そんなこと言わないで、二度と! ……私は……私は、アヤに生きていてほしかっただけ。いや、だけじゃない。アヤと一緒に生きたい。そのためなら私はなんでもするよ」
「ボクもそうだよ。でも、あのひとたちから逃げ出すために、ボクはレイの手だけを汚させてしまった」
「汚させるって、なに? 私はこれからもっと強くなる。誰にもアヤを奪わせない。絶対に、スノウ様の石もホワイト様の残った石も食べてやる」
「あ……さっき、せっかく止めたのに。……ふふ、そうだったね。レイ、どうしてボクたちが魔法使いと人間で生まれたのかはわからないけど……ボクたちが双子で生まれたのは、ボクがそう選んだからだよ」
「なにそれ、私だってそう。前からずっと、もしいつか死んだって、その次も絶対にアヤと双子で生まれるんだから」
 張り合うように返してくる言葉の真摯さにアヤは破顔した。そんな表情を見て、レイはひとつ決意をしたように居住まいを正す。
「ねえアヤ、聞いて。私はかわいくお願いなんてしないけど……」
「かわいくお願い? 何? してみてよ」
 アヤが興味深そうに尋ねてきてしまった。違う、これはスノウ様に言われただけの、ただ揶揄われただけの話だ。レイはわずかに眉を寄せたあと首を振って言葉を続けた。
「……違う違う、しないんだってば。ちゃんと言うよ。私がアヤのこと……大好きで、愛してるってこと」
「……」
 微笑んだアヤの瞳が水面のように煌めいた気がした。もう一度レイが注意深く見ようとする前に、優しく、けれど強くしっかりと。レイはアヤに抱きしめられていた。
「ありがとう……」
「……アヤは?」
「んー?」
「アヤの気持ち、聞かせて」
「……ふふ、言わなくても、知ってるでしょ。レイは」
「知ってるけど、きちんと口に出して。その方が気分がいいから」
「ふふふ、正直だ。ボクもレイのこと大好きだよ、愛してる。世界の誰よりも」
 それを聞いてレイは目を細め、アヤを抱きしめ返す腕に力を込めた。

 レイとアヤはお互いだけいればそれでいい。互いに心の底からそう考えている。決して世界を蔑ろにしているわけではない。スノウとホワイトが、お互いだけを見つめているのと同じだ。
 双子の魔法使いは、外界の刺激によって片割れがふと孤独に目移りしたのを、もう片割れが耐えきれなくなり結果殺しあう結果になってしまった。
 魔法使いと人間の双子はどうなるだろうか? 魔法使いの双子は二つの意味で期待をしているから、必ず外れない占いをしない。その結果が出るのはおおよそ百年後、片割れの人間の方が死んだあとにわかる。
 もしかするとそれよりもはやく、どちらかが決別の道を選ぶかもしれない。選ばないまま終われるかもしれない。人間の片割れが死んだあと、魔法使いの片割れはどうなるだろうか。否、順当に寿命通り生きられるとは限らないから、遺されるのは人間の片割れの方かもしれない。
 いずれにせよ、彼らの行く末がわかるのはまだ少し先の話だ。


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