蜜柑とアイスの共存

スイもぐ会発足エピ


 我らが学校の売店には、二週に一度の頻度でしか売られない幻のフルーツサンドがある。大変な人気商品であるため早々に売り切れてしまう。しかし今回は運よく、ラスト一個が残っていた。前回の販売では惜しくも変えなかったため、喜び勇んで手を伸ばした。
「ん?」
「あれ?」
 が、まったく同じタイミングで伸ばされた手はおれと同じ商品をつかむ。思わず顔を上げると、同じことを考えたのかばちりと視線が合った。――たしか、隣のクラスの生徒だ。
 もしこれが下級生か上級生なら、場合によっては譲らざるを得ない状況になるかもしれないのだが、同学年ならば遠慮することはない。ジャンケンでもなんでもやってやろうじゃないか。そう決意した俺に反して、彼は残念そうに眉を下げた。
「あ、ゴメン……どうぞ」
「えっ」
 あっさりと譲られてしまい肩透かしを食らった気分になる。そこまで甘いものが好き、というわけでもないのだろうか。俺が戸惑っている間に彼は別の菓子パンを手に取りさっさと会計を済ませて去ってしまった。
 勝負をつける気満々だった勢いの行き場はなくしたままだったけれど、それでもフルーツサンドは絶品だった。
 けれど移動教室の際、同級生と会話しているのを偶然聞いてしまったのだ。
「フルーツサンド、楽しみにしてたんだろ? 譲ってよかったのか」
「まあ……次もあるし。それに……その人、ものすごく食べたそうな目してたから」
 ……どうやら、ものすごく気を使われていたらしい。
 二週間後。再び同じタイミングで残り一つのフルーツサンドを手に取った。もしやと勘づき顔を上げると思った通り同じ顔。向こうも「あ、」という顔をしたので俺のことは覚えているのだろう。
「はい! 前は譲ってもらったからな」
 彼が何か言いだす前に、フルーツサンドを押し付けた。代わりに別のパンを選んでその場を去る。よしよし、これで借りは返した。もし三度目があったとしても、負い目なく争奪戦ができるだろう。



 それからまたしばらくして。何度か続けて授業が長引いたり中々目当てのフルーツサンドを手にすることはできなかったが、その分の運が溜まってでもいたのかその日はなんと二つも残っていた。ラッキー、と思い手を伸ばす。同時に別々のフルーツサンドに手が触れた。顔を上げるとやはり、いつかの彼と視線がぶつかる。
「……今日は二人とも勝ちだな」
 にや、口角を上げると彼は少しきょとんとした後、ふふとおかしそうに笑った。
 場所を移動して中庭。俺たちは買った弁当を広げて、やっと自己紹介──彼は赴くんというらしいをしていた。
「辻くんて高等部からのひと?」
「うん、外部受験」
「あー、通りで全然見おぼえないわけだ」
 それからボーダー隊員だということも聞いた。うちの学校はボーダーと提携していて、出席率や成績の融通が利くからボーダーに所属している生徒もちらほらいるのだけど、一高の方が圧倒的に人数は多いらしい。かっけーじゃん。そう言うと辻くんはちょっと照れながら謙遜していた。素直なひとだ。
 総菜パンを食べ終えてデザートでありながらメインでもあるフルーツサンドの包みを開ける。いちごにキウイ、パイナップルが詰まったそれを一口かじれば、果物の酸味と生クリームの甘味、食パンのふわふわ触感が広がる。
 辻くんとの会話も忘れ夢中で明していると、彼もフルーツサンドの包みを開けながら尋ねてきた。
「……甘いもの、好きなんだ」
「……ん、うん。めちゃくちゃ好き。辻くんもだろ?」
「うん……あのさ、駅の方に和風のケーキ屋ができたのって知ってる? イートインスペースもあるところ」
「駅? あ、たぶんわかる。来月までフェアやってるところだよな。気になってたけど、まだ行ったことはなくて……そこが?」
「……。中村くんって……女の人、得意?」
「え?! な、なんでそこにつながったのか全然わかんないんだが……まあ、普通じゃないか……?」
「クラスの女子と普通に話せる?」
「話せるけど……」
「お店の……女性店員とは?」
「そもそも店員を性別で意識したことがないけど……、まあ、話せるぞ。普通に」
 質問のつながりが見えず困惑していたが、もしやと思い尋ねる。辻くんって、女の人が苦手なのか?
 ややあって彼はこくりと頷いた。興味のある店ができてもほとんどが女性店員と女性客だから、一人で行くにはハードルが高い場所なのだと。時折友人にも付き合ってもらうが、そう毎度頼めるほど甘いもの好きな友人がいないそうで。
 なるほどたしかに、そういう人にとってスイーツ店は少々難しいかもしれない。それと同時に、彼ならば俺の悩んでいることを聞いてくれるかもしれない、そう思った。
 付き合わせるようで悪いんだけど、と眉を下げる彼に、少し考えてから俺はぴ、と人差し指を立てた。
「うんいいね、是非行こう。……ただし、一つ条件がある」
「条件……..?」
「時に辻くん。辻くんは地図が読めるかい」
「え? 地図? まあ、普通に……」
「住所を見て、現在地から目的地まで行くことは?」
「それはできるけど……、もしかして、中村くんって」
 怪訝そうな表情を浮かべたあと、はっとして俺を伺う辻くんにゆるく首を振った。
「勘違いしないでほしいんだけど、地図は読めるんだぜ? 地理の成績だって悪くないし……でもなぜか、目的地に辿り着けないんだよな。たぶん前世にそういう呪いをかけられたんだと思う」
「前世で何したの?」
「山道で旅人を迷わせたりとかしたのかも……」
「ご、極悪……。ああ、だから、駅のケーキ屋にもまだいけてないの?」
「そうそう。大体妹ちゃんに付き合ってもらうんだけど……まあつまり、店に行くまでは辻くん、店に着いてからは俺……って具合に、役割を分担出来たらいいと思ってたんだけど、どうだろう」
「……なるほど。いや、考えるまでもないね。是非お願いしたいな」
「こちらこそ!」
 話がまとまったところで午後の授業の予鈴が鳴った。慌てて荷物を片付けて、教室まで帰りしなに連絡先を交換する。またあとで連絡するね、と手を振った辻くんに頷きながら、俺たちはそれぞれの教室へ戻っていった。


2023/10/19