蜜柑とアイスの共存

ポケスリやってる?

「半崎~、ポケスリやってる?」
 スマホを片手にへらりと笑いかけたのはエンジニアの蔵吉だ。来たなあ、と半崎は思いつつ「やってますよ」と返し、蔵吉が何かを言う前にスマホを取り出した。半崎も厳古もゲームが好きだ。それ関係でほつほつ話すようになり、こうしてよくフレンドに誘ったり誘われたりすることもあった。
 ソシャゲだと特に、フレンドを増やすごとに自分の持っていないキャラクターを借りられるとか、ゲーム内アイテムがもらえることがある。またコンシューマーゲームでは協力プレイだとか、そういうのをすることもあった。つい先日も巨大なポケモンを協力して倒したばかりで、最近始まった同シリーズの睡眠ゲームには例にもれずフレンド機能があるため蔵吉は今回も誘ったのだ。ちなみに今回のゲームはフレンドになると、一定時間ごとにプレイがちょこっと有利になるアイテムがもらえる。
「ニックネームってつけてる?」
「まあ、ちょいちょい」
「名前そのままだとさ、やくそくの時間の通知にポケモンの名前が表示されなくない? あれ何、バグ?」
「わかんないっす」
 特にそういうお知らせはみていない気がする。フレンドコードを手早く打ち込み送信すれば、彼はぼちぼちいじり「オッケーしたよー」と気の抜けるような喋り方で言い、要件は本当にそれだけだったようでまたね、とへらりと笑って帰っていった。
 半崎のスマホの一角を占拠しているゲームゾーン。数あるソシャゲフレンドの中にまたひとつ、彼のニックネームが連なった。コンシューマーゲームは一通りコンテンツを遊びつくす一方、ソシャゲはエンジョイ勢で比較的飽きっぽい蔵吉がどれほど続くかはわからないが、まあ気に入っているシリーズだしほどほどに続けるのかもしれないな、と。ログイン率の低いフレンドができてもプレイに支障がでるようなゲームでもないし、そもそもそこまでガチる要素はない。まあほどほどに、半崎はその程度にしか考えていなかった。

 数日後。起床した半崎はゲームを起動させて眉を寄せた。フレンドのその日の睡眠スコアを見ることができるのだが、フレンドになってからというもの蔵吉のスコアがずっと低いままだった。学校のテストであれば間違いなく赤点であろうその数字に半崎は首を傾げる。ネット上ではとある条件下だとあまりスコアが伸びないのではないかという検証もされているし、なんらかの不具合でうまく計測ができていない可能性もある。あくまでもゲームなのだから、本格的な睡眠補助アプリほど厳密にデータを集めているわけでもないだろう。
 しかし、そういえば。他のソシャゲでの最終ログイン履歴もふと見ると深夜帯ばかりで、この人いつ寝てるんだろう、とよく思っていたような気がする。エンジニア業務は万年人手不足のため激務であるという話は戦闘員の耳にも入る程度には周知の事実だ。
 その日のボーダーで蔵吉を見つけた半崎は挨拶がてら彼を引き留めた。振り返る彼の表情は眠たげだが、それが生来のものなのか寝不足のせいなのかは判断がつかない。世間話もそこそこに気になっていたことをぽつりと尋ねる。
「あの……蔵吉さんのポケスリのスコア、やばくないっすか」
「え? あー、あれフレンドから見れるんだっけ」
「隠せもしますけど」
「オレ、ショートスリーパーなんだよね。一定時間寝ると自然と目が覚めるっていうか……」
 言いながらくあ、とあくびをした。思わずじとっとした視線に気付いたのか、タイミング悪う、とからから笑う。
「なはは、寝起きだから」
「いま昼っすけど……」
「今日は遅出なの。……そういや、高校生はもう夏休み入ったのか。ラジオ体操してる?」
「……いや……暑いんで……」
 さっきまで仮眠してたからちょっとね。続けて言われると半崎はそれ以上いえる言葉がないことに気が付いた。というかそもそも、高々ゲームのスコアで人の睡眠について
あれこれ言うものでもないのでは。そう思い至ってしまえば今度は徐々に気まずくなってくる。「そっすか」、ぼそぼそと返してその場を立ち去ろうとしたのだが。蔵吉はぴーんと来たようで、にやりと口角を上げた。
「ははーん。さては心配してくれたな?」
 端的に言えばその通りだが、そのままうなずくのはなんだか気恥ずかしくどうにも決まりが悪い。半崎は顔を背けながら首を振った。
「いや……そういう返しマジでダルいっすわ……。蔵吉さんとこのピカチュウとウソッキーが一日中しょんぼりした顔してるんだろうなって考えたらかわいそうになっただけだし……」
「半崎はポケモンバトルで相手の手持ちポケのこと気にするタイプじゃないだろ」
「……ポケスリはほのぼのゲーっすよ」
「まあ、それはそうだけど」
 むすっとしていると、からかってごめんって、口では謝りながら、しかしどこか楽しそうに半崎の頭をキャップ越しに撫でまわした。面白がられていることも、ぐわんぐわん揺れる首も何もかもがダルい。
「よしよし、おにーさんを心配してくれるいい子にはアイスを奢っちゃろう。何がいい?」
「……スイカバー」
「うーん、いいね。夏だ。オレもスイカバー食べちゃお」
 向かう先は購買だ。蔵吉のあとをついていきながら、半崎は気だるげにキャップを被り直した。



2023/07/27
珍しく時事ネタ