蜜柑とアイスの共存

スイーツもぐもぐ互助会


 清潔感のある制服に身を包んだ女性店員が、にこやかに客二人――おれと辻くんを見やった。
「それではご確認をお願いいたします。抹茶パンケーキがおひとつ、いちごパンケーキがおひとつ。セットドリンクは紅茶とコーヒーでお間違いないでしょうか?」
「はい、お願いします」
 おれは店員さんと同じくらいのにこやかさで答えると、彼女は厨房へ戻っていった。
「……辻くん、もう大丈夫だぜ」
 真っ赤になって震えている辻くんに話しかけると、まるでさび付いたロボットのようにぎぎぎ、とぎこちない動作で女性店員のいた場所を見る。誰もいないことを確認してやっと、ほっと息を吐いた。
「……ありがとう、中村くん」
「いやいや、なんのこれしき。おれだって辻くんにここまで連れてきてもらわなきゃ、こうして店員さんに注文することすら叶わなかったんだからな」
 深々と頭を下げる彼に続いてこちらも頭を下げる。オーガニックな雰囲気の店内で、制服姿の男子高校生が二人して首を垂れている。この光景は、周囲からどんな風に見えているのだろう。

 『スイーツもぐもぐ互助会』、通称スイもぐ会は、おれと辻くんが発足した会である。ちなみにメンバーは随時募集中ではあるけれど、積極的に勧誘をしているわけではない。なぜなら二人で事足りているから。
 おれと辻くんは甘いものが好きで、けれどSNSで話題のお店を見つけたとしても実際にお店までたどり着いて注文するまでのハードルが高い。なぜかというと、おれは方向音痴でそもそも店にたどり着くことが困難だから。そして辻くんは女性が苦手で、けれどこういうお店は大抵の場合において、客も店員も女性が大多数だからだ。
 それぞれにいかんともしがたい弱点があることに気付いたおれたちは互いに助け合う会、すなわち互助会を発足し、そして見事日常にスイーツという彩りを、無理なく加えることに成功したのだった。
 そんなこんなでスイもぐ会ができてから早くも一周年となる。今回はそのお祝いも兼ねて、学校からほど近い位置の、これまでにも何度か訪れたことのあるパンケーキ屋を会場にする運びとなったのだ。
「でもよかったのか? おれのリクエストで決めて。完全にパンケーキ大好き少年の選択になっちゃったぜ?」
「うん。そもそもスイもぐ会ができたのだって中村くんの提案が発端なんだし、それに俺もパンケーキは好きだから」
 彼は口角を上げて微笑んだ。辻くんが納得してるならいいか、と頷き返す。パンケーキを待つ間に交わされるのは来週の小テストがだるいとか、主にそういう話。
「辻くんは、次に行きたいところの目星はついてるのか?」
「まだ悩み中。和風カフェで、もう少ししたらフルーツかき氷の新メニューが出るみたいなんだけど……仕入れの関係で日付がはっきりしないから」
「あー。早く食べたいけど、どうせなら一番美味いときに食べたいもんな」
「そうそう」
 ほどなくして先ほどの女性店員がトレイにのったパンケーキを運んできた。また貝のように静かになる辻くん。にこやかに対応するおれ。今度は店員が去るやいなやカトラリーを手にした辻くんを尻目に、おれは画角にこだわりつつシャッターを連射して。良い感じの一枚が取れたところでナイフとフォークを手にとった。
 一足先に食べ始めた辻くんが静かなので、今日のパンケーキも相当美味しいことがわかる。一口大に切り分けたパンケーキをハーフカットされたいちごと生クリームを一緒にして口に運んだ。すると、ふわっ、優しい甘さとベリーソースの甘酸っぱさがいっぱいに広がっていく。ふかふかで、あったかくて、冷たくて、なにより美味しい。
「うまっ」
 思わず漏れ出た声に辻くんと目が合った。ゆっくり、かつしっかりと彼はうなずく。辻くんもパンケーキの美味しさに感じ入っているようだ。
 おれたちはそれ以上何も言わず、ただひたすらにパンケーキを味わった。うまい。ただただ、うまい。同行者を気にするでもなく、目の前のスイーツにとにかく集中する。スイもぐ会の最も重要な活動方針の一つだ。いまのおれたちにはそれが許されている。各々の弱点はありつつもうまく補ってくれる仲間がいるおかげで、心置きなく美味しいスイーツを堪能できている。なんと幸福なことだろうか。二人の、それでいてかつ孤独のスイーツ。その一口一口を味わっていく。
 食べ盛りということもあり、無言での食事はあっという間に食べきってしまった。そう時間もたっていないが店内は相変わらず込んでいるので、食休みもほどほどに席を立ち、支払いをそれぞれ済ませる。

 店を出てやり切った感に思い切り伸びをした。素晴らしいアニバーサリー祝いになったのではないだろうか。
「めっ……ちゃくちゃ美味かった」
「ふわふわだったね」
 なんともボキャブラリーの貧相な感想だが、美味しさはしっかりと共有できているから問題はないのだ。満足した腹を撫でて、さて帰ろうと一歩踏み出したおれの肩を辻くんはつかむ。
「中村くん、そっちじゃないよ。こっちこっち」
 自信満々に違う道に行かないで、と咎められる。おかしいな、おれの勘はこっちだって言ってたんだけどなぁ。とはいえ自分の方向感覚のなさに自覚のあるおれは、おとなしく辻くんのあとをついていく。
 さっき食べたパンケーキの感想を話していれば、あっという間にバス停に着いた。流石にここまでこれば、いつも使ってる道なので一人でも迷うことはない。
「辻くん、ありがとう。助かった」
「ううん。これからバイトだっけ? 頑張って」
「ああ、ありがと。辻くんはボーダーがあるんだったよな? ……んふふ」
「え? なに?」
「いや、ボーダーのやつにバイト頑張ってって言われんの、なんか面白くて」
「……そう? バイトもボーダーも、大して変わらないでしょ」
「んー、そうか? そうかもな。まあいいや、お疲れ!」
「うん、お疲れ。また明日」
 ちょうどバスが来たので彼にゆるく手を振ると、彼も控えめに振り返す。ICカードを通して乗り込むとやがてバスが出発する。バスで通り越した彼はいつもながら表情がよく読めないけれど、大方、次のスイもぐ会の会場についてでも考えているのだろう。彼はどんな店を選ぶのだろうか。
 バスに揺られながらおれは、さきほど撮ったばかりのカメラロールを見返して。まだ食べたばかりだというにも関わらず、早くも胸を躍らせるのだった。



2023/07/26