蜜柑とアイスの共存

ナイトレイブンカレッジ小話



【ベストの色はどうしようか】

「ところで監督生くん。あなたの寮のベストの色に、何か希望はありますか? 聞いて差し上げますよ。私、優しいので」
ベストの色? と首をかしげると、クロウリー学園長は頷き説明してくれた。エースやデュースは、ハーツラビュル寮だから深紅のベスト。他にも寮ごとにベストの色が決まっているらしい。それに対して自分の寮は人が居なかったから当然寮カラーもない。既存の寮で被らない範囲で希望を聞いてくれるということらしい。
「はぇー、なるほど。お気遣いありがとうございます」
 落ち着いた印象を与える臙脂色や、遠目でも区別がつきそうなビビッドグリーンまである。しかし、ある程度の色は大体網羅されてしまっているようなので他の寮と色が被りつつも、明度彩度で区別してもらう、というのが妥当だろうか。
「ちなみに! 私のオススメは白か黒です」
「あー、オーソドックスでいいですね」
 学園長が杖を振ると、きらきらした光が自分を包んだ。姿見にはくっきりと折り目のついた制服を着た自分の姿が映っている。まずは白。そして次に学園長が杖を振れば、黒にも変化する。うわー、魔法だ。つい目をキラキラさせてしまう。
「上着が黒いし、白の方がメリハリはつきますよね。でも絶対汚しそうなんだよなー」
「そこは汚さないでください。というか、きちんと洗いなさい」
「いえいえ、洗いますけど。カレーうどんとか怖くて食べれなくなっちゃうじゃないですか」
「飛び散るものを食べるときは、きちんとエプロンを着けるのがたしなみですよ」
「はぁい」
 それから協議の末、やはり見た目が綺麗だと言うことで白色になった。興味なさげにしていたグリムはちらりと見て「なんだか埃の色みたいなんだゾ」と言っていたが、違うよグリム。その雪景色はもう片付けたでしょう。それに白って、これから好きに染めていこうぜって色じゃないのか! 文化が違うのか? わからん!



【オンボロ寮を掃除したい】

 鏡に呼ばれたと思えばよくわからん内に謎の学校の入学式に正体されて、追い出されて。その後紆余曲折あり、自分はオンボロ寮の寮長として、ここ──ナイトレイヴンカレッジの生徒として通うことになった。
 授業を受けるのって何年ぶりだろうかとワクワクしながら、逃げようとするグリムを捕まえる。放課後は学園長からのお使いを請け負い、無茶ぶりにはキレつつも耐え、仲良くなったエースとデュースと遊んだりなんだりする日々。
 そして週末。つまりは休日。やっとまとまった時間が出来た。とすればすることは一つ!
「これより、大掃除を行う!!」
 オンボロ寮の名にふさわしく、隙間風は序の口、雨が降ればぴちょんぴちょんとしたたる雨漏り。さらには虫と同居する生活をしばらく満喫するハメになっていた。ここを住まいとした際に大まかな埃だけはなんとか掃除した物の、快適な住まいと呼ぶにはかなり支障がある状態だ。
 唯一の寮生であるグリムはもちろん、元々オンボロ寮をすみかにしていたゴースト達を「住まいは快適な方がなにかと便利ですよね?」と説得し、友人であるエースとデュースも交渉の末手伝いを承諾してくれたので人手は確保できた。日頃の彼らの行いからして誰ひとり逃げ出さず黙々と手伝ってくれるなんて期待はしていないが──とりあえず、夜に水飲み場に行くときにムカデを危うく踏み潰しそうになる、なんてことは避けたい。とても、避けたいのだ。自分のためにも、ムカデのためにも。
 いやだって、この世界かのディズニーの世界を踏襲してるっぽいじゃん。たまに隠れミッキーみたいなの見つけることあるし、オンボロ寮はともかく他の寮ってなんとなくモチーフが見え隠れしてるし。というかそもそも夜中にディズニーチャンネル上映会が始まるし、極めつけにはグレート・セブンの銅像があるし。エースから初めて話を聞いたときは「物は言い様」ってこういうことを言うんだな……って感心しちゃったよね。
 それにこないだなんて、一人ゴキゲンにハミングしてたらどこからか小鳥ちゃんや子鹿ちゃんが花を渡しに来てくれたんですよ。こんなのミミズだってオケラだってアメンボだって、みんなみんな生きていることを意識せざるを得ないじゃないか……。もちろんそれを抜きにしても虫を踏み抜くのは嫌なんだけど。
「とりあえず今日は幸いなことに天気なので、布類の天日干しと、まだ手つかずの部屋の換気をからはじめま…──ぶえっくしゅ!!」
 布で簡易的なマスクをしているのも関わらず盛大なくしゃみが出た。こんな履けば埃が舞うような環境にいられるか、自分は繊細なんだ。



【夜の散歩は楽しいものだ】

 大きな長いツノが魅力的な彼に出会ってからしばらく。また寝られなくなった自分は熟睡しているグリムを余所に、ふらふらと外に出ていた。真夜中の散歩という奇跡的なタイミングの一致であんな出会いが出来たのだから、都合良く再会できないかな、なんて頭の隅で考えてはいたけれど、どっこい現実はそこまでよくはできていないらしく、自分以外人っ子ひとり見当たらない。
 その反面、どこからかフクロウの鳴き声が聞こえる。元の世界では同じような時間帯に外に出あるくのはなんとなく楽しい感じはあったけど、こちらはどちらかというと落ち着く感覚がある。あまり慣れない環境なのに安心感があるというのも不思議な話だ。その感覚自体に不安を覚えてもおかしくはないが──気温がそう低くないこともあるのだろうか? それとも、ゴーストがそれなりに話の通じる人(?)達ということを知ったからだろうか。もしくは、ここはおとぎ話の国の中だと思っているから?
 ──幼い頃に見たことのある作品は、映像が怖くてそれ以来見なくなったものもあるというのに不思議だ。あるいは、誰かに言われたとおりぼけっとしていて危機感が足りない、のかもしれない。
 先日会った彼はグリムからツノ太郎というかなり安直なあだ名が付けられていたが、夜の似合う彼にその話をしたら彼はどう思うだろうか。静かな雰囲気の、夜の散歩友達。──友達というのはこちらが一方的に思っているだけだが、また会えたら、話がしたいと思う。笑ってくれればいいけれど。



【構うだけじゃなくて構われるのも嬉しい】

 あくびをしつつ学び舎へ向かう道中、グリムの頭にぴょこんと逆立った毛があるのをみつけた。グリム、そう呼ぶと彼は素直にこちらを振り向く。まだ出会って日は浅いが、それなりに彼とも友人としての信頼関係を築けていると思う。
「寝癖ついてるよ」
 すっと手を差しだして本来の毛の流れの向きへ撫でつければ、グリムは目を細めてふな゛ぁと鳴く。何回かそれを繰り返せば、まだ多少名残はあるものの言われなければ気付かないぐらいには直すことができた。
 辛抱強いとはいいがたい彼だけど、表情を伺うとリラックスしている様子だったので寝癖以外の部分もわしゃわしゃと撫でつつ喉元へ手を伸ばす。すると彼はごろごろと気持ちよさそうな音を出した。
(……うーん……猫だなぁ……)
 言ったら怒るので言わないが。
 すれ違う学園生徒たちの目を気にせずしゃがみ込む我々だったが、ついに背後から声がかけられた。
「往来で立ち止まっているのは、通行の妨げになるよ」
 凜と透き通った声。ここ数日ですっかり聞き慣れたその声の主を振り返ると、そこにはハーツラビュル寮の寮長であり──お世話になっているだかお世話をしただか、とにかくただの顔見知りでは済まないほど濃厚な時間を過ごした、リドル・ローズハートがいた。
「おはよう、リドル寮長」
「おはよう。何をしていたんだい?」
「グリムに寝癖がついていたので、直してました」
 監督生なので。と冗談めかして言うと、リドルはくすりと笑ったあと、何かに気付いたようにカツカツ靴を鳴らし近づいてきた。そして、彼の両手がこちらの首元に伸ばされて──。
「また、タイが曲がっているよ。寮生の世話をするのも結構だけれど、自分の身なりも整えなければ立派な寮長とは言えない。気を付けるように」
「……」
「……監督生?」
「……先日、直してもらったときも思ったけど……いいですね、これ」
 自分がグリムだったらごろごろと喉を鳴らしていた気がする。リドル寮長はこちらの言葉の真意がわからなかったのか訝しげに片眉を上げたが、直してくれたタイをぽんと押さえて返事は? と確認を取る。
「はぁい」
「また気の抜けたような声を……まぁいい。次は、きちんと整ったタイの君に出会えることを期待しているよ」
「……はぁい」
 よろしいと頷く彼。件の一件を経て、本当に丸くなったものだなと思う。
 放置されていたグリムに強めのパンチという催促されて、校舎への歩みを再開させるのだった。



【撮影禁止です】

「一年生たち〜、はいっチーズ☆」
カシャ
 エース、デュース、グリムとご飯を食べる昼下がり。軽快な音が鳴る。
「うわっ、ケイト先輩!?」
「またっすか……」
「いきなりはびっくりするんだゾ!」
「うんうん、みんないい表情してんじゃん! ……監督生ちゃんを除いて」
 首を傾げた三人にケイト先輩がスマホの画面を見せた。そこに写っていたのは驚いた表情をする三人と――。
「監督生、ガード堅っ」
 皿を運ぶためのトレイで顔を隠した自分だった。デュースは「よくあの不意打ちに対応できたな」と感心しているが、これでも結構ケイト先輩に対しては警戒しているのだ。
「聞いてよ三人とも。最近、監督生ちゃんずっとこうでさぁ。マジカメに写真あげらんないの」
 ナポリタンうめぇ。
 三人が会話を交す間にも、黙々と一人食事を進める自分の隣にケイト先輩が座る。
「もしかしたらって思ってたんだけどさー……」
 ナポリタンでふくれた頬を先輩がつついた。ご飯中にちょっかいかけるのはやめてほしい。
「監督生ちゃん、写真撮られるの嫌い?」
 もぐもぐもぐ、ごくん。
 注目が集まる中、嚥下しきってから口を開いた。
「普通に嫌ですね……」
「日頃オレたちをゴーストカメラでパシャってるヤツとは思えない発言だな……」
 エースからも小突かれた。やめろやめろ、何故みんなして食べてる時にそんなにちょっかいをかけてくるんだ。
「正しくは写真を撮られるのが嫌なのではなく、許可なく撮られるのが嫌です。こちらだってケイト先輩をゴーストカメラで撮るとき、無断で撮ってませんよね?」
「え? うん、まあそうだけど……えっ、じゃあ声かけたらとっていいの?」
「撮るだけならいいですよ。でもマジカメに上げるのはまた別の話なので」
「なるほどねー。じゃあじゃあお願い! マジカメ用の写真、一緒に撮って?」
「いいですよ」
「やったー!」
「なんだこのやりとり……」



【腹が減っては戦はできぬ】

 とある放課後。珍しく学園長に押し付けられ……依頼された仕事もなく、問題児たちが波乱を起こすでもなく。穏やかな一日を過ごした自分はどう時間を過ごすか考えあぐねていた。アズールからの無茶振りもクリアしてクソバカ三人組を含めたイソギンチャクたちは解放されたし。図書室に行って文献を漁ろうか……。
 あれこれ考えるうちにぐぅ、とお腹がなった。
「そういえばお腹すいたなぁ……」
「オレ様も腹が減ったんだゾ!」
「うーん、ちょっと離れてるけど、勉強の前にサムさんの所に軽食でも買いにいくか。晩ご飯までは待てそうにないし」
 てくてく歩いていると、授業中とは違う人の少ない校舎が目立つ。部活のする声は聞こえるけれど、夕暮れも相まって独特の雰囲気だ。悪くない。
「ふんふふーん」
 グリムもおやつが楽しみらしく、こちらの肩にのりつつ鼻歌を歌っている。
「何食べたい?」
「ずっと舐めていられるキャンディー……いやここはクッキーも……ふな……迷うんだゾ……」
 いいねぇと顔を見合わせて笑う。購買部への道すがら、グリムと一緒になっておなかすいたうたを口ずさむ。作詞作曲、自分とグリム。名曲の予感しかしないな。

「やあ小鬼ちゃん、今日は何をご所望かな? ……おや、大荷物抱えてどうしたんだい」
「……いや、なんででしょうね」
 食べたい食材を次々上げていくと相当お腹が空いていると思われたのか、知り合いに見つかるたびに彼らが持っている食物を少しずつ分け与えられた。曰く「これはこないだパンもらった時の借りを返しただけっスから」だとか、「上手くもない貴方の歌声で嘆かれるのは聞くに堪えませんので」だとか意地悪な理由は様々だ。かと思えば「実家から送られてきていくらでもあるから」だとか、「ほんとは寮生と食べる予定だったけど、一切れぐらいなら問題ないから」と優しさ溢れる理由でもらったものまで。何かと理由をつけてアレコレもらってしまった。
 その話をすると、サムさんは愉快そうに笑っていた。グリムは大喜びしつつ食べ物の海に埋もれている。重いしこぼれそうなのでどいてほしいのだが。
「まぁ、もらえる物はもらっておけばいいよ」
「そうですね……。あ、えーと……ジュース二本と、あとはこれらを入れる袋ください」
「お安いご用さ」
 ぱちりとウインクした彼が200マドルだよ、と値段を告げるが、あいにくと両手が塞がっているので財布を取り出せない。グリムに頼もうとするが……ダメだ。こっちの話を聞く気がない。
 結局はサムさんに手伝ってもらい、先に腕に抱えている物を袋に入れることにした。そのとき一緒にグリムも巻き込まれていたが、さして問題はないだろう。
「あとこれ、いつもごひいきにしてくれる小鬼ちゃんにプレゼント」
「え、あ。わあ、いいんですか」
「もちろん。若者がお腹をすかせているのは良くないしね。また明日お腹がすいたらすぐおいで」
「ありがとうございます!」
「ウンウン、小鬼ちゃんは美味しい物を目にしたときのオーラがいいよね……」
 サムさんがおまけといって渡してくれたのはいつも買うキャンディー。受け取ってお礼を言うと、彼は眩しいよ、としみじみと頷いている。袋の中にいるグリムを引っ張り出して一緒にもう一度お礼を言って、購買部をあとにした。



【紅を差す】
「なんかさぁ、みんなオシャレだよね」
「は?」
 エースの顔をじいっと見つめながら呟くように言うと、素っ頓狂な声が聞こえた。自分の目元を差しながら言葉を続ける。
「目元のメイクとか」
「あー……。そういえば監督生は特になんもしてねーよな」
「うん。美意識高いなぁと思って」
「すればいーじゃん」
「今まで興味なかったし、そもそも化粧道具持ってないね……」
 そう返すと、きょとんとした後に彼はにや~っと笑い、こちらに身を乗り出してきた。その手には小さなパレットが──。
「んだよ、オレの貸して欲しいならはやく言えって」
「え、いやそういう意味じゃなくて、わっ」
「んー、じっとしてろよ?」
 やや強引に顎をつかまれ、こいつ面白がってるな……と思いつつおとなしくしていると彼はこちらと目を合わせて、またイタズラっぽく笑った。パレットの蓋を開けて、指ですくう。
「……」
「人にやんのって新鮮だな……、っと。ちょい下みてて」
「ん、うん……」
「こうしてー……、ん! いいぜ。ホレ鏡」
 目尻から目頭にかけて彼がつけてくれたのは、彼がいつも付けている真っ赤な色。
「……わー、すごい。雰囲気かわる……。なんか、強そうに見えない?」
「いや、それは変わんねーわ」
「なんだと……。うん、でも、ありがとう」
 手渡された鏡の角度をくるくる変えて見つめる自分が面白いのか、エースはけらけらと笑っている。いや、でもこれは結構真面目に衝撃だ。
「フフン、お礼は明日のお昼でいいぜ」
「最初からそれが狙いだったね? ……まぁいいけど。じゃあ今度自分の道具買うの付き合ってよ」


2020/04/03-04/05