蜜柑とアイスの共存

プロポーズからはじめよう



 ソニアがフィールドワークでこっちにきてるっていうから、久々に晩ご飯を一緒に食べることになって。ただご飯を食べるだけとはいえあたしは気合を入れてお化粧をしてきた。ソニアもいつもアップにしている髪を下ろしてハーフアップに編み込んでいる。ルリナは残念ながらジム運営が忙しいということで欠席だけど、今日はあたしとソニアの二人で、最強の女子会を作り上げるのだ。
 あたしとソニアは十年ほど前、ジムチャレンジの最中に出会った。自分の実力については知っていた当時のあたしは、自分がチャンピオンになれるだなんて思ってもいなかったが、同期の面々は自分がそう思ってやまない子たちがいた。あたしはあたしで現実を理解していたけれど、夢を持っていて、かつそれぐらいの力がある彼らには羨望と、あとはうっすらとした嫉妬を覚えていた。まあ思春期特有のあれやそれの範囲でかわいいものだし、正直恥ずかしいからあんまり思い出したくないんだけど。で、ジムチャレンジを通してちょくちょくあったりキャンプをしたり、方向音痴のダンデの捜索に付き合っていたらソニアと、現みずタイプのジムリーダーをつとめているルリナとは、同じ年頃の同性ということもあり自然と仲良くなった。
 そういえば、当時はあの方向音痴のダンデがチャンピオンになって、十年もその席を守り続けることが出来るなんて思っていなかったから驚きだ。あたしが彼を過小評価しすぎていたのかもしれないけれど、人生ってどう転ぶかわからない。

 そう、どう転ぶかわからない。あたしはあたしで、人生の分岐点に、三分の一くらい立たされていた。
「ていうか聞いてよー、あたしお見合いすることになるかも」
「え……えっ!!? なんで!? 誰と!?」
 そして近況報告とか仕事の愚痴とかを聞いてもらっている間に、かもしれないなんだけど、と前置きをしてポツリこぼせばソニアは大げさに驚いた。
「上司のお得意様の子供らしいんだけど……婚活中らしいんだって」
「それにしたって……ええ……今時職場のお見合いとかあるんだ……」
「あたしも思ったよ! 上司曰く会うだけでもいいってことだけどさあ、なんか別に、あたしでもよくない? みたいな」
「……断るん、だよね?」
「うん。美味しいご飯食べれそうだし、それだけ食べにいくかな……まさか断れないなんてことないだろうし、そもそも向こうも初対面のあたしと結婚したいと思うわけないし」
「食い意地張ってるね」
「えー、いいとこのご飯タダで食べたいでしょ。はー、でもさあ、周りは婚活してるのかーって考えるとなんかやりにくいよね」
「そうなの?」
「ソニアはおばあさんのところで研究してるから、外部の人間にどうこう言われるってことあんまりないだろうけど。会話が恋愛一色になっちゃうのがなー、あたしも今恋人いないし話降られるとちょっと面倒なんだよね」
「ふうん……そっか……」
 ソニアはそう答えて、パスタをくるくると巻いていたフォークを置いた。グラスをあおるがなんだか難しい顔をしている。んん? どうしたの、とあたしが聞く前に、彼女はよし、と呟いてあたしを見つめた。
「あのね」
「うん」
「わたしと結婚しよう」
 一瞬なにを言われたのかわからなかった。
「……話飛んでない!?」
「あっ! 違うか! 先にお付き合いからだよね!」
「ソニアさん!?」
「大丈夫! わたし研究で忙しいけど、全然時間取れないってわけじゃないし、昔から一緒にいるからライカの……」
「ちょっとちょっと! まって! 落ち着いて!」
 彼女の視線が定まってない。絶対訳わからなくなってるな!? 彼女のめちゃめちゃ冷たい手を握って、一旦深呼吸しようと言うとうなずいた。すー、はー、うんいい子!
「えっと……ソニア? さっきのって」
 ようやく少し落ち着いた様子の彼女は黙っていたけれど、やがて観念したのかおずおずと口を開いた。
「……好きだったの、昔から」
「……」
「でもあなたには、あの時好きな人がいたし、数年経つとわたしはおばあさまの手伝いとはいえ、フラフラしてたし……その間にもライカは社会人として自立しちゃうし、どんどん素敵になっていくし……うぅ」
 真っ赤になって、あたしへの想いを伝えてくれるソニア。いつも彼女のことはかわいいし綺麗だなと思っていたけど、いまだかつてこんなに彼女が可愛く見えたことはない。目を伏せながらもこちらを伺う彼女の瞳はどことなく潤んでいて、あたしの頭は沸騰寸前だった。ぐぅ、と自分でもどう形容したらいいのかわからない音が喉の奥でなった。
「……ごめん、こんなこといきなり……。ライカがお見合いするって考えたら、暴走しちゃった」
「だ、だから、行くだけでそれは断るつもりだし……」
 あたしが誤魔化すように首を振るとソニアは曖昧に頷く。
「わかってるよ。でも、行くだけでも、ヤダって思っちゃうの」
 そう言った彼女が、拗ねてるようだけど、それを必死に隠そうとしてる表情をしていたから。あたしの方もわけわかんなくなっちゃって。今まで仲のいい友達としてしかみたことがなかったはずなのに。
 だって! 彼女がこんなにもかわいいなんて、こんなにもあたしのことを想っていてくれていただなんて、馬鹿なあたしは気が付いていなかった。
 あたしは自分でも無意識のうちに、もういちどソニアの手を握っていた。
「……ソニア! 結婚しよう!」
 まだ冷たかった彼女の手は、みるみるうちに熱くなっていくのだった。


2020/01/23