蜜柑とアイスの共存

愛情は皿の上に乗っている



 ダンデは、チャンピオンの座を下されてから、できた時間で久々に実家に帰った。もっと頻繁に帰ってきなさいなとお小言を言われながらも笑顔で実家に迎えられたダンデは、いつも里帰りをする時のように、家族と食事をとり、綺麗に掃除された部屋で眠る。しかし、今回の里帰りでは少し様子が違っていた。原因の一つはチャンピオンでなくなったことがあるのではないか、とは母親の分析だが、そのことを指摘されてもいまいちダンデにはピンとこなかった。
「ダンデ、あなた。やっと落ち着いて食べるようになったのね」
 ダンデは食事を手短に済ませるタイプだった。子供の頃は、食事よりも楽しいことが家の外にたくさんあったし、チャンピオンの座についてからは食事に時間を割くよりもするべきことがたくさんあったからだ。それを「時間が出来たから」「大人になったから」と形容されても、そうなのか、とは思ったが、そうなのだな。とは思わなかった。
 いや、しかし。母親が嬉しそうにしているのなら、よかった。ダンデは微笑んで、平らげた皿を家族の分も一緒に流しに運ぼうと立ち上がった。
 ゆっくり食べるようになったという自覚は薄い。しかし、食事をとりながら最近あったなんでもないことを語り合うのは、とても心地の良い時間だ。ダンデはそうも思っていた。実際、お隣さんを呼んでしたバーベキューはとても楽しかった。家族もポケモンも美味しそうに好き好きの食材をとり、食べている。少し前までの自分は、そのことを特別に思うこともなかったから。
 ――ああ、でも、もしかすると。ゆっくり食事をとろうと思うようになったのは、家族と、――あとは、近々伴侶になる予定の、恋人のおかげもあるのかもしれない。

 ダンデの恋人は、それはそれは幸せそうに食事をする人だ。ある日は野菜がふんだんに使われたサラダパスタ、ある日はチーズのたっぷり乗ったラザニア。またある日は果物とマホイップのクリームが山盛りにされたクレープと。これがカビゴンのように恰幅の良い身体をしているのであれば納得がいくが、ダンデの恋人は、同じ年頃の者と背格好を比較しても際立って目立つところはない。それがなかなか見ない量を、好き嫌いもなく次々口の中に吸い込みペロリと平らげてしまうのは、いっそ見ていて気持ちが良かった。
「ダンデくん、おいしいね」
 そう言って笑うものだから、ダンデもつられて頷くのだ。
 母親に言われた言葉から恋人との日常を思い出して、一緒に食事を取ることの楽しさを教えてくれた恋人に、ダンデはある考えを持っていた。
「結婚してからは、基本的に俺が食事を作ろうと思う」
「えっ」
 そう宣言すると、恋人もとい伴侶はサクサクに揚がったヤドンのしっぽフライを、皿の上にぽとりと落とした。

 ダンデは今まで食事に頓着しない生活を送っていた。したがって、キャンプをする時に作るカレーも食材にこだわることはほぼなく、まあ、不味くなければいいだろうと――伴侶に聞かれたら、両肩を掴まれがくんがくん揺さぶられるそうなことを思っていた。
 とはいえ伴侶との出会いで意識改革がなされ……というか、自分一人であれば不味くなければいい――ダンデの「不味くない」の範囲はとても、それこそワイルドエリアぐらいとっても広い――という意識は変わらないものの、愛しい伴侶に食べさせるのであれば、にほんばれの笑顔がさらに輝くくらいの、とても美味しいものを食べさせたい。とも思うようになっていた。
 それゆえ、ほぼ0の己の料理スキルを育てるため、まず料理教室に通うことにした。1からしっかり教えを請いたかったことと、通常のグループレッスンでは周りが落ち着いて受講できないだろうということもあり、マンツーマンシステムのところを選んだ。バトルタワーのオーナーになったばかりだというのにその時間はどこにあるのか? と人に話す度に聞かれたが、時間はなくても作り出すものであると伝えれば相手はなるほど……? とわかったのかわからないのか微妙な顔つきになり、ややあった後に「結婚で人は変わるものなんだね」と言う。ダンデとしては結婚どうのよりも、食べることが好きな伴侶こそがいるからだと思っていたが、彼らの表情は決して否定的なものではなかったので、だいたいそんな感じだと頷いた。

 数ヶ月後。
「ダンデくん、どう? あれから。お料理のほどは」
 プラッシータウン。マグノリア博士の研究所にお邪魔すると、ワンパチのマグカップを机に置きながらソニアが尋ねた。
「俺としてはかなり良くなってきたと思う! 最近は美味いと言ってくれるし……はは。初めて食べてもらった時にな、パートナーとしては120点だけど料理としては5点と言われてしまってな」
「赤点じゃん」
「だが、昨日は60点だと言ってもらえたんだ」
「えーっスゴイ! 平均点ぐらいは出てるんじゃない?」
 ソニアは感激のあまり拍手をしていた。足元にきたワンパチも楽しそうな雰囲気を察したのかワパワパとはしゃいでいる。彼らの反応にダンデもより一層うれしくなり、まなじりを下げた。
「いやーほんとにすごいね……昔のダンデくん、ご飯食べてる時間がもったいないってくらいだったのに……。愛だね」
 いいなー、わたしも恋人ほしー。机に肘をつきながら呟く彼女。
「しかし、食べてくれる人がいる料理とはいいものだな」
「うわ~わたしもそういうこと言いたーい! でもさ、時間は作るものっていっても、やっぱりダンデくん忙しいし毎日料理を作るのって大変じゃない?」
「ああ。さすがに泊まりの仕事となると日持ちする料理も限られてしまうし、予定よりも仕事が押して調理時間をとれないときもある。……だがそういうときは、俺があいつの料理を食べられるから、それはそれでとても嬉しい」
 満面の笑み、幸せオーラいっぱいで語るダンデが発光しているように感じられて、ソニアは思わず手で遮った。
「とは言っても、最初の頃は特に大変だったな……」
「だよねぇ、ただでさえ料理してこなかったんだから、慣れないだろうし」
 その通りだと頷いた。しかし、ダンデが心折れずに数ヶ月間継続できていたのは、美味しい料理を食べて欲しいという考え以外に、もう一つの楽しみを知ったからだった。
(ほぼすべて、俺の作ったものを食べて生活してるのだと思うと、とても満たされるような気持ちになる)
(これまでの数ヶ月間で、俺は料理がかなり上手くなった。きっともっと、あいつを満足させられる。これからはずっと、あいつは俺の料理を食べて生きていくんだ)
 ふふ、と笑ったダンデにソニアは首をかしげる。100点をもらえる日が楽しみだ。
「料理を極めたら、栽培も始めてみようかと考えてるんだが」
「材料から作るつもり!? やる気満々だなぁ……。愛だね……」
 そう、愛なのだ。
(俺の愛を、咀嚼して飲み込んで、糧として欲しい。おまえの中を、俺で満たさせてくれ)



2020/01/20