蜜柑とアイスの共存

アーボックは抱きしめたい


アーボックは常々考えていた。トレーナーを、強く強く抱きしめたいと。
抱きしめたいというのは比喩表現だが――何せアーボックはコブラポケモンゆえ、腕や足はないのだ――トレーナーがアーボックに話しかけるたび、ニックネームを呼ぶたびにそう思っていた。
アーボックの体はヒトよりもずっと大きく長い。相手を威嚇するために使う、自慢の大きく平たいお腹だけで子供が座れるぐらいの広さがある。それに重量だって、ヒトの何倍の重さがあるのだ。トレーナーは以前部屋の中に木に見立てた大型アスレチックを設置してくれたが、それと同じようにヒトに対して巻きついたら、重さに耐えきれずたちまち倒れてしまうだろう。一度だけ、トレーナーが寝転がっている時にゆるく巻きついたことはある。しかし、アーボックが感情のままに力をこめれれば、トレーナーはすぐさまひんし状態になってしまうことは容易に想像ができた。それが恐ろしくて、アーボックはすぐにトレーナーから離れてしまった。もうやめてしまうのか、トレーナーの名残惜しげな声に尻尾を引かれながら。
アーボックはトレーナーを抱きしめることができない。その代わりに、トレーナーにすり寄ることや、トレーナーに抱きしめられることは大好きだ。
去年の夏は高温が苦手にも関わらず、トレーナーにひっついたままで具合が悪くなってしまったし、トレーナーが抱きしめようとしても、アーボックの太い首にはなかなかトレーナーの腕は回りきらない。
でも、それでも、アーボックはトレーナーと触れあうことが好きだった。
たまに、アーボのときからトレーナーのポケモンだったのなら、こんなにも抱きしめたいと思うことはなかったのではないだろうか、と考えることがある。
栓なきことだとわかりきっていても、この切なさが、もどかしさがどうにかなるのであれば、とつい考えてしまうのだ。
もしも自分がアーボだったら、トレーナーが立ったまま巻きついても、倒れてしまうことはないだろう。――それでも、今と同じように力一杯締め付けてしまえばトレーナーはたちまちひんしになってしまうことは避けられないだろうが。
もしも自分がアーボだったら。トレーナーに抱きしめられるとき、トレーナーの体いっぱい使ってもらえば、頭のてっぺんから尻尾の先までトレーナーを感じることができただろうか。
たまにトレーナーをじっと見つめていると、チロチロ飛び出す舌がかわいらしいと微笑みながら語られる言葉がある。
「あなたは、大きくて頼りがいがあるね。あなたを森の中で一目見たときから、運命を感じていたんだよ」
何にもならない空想もトレーナーの一言で、ああ、自分はアーボックだったからこそ、このひとと、このひとのポケモンとして出会えたのだと思うのだ。
そう言ってくれるからこそ、この切なさも、もどかしさも。抱えたままでいられるのだ。


2020/01/04