蜜柑とアイスの共存

闇の覇者の君に挑むよ


「ごめんください」
 わたしはゴーストジムを訪れていた。ジムは今閑散期……というわけではなく、もうすぐ開催されるジムチャレンジの準備に追われているようだ。建物の奥からはガヤガヤと人の話し声が聞こえてくる。しばらく待っても誰も来ないから、もう一度、先ほどよりは大きな声でごめんください、と挨拶をした。
「……はぁい」
 やっと返事が聞こえた。物陰から現れたのは、わたしと同じくらいの背丈の男の子。ただ、教室でいつも見かける彼と違うのは、顔に大きな画面を被っているところだ。
「あ……ええと、ごめんね、みんないま、手が離せなくて」
「いえ。オニオンくんにお話があったのでよかったです」
「ぼくにお話……?」
 首を傾げた彼にわたしはうなずいた。彼に数歩近づいて目的のものを要求する。
「すいせんじょうを、いただきに来ました」
「すいせんじょう……って、ポケモンリーグの……?」
 もう一度頷いた。彼は慌てているようだ。それはそうだろう。通常ポケモンリーグは、わたしたちよりももう少し年齢が重なってからエントリーするのが通常だ。もっとも保護者の同意があればレギュレーション違反にはならないが、あえて今の年齢でポケモンリーグに出場しようとする子供は決して多くはない。
「大丈夫です、これでもポケモンの扱いには慣れてるから」
「それは……ぼくも、知ってるけど……。でも、どうして?」
「……君と戦いたいからです」
「……ぼくと……?」
「オニオンくんは、わたしと同い年なのに、学校に行きながらバトルをして一定以上の成績を収めている。ジムリーダーとしての務めを果たしています。堂々とスタジアムに立って戦っています」
 仮面越しで彼の表情はよくわからないけれど、せめてわたしの気持ちが彼に伝わるようにはっきりと口にした。
「わたしは、君と同じフィールドに立って、君と戦いたい。ポケモントレーナーとして立つ君がかっこいいと思ったんです。だから、その権利を得るための前提条件として、すいせんじょうをもらいにきました」
「……かっこ、いい?」
「はい」
「ぼ……ぼくが?」
「そうです」
 問われたことにはっきりと頷けば、彼はあわあわと手や視線をさまよわせて、そして後ずさって。しまいには段差に躓いて尻餅をついてしまった。それにつられてか、腰のモンスターボールからゲンガーが出てきた。トレーナーと同じようにわたわたと慌てているように見える。
「……うう、ぼ、ぼくは、そんな存在では……」
「……」
「……。い、いえ。ごめんなさい。あなたは……ぼくのクラスメイトではなくて、チャレンジャーとしてここに来てくれたんですね」
 頭を振って、助け起こそうとしたゲンガーの手は借りずに彼はひとりで立ち上がった。服についてしまったほこりを払ってわたしに向き直る。
「それなら、ぼくにその気持ちを無碍にしていい理由は一つもありません。……あなたに、すいせんじょうをお渡しします」
「! 本当ですか……ありがとうございます」
 ほっと胸をなで下ろす。よかった。保護者からの同意はしっかり得ていたが、ジムリーダーからのすいせんじょうが無ければ参加は認められないから、目標の本人に断られてしまったらどうしようかと思っていた。
 すぐに用意されたすいせんじょう。そこにオニオンくんは、彼の名前とわたしの名前を書き込んだ。インクが乾くのを少し待ってから丁寧に神を丸めてわたしに渡す。この目の前の厚紙一枚が、わたしにとってはとんでもない価値を持っている。
 ジムチャレンジの準備で忙しいだろうから、これ以上お邪魔するのはいけないとお礼を言って立ち去ろうとしたわたしをオニオンくんは呼び止めた。
「ぼくは……ゴーストジムは五つ目のバッジです。あなたが、ぼくに挑戦しに来てくれる日を待っています」
「……はい。すぐにオニオンくんのジムまで来て、そして君に勝ってみせます。……ゲンガーも、いつもオニオンくんと一緒に戦っているポケモンですよね。わたしと、わたしのポケモンが勝ちに来ますから、首を洗って待っていてください」
「……あなたがゴーストジムの扉を叩いてくれることを、楽しみにしています」
 そう言って笑う彼は弱気なクラスメイトではなく、ゴーストタイプを背負うに相応しい、ジムリーダーの姿だった。


2019/12/31