蜜柑とアイスの共存

行きずり!キャンプカレー


 第二鉱山。バウタウンとエンジンシティを結ぶ道だ。とはいえしっかりと整備された道ではなく、鉱山という名前がついている通りがたつきの多い道や細い道もある。また、鉱山の中で働いている労働者やその手持ちポケモン、はては野良のポケモンまで様々で、そらとぶタクシーでも使わない限り通行者は皆自分のポケモンを連れていく必要がある。
 そして自分も例に漏れず、パーティーの中でも小柄でバトル慣れしているイノムーのムーさんとともに鉱山を歩いていた。他の子たちは狭い道もあるためボールの中に入ってもらっている。
 何故第二鉱山にいるのかというと、父の研究を手伝うために各所の生態調査を行っているからだ。まあメインはルミナスメイズの森なんだけど。定期的に他の場所もこうしてまわって生態系などの調査を行っている。だから今日も今日とて大きな荷物を背負い、お気に入りのオレンジ色のツナギを着て──黒い七分丈のインナーとそろってデンソク製で、とても動きやすい──えっちらおっちら調査を進めていた。
「鉱山は人の目が多いから行き倒れないし、フェアリータイプもいないから化かされる心配がなくていいねえ」
「ムー」
 とことこ歩きながら独り言を呟くようにいうと、ムーさんはその言葉も拾って相づちを返してくれた。彼の山のような背中をさわさわ撫でて厚くかたい毛皮に癒やされる。……と、ムーさんのお腹からぐぅ、と大きな音が鳴った。きょとんとしてムーさんの顔を覗き込むと、もじもじと恥ずかしそうにしている。
「ごめんね気付かなくって。僕もお腹すいたし、ゴハンにしよっか」
 よしよしと撫でるとうれしそうに駆け回る。いつも落ち着いていて頼りになるけれど、こういうところはウリムーの時からまったく変わらない。
 道はずれの広めの場所を見付けてカレーの準備をする。材料を切る途中できのみを落としてしまい、コロコロ転がるのを追いかけると、ちょうど物陰から小さな影が現れた。
「う、わっ」
 こんなに小さいのはポケモンしかいない。蹴飛ばしてしまうのもいけないと慌ててジャンプしてよけると、いつの間にか接近していたキテルグマのぐーちゃんが、転ぶ前にそっと支えてくれた。
「ありがと……」
「クー」
 もふっとした腕をさするとぐーはにこにこと笑う。気を取り直して振り返ると、そこには僕が落としてしまったオボンの実と、ミブリムがいた。どうやら向こうに害意は無いらしく、キョロキョロとあたりを見回した後オボンの実を器用に拾い、こちらへ差し出した。
「クー?」
 やるかやるかといつの間にか腕をブンブン振り回し、準備運動をしていたぐーも首をかしげる。差し出されたそれを屈んで受け取ってありがとうと言うと、ミブリムはルンルン足踏みをした。
「きみどこの子? 野生じゃないよね。トレーナーは近くにいるの?」
 僕の話を聞いているのかいないのか、ミブリムは僕の手にのっかってぴょこぴょこ嬉しそうに跳ねるだけだ。どうしようかな、と迷っていると、物陰から柔らかそうな白髪の少年が姿を現した。年は僕と同じくらいか少し下で、髪型がどことなくウールーに似ている気がする。
「ミブリム……」
「この子、きみのとこの子?」
「ええ、どうも世話をかけました。ミブリム、いきますよ」
 どこかとげとげしい雰囲気で少年はミブリムに声をかけるが、当のポケモンは、なんというか、ちょっと渋っているようだ。少年は無理矢理連れて行こうとはしていないが、焦れたようにもう一度ミブリムの名を呼ぶ。
 ぐう~
 そして、ミブリムのお腹から大きな音が聞こえた。
「……あ~、うちのパーティーも、今からゴハンなんだけど……人数多い方が手間は減るし、一緒に食べない?」

 軽く自己紹介をした。彼はビートというらしい。
「ぼくはローズ委員長から推薦状をもらったトレーナーですから、本来であればこんなところで油を売っている余裕はないんです」  彼のポケモンはみんなエスパータイプだが、彼自身はでんきタイプのようにびりびりちくちくしているようだ。というか機嫌が悪いのか? やたらと態度がざらついている気がする。普段の彼を知らないので憶測でしかないのだが。それでも繊細なポケモンが多いエスパータイプを連れているのを見るに、心根からささくれ立っている人ではない……とは思う。たぶん。知らないけど。
 とはいえそこにわざわざつっこむのも地雷を踏む気しかしないので、僕は当たり障りのない言葉を言うだけだ。
「ふーん? 頑張ってるんだね。なんか美味しそうなきのみある?」
「……」
 僕が持っていたものと彼が渡してくれたきのみを一緒に鍋に入れ、うちわで火の調節をする。調理には何も文句を言わずきちんとしてくれるあたり、ヒドイデの棘のように尖ってはいながらも真面目なのだろう。
 しかしポケモンリーグか、もうそんな季節が来たのかと感慨深く思う。大体はフィールドワークが多くて、いつの間にか数週間数ヶ月経っているというのはザラだ。世間の流行とかも身内用にSNSをやってるだけだと全然わからん。
「僕の知り合いで今年ポケモンリーグに出るって人、確かいなかったはずだから……うん、ビートのこと応援するよ。頑張って」
「わざわざあなたのような素性がわからない人に応援されなくとも結構です」
「ツンツンするなぁ……」
 ちょっと失礼だぞ、とは思ったが、彼自身が余計なお世話だと言っているのでそう思う僕こそが失礼なのかもしれない。人付き合いって難しいなあ。
 普段はソロキャンプしかしないから、他人のポケモンと遊ぶ自分のポケモンを眺めるのは久々だなぁと思いながら、ぐるぐると鍋をかき混ぜた。あ、ビートのユニランがカビゴンのお腹で跳ねて遊んでる。アレ楽しいんだよな。初対面のはずなのに、わかってる……。
 そして出来上がったあまくちヴルストのせカレーはさすがのリザードン級。嬉しそうにするポケモンたちはもちろん、ビートの目がきらりと喜色に輝くのも僕は見逃さなかった。
「うわ、うまっ」
「……ま、まあ、悪くありませんね」
「超美味しい。やっぱ食材と料理人の腕がいいとなー。これはシュートシティに五つ星レストラン出せちゃうくらいだ」
「……そこまでいいますか?」
「ええ? これぐらいがちょうど良いって」
 ハッとして食べかけのカレーをスマホロトムで撮る。それをSNSにアップしようとしたところで、スマホロトムが自動で撮ってくれたらしい盛り付け直後の写真が表示された。当然食べかけより見た目が全然良いのでそちらをアップしたが、食べかけを撮ったこと自体にビートに引かれた。
「それをネットに上げようとしていたんですか」
「元々身内しか見ないし食べかけの所見えないように撮ったからセーフだって。結局食べる前の方上げたし。お代わりするけどビートは?」
「あれだけ盛ってたのにまだ食べるんですか」
「僕、食べ盛りだから」
 色々引かれてしまったらしい。潔癖なのかな? と言えばあなたが気にしなさすぎなんです、と呆れたように言われた。なるほどね。文化の違いだ。

 その後、食事と後片付けを終えたビートは別れの挨拶もそこそこに、さっさと第二鉱山を後にした。彼の手持ちの子たちは愛想良く手を振ったり尻尾を振ったりしてくれたが。それに手を振りかえして、そろそろ張っていたテントも撤収して調査を続けようかな、と思っていたのだが。
 はて、キテルグマのぐーちゃん以外の子が見当たらない。みんないつも片付けを率先して手伝ってくれるが、遊びにでも行っているのだろうか。
「あれ? ぐーちゃん、他の子たちは?」
「くー」
 ぐーちゃんが指した先はカビゴンを中心にして寝ている僕のポケモンたちだった。ご飯の後は眠くなるものだし仕方が無い。このあたりのポケモンはそこまで強くもないし、必要以上に心配しなくとも大丈夫だろう。
「ぐーちゃんは眠くない?」
「くー!」
 むんむんと腕を上げて元気アピールをする。かわいい。
「じゃあ、ふたりで女子会としゃれ込もうかぁ」
「……くー!」
 とてもうれしそうに笑うぐーちゃんに僕もつられて破顔する。お茶の用意をしながら彼女に話しかける。
「今日は面白い人と一緒にご飯食べれたね」
「くー……」
 シャドウボクシングを始めるぐーちゃん。やる気満々なようだ。
「あはは、じゃあもし次に会えたときは、勝負挑んでみようか」
 かくとうタイプのぐーちゃんは相性不利だけどなぁ、と伝えるも、ぐーちゃんのやる気は衰えない。なるほど、相性不利でもぼこぼこにしてやんよという気概がとても伝わってくる。いいぞ、その意気だ。
「また会えるといいねー」
「きー!」


2019/12/27