蜜柑とアイスの共存

オニオンくんがお泊まりに来た


「あの……、ユキヤさん」
 控えめに部屋の扉が開けられる音は聞こえていた。でも振り返ったらきみは驚いて走っていってしまうかもしれないと、わざと気付いていないフリをした。そうっと呼ばれた名前に振り向いて、いま気が付きましたと言わんばかりに微笑む。彼はうつむいているし、仮面をつけているせいで表情は見えないけれど。
「眠れない?」
「ん……う、ん。ユキヤさんは、お仕事ですか」
「うん、まあそんな感じ。でももう終わったよ。……寝る前に、ちょっと一息つこうかな。オニオンくんも付き合ってくれる?」
「……うん」
 頷いた彼にはホットミルク。そして自分にも同じものを用意して、大きなソファに隣り合って座る。熱いからねと渡したカップをオニオンくんは両手で持って、ふうふうと息を吹きかけている。
「仮面、そのままだと飲みにくいでしょ。外すそうか」
 小さくこくんと頷いた。そっと白い仮面を取ると、やや頬を赤らめて、困ったような顔をしたオニオンくんがいた。
(照れてる……)
 彼が人見知りを発揮するような外部の人間はいないし、これは確か照れている時の顔だ。でも、そうか。食事のお世話のようなことをされるのは、彼の年頃でも、いや、彼のような年頃だからこそ恥ずかしいのかもしれない。
ふうふうと息を吹きかけて、こくりと一口のんだ。そしてほうと息を吐く。眠れないのはいつもと違う環境もあるだろうけど、この季節の冷えもあるのだろう。その証拠に、ホットミルクを半分飲むよりも先にオニオンくんの首はこくりこくりと船を漕ぎ始めてしまった。
 彼がカップを落とさないように受け取って、「さ、もう眠ってしまおうか」と囁いた。眠気眼をしばたたかせて彼が頷くのを確認し、腕を広げると素直にこちらへ身を委ねた。先ほどのように手ずから仮面を外されるのは恥ずかしいけれど、こういう時は眠気もあって素直に甘えてくれる。思わずおれは嬉しいような恥ずかしいような気持ちになってしまった。
 オニオンくんに用意した部屋を向かう途中、うつらうつらとした声で彼は話してくれる。
「ユキヤ、さん、今日はボクと一緒に……寝てくれたら、怖い夢を……見ない気がするんです」
「ん……いつもはポケモンと寝てるのかな」
「はい、でも、……今日はユキヤさんのおうちにお泊りだから……一緒に眠ってくれるなら……怖くない……から」
「そうだね、じゃあ今日は一緒に寝ようか」
 彼の部屋の扉を開ける。いつもはボケモンと一緒に寝ているという言葉通り、ゲンガーたちがボールから出てオニオンくんの帰りを待っていた。だが扉越しでも会話は聞こえていたらしく、おれと目を合わせるとうなずいてボールの中に戻っていった。何も言わなかったのは眠そうな主人を思ってのことだろう。
ベッドに彼を降ろして、その脇に寝そべった。寒くないようにしっかりと布団をかけてやる。
「……えへ、うれしい……」
「お友達と一緒に寝るって、よく考えたらお泊まりの醍醐味だものね。おれも今日はいい夢が見られそうだよ。……おやすみ、オニオンくん」
「……おやす、み……」
 へにゃりと笑う彼の額に軽く口付けると、あいさつをするかしないかのところで彼は眠りの世界へ入っていった。一人寝でないのは久々で、隣に感じるぽかぽかの体温がすぐこちらに移ってきそうな感覚だ。
 すやすや眠るあどけない寝顔にもう一度おやすみとつぶやいて、おれも眠りの世界へと落ちていった。


2019/12/4