蜜柑とアイスの共存

五年目のスミレの君



 ガルグ=マク大修道院。五年という月日が人がいない中で過ぎていき、すっかり寂れてしまった建物。しかしここ数節の間でファーガス神聖王国と教団の同盟軍が一般の修道士、近くの村人や商人などを受け入れ修繕を進め、にわかに活気が戻り始めていた。
 夕日を眺めながら、私はアッシュの隣に並び紅に染まる山を見下ろす。
「五年ぶりだね……元気だった?」
「はい。ダグラスも、元気そうで何よりです。また会えて……嬉しいです、本当に」
 彼の言った言葉は、今まさに言おうとした言葉そのものだった。感極まってしまった私は言葉を紡ぐ前にアッシュを抱きしめていた。
「わっ、ふふ、いきなりだとびっくりするじゃないですか」
「も、申し訳ない……でも、本当に良かった。もしかしたら、君とは二度と会えないかもしれないと思っていたから……」
 そっと抱きしめ返されるのを感じた。五年前、帝国が宣戦布告をしてから混乱のままそれぞれの故郷へ帰ることを余儀なくされ、そこからは各々の責務に則り家業や戦にと息をつく暇もなかったからだ。戦乱の中では同じ学び舎にいたというだけの共通点で人探しをすることは困難で、またいつ命を落としてもおかしくない状況である。
 そのため、またここで再び会えたことは奇跡と形容しても相違ないことだった。
 抱きしめると彼の纏う香りに気が付いた。整髪料の匂いだろうか?
「アッシュは……背が伸びたし、雰囲気が変わったね。大人っぽくなった」
 私が抱きしめたせいで少し乱れてしまった髪を元のように耳にかけて言うと、彼は艶やかさが増した髪の毛先をちょいと摘まんだ。
「えっと……これはその、……はい」
 夕日のせいではない。頬がうっすらと赤くなっている。
「ちょっと前に、お前はもう一介の将で人前に立つのだから、少しは気を使えと言われてしまって……。それからは気を付けているんですが……へ、変、でしょうか」
「そ……そんなことない!すごく似合ってる!」
 私が彼の変化をおかしいと感じている、そう誤解されるのは耐えられない。むしろ大変好ましいことと思っているのだから。私は否定したが、それがきっと必死になっているように見えたのだろう。彼はしばらく呆けたあと、くすりと笑ってみせた。今度は私の頬が赤くなる番だった。
「背に関しては、結構伸びたんですよ。君とも視線が近くなりました」
 じっとこちらを見つめてから笑う表情はやはり記憶の中の彼よりもいくらか大人びていたが、記憶の中の彼と重なる部分も多い。本当に彼が目の前にいるのだと胸が暖かくなる。
「そ、そうだ。先ほど温室で見付けたものなのだけど……」
「わ……スミレだ。うれしい……覚えてくれていたんですね」
「うん。忘れるどころか……スミレを見るたびに君を思い出していたんだ」
「すみません、僕、なにもダグラスに渡せるようなものがなくて」
「いや、これはただ単に私が君に渡したかっただけだから、気にしないでくれ」
 そうは言うが、アッシュはしゅんとしているようだった。笑顔が見たくて花をプレゼントしたのだが、これでは少しばかり切なくなってしまう。なんと言えば彼が気落ちせずに受け取ってくれるだろうかと考えている間に、彼も同じく考えていたらしい。よし、と意気込んだ声を上げた。
「じゃあ僕は、君に美味しい料理をご馳走します!」
「……ああ、とてもうれしいよ、アッシュ」
 腕によりをかけて作りますからね、そういう彼につられて私も破顔した。


2019/09/21