蜜柑とアイスの共存
暗闇に浮かぶ蛍石
ファーガス神聖王国。草木も眠る頃、王城の一室――それも最上階にある王のすごす寝室にて、寄り添う二人がいた。
否、寄り添うというのはいささか語弊があるかもしれない。一人は寝台の上に座り、もう一人は、まるでうずくまるように頭を相手の腹に押し付けていた。湯浴みをしたばかりでまだ湿った感触が残る彼の金髪を、寝台に座る赤髪の男が手ですいていく。腹にかかる息と腰に回された手が、金髪の彼が興奮状態にあることを示していた。
「……陛下、そろそろお休みになられてはどうで、す……!?」
口を開いたところで、腹に体重をかけられ後ろに倒れこむ。スプリングもクッションも豊富な王の寝台で痛いなどと知覚することはないが、多少の驚きに目を瞬かせた。
「……るな、」
「え?」
「陛下などと……他人行儀な呼び方をするなと言っている……」
「……」
もごもごと言った発言が聞き取れず聞き返せば、今度はきちんと腹から顔を離して男は発言した。雲間から覗く月のお陰で、暗闇の中でも二人は目を合わせることができる。陛下と呼ばれた男の隻眼は、綺麗な色水をいくつか混ぜ合わせる直前のような色をしていた。
「ディミトリ」
「……セラ……」
赤髪の男は彼の名前を口にする。まだ湿っている金髪をすくことも忘れなかった。するとそれに呼応するかのように、ディミトリもセラの名を呼んだ。どこか儀式めいてる、とセラは思案しながら彼の頭を撫でていった。元々は綺麗な形をしていたのだろうディミトリの頭蓋は、戦や訓練などで数え切れないほどの傷を受けた結果肉が盛り上がったり、縫った跡が残っている箇所がそこかしこにあった。その縁をなぞってやれば、感覚が鋭くなっているのか彼は息を震わせる。
「ディミトリ……ディミトリ、ディミトリ」
何度となくセラは彼の名前を呼ぶ。その音が耳朶に触れるたび、彼は子守唄を聞いた子供のようにまた姿勢を丸めて、しかし次第に悪夢にうなされるように身体を震わせていく。
「……っ、は……あ、ぐぅ……」
嗚咽にも悲鳴にも聞こえるものを漏らしはじめたディミトリの背に触れた。
「……」
「ぅ……っ……」
「……ディミトリ、いつまで服を着ているつもり?」
二人の間では、その言葉が合図となっていた。
びくりと大げさに肩が揺れる。その声色が幾分か突き放したものになっているのを感じ取ったディミトリは、のっそりと体を起こしベッドサイドに立つと、震える手で寝間着を緩めはじめた。
一枚脱ぐと、日々の訓練で鍛え抜かれた肉体が惜しげもなく晒される。セラが触れた頭皮と同様、いたるところに大小さまざまな傷跡が目立っていた。
「、……」
「どうしたの?まだ服が残ってるよね、見ててあげるから、全部脱いで?」
下着に手をかけ、ためらうようにするディミトリにセラが声をかける。ベッドに寝転んだセラから宣言通り視線がまとわりつく感覚を覚えた彼は、先ほどの嗚咽とは多少意味を変えて息を荒げた。下着の縁に手をかけ、ずり下げて足から抜き去ってしまう。これでディミトリの裸体を隠すものは何もなくなってしまった。
ベッドサイドに立つディミトリを寝転んだままセラは眺める。筋肉の凹凸が月光で艶かしく浮き出るのを彼は楽しんでいるようだった。
ひとしきり視姦したあと、どこからか取り出した黒いチョーカーをセラは見せつけた。よくなめされた革製のそれは、着用すれば胸元に青い宝石が揺れるような意匠が施されている。
「つけるよ」
「はい……」
セラが一言だけいうと元から指示されていたかのようにディミトリは床に膝をついた。そうして喉元を晒す。チョーカーをつけやすくするためだ。ベルトが締められ、通常は感じたことのない息苦しさを覚えて、また震えた息を吐き出した。立って、そう指示されれば従わない理由がない。ディミトリは今このとき、セラの従順なしもべなのだ。
「……あれ、ディミトリ、もう興奮しちゃったの?」
「っ、……」
「おれは聞いてるんだけど?」
「……は、い……興奮、しています」
彼の中心部分は熱をもたげはじめていた。下着を脱ぐ前から膨らみでわかっていたことだが、完全にディミトリの身体を隠すものがなくなったところでセラは敢えて指摘した。彼の顔が羞恥に染まるが、かといって隠したり背けたりすることは今のディミトリには許されていない。絡みつく視線を知覚しながらも、それを受け入れることしか彼には許されていなかった。
「へえー、自分から脱いでって言われただけでこんなになっちゃうんだ、いけない子だなあ。そんな許可を出した覚えはないんだけどなあ」
「ひっ、……っご、ごめん……なさい」
ぐい、とチョーカーに指を引っ掛けられて、息苦しさに思わず喉が鳴った。震える声で謝罪をしてもそれが緩まることはない。ディミトリを引き倒さんとする勢いで引っ張られているチョーカーだが、セラは「ベッドに手をついちゃダメだよ、倒れるのもダメ」という指示を出すのみだ。つまり、ディミトリは身体をくの字に曲げてセラからの加虐に耐える必要があった。倒れこんではいけないし、振り切るなどもってのほかだ。拒否することも許されず、頚動脈をゆるゆる締め上げられる感覚にふわふわとした酩酊感を覚えはじめた頃。ぱ、とチョーカーに引っ掛けられていた指がふいに外された。
むせ返り、ディミトリの左半分の視界は苦しさからくる生理的な涙によりぼやけてしまっている。暗闇の中ほぼ何も見えない状態で視線を彷徨わせると、くすりと笑い声が聞こえた。
「おいで」
幾分柔らかな声色に誘われるように寝台へと乗り上げる。セラに腕を引かれれば、上背が嘘であるかのようにころんとディミトリは転がった。瞬きをするところりと涙が落ちていき、開けた視界でセラを見上げるが視線は合わず、彼はディミトリの下生えに手を伸ばしているところだった。
整えられたそこをなぞるように触れる。腹筋がびくびくと震えた。やや肌寒い空気に晒された中確かな体温で触れられると、まるで触れられている自身の身体そのものが熱を持っているようだった。
「ん……なんでまた元気になるかなあ」
「……は、あつ……い……セラ……」
「……」
セラの名前を呼んだことで、空気が冷たいものへと変わる。ひやりとしたそれを感じ取り己の間違いに気付いたディミトリはすぐに謝罪の言葉を口にしようとするが、それよりもチョーカーを引かれる方が早かった。
「……ぁ、ご、ごめ……ぅぐ、」
「おれのこと、なんて呼ぶのか忘れちゃった?」
「ご……ごしゅじ、さ、……ま゛、あ゛っ」
「覚えてるのに、わざと間違えたのかな。そんなに叱って欲しかったの?」
ぎりぎりと革が鳴る。セラの指が一本分入っているというのに、必死に酸素を取り込もうとする動きで余計にチョーカーが首を絞める。
はっはっと荒く呼吸をする彼の耳元に唇を寄せ、息を吹き込んだ。
「ディミトリは、悪い子だな」
「ごべ、ごめんなさ……あ゛っ、ごめんなさい、ごめ、なさ……っ」
顔耳や首、胸元まで赤く染めたディミトリは堰を切ったようにぼろぼろと涙をこぼして許しを請う。その姿はまるで親に叱られて泣きじゃくる子供のようで、その幼い振る舞いと全裸にチョーカーのみ着用しているという姿がより倒錯感を煽っている。
「ダメ、許してあげない」
「や、やだっ……ごめんなさ、俺が……っふ、ぅ゛う……」
顔を覆うとするも手首を引っ張られてしまい叶わない。セラには抵抗しない、ということが刷り込まれているディミトリはだらりと腕を任せて、涙と額からにじむ汗と、鼻水でぐちゃぐちゃの表情をセラから隠すこともできない。
「謝ってもだーめ、悪い子には……お仕置きが必要だよね?」
セラはそういうとディミトリの身体を起こし、うつ伏せの状態で膝の上に乗せた、四つん這いにもならない体勢にディミトリは懸命に首を振る。
「やっいや、ごしゅじ、さま……ぁぐっ!」
べちん、破裂音が部屋に響いた。セラが平手でディミトリの尻を叩くと、彼はびくりと痙攣するように震える。叩かれたのは尻なのに、衝撃が身体の芯を通って全身に伝播していくようだ。
はっはっ、短い息を繰り返していると、じんわりと痛みの残る尻たぶを軽く、感触を確かめるように揉まれる感覚があった。揉むのが楽しいからというよりは、次にどこを叩くのか検分しているように思えた。
目の奥がチカチカ光り、呼吸も忘れそうになるほどで。それは一度のみならず二度、三度と繰り返される。
「ひっ、やらっ……ぅあっ!ごめ、なさいっ」
乾いた音が規則的に響き、ジンジンと熱を持っていく。次第に彼の尻は真っ赤に腫れて元の色がわからなくなっていく。シーツを掻き抱いて少しでもこらえようとするが、叩かれるほどに腰が上がってしまい、むしろ自ら尻を突き出す形になってしまう。
何度も、何度も、うわごとのように繰り返されるそれ。しかしディミトリが感じているのは、決して痛みのみではなかった。
「ごめ、あ゛っ、あんっ、ごめんなさ、あ、ああ、」
「怒られてるのに気持ちいいの?これじゃあお仕置きにならないね」
「っごえ、なさい、ごめんなさい……っふ、ぅ゛……っ~~ァ、あ゛」
悲鳴のような謝罪は次第に色が交じり高められていく。やがて声は途切れ、力んだ身体は一気に弛緩しぐったりと手足を投げ出した。
「……」
それと同じくしてセラは平手打ちをやめた。その代わりに真っ赤に腫れた尻や、背中にある古傷を指先でなぞる。達したばかりで敏感になっているディミトリの身体は、それだけでびくりと反応を見せた。
獣のように息を荒げる彼は掠れた声でなおもごめんなさい、ごめんなさいと繰り返している。時折謝罪に混じって父上、母上という単語が聞こえてくるのも決して気のせいではない。
「はあ……おれの膝、汚れちゃったなあ」
金髪を指先で梳きながら息を吐く。ほぼ全裸のディミトリとは違い、セラは部屋に入ってきた時と変わらず乱れのない服装だ。暗色の服が、今しがたディミトリが吐精したもので白く汚れていた。
彼の横髪を耳にかけてやれば、傷跡の残る右目が現れる。まだ赤みの引かない顔をセラに向けるが、きっと彼の視界にセラの姿は入っていないだろう。
「自分で出したものは、自分で掃除しなきゃね?」
チョーカーを軽く引っ張れば、ちゃり、と音を立てて胸元の石が揺れる。ゆっくりとセラの膝の上から起き上がり、べったりと白濁液のついた太ももに鼻先を近づけた。
「失礼します……ご主人、様」
「うん、いいよ」
触れる許可を得たことにほっと眉を下げ、己の出したものを舌ですくい取る。味はほとんど感じないが、独特の臭いと自身の出したものであるという生理的な嫌悪感からなかなか嚥下が進まない。それでも無理に飲み込もうとする度、苦しげに喉がなってしまうのだった。
ディミトリが「ご主人様」を見上げれば、彼は残念そうに眉を寄せる。
「綺麗に、出来ない?」
「っ……!」
首を左右に振った。口の中の粘つきを飲み干せば、またえづくように喉がなった。それでも綺麗にしなければ。ぴちゃぴちゃと音を立てて、出すぎてしまった唾液をじゅるじゅると吸う。ディミトリが液体をすすることに集中していると、やがてセラは脚をベッドとディミトリの隙間にねじ込んだ。足の甲を揺らすとディミトリの筋骨隆々とした肉体を感じることができる。しかしセラの目的はそこにはなく、更に足を伸ばすと熱い塊に触れた。
「……自分の精液舐めながら、気持ちよくなっちゃった?」
「は、ァッ……やら……っ」
「嫌じゃないでしょ。だって、どんどん大きくなってる。ね、気持ちいいね、おちんちんのここぐりぐり??ってされるの好きだもんね?」
「ア、き、もちい……っひぐ、ぅ……」
「ああほら、お口が止まってるよ。もう少しだから、頑張れるよね?」
腰をぐらつかせながら、またディミトリは舌をだす。先ほどとは違い直接ペニスに触れられているため、悦楽からくる唾液がぼたぼたとセラの膝を濡らしていく。身体を支える肘から力が抜けてしまいそうになるが、そうするとセラの足に体重の多くがかかってしまうことになる。それをセラは許さないだろうし、頑張れるよね、というセラの言葉を裏切るわけにはいかない。万一裏切り、幻滅させてしまったらと思うと……頭の芯が冷える思いでディミトリは再度腕に力を込め、しとどに濡れている布地を吸った。
「ふ、ぅぐ……じゅる、んう……ぁ、はあっ……」
「……」
「ぁ……ん゛ヴ……。……ごしゅじ、さま……終わりま、した……」
「うん、頑張ったね」
「っあ゛!、ひ、……はれ、ぁあ」
ディミトリの報告を聞いたセラは、彼が口で掃除をしている間もゆるゆると続けていた扱きを激しくする。足の裏で亀頭を捏ね、親指と人差指で竿をなぞる。次から次へと先走りが出ては滑りが良くなっていく。伏せているディミトリの身体で隠れているが、シーツには小さくないシミがあることだろう。
「ふ、上も下も、よだれまみれだね。赤ちゃんみたい」
「ちが、あ、っきもち……気持ちい、あ、あ、~~っ!!」
「ああ、もうイっちゃったんだ」
ぶるりと身を震わせて、一度目よりも量の少ないドロリとしたものを吐き出した。こらえるように手はきつく握られている。ディミトリが息を整えようと大きく背中を動かしたところで、セラは彼の体の下から足を引き抜いた。次に来るであろう命令に待機するが、ディミトリの予想に反してセラはシーツで適当に足を拭おうとする。
「――…え、あ」
「?……なに?」
「……先程と同じように、舐めるもの、だと……」
思いました。そう告げるまでの間に一気に羞恥心がつのり、頬を染めた。何を言っているんだ俺は。これではまるで、そう命じられなかったことを惜しんでいるようだ。
思わず俯くと、眼前に足をつきつけられた。彼は足を組んで、ゆらゆらと戯れのようにつま先で顎をすくい、頬を撫ぜた。セラの足に付着した白濁がディミトリの口端に伸びていく。彼の太ももに撒き散らした時と同じ、濃厚な精の香りが鼻をついた。
「……じゃあ、きちんと綺麗にしてね」
彼は美しく微笑んでいた。きっと俺が戸惑いに声を上げることも、自ら乞い願うような発言をすることも、すべて分かっていたのだろう。ディミトリはそう感じた。
おずおずと爪先に唇を這わせる。よく手入れされたセラの爪はささくれもなく、先端のみが時折舌を引っ掻いた。それにさえ甘い刺激を感じてしまうが、唾液がこぼれて、彼の足やシーツを汚してしまう前に飲み込んだ。続けて指の股、それが済めば足の甲や足首へ。そこまで飛沫は及んでいた。隅々まで舌を這わせて、己の唾液も、精液も、熱も吐き気もすべて飲み込んだ。
セラの言った通り、精液を舐めとり、しかし唾液まみれにすることもなく務めを終えたディミトリは終わりました、とか細い声で伝える。良く出来ました、そうセラが頷くと、上気していた表情はますますとろんとした色に染まるのだった。
フォドラの大地をやわらかに照らす月の位置は、とうとう低くなりつつある。スヤスヤと夢の世界にいる国王に毛布をかけ、部屋の中に未だ残る情事の香りを消すために香を焚いた。
「……食われるかと思った」
欲情しているようにも眠たげにも見える表情で熱っぽく見つめられ、ああまだ足りなかったのか。もう一度位は付き合おうかと考えた矢先にディミトリが倒れこんできたのだ。その後は何とかディミトリの下から這い出て来たが、ここ数ヶ月の間で体重が増えたらしい彼を押しのけるのはまあまあな重労働だった。
そのせいで乱れた服装を整えつつ、現実逃避気味に頭の中で明日の予定の確認する。大司教猊下が見えることを思い出しこのまま寝ずに出迎えの準備をする方が寝坊にもならなくていいのでは、とつらつら考えていると、ベッドから寝返りの音が聞こえた。毛布がはだけ、晒されたその首元にはチョーカーが…――。
「あっぶな、忘れてた」
メイドが起こしに来る頃にはすでに起床しているらしいディミトリだが、万一ということもある。首元は鏡でも見ないと確認ができない場所でもあるのだし。なるべく起こさないようにベルトを外してそれをしまい込んだ。
先ほどの行為は、どちらから始めたのか、この国が再建されてから程なく定期的に行われるようになった。今日のように執務の連続で国王の疲労がピークに達した時や、逆に穏やかな日々にあっても訪れる。ガス抜きのようなものだとセラは考えていた。
性的な関係に至ることに別段拒否感もなく、かと言って積極的にしたいかというと首を傾げるセラだが、これも主治医としての体調管理の一環だというように割り切っていた。……いや、チョーカーをわざわざ用意してしまう時点でノリノリなのではないか……?
……とにかく、この行為はディミトリには必要であり、よもや他の者に任せられるようなことでもない。倒錯的な性嗜好というのは醜聞としては随一であるし、いくら寝台の中での話といえど万一他の耳に入ってはセラの首が物理的に飛びかねないことをしているのだ。
(そう考えると、いくら人払いをしていても毎回綱渡りだな……)
もちろん今更の感想なのだが。
少なくとも、そもそものディミトリの叱られたい、許されているのはおかしい、というトラウマ的意識が消えない限りは、この行為は続いていくのだろう。
「……愛してるぜ、ディミトリ陛下」
額に口づけを落としてから、セラは寝所を後にした。
2019/9/18
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