蜜柑とアイスの共存

矢は長い尾をしている



 ガルグ=マク大修道院。標高の高い山に建てられたそこはセイロス教の総本山であり、私の所属しているセイロス騎士団を擁している。我々騎士はそこで日々フォドラの地の秩序を保つため訓練や任務に明け暮れていた。
 今日は出撃もなく、日々に組み込まれた哨戒任務に当たっていた。取り立てて何の異常もなく、晴れ晴れとした空と青々とした山を見下ろしていればやがて交代の時間は訪れた。
 現れたペガサスナイトに簡単な引き継ぎをして、最後に大修道院の外周をぐるりと回ると門に見慣れた立ち姿の男がいるのを確認する。厩舎へと降り立った私は、相棒のドラゴンを厩舎へ連れて行ってから足早に門へと向かう。そしてかの男の影が見えてからはあえて歩調を落とした。
「あっ、ディリア殿!哨戒任務お疲れ様です。今日も平和で何よりですね!」
「……ああ」
 ひまわりの様に溌剌とした声に迎えられ足を止める。彼は私と同じセイロス騎士団員であり、門番の役割を与えられている。彼の気さくな人柄には騎士団内だけでなく訪れる教徒や商人からも評判が良く、セイロス騎士団、ひいてはガルグ=マク大修道院の顔とも言える門番の役割を十二分に果たしているといえよう。
「先程ディリア殿が飛んでいる姿を見かけまして、こんな天気の日に飛ぶのはさぞ気持ちいいのだろうと思っていたところです。……って、ああ!いえ、ディリア殿が真面目に任務に取り組んでおられたことももちろん承知しておりますが!」
「そう慌てなくてもいい。騎手のストレスは騎乗している動物に直に伝わるから、貴殿のいうことも間違いではないのだ。……実際、何も異常がなければ景色を楽しむぐらいの余裕を持てという教えもあるぐらいだしな」
「なんと……そうなのですか!たしかに、馬やドラゴンは賢い反面繊細な性格でもあると聞きますから……ディリア殿のようなおおらかな人物の方が、騎手には向いているのかもしれませんね」
「おおらか……か。であれば、私よりも貴殿の方が実はドラゴンナイトに向いているのかもしれないな」
「またまた?ご冗談を!」
 彼は朗らかに笑うが、私はいたって本気だった。お世辞にも人付き合いが上手いとは言えない私のことをおおらかだと評するのは、大勢の騎士が所属するセイロス騎士団の中でも彼ぐらいなものだ。
 あまり話し込んで彼の仕事を邪魔してしまってもいけないので、それから二言三言交わしてすぐにその場を去った。そして門から厩舎までの短い距離をぐるりと一周し、己の相棒であるドラゴン――ジブリールに追加の水をやってからやっと大きく息を吐き出した。
「今日……は……いつもより流暢に話せたぞ……見てくれジブリール、手汗で小手が大変なことに」
 彼女は水桶からこちらに視線をやったが、グルル、と少し喉を鳴らしてまたすぐに水を飲んでいる。しょーもな、と言われている気がする。
「はぁーしかし……今日も食事に誘えなかった……」
 彼と任務の時間がかぶるたびに彼と話す口実を探ったりしてはいるのだが、言った通り私は人付き合いが苦手である。気の利いた言葉もウィットに富んだジョークも言えない。先程も会話の内容を思いつかず、結局は彼に話掛けられなければそのまま顔だけを見てさようならという状況だったというのに。
「次こそは……彼を食事に誘うぞ……!」
 ジブリールの硬い肌を撫でながら決意を新たにする。と、ジブリールがツノで私を小突いた。私を激励してくれている!?と驚き抱きつくと振り払われる。どうやらそんな意図はなく、考え事に集中していたため撫でる力が足りなかったらしい。せっせと全身撫で回していると彼女の黒い組織がはがれているのがわかった。
「脱皮か……そうか、気付かなくてすまないジブリール。水浴びをしよう。今日の私は本気で行くぞ!」
 鎧に手をかけると、彼女はご機嫌に喉を鳴らして再び私をツノで小突いた。

「……すっきりしたか?ジブリール」
 ドラゴンは体が大きく、また全身が身を守るための硬い鱗で覆われているため脱皮を手伝うのも一苦労だ。加えて彼らからしてみれば人の皮膚など豆腐にも等しく、そのためドラゴンとふれあうときは素手ではなく専用の手袋をすることが基本である。それに、今日数刻かけて彼女の全身を洗ったとはいえ蛇などとは違い全身一気に脱皮をするわけではない。体のパーツごとに脱皮は行われるので、今回の脱皮が終わるまでには結構な日数が必要になる。ここしばらくは彼女の肌の手入れに多くの時間を費やすことになるだろう。しかしそれは裏を返せば仕事をしながら大切なドラゴンとふれあえるということだ。そのことに多少なりと浮ついた気持ちでいると、ジブリールも水を浴びられたのが嬉しいのか翼を羽ばたかせる。私は当然その飛沫を被ったが、重労働を終えた後の水は気持ちが良い。
「わっ、はは、それはなによりだ。よし、じゃあ飯を運んでくるから、今日は身体をゆっくり休めて……ジブリール?」
 物陰の方へ向かってガウ、と控えめに吠える。不思議な思いそちらを覗くと、そこにいたのは門番の彼だった。
「わっ、すみません……決して隠れて見ていた……ことに、なってしまうのですが!なにぶん、声がかけられず……」
 まさか厩舎で彼と会うとは思っておらず、固まる私をよそに彼はしどろもどろに言葉をつなげる。
「そのう……自分も交代の時間だったのですが、ついでだからと頼まれごとを請け負いまして……こちらまで来たら、楽しそうな声が聞こえてきたもので」
 ちら、とこちらを伺うように見つめる彼は、きっと覗くようになってしまったことを後ろめたく感じているのだろう。そのように感じる必要はないため、彼の目的が果たせるよう促すだけだ。
「そうか……頼まれごととはなんだ?簡単なものなら私がしておくが」
「あっ、いえ……あれば、の話なのですが……天馬の羽根か、もしくはドラゴンの抜け殻を少々」
「……探し物か」
 餌やりや掃除を頼まれたのかと思いきや、どうやらそうではないようだ。
「はい。それが、奥方がご懐妊だそうで。一足早く見舞いに行くので、願掛けのために送って欲しいと」
「なるほど」
「しかし……来るタイミングが遅かったようですね。お邪魔して申し訳ありませんでした。他の方にも聞いてみま、……わっ!」
 私と彼の間に顔をのぞかせたジブリール。ものありげな目でこちらを見つめている。しきりに翼を広げるので何かと思い見てみれば、翼の付け根に剥がれかけの部分を見つけた。飛ぶために柔軟に動く器官のため、筋肉こそ付いているもののドラゴンの体の中でも比較的皮膚が薄い部分にあたる。その分敏感なので彼女から触って欲しいと示されるまでは触れないようにしているのだが――。
「ジブリール、いいのか?」
 ツノで急かされる。なるべく慎重に浮いた部分を剥がすと、やがていくつかのかけらが手に入った。ずっと様子を伺っていた彼に差し出す。
「ドラゴンの翼の抜け殻は貴重だ。きっといいお守りになるだろう。……、き……貴殿も、一つくらい持っているといい」
「えっ!い、いいんですか……!?うわあ……ありがとうございます!」
 彼の喜び様に私の頬も緩みそうになるが気を引き締める。彼にだらしない顔など見せられないからだ。少しどもってしまったが彼があまり気にしていないことにも内心胸をなでおろす。そんな私をジブリールはふすんと鼻を鳴らし、彼女のために用意されたスペースへ戻っていく。
「ディリア殿、今回のお礼に、是非食事でも行きましょう!自分が奢りますよ!」
 満面の笑みで食事に誘われた。頷いて彼が立ち去るのを見送ると、私はジブリールの元へと駆け寄る。
「ジブリール、君はキューピッドか!」
 彼女は私の歓喜の声に是とも否とも言わずにただ水のおかわりを急かした。今日の仕事が終われば、彼とのスムーズな食事をするためのイメージトレーニングをしなければ。もちろん、ジブリールの食事も豪華なものにしてやらねばな。ああ、日取りを決めるのが待ち遠しい!



2019/08/11