蜜柑とアイスの共存

あなたの手のひら


「圭くん、今日は新しく買ってきた紅茶を淹れようと思うんだ。あなたも飲むでしょう?」
「うん。いただくよ、プロデューサーさん」
「圭くん、そんなに薄着だと風邪をひいてしまうよ。ほら、いくら部屋の中だと言っても、カーディガンくらいは羽織ってね。暑くなったら脱いでいいから」
「うん。ありがとう、プロデューサーさん」
「圭くん、髪留めがほつれているよ。ちょうど君に似合うものを買ってきたから、プレゼントするよ」
「……いいの?うれしいな、プロデューサーさん」
圭に後ろを任せた椿は上機嫌に彼の髪を梳いていく。絹にでも触れるように、優しく。圭と椿が恋仲になってからかなりの時間、頻繁に髪を結っている。しばらくもかからず、こだわりのない圭自身がするよりも整った髪型になるだろう。愛しい人に触れられる心地よさを感じながら、圭はぼんやりと思考する。
いつも甲斐甲斐しい彼が、いつも以上に甲斐甲斐しい。
これは。
「はい、できた」
軽く肩を叩かれるのは完成の合図。満足げな声色からするに、彼の想像通りに髪を結わえられたのだろう。首回りの風通しがいいような気がする。手を首の後ろに回すと、やっと己の髪に触れることができた。いつもは肩にかかるように緩く結んでいるだけだが、ポニーテール、というものになっているようだ。
「すっきりした気がするよ」
「ふふ、その髪型も似合うと思うよ、圭くん」
「いつもより、重心が後ろにある気がするね……。プロデューサーさん」
「はい?」
圭の言葉に転ばないでね、と冗談めかしていう椿。返事をすれば袖をつい、と圭に引かれた。振り払えないほどの強さでは全くないのだが、特に抵抗する理由もないので圭のしたいようにさせると、いつのまにか椿の頭は圭の膝の上に収まっていた。
「……圭、くん?」
「プロデューサーさん、いい子、いい子」
「へ、」
圭の細く長い指が椿の髪を梳く。硬直していた椿は、次第に赤く染まっていく。
「圭くん、な、なにを」
「プロデューサーさんは、自分が甘えたい時ほど、僕を甘やかしくれるから」
プロデューサーさんは、甘えたいんだね。
からかうでもなく、困っている風でもなく。ただひたすらに柔らかな音を持ったその言葉は、それだけで椿を甘やかす。
口を開こうとした椿の唇を人差し指でつついて、圭はふっと微笑む。
「大丈夫だよ、プロデューサーさん。言わなくても、わかるから」
「……、っ」
恥ずかしさからなんとか弁解をしようとするが、圭からしてみればお見通しのようだ。いい大人だという自負が頑なにさせるところもあるが、圭の指先はそう言ったものをぐずぐずに溶かしていってしまう。
微笑みの美しさに眩しさを感じて、椿は目を閉じた。



2019/05/12