蜜柑とアイスの共存
飴を、その実砂を噛む
軽度の酸欠からくる酩酊感を誤魔化すように、アモンはゆっくりと瞬きをした。背中には壁の固い感触。後頭部に手を添えられることにより、顔を背けにくくされている。
舌で口内をまさぐられ、鼻にかかった声がもれた。やたらと甘えているようなそれに普段の己が聞けばぎょっとするものに違いないが、いまはただたゆたうような心地よさを受け入れるだけだ。
「……ンぁ……ふ、ぅ」
器用に絡められた舌を吸われ、びくりと肩を跳ねさせた。それを最後にやっと相手はアモンから身体を離す。彼はアモンよりいくつも年上で、どこからどうみても男性のからだ付きをしている。だというのに、彼はアモンに微笑みかけてただ身を委ねるよう促す。先ほどまで後頭部に添えていた手を背中にまわし、もう片方の手はアモンの手と密着させて。少年期特有の骨張った──慢性的に栄養が足りない、という理由もあるが──腕をするすると優しく撫でていく。それが指先までいくと、彼はほどけないようにしっかりと指と指を絡ませ、またささやくのだ。ふと、母親がいればこんな感じなのだろうか。アモンはそう考えた。街にたまにくる詩人。仕事をするのに市場を横切るくらいの、ほんの少ない時間。その間に話を聞く限りでは、そう、甘やかしたりするものらしい。おそらくこれが甘やかされているのだろうな、ということはわかる。まあそれでも、親は普通、こんなに情欲を持った触り方はしないのだろうけど。
決して短い付き合いではない間柄で、これまでにも時折男からしていた、かすかに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。そのたまに感じたものよりもずっと強いそれは、しかしながらくどい印象は与えない。いつもアモンが寝床にしているものより比べものにならないほど上質な寝台に誘われ、アモンは熱に浮かされながら素直にうなずいた。
事の始まりはなんだったか。ああそうだ、アモンはいつも通り父親から折檻を受けて、その傷の痛みが治まるまで人目につかないところでやりすごそうとしていたのだ。
いつもと違うのは、たまたま父親の虫の居所が悪く、たまたま手頃すぎる酒瓶が転がっていたことだ。幸か不幸か人よりいくらか頑丈にできているらしいアモンはどうにかしてその行為に耐えていたが、通常であればしばらくすればやりすごせる痛みに耐えがたいものを感じていた。
落ち着けようとしてもみるみるうちに浅くなっていく呼吸。じくじくと痛み続ける手足。それに意識が朦朧としてくるものだから、アモンはついにどうにかなってしまうのかもしれない、とどこか別の場所にいる自分が冷静に考えていた。
そこに現れたのが、このあたりで怪しげな店を営んでいる青年だった。彼とは街で”拾った”ものを食費に変える際に、何度も世話になっている。他人に弱っているところを見せることを嫌うアモンはその場をすぐに立ち去ろうとしたが、青年がそれを阻んだ。ぼろぼろと勝手に落ちていく涙を指ですくい、浅く吸っては吐いてを繰り返す口を塞ぎ、アモンの呼吸を奪っていく。満足に呼吸ができない状況が続いている少年がこぼす涙をまたやわく拭った青年は、今度はアモンに息を吹き込んでいく。苦しさに抵抗を見せたアモンが青年の腕をひっかいたが、青年はそれを気にすることなく行為を繰り返していった。
しばらくして青年は少年を解放する。ひどく咳き込みうずくまるアモンを見て、男は少し考えるそぶりを見せた。
「知ってる子供が目の前で苦しんでるのに何もしないってのはちょっとアレだし……。ついでに、その痛みもなんとかしてやろうか。怪我の治療は……あいにく得意じゃないんだけど。痛みを取るのと、ついでにちょっと気持ちいい感じになっちゃおうぜ」
軽いノリで言わしめる青年をわけがわからない、といった風にアモンは見上げる。すると青年はしゃがみ込んでおり、アモンのすぐそばに軽薄そうな笑みが有った。
「大丈夫、俺は優しいから」
今までそういった者の中で、「やさしい」者などいただろうか。しかし、慢性的な痛みに疲弊しきった頭ではアモンは深く考えようとはしなかった。周りにも顔が割れているこの青年なら、この界隈のルールから外れたこともしないだろうと。
にわかに香った甘い匂いを、呼吸を整える意味も込めてアモンは深く吸い込んだ。
(……ああ、そうだ。オレは、こいつと……)
いかにアモンが子供といえど、この先どういった行為がなされるのかわからないでいられるほど、この世界は生易しくはない。ただ、事実先ほどの耐えがたい痛みは徐々に薄れているし、他人に急所を触られることはあまり好きではないのに、今はふわふわとした心地よさが徐々に広がっている。それを拒もうという気にはなれないのも正直なところだった。
(気持ちよく、……気持ちよく。さっき、こいつはそう言ってた。多分、それに嘘はない)
商売は信用が大事なんだぜ。というのは本人談だ。青年もこんな薄汚い地域で商売を営んでいるだけあって、したたかな面ももちろんあるのだろうが、彼の性格上、ただ単に彼自身も気持ちよくなりたいのだろうな、とアモンはあたりをつけた。他人を痛めつけるのが好きなのか、ただたんに気持ちよくなれればいいのか。アッパーな人間はその見分け方が難しい場合もあるが、ある程度はパターンと、ここまで生き延びてきた勘を頼りに判断することができる。アモンは総合的に判断した結果、少なくともまだ死にはしないと考えていた。
薄暗い部屋の中でこそ物音はそうしないが、通りに面したこの建物の外には人が大勢いるようで賑やかな喧噪が壁越しに聞こえてくる。普段過ごしている家ではもっと直接的に人の声が聞こえてくるからあまり慣れない感覚だ。
しかし、それもすぐに霧散した。青年がアモンの薄い腹を服ごしにそっと撫でたからだ。言外に「こちらに集中しろ」と示す青年に、アモンは言及すべきかどうか迷っていたことを口にする。
「なぁ……この匂い、薬、か?」
「ん? んー、薬……未満かな。お前ももう察してるかもだけど、鎮痛効果のある木の実とかその辺をまぜまぜしたものです」
ちなみに詳しい成分は企業秘密だぜ、そう冗談めかして言った青年は上着を脱いでアモンに覆い被さった。
「……ていうかキミ、今までこういうことした経験ってある?」
アモンは答えなかった。単純に酩酊感にふわついていたのもあるし、いきなり問われてもどう答えたものかと思案を巡らせたのもあった。迷うように口を開閉させるアモンに、しかし男はあっさりとまぁいっか! と極めて軽快な声色で手を合わせる。
「そこを聞くのはさすがにヤボってもんだったな。ゴメンゴメン! どちらにせよ、後にも先にもいっちばん優しくしてやるから安心しな?」
そう微笑んで、男はアモンに再び口づけた。半分開いていたアモンの口の中に舌を滑り込ませるのは容易で、驚いて奥に引っ込んだアモンの舌をすくっては優しく擦り上げ、そして頬の内壁をなぞっていく。その一つひとつの刺激にぞわぞわと背骨に電流を流されているような錯覚を覚え、アモンは身をよじる。
そうでもしなければ、その電流にとても耐えられそうになかったからだ。
しかし男はアモンの身体が逃げだそうともがくのを許さなかった。いつの間にかシャツの下に滑り込ませていた手が、薄くまだ未成熟なアモンのみぞおちのあたりを軽く抑える。横へ横へと逃げようとするアモンと一緒になって寝転び、男はちょうど後ろから抱きすくめる形でアモンを腕の中に閉じ込めた。
「っはは、キモチイイのはさ、逃げるんじゃなくて、受け止めてこそだよ」
いつも手近なナイフで整えているため、長さのバラバラな髪を男はかき上げる。かと思えば、そこからのぞいたうなじに歯を立てた。
「い゙っ……ひ、ぁ゙っ」
がり、首筋にじくじくとやけどのような痛みが走る。しかし間を置かず傷口にぺちゃりと水音がして、それから生暖かい感触が首をなぞっていく。痛い、熱い、でも、気持ちが良い。そういった感覚が、じわじわとアモンを囲い込んで追い立てる。ぬるりとした感覚が首を這い回るのも、吐き出す息で震える胸を抑える男の手も、全てが気持ちがよかった。
「っあ、ん、ん……そ、そこ、やめ……」
「んんー?」
胸のしこりをなぞったりつまんだり、遊ばれるたびにか細い声が漏れる。まるで別人が出しているかのような甘えた声と、されていることと、それらば合わさって腹の底に何かぐらぐらと燃えたものがたまっていく様だ。
「やだ、じゃなくて……こういうときは、きもちいいって言うんだよ」
「っう、ひ、ぁ゙……っあ!」
「ほら、きもちいいって、ね、言ってごらん? こうやって、うなじなめられて、胸もすりするされるの、きもちいいだろ?」
「っふ、ぅ゙……っあ、ぃ……」
唇をかみしめて、アモンは快楽に耐えようとしていた。促した言葉が復唱されないことに特に気にした風もなく、男は肩を揺らして笑う。
「うん、キミみたいな子は堪えちゃうんだよね。それもかわいくて好きだけど、そろそろつらくなってきたでしょ?」
アモンのぼやけた思考では、賢明に快楽の波に押し流されないように耐えることが精一杯で、痕は男が楽しげに笑っていることしかわからない。
促された言葉も聞こえていないというのが正しかった。
下衣のベルトを緩ませて、男はピンとたちあがった幼い性器に触れる。
そこは既に先走りで濡れそぼっており、今にもはちきれんとしていた。筒状にした手のひらに収まりきるそれをゆっくりと前後にしごく。それだけでアモンは悲鳴のような嬌声を上げ、あっさりと精を吐き出し達してしまった。喉がひっくり返りそうなほど荒い呼吸を繰り返すアモンだが、それも次第に落ち着きを取り戻していく。しかしそれでも、部屋に充満した香の匂いからは逃れることはできない。
「……ん、上手にイけたな~。えらいえらい」
男は至極機嫌が良さそうに、アモンの唇を数度撫でた。なぞる指は今し方アモンが出した精液にまみれており、熱に浮かされた少年がそのことに気がつくよりも速く男はアモンの舌を指で捕らえる。
くちゅ、二種類の液体が混じり合った、粘性のある音が響く。男の爪がやわく口内をひっかけば、鼻にかかった嬌声はまた息を荒くしていく。
「ほら、まだ休憩しちゃダメだよ。もっと気持ちよくなろっか?」
そう言って喉の奥で笑ったあと、男はわずかに血の滲むアモンのうなじをもう一度舐め上げた。
18/11/11
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