蜜柑とアイスの共存
雫滴る
重い曇天が空を覆っている。太陽がもっとも高く照っているはずの時間だが、先ほど急に降り出した雨のカーテンが光と視界を遮っていた。
今日はオフの日で、まずは部屋の掃除をしてから、普段はおろそかになりがちな食料品の買い出しに出かけようと思っていたのだが、この天気では出かける気も失せるというもの。こんなことになるなら早めにスーパーへ行けばよかった。と、掃除がやっと一息ついたところに、より大きなため息をついた。
ピンポーン、来客を知らせる鐘がなる。宅配便もなにも頼んだ記憶はないのだが。腰を上げ、カメラを通して映し出された映像を見てわずかに目を見開いた。
「きょ、享介…!?」
『あ、監督。やっほー! 参ったよ、急に雨が降ってくるもんだからさ』
「話は後で聞くから! ……早く上がりなさい」
『はーい、ありがと!』
お世辞にも高解像度とは言えない備え付けのインターホン越しでもわかる濡れ鼠の姿。エントランスからエレベーターで上がるにしろ階段で上がるにしろ、そうたいして時間はかからないはずだが……風呂の掃除も済ませていたため、栓をして湯をためはじめる。電子音の案内を聞くよりも前に、乾燥機にかけ終わったばかりのバスタオルを引っさげ玄関から飛び出した。
「わざわざ降りてくてくれなくても、すぐ着くのに……」
「身体冷えてんだろ、風邪でも引いたら大変だ。……今日は悠介は一緒じゃないのか」
「へへ、そうそう今日は俺一人。あ、そうだ、これ食料。買ってきた」
「ん……? そうか、悪いな……ちょうど出かけようとしたら雨になったから助かる」
「やっぱり? 俺の予感、当たってみたいだね」
「ほら、買い物袋はもらうから早く風呂入れ。まだ湯船はたまってけど、ないよりはマシだろ」
「ん、ありがと」
「あとは……あ~、服は玄関で脱いでくれ。一応絞ってから洗うから」
「はいはいっと」
ビニール袋と入れ替えに渡したバスタオルを頭に被り、享介は濡れた髪をしぼった。全身濡れ鼠だが、買い物袋の中がさほど濡れていないのは気を使ってくれたのだろう。
玄関を開け中へ促すと、彼は律儀に挨拶をして入る。袋を一度脇に置き、張り付いた服を難儀そうに脱ぐ享介をぼんやり見つめていると、シャツを渡されたところで彼がにやりと笑う。
「監督ぅ、パンツもここで脱いだ方がいい?」
ハーフパンツに手をかけて、鼠蹊部が見える位置までずり下げながら上目遣いで尋ねてきた。いつも事務所で何かをたくらんでいるときと同じ、いたずらっ子の表情だ。
真面目に身体を心配しているというのにこいつときたら。でこぴんをお見舞いし早く入りなさい。と再度言う。見上げる享介はあざとくない方の涙目。
「い"ったぁ……酷いよ監督!」
「酷くない。風呂の使い方わかるよな?」
「ちぇー……わかるよ、それじゃ、お風呂かりまーす……」
額をさすりながら廊下を歩き、脱衣所の扉をくぐったのを見送ってから服を絞る。ぼたぼた雨水を落としているそれは、外の降雨量をこれでもかというほど知らせている。いくら身体が強いとはいえ、ほんとうに風邪をひかないといいのだが。と、かすかに聞こえるシャワーの音をBGMに思った。
あらかた水分を切り洗濯機へ服を放り込んだあと、玄関に放置したままだったビニール袋を持ち今度は冷蔵庫へ。野菜や魚をしまう中で、先ほどは気がつかなかったがもう一つ別な袋が入っていることに気がついた。
灰色のその袋を開けると、そこには長方形のそれぞれ大きさの違う箱が二つ。てっきり食料品が入っているものだと思っていたので、パッケージを見て狼狽える。そしてそのまま声を出すわけでもなく、しばらくためらってから風呂場へ向かった。
「……享介、これ」
「あ、気付いた? へへ、一応さっき家でシャワー浴びてきたんだけど、雨に降られたから二度手間になっちゃったんだよね」
袋を持ち示すオレに、まだたまりきっていない湯船につかった享介はけろっと答える。食材の入った袋の中にさらに入っていたもの。それはコンドームとローションだった。
玄関先でのアプローチには特に何も思わなかったが、さすがにここまでダイレクトなお誘いを受ければ心拍数も上がるというもの。
「……最初からそういうつもりできてたのか」
「……うん、でも、俺、オフ以外で監督の家に押しかけたことないでしょ? ちゃんと分別はつけてるつもりだけどな」
「それは……そうだけど」
「家は悠介がいるし、事務所は他のみんながいるし。監督と二人で過ごす時間を作るのって結構大変なんだけどな」
「オレは……、オレだって、享介と一緒にいたいよ」
「……そう?……そっか」
湯船から身を乗り出し、オレの手を掴む。うっすらと笑みを浮かべながら、彼は言った。
「……ね、いいよね。監督」
「ああ……。……でももうちょっとちゃんと浸かってからな。まだ手冷たいぞ」
「うぇ……監督、ここにきてもプロデューサーモードになってる……」
「享介こそ、オレのこと監督って呼ぶだろ」
「え~、じゃあ名前で呼べばいい? 環さん?」
「はいはい、百数えてから上がってこいよ、シャツはこっちにだしておくからな」
「それ子供扱いじゃん!」
ぶーぶー文句をたれる享介を遮るように浴室のドアを締めてもなおくぐもった不満げな声が聞こえてくる。
誰に見られるでもない、呆れながらも緩む口元を手で覆って浴室を後にした。
居間に戻りさてどうしようかと考える。享介が風呂から上がる時間までは少し時間があるだろう。何もせず待ち構えているのも収まりが悪いため、料理を用意することにした。
*
「かーんとくっ」
楽しげにオレを呼ぶ声と、ほぼ同時にわずかな衝撃が起こる。背中に抱きついたのは当然ながら享介しかいない。火を止めると同時に手にしていた調味料を置き、そのまま後ろ手に犯人を捕まえくすぐった。
「こら、料理中にイタズラするんじゃない」
「わ、はははっ、ごめ、ごめんって監督、くすぐった……ふはっ」
「反省したか?」
「したよ、したからっ……」
「ならよし」
「はーっ……あー、ビックリしたー」
それはこちらのセリフだ。くすぐりの余韻で肩を震わせる享介に息を吐く。すると彼は眉を下げごめんって、ともう一度謝った。
「お風呂かしてくれてありがと、あと、シャツも」
「ああ、暖まれたならよかった。……やっぱでかいな」
「そりゃあね」
俺がきても長めの着丈になるシャツは、より小柄な享介が着ると太もものあたりまで裾で隠れてしまう。一緒に渡したはずのズボンはどうしたのかと聞くと、そちらも大きくてずり落ちてしまうらしいので、まあ仕方がないかと納得。
「たださ~、すっごいスースーするんだよね、コレ」
それもそのはず。彼がもともときていた下着は洗濯機行き、オレの家にはあいにくと下ろす前の下着はない。つまり彼が現在身につけているものは、オレが貸したシャツのみというわけで。
所在なさげにぱたぱたと裾を翻して遊ぶ享介の太ももに、ほぼ意識しないまま触れていた。
「うわっ、びっくりした……監督?」
「……いや、ちょっとムラッと……」
「……ちょっと?」
ふーん、と意味深に囁いた享介にどうしたかと問おうと口を開いた瞬間。首に腕を回され、口を塞がれた。逃げるのは許さないと言わんばかりにがっちりホールドまで付いて。
互いのリップ音や息遣い、唾液の全てが艶かしく混ざっていき、享介と触れ合うごとにぞわぞわ甘い電流が流れていった。耳を指で優しくこすられ、たかと思えば、侵入してきた舌がこちらのものをなぞり、すくい触れていく。やわく食み、つつき返すとなお嬉しそうにくぐもった声が漏れ。徐々に激しくなる動悸と比例して理性の皮を剥がされていくようだ。やっと唇が離され、つたう銀糸を拭った彼の瞳がオレを射抜く。
「俺はさっきからムラムラしっぱなしで大変なんだけど、監督は違うの?」
「……違わない」
挑発的に微笑む享介を下から抱き上げると突然のことに驚いたのか両足が腰に回された。密着したため腹部に質量のあるものが触れて、ただでさえ沸騰寸前だった気分がさらに昂ぶっていく。
寝室へ移動しセミダブルのベッドへ彼を下ろした。一般的な成人男性よりも大きな自身の体格に合わせたとはいえ、一人用であることには変わらないため二人が乗るにはやや狭くなってしまう。しかし、より密着できると考えればそう悪くはないだろう。
「……ん、あ、そうだ、さっき買ってきてくれたやつだけど」
「んん~、うん?」
「前に使ったやつがまだ残ってるから、今日はそっち使おうな」
「……はは、うん、そうだね、それならまたにしよう。……監督、来て」
後ろに倒れこみ、両手を広げて誘う享介に誘われるまま目を閉じた。彼の唇を食みながら足に手を這わせる。わざと輪郭をなぞるように撫でていくと、くすぐったいのかキスの合間に笑い声が聞こえてきた。
そんな戯れも束の間、太ももを撫で上げ、シャツを一枚めくれば彼の肌を隠すものはほぼ無いに等しい。彼の中心に触れて、元からぬめっていたそこをゆるゆると上下に擦れば、先程からしていた主張に恥じない硬さを持っていく。
「さわる前から、ドロドロだったんだけど」
「ん、んん……だって、ずっと……生殺しだったじゃ、んっ……ぁ、そこ、いっ……」
「期待してた?」
「さっきも……言ったっ、ムラムラしっぱなしって、……っふ」
「うん、オレもだよ。享介……なあ、キスしてくれないか」
ベッドにつけていた片腕を曲げて息が当たりそうなほど近付きねだると、もう片方の手の中にあるものが震えよりしっかりとした質量を持ちはじめた。
「か、んとく、」
オレの頬を優しく引き寄せるよう手を添え、触れるようなキスをした。もちろん一度だけではない。確かめるように、認めるように、何度も彼はオレを呼び、やがて監督、という役職名ではない、オレ自身の名前を繰り返し呼びはじめる。べつに、名前で呼ぶくらい普段からしていても誰も不思議に思うことではないと思うのだが、特に意識的に使い分けているようには見えない。きっとそれは彼なりの区切りと慣れと、そして双子の兄への少しの同調意識とがあるのだろう。とろけかけた目で愛おしい、という感情を込めて見つめてくる享介の視線が、声が。たまらなく愛しく思う。
彼の手が首元をくすぐり、血管や鎖骨のくぼみに沿ってするすると降りていく。シャツのボタンを外しにかかったあたりでややおろそかになっていた彼の中心を握ると、わずかに息を呑んだのがわかった。指で輪を作り全体をしごくと腰がびくりと動き、その後も彼の弱い場所を何かと擦り続けると、とうとう堪え切れなくなったのか声をあげる。
「っあ、ねぇ、いまそういうことされると……ボタンはずせな、っひ……」
「んん、でもオレもしたいし……きょうすけ、がんばって」
「そ、な……簡単に……」
「じゃあ……いま、出すか?」
「っあ、か、んとく……っ……」
そう尋ねた後割れ目を重点的に擦ってやれば、ほどなくして彼はぶるりと震え白濁液を吐き出した。息を整えるために肩を上下させつつも彼はこちらをじとっと非難めいた目で見つめる。たいしてオレは何食わぬ顔で手を拭っていたが、そんな態度が不満だったのか頬を膨らませた。それでもまたボタンを外そうとこちらに手を伸ばすのだからたまらない。今度はちょっかいをかけずに彼のすることをそのまま眺めていると、上は全て脱がされ、脇腹や胸元を何度も弄られた。
くすぐったい。先ほどまでの仕返し、なのだろうか。少し身をよじると身体に注がれていた視線が合った。不満げな表情は引っ込んで、その代わりにやや楽しそうに口元は弧を描いている。
「……楽しそう、だな」
「うん?……うん、そうだね、楽しいよ」
抱きつくように背中へ手を伸ばし、また上から順になぞっていく。肩をなぞれば首を、鎖骨を舐め、肩甲骨をなぞれば胸を吸う。前後同時の愛撫にふわふわとした微睡みのような快感がゆったりと押し寄せ、彼の舌がへそまで行着く頃には息が上がっていた。
やがて、オレの足に頭を乗せて寝そべる彼はこちらを見上げ、まだ手がつけられていない下半身へと触れた。やわやわと緩く刺激を繰り返してから衣服の中に手を滑り込ませる。享介の手が、直に自分のものに触れている。そう自覚するだけで興奮の材料には十分だ。
「ふふ、監督も、ガチガチじゃん」
「そりゃあ……そうだろ、っん……ぁ」
「ね、どこが気持ちいい?ここ?」
「……っ、もうちょっと、右……あ、そこ、っ」
ここかあ、と興味深げに眺めまた弄られる。先ほどの愛撫とは違う、性急さを伴う快感をやり過ごそうと短く息を吐き目を瞑るが、より享介の指の動きがダイレクトに感じられるため意味があるとは言い難い。
だが、これは、これで、とてもいい。そういえばいいのか――。
唇を、というより、口元を。べろりと舐められた。
手はオレのものをしごいたまま。立ち膝をして背伸びをしたような状態で、享介はうっすらと笑っていた。
「――はは、ね、環さん、いまめちゃくちゃエロい顔してる」
「そんなの……お前もだろうが」
「うん、そうだね。へへ、脱がしていい?」
「ん、……」
腰をあげると、するするしたへ衣服を下ろしてしまう。しまうもなにも許可したことなのだが。膝をこえ足首についたところで、ふいに享介が顔を上げた。
「ねえ監督、このままにしたら動きづらい?」
「ん、そりゃ……そうだな?」
「だよね。今度またやってみていい?」
「何を……? ズボン足にひっかけるのを、か……?」
「それも悪くないんだけど、手をちょっと縛って見たり……とかさ。ね、ダメ?」
「……、……考えておく」
「やった! へへ、じゃあ脱がすね、ちょっと足に力入れて?」
享介にこう言われると中々断りにくいのは、彼自身分かってやっているのだろう。考えておく、とは言ったものの、実のところいいと言っているのと同じ意味だということは享介も理解しているためいたくご機嫌だ。
どちらを縛るのかは言われなかったが。どちらなのだろう、……ほんとうに、どちらだろうか。否、そのことはまたその時に考えるとして。
着ていたものをベットの脇に下ろした享介はオレの足を割ってにじり寄ってくる。そのまま向かい合う形で上にのり、立ち上がったもの同士を二本まとめて、ゆっくりと扱き始める。
ついさっきまで享介の愛撫を受けていたオレはもとより、一度熱をはき出した享介もとうに復活して上を向いていた。敏感な部分が相手の熱さに触れ、先端から全身に痺れが伝っていく。ぬちぬち、くちゅ、卑猥な音は上がる息とともに増し、扱く手も往復の間が早くなり、快感に震える声も思わず漏れてしまう。
「っは、やば……かんとく、これ……っ」
「んっ……きょうすけ、そこ……っあ……」
「すげー、ぬるぬる……して、あついっ……も、イきそ……」
とろんとぼやけた目で扱く享介の手の上から包み、動かしてやる。すると彼は一層たまらない、と体を震わせた。飲み込みきれなかった唾液が口の端から一筋流れていき、それに誘われるように跡を伝って、ゆるく空いた口から舌をちう、と吸った。それと同時に彼は達し、また幾分とたたないうちにオレも欲をはき出した。ちかちか光っては暗くなる視界に見えるのは、息苦しいだろうにずっと唇を吸っては離さない彼の熱がこもった瞳だけ。
言葉と同等か、もしくはそれ以上に好意を伝えんとする力強さにくらくら眩暈がするのは、酸欠気味だからという理由だけではないだろう。
「きょうすけ……」
「ん、んん……なに、?監督……」
「続き……していい、か?」
「うん、……しよ」
肩を上下させながらも、額にうっすらと汗を浮かべて享介はまた微笑んだ。
*
「っ……、ん、……」
Tシャツを脱ぎ去り、うつ伏せになっている享介にローションをたっぷり垂らす。一応手で温めてはみるが、冷たくはないだろうか。尋ねるとだいじょうぶ、と笑い半分で返ってきたので、おそらく手の動きのくすぐったさが勝り、気になるほどのものではないのだろう。それならそれで問題はない。
ゆっくりと指を挿れる。慣らしてきた、と言うだけあり一本程度であればみるみるうちに飲み込んでしまった。ぐぷぐぷと埋めては戻してを繰り返し、より余裕がうまれたところでもう一本加えて挿入する。享介の呼吸に合わせ、ちょうど閉じたタイミングで穴の周りのしわをなぞった。困惑したような彼の声とぴくり跳ねた腰と、きゅうと指を締め付ける反応に酔いそうだ。
「か、監督……?」
「痛かったり、キツかったりしないか?」
「ん、うん、圧迫感はあるけど、しんどいとかは全然、だよ」
「そうか、よかった」
安堵の息をもらして、また広げるために指を広げたり、指の本数を増やしたり。羞恥心からか口数が減っていた享介がねえ、と、焦れと甘えが混じったような声を上げた。
「もう、いいから、早く挿れてほしいんだけど」
「でも、もう少し慣らさないと」
「ほんとに、いいから……はやく、環さんのが、ほしい」
「……ほんとに、いいのか?」
枕に顔を埋めながらもこくこくと縦に首を振る。わかった、そう言ってずるり指を引き抜けば呼吸で上下していた背中がまたびくりと小刻みに反応した。
ひたり、享介の穴に張りつめたものを押し当てる。ゆっくりと押し入ると、抵抗はあるものの以前した時よりもスムーズに、ことさら痛がることもなく進んでいく。都度調子が悪くはないかと尋ねるが、享介は首を横に振り続けた。
腰や背中を撫でながら深くへと進むと、やがてそう大した時間もかからず全て収まった。背中からの腰へぴったりと寄り添うオレに享介はなんと思っているのだろうか。惜しむべくは後ろからでは享介の顔が見られないことだが、かわりにつむじと、いつもぴょこんと跳ねている一房の髪が見える。いつも上から見ているものといえばそうだが、これはこれで、まあ。
彼の呼吸が落ち着いたころを見計らって尋ねる。
「重くないか」
「うん……、平気」
「痛いところは」
「ないよ。それ、さっきから何回も聞いてる」
くすくすと笑う享介の震えが伝わってきた。そうか、相槌を打ち、ゆるく律動を始める。息を詰めた享介が再度枕に顔を埋めると、じんわり耳が赤くなっていく。その様になんとなく庇護欲をつつかれ、耳をやわく噛んだ。跡がつかない程度に力を入れて、外耳を唇でなぞり裏側を舐める。その行為は首まで及び、うなじに歯を立てようとして、それから逡巡、産毛と隆椎舌でなぞるに留めた。
「っ……、ぁ……」
さすがに息苦しいのか、享介が枕から顔を上げた。彼の名前を呼ぶと、返事にも聞こえるくぐもった声を上げ笑う。
「……っふ、後ろから……すると、さ、監督の声がすごく感じて……そんで、ぎゅって、されてる感じで……へへ、なんか、いいな」
いつもより曖昧な滑舌な彼の髪を撫でると、擦り寄るように首を傾けた。享介が誤魔化しなく甘えてくることは普段ではあまりないため、そう行った反応を見せられると、ここぞとばかりに甘やかしてしまいたくなる。
「享介……、愛してる」
「っ……ん、うん、……俺も……す、きぃっ……」
「……愛してるって、言って」
「……っ!? あ、ぅ……まっ、てぇ……!」
うん、待つよ。耳元で囁くと、ぎゅう、と締め付けられていたものがよりひときわ強くなった。それでも腰の動きは止めずに同じペースで続ける。先ほどに比べて声を上げる頻度が増えてきたが、そろそろ限界が近いのだろうか。
短く吐いては吸う音が聞こえる。彼の表情を伺うことはできないが、いつもしっかり結ばれているのとは違い口が開き気味なのだろう。彼の口元に手を伸ばすと、案の定だった。こぼれた唾液を拭うとその手を掴まれ、指の一本一本を絡められる。
「かん、とく……」
享介は首をひねり、後ろを伺う。どうした、と尋ねた声は自分で思っていたものよりずっと柔らかい響をもっていた。彼に合わせて首を傾げると、やっと目が合えた、と言わんばかりに、嬉しそうに破顔した。
「かんとく、俺、も……っあ、監督の、こと……っ、あいして、るよ」
言い終わった直後、享介がきつく目を瞑り手をよりきつく握る。爪が立っているが、そのことに意識を飛ばす暇もなく彼の中がうねる。急激に襲ってきた吐精感に抗うことなく、そのまま息を詰めて吐き出した。
数秒後、どっと疲れたように枕に突っ伏した彼と、コンドームが外れないよう萎えたものを抜き後処理をしようとするオレ。しようとしたのだが、片手が享介に握られたままなので動くに動けない。
仕方がないので中身がこぼれないよう空いている方の手で摘むが、賢者タイムも手伝いとても微妙な気分にさせられる。
「享介」
繋いでいる方の手をにぎにぎ繰り返し離すように促したつもりだが、上手く伝わらなかったようで離れないようにさらに握られる。どころか、腕ごと抱きつく勢いで寝返りを打った。
左手に享介、右手にコンドーム。右手に何もなければこのまま転がっていてもいいのだが、今になってこれをほったらかしてぶちまける事は避けたい。
物言いたげに無言でこちらを見つめてくる享介に、こちらも無言でキスをしてみるが、彼が何を求めていたのかはわからない。
「享介、風呂いくぞ」
「……うん」
「……」
頷きつつも動く気配のない彼にどうしたものかと考えあぐねていると、彼に名前を呼ばれた。
「愛してるって言って?」
「……愛してる」
しばし見つめ合い、無言がその場を支配する。先に視線を逸らしたのは、享介だった。
本気で照れているようか気配がするが、だからといってどうすることはない。せいぜい、かわいいな、と思うぐらいだ。
それから彼は緩慢な動きで起き上がり、小さく俺もだよ。と返してくれたところで――オレの右手に持つものに気が付いたらしく吹き出した。
あまりに笑われるものだから座りが悪くなり、誰かさんのおかげで捨てられなかったんだが。そう責めると返されたのはキスだった。触れるだけのものを頬や目元に何回かして満足したのか離れると、わかってるよ、と。
ベッドから降りて部屋を出ようとする際にも何度も好きだよ、と続けて何度も繰り返す享介に、何をそんなに機嫌が良くなる要素があったのか、疑問はあるが悪い気はしない。
取り敢えず、まだ手に持っているものの処理を済ませてから、風呂場へ向かおう。
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