蜜柑とアイスの共存
管理したい
最後の一撃を金腕に叩き込み、戦闘は終了した。今日は種火集めのために同じメンバーでの周回を繰り返しており、先ほど倒した腕ももう既に何本目かはわからない。
ぽたり伝った汗を煩雑に拭いながら指示を仰ごうと主を振り返ったところで、ちょうど声がかかった。
「よし、みんなお疲れ様。おかげで足りなかった種火は確保できた! いい時間だしカルデアに戻ろう」
時計塔の制服を身にまとった彼が手を上げて労いの言葉をかける。さすがに疲労が蓄積していたのか、パーティーの面々からは安堵ともとれる声がもれていた。
「やーっとか、まったくマスターは人使いの荒いこって」
そう大げさに息をついたのはロビンフッドだ。朝からずっと森の中を歩き回っていたためりところどころの泥が目立つ。自分も息を整えつつ、羽織に目立つ泥を払い帰還のための準備を進めた。
「……なぁ、アンタ」
「……はい、なんでしょう」
呼んだのは先ほど愚痴をこぼしていたロビンフッドだ。まだここに来て日が浅い己と比べ彼は古参というべき部類のサーヴァントで、そのせいか新人研修を任される事が多いらしい。また任される理由はそれだけではなく基本的には世話焼きだという気質があっているのか、憎まれ口を叩きつつも主の命令に順じている様子がよく見受けられる。
そんな彼が眉をひそめこちらを見据えていた。
「ここ数日…様子が妙なんだが、怪我とかじゃねえよな?」
「……は、」
「ちょっとした怪我くらいならすぐに治るだろうし、……それとも魔力不足か? アンタ、今日は特に宝具連発してたろ」
「あ……ええと、これは……その」
鼓動が急激に上がっていくのを感じた。少しは引いてきたはずの汗がぶり返すが、目ざとい彼に気が付かれないよう態度には出さないようにつとめる。
言い淀むぐらいであれば、そのまま魔力不足だとごまかしておけばよかったか。考えあぐねいていると背後から声がかかった。
「二人とも、何してるの?帰るよー」
「! は、はい。すぐに」
「うん、疲れてるだろうから今日はゆっくり休んで。ロビンフッドもね」
「へいへい、りょーかいっす」
帰還のための召喚サークルまで向かおうとすると、あ、と思いついたように主が呟いた。そして、再び引き止められる。
「ごめん、小太郎は後で俺の部屋に来てくれる?ちょっと話したいことがあってさ」
「ー……はい、わかりました。すぐに伺います」
どくん、心臓が高鳴る。乱れそうになる呼吸を押し付けて主と、それからロビンフッドに続く。じりじりとした痛みはおさまってはくれない。
*
「来てくれてありがとう。ごめんね、度々呼び出して」
「いえ。主殿のご命令であれば、従うのが僕の務めですから」
カルデアへ帰還し、そのまま主の部屋へ向かえば彼はすぐに出迎えてくれた。座りなよ、と促されたので、その手がさす彼の隣……寝台の上へ控えめに腰掛ける。
いつもサーヴァントを呼び出して話をするときは、このような座り位置らしい。己とて初めこそ別の椅子に、何なら床でも問題はないのだと主張したが、からりとした主の笑顔に押され結局は彼の側に収まっている。
「今日は種火集め助かったよ。ありがとな」
「なんのこれしき、主殿の采配はお見事ですし、とてもお使えしやすいです。なんでもご用命下さい」
「……うん、なんでも、な」
意味ありげに口角を上げた主が指先にちょん、と戯れのように触れる。と、ついびくりと反応してしまう。失礼だったかと思うよりも前に少し後ずさったのを見て彼はさらににんまりと笑った。
「どうかしたか?」
わかっているだろうに。このじくじくとした痛みも、薄く滲みはじめた汗も、焦燥感も。彼はあくまでも、何も知らないというていでからだに触れる。いささか距離が近い気もするが、気にしなければなんでもない接触。それだけの、はずなのだが。
「な、なにも……っ」
すりすりと、触れられる手を交わす前に捕らえられてしまう。息をつめては声を出さないように堪えるが、その一挙手一投足すらも隅々まで観察されていることは明らかだ。二人きりの室内で、パーソナルスペースを犯すこの距離では毛先を揺らすことにすら緊張してしまう。
主の青い瞳がこちらをただ見つめていることはいちいち気配を探らずとも自明だ。見られて、いる。
は、熱い息が意図せず漏れてしまった。一抹の焦りとともに、前髪で隠れた視線を彼に向けると彼は尚嬉しそうにふふと息を吐き出す。彼にてどられていない方の拳を堪えるように握りしめ、なんとか彼の気をそらそうと顔を上げた。
「そ、それで、話したいことというのは?」
声が上ずってしまった。居心地の悪さにもぞもぞと足をすり合わせると彼が身を乗り出し、先ほどよりも密着した格好になる。
「わかってるくせに」
ふっ、耳元に息を吹きかけられた。ぞわぞわとかすかな痺れが背筋に走り、痛みはよりクリアになる。彼は続けた。
「ねえ小太郎、いま俺がどんなこと考えてるか、言ってみてよ」
「っそ、それは……面白がって、いるのでしょう。……主殿に、こうして……翻弄される、さまを」
爪先から肘、二の腕から肩へと伸ばしていた手が首筋にかかる。からかうためだけの触れ合いだが愛撫にも等しいそれは無視することができない。
「残念、ちがうよ」
指の腹で鎖骨をたどり、くぼみをなぞり。喉を手の甲で擦る。ふぅふぅと荒くなっていく息は自覚していても止めることは出来ず、抵抗という抵抗すら許されない今、僅かに身じろぐことしか許されない。
「かわいい」
「、は……」
「かわいい、ね、前髪で隠れててもわかるくらい、こんなに真っ赤にして、逃げずにじっとして、その気になればどうとでもなるはずなのに、俺の言いつけ守ってさ」
「あるじ、どの」
「えらいね、小太郎」
そう微笑むと彼はそのまま指で前髪を払う。視界が広がり隠れていた目が晒される。至近距離で僕を見つめる彼の瞳は深い色をしていて、今すぐにでも飲み込まれそうな錯覚に陥りそうになる。いやそれ以上に、彼の目にうつる自分の顔をまじまじと見せつけられてしまって。
なんという顔をしているのだろう。
「……ぁ、」
「ところで小太郎、これ……何かわかる?」
彼が懐から取り出したのは、小さな鍵。思考が一気に埋め尽くされた。それは、ずっと己の思考をぼやけさせている原因とも等しいものである。
下肢に手が伸ばされ衣服の上からそっと触れた。主の手に伝わっているはずのかたい感触は、己のものではなく……。
「貞操帯。付け始めて今日で何日目?」
「……五日目、です」
「うん。昨日もだけど、今日なんかは特に辛そうだったよね、ロビンフッドに気付かれそうになるくらい」
「はい、……申し訳、ありません」
これをつけるとき、誰にも気付かれてはいけないと念を押されていた。気付かれて興奮するような性壁は持ち合わせていなかったし、湯浴みなどもサーヴァントに割り当てられる部屋で十全に済ませることは可能だったので決して不可能な命令ではなかったが。
「怒ってるわけじゃないよ。ただね」
そこで言葉を切り、己を戒める貞操帯をさすっていた手が広範囲に広がる。太腿や足の付け根を焦らすように……実際に焦らしているのだ。彼の手つきは意地悪く、唇を噛むことぐらいしか堪える術を持たない己にとってもはや拷問にも等しい。
今こうしている間も、大きくなろうとしている己の一物は物理的に妨げられている。じりじりとした痛みと緩い快感。それらが継続的に与えられるこの数日間は、えも言われぬ情動が燻り続けていた。
「……ねえ小太郎、これ、外してほしい?」
どくり、と心臓が音を立てた。部屋に呼ばれた時、期待しなかったわけではない。もしかすれば、主がこの不自由な縄を解いてくれるのではないかと。
昨日も、さらにその前も。部屋に呼ばれるその度に期待していた。しかし望んでいた言葉を彼から与えられることはなかった。命令にもならないような頼みごとをひとつふたつ言いつけてまた明日。と見送ることを繰り返していたからだ。それが彼の戯れの一環であることは重々承知していた。しかし期待せずにはいられなかった。彼がこの戒めを解いてくれるのではないか、と。
それが叶うことはなかったが、さりとて自ら鍵を外して、解放してほしいと請うのははばかられた。羞恥心もあるがこれを付け始めたのはあくまでも両者の合意の上であり、それを思っていたよりも辛かったからという理由で反故にするのは抵抗があった。
だが、彼から言いだしたということであれば話は別だ。元より彼がいいというまで数日間、というのがこれを付けるときに決めたルールだった。曖昧な日数しか決めていなかったが、まさか三日ほどで耐えがたい思いを抱える羽目になるとはさすがに考えつかなかった。
期待を込めた眼差しで彼を見つめる。きっと、先ほどとは比べ物にならないほど情けない表情をしているのだろう。ごくり、音を立てて生唾を飲み込む。
「……は、外して、ほしい、です」
震える声色で小さく、呟くように乞う。彼は鍵を宙に放り投げ、ちゃり、と音を立ててキャッチした。わざとらしい行動だが、僕を惹きつけるには十分すぎる。片手で鍵をいじり、もう片方では腰を抱き寄せ、さらに密着させる。
ぐ、と彼の指が鼠径部を押した。 彼は笑っていた。
「そっか、なら、これを外してどうしたい?」
「どう……?」
「この数日間、辛かったよね?俺にこうやって、少し触られるだけで顔を真っ赤にして、息を切らせちゃうようになって。本当はずっと外して欲しかったのに、それを言うことすら我慢して」
鍵を持った方の手でこちらの顎をつかみ、額を合わせやや見上げる形で彼は語りかける。そこで初めて、彼の目もまた己と同じように、興奮に染まっていることに気がついた。唇に当たる息が熱い。少しでも唇を前につきだせば薄い皮膚で覆われた肉が触れ合うというのに、己にはその行為は許されていない。
彼の呼吸を吸い込むたびに、彼のにおいに内側から侵されていくようだ。運動し終わってからそう時間の経ってない彼の体臭は己にとって催淫剤にも等しく、くらくらと眩暈を感じながらも必死で意識を手繰り寄せ、彼の言葉を聞く。
「これをつけてから五日間だよ、ね、頑張ったね小太郎。小太郎は貞操帯を外して、どうしたい? 言いたいことを、我慢せず俺に聞かせて?」
「――ぁ、僕、は」
「うん、」
「貞操帯を、外して……」
「外して?」
しゅるりと、帯が解ける音がした。そして布越しではなく貞操帯に触れる。主の、手が。直接。
尿を排出させるための隙間から緩くなぞられ、か細い悲鳴とともに腰が跳ねる。しかし主は言葉を途切れさせたことは許さず、それで、どうしたいの、うろたえるこちらを意に介さず尋ねた。
ふーっ、ふーっ、興奮した息が主にかかるのは失礼だ。そうぼやけた理性で唇を噛み締めるが果たして意味はあるのだろうか。しかし一方で主の質問に答えるためには口を開かなくてはならなず、ひくつく喉が言葉を焦らしながらもなんとか答えようと。
「は、ァ……外し、て、……たくさん、出したい……」
「なにを出したいの?」
「せ……っ、せーえき……」
「精液、出したいんだ?」
「そう、……そう、です、」
このとき、頭のなかは射精したいという気持ちでいっぱいで、にもかかわらず羞恥心は、かき集めたぼやけた理性のせいで忘れ去ることはできずにいて。
彼の欲情しきった瞳が「瞳をそらすな」と命令していることに、頭のてっぺんから爪先まで快感で痺れてしまうような、とてつもなく服従心を煽られてしまって。
いつのまにか外されていた貞操帯ではなく、彼の手が、性器を包み込んだ。
意識するよりもずっと早く血流はそこに集中する。心臓の位置が移動したのかと錯覚してしまったのかと、ばかなことを考えるほどに熱く脈打った。
「いっぱい出そう。たくさん、ね。びゅーびゅーって勢いよく、すきなだけ熱いの、だそう」
そして、親指の腹で一番敏感な先端を、そのほかの指で縁を同時に擦られる。
「っっ~~~~~~~!!!」
待つでもなく絶頂はそこにあった。五日間溜められた精液が道を辿り外に放出される。主の身体に縋り付くように腕を回すと咎められることなく優しくそこを撫でられた。
口からは声にならない嬌声が漏れ、その間を埋めるように荒い息で呼吸をする。半ば過呼吸を起こしているような引きつった喉で、やがて過ぎ行く快感と訪れる倦怠感を待とうとなんとか気持ちを持って行こうとする。
しかし待てども絶頂は途切れない。涙がぼろぼろとこぼれていくのを自覚しつつ、己の嬌声が呻き声ともわからない頃になってようやく事態に気がついた。
己の性器から出る精液はいつもよりもずっと量が少なく、生活に支障が出るレベルまで我慢していたとは思えないほど勢いもなく、とろとろと少しずつ漏れ出ているだけだったのだ。
「ぁ゛っ……あ゛るじ、どの……と、とまらな……でな、」
「うん、何日も、我慢してたんだ……玉袋の中で、濃ゆーく濃ゆーくなって、いまやっと外に出られたんだよ」
ぱんぱんに膨れた袋を揉まれ叫び声にも似た喘ぎ声が漏れる、と同時にびゅく、と真っ白な精液が一瞬だけ勢いを増して押し出された。
彼はそれをすくい取り、指に絡めて眼前へと差し出す。
「小太郎、これ、こんなにねばねばしてる」
「っぁ、はぁ……そんなもの、み、見せつけず、とも、……っひ、!」
「小太郎が俺のために我慢して、つらくてもずっとしてくれてたからね、うれしい……って言ったらおかしいのかな」
「……ぅ゛、うっ……」
「ん、……えらいね、小太郎。よくがんばったね」
幼子を甘やかすような声色と僕の背に回された手は優しく、ひくつく身体をなだめるように撫ぜているが、それと反して彼のもう片方の手は僕の性器を握り射精を促す動きを続けている。それに加え、いま、主の胸に顔をうずめているが。先程見たままの彼の瞳はとてつもなく大きな熱を持っていて。
ずくん、再び腹の底がどうしようもなく疼くのを感じた。
彼の声が耳朶に響くたび、彼の手が触れるたびに身体は震え、脳は痺れ、目からはひとりでに涙がこぼれていく。薬でも盛られたのかのような痴態を主に晒しているが、それほどまでに、主の存在は己を犯しているのだ。
ひっきりなしに漏れ出る声を抑えることもできずに悶えていると主が耳元で囁きかけてくる。どろどろに溶かしてしまうつもりなのだろうか、褒められていることと行為による多幸感で思考は満たされていきふわふわと己を浮かす。
どれくらいそうしていただろうか、体感ではかなり長い時間そうしていた気がするが、深い深い快感にもやっと終わりが見えた。ゆっくりと時間をかけて尿道を押し出ていた精液は主の手から溢れ、寝台の白色をまた別の白色で汚している。しまいに竿を根元から先端へかけゆっくりとしぼりとると遅れて出た精液が鈴口から漏れ出た。強い脱力感に襲われなんとか酸素を取り入れようと深く呼吸すると、腕に回されていた手はいつの間にか背中をさすっていた。
「……るじ、どの」
「ん……?」
「……、……」
すり、押し付けたままだった額を寄せると彼がくすぐったそうに笑うのがわかった。暖かい振動が伝わってくる。
「疲れた?」
「いえ……、主殿、……あるじどの」
とろりと瞼を落とす脱力感に身を委ねようとする合間にこみ上げるものを抑えきれず繰り返し呟くと、背中を撫でていた手は徐々に上へ進み後頭部を撫ぜあげた。
更に目を細めようとした瞬間、とある刺激によりびくりと体が跳ね上がる。
「……っ、ぁ、あ、あ」
「暴れないの。大丈夫、小太郎のこともっと気持ちよくさせてあげるから。ね、さっきみたいにたくさん出そ、な?」
「ぼ、ぼくは……っひ! ……ぼくより、あるじ、どの……まだ、ぼく、あなたに奉仕を……できてな、ぁう……っ」
主は少し笑った。やや虚をつかれたというように、うれしそうに。しかし首を振って大丈夫だよというと、また刺激を与え始める。
指の腹を、剥き出しになった敏感な亀頭に擦り付ける。達したばかりの己の身体には刺激が強すぎるのだが、彼がそれを考慮し手をゆるめるような気配はみられない。
「――っ~~!」
何度も。
「――――っ~~!」
何度も。
「――――――っ~~!」
何度も、何度も何度も。喉の奥に混じる涙声を聞いても彼が手を休めることはない。それどころか先ほどと同様に甘い言葉を投げかけ、痛みさえ感じる刺激に悲鳴をあげればいいのかそれとも主を止めればいいのか。ぐるぐるとまとまらない考えを巡らせているが何の判断もできない。そのあたりでだんだんと違和感を覚え始めた。主もそれに気が付いたのかわずかに喜色をにじませながら語りかける。
「……あ、もしかして、よくなってきたんじゃない?」
「あっ……え、? ……っあ、あ……ある、じどの、へ、へん……おかしい、れす、こんなっ……」
「おかしくないよ、大丈夫大丈夫。」
主はそうなだめるが全くそうは思えない。必死に首を振って拒否しようとするが、先ほどの長時間の絶頂のせいか、ぐずぐずになるほど甘い言葉をかけられていたせいか、身体に全く力が入ってくれない。鼻をすすりながら、それでもいやいや身をよじるとついには寝台へ押し倒されてしまった。
両手はひとつにまとめて頭上へと。意図的に指を絡めているのか隙間なく握り締められる感覚に安息を覚えるが、状況は先ほどと何も変わっていない。むしろ前髪が重力に流れ、普段は隠れがちな目を再び主に見せることになってしまった。
主の表情が眼前へ迫り、薄く開けられた唇からは彼の舌先がちらりとのぞき唇を潤す。ああ、ああ、ダメだ。きっと、とても情けのない、物欲しそうな顔をしていることだろう。それ以上に耐えきれないのは、彼がやめてくれない、手の動き。身体の奥底からせり上げてくるこの感覚は、どう考えても。
「――――あ? っっ……で、ぅ……でひゃぅ、ぅっ……あ、ああああ!!」
身体が硬直する。すぎる快感を何とかこらえようと力を籠めるがうまく逃げられない。手をぎゅうと握りしめ息をつめると腹に生暖かい感触が伝いじわじわと広がっていく。口端からは先ほどから唾液がだらしなくこぼれていくが、それを気にする余裕はなかった。
すすり声に近い嬌声を聞くかれは瞳をぎらつかせており、脳幹から理性を揺さぶる情動が遅いかかるようだ。熟れた果実の汁をすするように、ぼたぼたと、惜しげもなくかぶりつくように。己という存在がなにもかも溶かされて、ひとまとめにしてすべて主に飲み干されていくような感覚に陥る。
それは、まごうことなき支配される悦びだった。
*
ふっと、意識が浮上した。ぴくりと指先が反射的に震え、手を握ったままでいたらしい主が目覚めたことに気が付いた。
「あ、気が付いた?」
「……はい、……僕は、どれぐらい気を……」
「ほんとにすぐだよ」
自身の出した声にはやや違和感があったか。身体を起こしながら手渡された水を受け取り部屋の中にある時計をみると、彼の言葉通りそれほど時間は経っていないようだ。
主は楽しそうに言葉を弾ませている、けれど。
「さっき、ちゃんと出せたな、小太郎えらいえらい」
最初から出せる人ってあんまりいないらしいし、そもそも、何回やっても出せない人もいるらしいからさ。汗で頬に張り付いた髪をはらいつつやさしく撫でてくれる。――…ことに、うっとりとしている場合ではない。
「……、……あるじ、どの」
「んー……?」
「あの、さきほどの、ことは、どういう意図で行われたものなのでしょうか」
「……うん?」
首をかしげる。
「貞操帯……は、僕も合意の上ですが、その先は……その」
「だって」
さも当然のことであるかのように、主はけろりと答えた。
「小太郎が、そういう顔してたから」
「……は、」
「もっと触ってーって」
「……あ、ああ……も、申し訳……あああ……」
いたたまれなさすぎる。真っ赤しそうなほど顔が赤い自信だけはいらないほどあるため、そのまま寝台に突っ伏しひたすら主に許しを請う。
まさか。しまりのない顔をしていたことには自覚はあったが、あまつさえ主がそれをくみ取り、このような、このような……。
土下座した手にそっと触れる暖かさがあった。主の手だ。そして、背中にも腕が回され優しくたたかれる。顔は伏したままだが主が凭れかかっているのだろう、人肌の暖かさを感じる。
「大丈夫だって、そもそも俺がいいだしたことだし、めちゃくちゃ楽しかったし」
からからと軽快に笑う。それから、真っ赤であろう耳に口元を寄せ、やや低く囁いた。
「――…でも、次はもっと、小太郎のこと愛させて、ね?」
息が震えた。彼はすっと身体を引くとすぐに離れて行ってしまい、じゃあ、ちょっと出てくるから、とそのまま部屋を後にした。扉の開閉音ののち、足音が遠ざかっていくのがわかる。
次、と彼は言った。
「……次、を。期待しても、よろしいのですか」
つい先ほどまでしていたことを思い出し、また身体がほのかに熱を持ちかけ……かぶりを振り、邪な考えを蹴散らす。
恐縮にも、汚れたものは粗方主が処理をしてくれていた様子だが、自分がいたせいで代えられなかったであろうシーツは片付けてしまわなければ。ややふらつきながらも寝台から降り、ややひんやりとしている床にぺたり裸足をつけた。
16'8/20
8/22掲載
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