蜜柑とアイスの共存

お寝坊さん

 ふぁあ、えだまめ色の瞳をにじませて、テンマは大きくあくびをした。森の中一歩先を歩いていた子ギルが振り返りくすりと笑う。
「マスター、先程から随分おねむのようですが、昨日はしっかりと寝られましたか?」
「うん……いや、ちょっと、気になる資料があって……ごめんね、ギルくん……君たちが戦ってる時はおめめパッチリにしておくから……」
「そんなに目を瞬かせていては説得力もありませんね……マスター、お手をどうぞ」
「?  はい……」
 寝ぼけ眼を擦っているのとは反対の手を子ギルに差し出すと、テンマより一回り小さい手が優しく環の手を握る。そして一歩先を歩き、木の根があれば足元に気をつけるようにと言い、枝があれば葉を傷つけないよう優しく除ける。
「……お、王子様……」
「ふふ、僕は王ですよ、マスター」
「そうだった……ありがとう王様……」
「いいえ、これぐらいのことなんでもありません。……さて、そろそろ彼らが戻ってくる頃合いでしょうか」
 ふらふらと眠気からたたらを踏みながら、子ギルが視線を向けた方向へとテンマもまた目を向ける。
 
 ちょうどナーサリーとヘラクレスが斥候から帰ってきた。ヘラクレスの肩に乗せてもらっていたナーサリーはご機嫌なようで、鈴が転がったような声で可憐に笑っているし、ヘラクレスも心なしか穏やかな表情をしているように見える。
「おかえり、ナーサリー、ヘラクレス」
「ただいま戻ったわ。……あら、手を繋いでいるの?」
「ええ、あなた方も仲が良いようで、何よりです」
「ふふ、そうね。彼ったらとっても力持ちなのよ!  さっきなんて大きな岩を持ち上げて、まるでジャバウォックのようだったわ!」
「それはかっこよかったろうなあ。ところでどう? 敵はいた?」
 テンマが尋ねると、ナーサリーは首を横に振った。
「いいえ、みんなお寝坊さんみたい。この辺りには野ウサギしかいなかったわ」
 お寝坊さん、と言ったあたりでテンマがあくびをした。マスターもお寝坊さんなのね、とからかうように笑ったナーサリーは、続けてあっと声を上げた。
「マスター、なんてこと!  本当にお寝坊さんだったのね。いいえ、あたしも今の今まで気が付かなかったけれど……」
 ヘラクレスの肩からふわりと降り立った彼女はそう言いながらかぶりをふった。
 状況がつかめず首をかしげるテンマに、繋いでいた手を離した子ギルがふふふと小さく笑う。彼は現状把握が出来ているらしい。
 次に、何がどうした?  と伺った先はヘラクレスだが、彼は何も言わずにこちらのやりとりを見据えるだけだ。
 ナーサリーはピシリと、テンマの胸元を指差した。
「マスター、あなた、ネクタイを忘れているわ!」
「……あ、ほんとだ」
 テンマがだいたいいつも着用している魔術協会礼装だが、今日は青いネクタイを締め忘れたまま出てきてしまった。
 行使する魔術に影響はあるだろうか。考えつつ子ギルにいつから気付いてたの?  と尋ねると先ほどですよ、と答えたが先ほどの反応を見る限りそれがフォローだということがわかってしまう。きっと最初から気付いていたのだろう。
 恥ずかしいなあ、とへらり誤魔化し笑いを浮かべたところで、再度ナーサリーに名前を呼ばれた。
 屈んでほしいとせがまれたので中腰になると、彼女の腕が首の後ろに回りまた戻っていく。そして、首に小さく引っ張られるような感覚。
 しゅるしゅると幼い手で器用に巻かれたそれは、彼女の衣服の一部だった。
「はい、これで大丈夫よ」
「……でも、これはナーサリーのリボンじゃないか」
「帽子に付けていたものだから、何もおかしくないわ」
 顔を上気させて微笑む彼女はとても満足そうだ。
 テンマは胸元の白と黒、それから裏地がピンクの即席リボンタイにそっと触れ、そして片割れとなった彼女の帽子のリボンを見る。
「ナーサリー、少し触れるね」
 そう一言断り、帽子をひょいと持ち上げる。軽くぱたぱたと埃がついていないか確認し、片割れのリボンを後頭部に向けてのせまた形を整える。
 これで自然な見た目になるはずだ。ふわふわと広がる彼女の銀髪を撫で、テンマもまた満足げに頷いた。
「ありがとう。じゃあ、しばらく借りるね」
「ええ、勿論よ」
 二人はにっこりと微笑んだ。
 
 
 
 17'4/6