蜜柑とアイスの共存

ポケモンセラピストを目指すトリップ者の話

ポケモンセラピストを目指す学生は一日中忙しいんです!



「そういえば気になってたんですけど、ココガラにニックネームってあるんですか?」
 特になにも用事はないが、寮の電話を借りて先生と話をしていたところ、ずっと気になっていたことを尋ねた。ココガラに聞いたときは首を振っていたけれど、卵だったときに読んでいた名前とかあるなら聞いてみたいなと思ったからだ。
『たまちゃんって呼んでた』
 卵のたまちゃん。なるほど、シンプルかつとてもわかりやすい呼び名だ。それを横で聞いていたココガラをちらっと見ると、安直すぎると怒り出した。案にその名で呼んだらつつくぞと言われている。ココガラの怒りの声が聞こえたのか先生はあっはっはと豪快に笑って、ココガラがいいなら君が名前をつけなよ、と俺に言った。
「名前……名前かぁ。俺名前つけるセンスないんだよね……リアちゃんはそのままだし、ココガラにも適用するとすれば……ガラちゃん? あっいだいやめてください」
「ガァーッ!!」
 ここ最近で一番の怒りを感じる。ごめんなさい。ふざけてたわけではないけど、センス磨いてきます。
 ココガラはアオガラスやアーマーガアの姿をこれでもかというほど伝えてくる。彼の想像の中では、今までみたどんなアーマーガアよりも大きくなって、人を百人乗せながら大空を羽ばたいている。そんな、物置じゃないんだから百人はちょっと難しいような……。でもうん、そうだね、夢を大きく持つのはまったく悪いことじゃないから、むしろいいことだから、俺はココガラが少しでも目標に近づけるためにパートナーとして努力をするだけだ。そういうならもっとガンガンポケモンバトルに勤しめって? える知っているか、ポケモンと同じように人間のPPにも限界があるんだ。一方、ポケモンと違って回復アイテムはないんだよ。
 だが俺のナンセンスなニックネームに怒る気持ちも理解できる。シベリアンハスキーは子犬でも成犬でもシベリアンハスキーだけど、ココガラは進化するつもりだもんね。鶏ガラみたいなニックネームつけられたらそりゃ怒るよね。
 ゲームでプレイしてたときに家の近所で捕まえたココガラにヤキトリって名前つけてたことは、墓場まで持って行こう。
「逆にさぁ……ココガラはこう呼ばれたいとかってあるの?」
「ガァ……」
「なるほど……強くて……かっこよくて……オンリーワンの名前……」
 一番抽象的で難しいのきたな。
 っていうか相変わらず、ココガラはカイリキー並みにムッキムキの自分を想像してるけど、ムキムキすぎてコラみたいになってる。ムキムキのカラスに見える画像って昔見たことがある気がするぞ……。
「うーん……なんだろう、健康的な意味で強くて実際には誰も使ってないってオンリーワンなら、フルネームの方の寿限無だけど……」
「ガァ」
 ぴくりとココガラが反応した。俺がもともといたところには、健康を願ってこういう名前をつけられたとされる人がいて……と、つつかれることを覚悟しながらもなんとか寿限無のフルネームを唱えれば、ココガラはすべて聞き終えた後で鷹揚に頷いた。
「……ガァ!!!」
 長い方で呼べと。
 自分で苦し紛れに答えておいてなんだが、どうしてだ。やっぱり意味わかんないけど、長い名前は、ちびっこにとっては無条件でかっこいいのか? 長い名前にしたらどういう顛末になったかまで話したら止められるのか? 止められなかったら俺はココガラをそうやって呼ばなきゃいけないのか? そんな長い名前にしたら、名前を言い終わる前にバトルが終わるぞ! 現代落語の時間が始まってしまう!
 特に最後の理由を前面に押し出してなんとか説得をした。ココガラもとい寿限無を呼ぶと、ゴキゲンに返事をしてくれたから、うん。よかったかな。



 学生の朝は早い。ココガラ、もとい寿限無の鳴き声とともに目覚めれば(起こされたともいう)、彼に連れられるままにシュートシティの自然公園の中をジョギングする。この街は健康志向が全体的に高いらしく、俺と同じようにポケモンと連れ添って運動をしている人々が散見される。寿限無自身の上昇志向は元々あったが、特に俺にももっと体力をつけろとありがたい言葉をいただいた。くったくたになりながら寮へ戻り、汗を拭いた後はジョギング中に買ったきのみで朝食を取りつつ今日の授業の予習をする。こうして、登校前の長い朝は終わる。
 朝九時から夕方の五時まで授業を受ける。座学が中心だが実際にポケモンセンターや病院等での実習訓練も度々挟まれる。学校自体の雰囲気は年齢層がさらに広がったこと以外は特に保護施設と変わりなく、程よく関わり合い程よく無関心な、とても居心地のいい環境だった。……たまに「目があったらポケモンバトルだ!」と突然勝負を申し込まれ、やってやるぜと寿限無が飛び出していくままに、生まれたての小鹿のような足で受けざるを得ない状況に陥る以外は。
 その後はバイトの時間だ。施設にいた間は生活に必要なものは支給されるし、その中には娯楽目的のものも多くあるのでよっぽどかわった趣味をもっている者以外困ることはなかったが、施設を出たあとはある程度の祝い金をもらい、それを元手に自身の生活を営んでいく必要がある。とはいえ俺は寮に住んでいるため、通常の一人暮らしよりはよっぽど出費は抑えられていた。それでも日用品や食費はバカにならないのと、単純に自分で稼いだ自分の金! という意識が欲しかったからバイトを始めた。それがなくとも学校を卒業したらどの道一人暮らしが始まるのだし、その時は今よりもさらに出費は高くつくから、貯蓄は今から始めていかなければならないのだ。そうしてほぼ形だけに近い面接を突破した俺は、有名チェーン店ステーキハウスおいしんボブでバイトをしている。飲食店だけあって夕食時が一番忙しく、しかしガラル地方一の大都会ということもありその分待遇がいい。肉と鉄板の重みに「これはそのうち、腕がカイリキー並みにムキムキになっちゃうな……」と考えて寿限無にそれはおかしいという目で見られながら(自分もムキムキになる妄想してたのに棚に上げまくってる!)忙しなく動き回り、夕食のまかないをソーダ片手に済ませて、寮に帰るまではまたジョギングだ、と満腹状態で寿限無にせかされながら走って帰る。一日の復習をし、そのあとは消灯するまでまったりして、眠りにつく。
 平日は大体そんな感じ。



 とある日、バイトまで時間があいていたから、明るい場所で勉強してから向かおうと風の強い渡り廊下を小走りしていたとき、ちょうど曲がり角で何かにぶつかった。うわあと情けない声を上げながら相手に声をかけると、ひんやりと冷たい空気を感じる。相手は三つ編みの彼女のバニプッチだが、バニプッチの側に彼女の姿はない。ガァと勢いよく再戦を申し込みに飛びかかろうとする寿限無を抑えながら、あれ、パートナーはどうしたの? そう聞くと、バニプッチは不安げな音をカラコロさせた後、ほろほろと泣き出してしまった。廊下に氷の粒がパラパラと落ちていく。ぎょっとして話を聞くと、三つ編みの彼女とお揃いで持っていたハンカチを落としてしまったらしい。当の彼女にはせっかくのハンカチをなくしたことに申し訳が立たず、ちょっと散歩をしてくると言って出てきたらしい。
 すっかりパニックになって涙が止まらないバニプッチに落ち着いてもらおうと、あえて明るい声で大丈夫だよと言った。
「俺も一緒に探すから。まず、今日覚えてる限りでいいから、いつまでハンカチを持ってたかは思い出せる?」
 すんすんと泣きながらも俺の話をしっかりと聞いてくれるバニプッチ。うんうん、部屋を出るときにはちゃんと持ってきていた。お昼にも被って遊んだから、それまでは持っていたと。その後から記憶がない。なるほど、ハンカチで遊ぶバニプッチかわいいなぁと思ったけどいまはそれどころではない。
 バニプッチから話を聞いている間にハンカチのデザインも概ね理解できたから、次はお昼以降に居た場所の道をたどるべきだ。匂いの元であるバニプッチはいるわけだし、犬系のポケモンがいれば匂いをたどってもらうことも出来たのだろうが、いま建物内には人がいない。バニプッチ……は鼻がないポケモンだし、寿限無をちらりと見てみると、俺の考えていることがわかったらしく静かに首を横に振った。うん、鳥ポケモンもほとんど嗅覚は無いって聞くし、さすがに難しいか。ちなみに人間もお手上げです。やっぱり、バニプッチに昼以降どこに行ったかを思い出してもらいながら校舎を歩き回ることになった。
 ……とは行っても、今日は座学しかなかったためこの建物からは出ていないらしく、歩いたのはいつも使っている教室と映像室、あとはしいていうとトイレぐらいだ。トイレはさすがに入れないのでバニプッチに確認してもらったが、しばらくして出てきたバニプッチはしゅんとした表情だった。
 あれこれ探し回ったが特に何の収穫も得られず、結局は最初にぶつかった渡り廊下まで戻ってきてしまった。っていうか風が強……ん……? 風……?
 建物内はさんにんがかりで探したし、寿限無の手伝いもありバニプッチや俺の、普段の目線よりも高いところから注意深く見ていたから見落としがあるとは考えにくい。
 渡り廊下の柵から身を乗り出して下を見下ろす。寿限無もハッとしたように俺の隣に飛び乗った。
「寿限無、あの辺の木とか、そっちの茂みの中にハンカチがないか探して! 俺もすぐいくから」
 心得たと言わんばかりに頷いて、そのまま彼は滑空していく。バニプッチも俺がなにか言うよりも先に下の階を目指していた。
「あ……あった~~~」
 予感は的中。強い風に煽られて、そのまま遠くまで飛ばされてしまったらしい。夢中で探してる間に、渡り廊下からそこそこ離れた位置にいた。ようやく見付けて安堵の息をつき、バニプッチに手渡すとハンカチを抱きしめてまたぽろぽろと泣き出してしまう。コロコロと氷の涙を落としながら何度もお礼を言うバニプッチに、無事に見つかってよかったよと笑いかけた。
「……バニプッチ、あのさ。もしまた次なくし物をしちゃったとしても、きみのパートナーには伝えた方がいいよ。バニプッチは申し訳が立たないって言ってたけど、困ってるときや悲しいときは頼ってくれた方が、パートナーも手伝えるし、嬉しいよ」
「……、バニ……」
「うーん、まぁ、俺は言えるほど偉い立場でもないんだけどね……」
 冗談めかして言いながらバニプッチの涙を拭おうと……して、涙が氷の粒でできていることを思い出した。バニプッチが頷いてくれて、この一件は解決だ。
 ……のは本当に良かったのだが、いつの間にかバイトの時間に送れそうな時間になってしまった。バニプッチにはごめんだけど、道が同じ所までは猛ダッシュに付き合ってもらい、分かれ道でそれじゃあと手を振って、そのままさらなる猛ダッシュでバイト先へ向かう。時間はギリギリセーフだっが。もしかしたら、寿限無に毎回せっつかれてするトレーニングの効果が出たのかもしれない……。

 後日、俺の目の前に紙袋が差し出された。差出人は三つ編みの彼女。
「え、なにこれ」
「昨日バニプッチから聞いたの。手伝ってくれてありがとう」
「え?! そんなわざわざよかったのに」
 何を隠そう俺は、バトル乱入事件の件を詫びに行ったとき手土産も何も持っていかなかったのだ。慌ててたとはいえ後からやらかしたと頭を抱え、でも今更するのも色々と違う気がして、お礼の品を渡されると逆にいたたまれなくなるのだ。いやほんとに。マジで。
「中身パンだから、お昼ご飯にでもして」
「お昼……ってこれ量が多い……すごいいっぱいある……あっきのみパンだ」
「ココガラがどういう味が好きかわからなかったから」
 寿限無がガァと嬉しそうに鳴いた。うんうん、自分を気づかってくれるとわかると嬉しいよね。俺は申し訳なさで心臓がキュッて鳴ってる。
「え~~~ありがとう……むしろ気を遣わせてゴメン……これ一緒に……食べませんか……」
「……ん、そうね……バニプッチもお礼が言いたいみたいだし……」
 バニプッチと目が合った。昨日のこと、パートナーに言えたんだねぇ。そういう意味を込めてにこりと笑いかけると、あちらもすこし照れたようににこりと笑いかけてくれた。伝わってくるのは、雪だるまを作ってるときの気分だ。うれしい。よかった。
「……ちょっと、なに勝手に通じ合ってるの」
 すっとバニプッチと俺の間に割り込む彼女。トレーナーブロックだ! イエローカードが出てしまった……会話って難しい……。



「ねえ、ポケチャットのグループに入って欲しいんだけど」
 休み時間の間に、スマホロトム片手に三つ編みの彼女が話しかけてきた。バトルの再戦をしたことによって、亀裂が入っていた関係はなんとか普通のクラスメイトにまで修復ができた。
「……あー、俺スマホロトム持ってないんだよね」
「普通のスマホでいいんだけど」
 ポケチャットとは、その名の通りスマホでチャットができるアプリである。友達として他のユーザーを登録しておけば、写真のやりとりや通話、果てにはテレビ電話まですべて無料で使える優れものなのだ。
「ないんだよねえ……」
 と言うと、原始人を見るような目で見られた。失礼な! ここにスマホを持ってない現代人がいますとも! 異世界人だけど!
「ポケチャットでテスト答案とか、クラス会の企画とか。あとたまに急な連絡とか入ってくるから、あった方が便利だと思うけど……」
 なーーーーるほどね? 学校や部活の連絡網がもう全部らいんになってるから、まだ小中学生だけど持たせないと子供が浮いちゃう、みたいな話は前の世界でもよく聞いていた。そんな感じか。ところでクラス会の企画ってなに? 俺初めて聞いたんだけど、もしかしてほどよく関わりがあってほどよく無関心っていうのは俺が思ってただけで、みんなはもっと仲良くなってたの? それはそれで疎外感を感じる。まぁでも、バイト先でもスマホを持ってないって話をしたら店長にすごくびっくりされたし(あと心配もされたし)、そっちはそっちで連絡ごとを回すこともあるみたいだから、そろそろ買うべき時が来たのかもしれない。
 ちなみに前の世界で俺は現代っ子らしく自分のスマホを持っていたが、この世界に飛んできたあとはそれどころじゃなく忙しかったし、わざわざスマホで連絡をとらなければならない人はいなかったし、むしろ娯楽に溢れていて勉強に差し支えが出かねないことはわかっていたのでいままでは必要なかったのだ。わりと携帯に依存してる方だと思ってたけど、ないならないでなんとかなるもんだね。人間は順応性が高い生き物なんだなぁ。
 いままでなくて困らなかったのかと聞かれたが、なかったんだよ。
「いや、俺の保険証、ヤマブキカラーだから」
「あーね。たまにいるタイプね」
 ちなみにヤマブキカラーというのは、俺のような推定エスパータイプのポケモンのいたずらに巻きこまれて身元不明となった市民に配られる保険証の俗称だ。実際に保険証の色がたまたま黄色だったのと、この制度が始まったのがカントー地方だったことから、エスパータイプのジムがある街の色に例えられて自然とそう言われるようになったのがガラルまで伝わってきたらしい。
「うーん、明日はバイトないし買いに行こうかな……。使い方教えて」
「なんであたしが……いや、ていうかロトムの方のスマホ買えば、ロトムが教えてくれるから、そっちの方がプロだからそっちに聞いて」
 彼女はいやそうな顔をするが、先の一件からバニプッチと俺は仲良くなったので、バニプッチは嬉しそうにカランコロンと笑っている。彼女はそんなバニプッチを俺から遠ざけて撫でながらも建設的な意見をくれた。なるほど餅は餅屋。
 次回。「薄々わかってたけどスマホロトムの本体代金めちゃくちゃ高い」。……なんてことは幸いながらなく、たまたま行われていた新規登録キャンペーンで運良く安く手に入れられた……と思う。たぶん。大体のスマホの相場をロトムにお願いすると、ウキウキで俺のスマホに飛び込んできた勢いのまま喜び勇んで教えてくれたし、お高い方のスマホの値段を知った後になんとなく楽な仕事ねーかな、と邪な気持ち全開で調べたら、ニャースのねこにこばん戦法なるものの存在をしった。どこから湧いてるんだその金。
 拝啓、先生へ。一緒に暮らすポケモンが一匹増えました。
「ロトムってモンスターボールの中に入らなくても平気なの? ずっと働き詰めみたいになってない?」
『そんなことないロト。スマホがモンスターボールの代わりになってるロト。ここは快適ロトよ〜』
「そっかあ。ならよかった」
『でも、初めてボクを触ったヒトはすごく驚くってきいたけど……あんまり驚いてないロトね』
「ああ、うん。エスパータイプの子はたまに、脳内に直接語りかけてくる子もいるから」
『なんと……そっちの方が驚きロト。初めて聞いたロト』
 あとは街中でスマホロトムが喋ってるのは見たことあるし。これからよろしくね、ときのみをロトムのそばに置くと、ケテケテ笑いながら勢い良くスマホの中から出てきてきのみをかじった。衝動でスマホが床に落ちる。俺のおニューのスマホ!!!!!!!!

「そういえばロトムは名乗りたいニックネームとか、」
『ロトムはロトムがいいロト』
 寿限無の名前の経緯を話したところでそう聞けば、食い気味に返事がきた。はい。おかげで俺も、ロト「ム」でろとしっくすとか言わずに済んだよ。


2020/01/18