蜜柑とアイスの共存

ポケモンセラピストを目指すトリップ者の話

ポケモンセラピストを目指す上で必要だろうと、バトルへの苦手意識は相変わらず克服できそうにありません!



「っ、はっ、ねえ……きみたち……この辺りで、ココガラ見なかった……!? 病院から出てきたはずなんだけど……ぜぇっ」
 路地裏に屯していたクスネに尋ねる。彼らは最初こそ息を切らせて急に現れた俺に警戒しているようだったが、パートナーを探しているんだという言葉に顔を見合わせて、見た? わかんない。相談をしてくれている。ココガラはポピュラーなポケモンだし、このシュートシティにもパートナーとして一緒にいる人はたくさんいるから、むしろ目撃情報が多すぎるぐらい……というのも想像していたが、病院の方向から単独で飛び去るココガラ、という条件で絞っていくと見かけたものはかなり少なかった。
「こっちじゃない……となると、10番道路の方かな……。ゆっくりしてたところ邪魔してごめんね、ありがとう」
 クスネたちにそう言って踵を返し、街の外へ向かった。あのあたりはココガラが苦手なこおりタイプのポケモンがたくさん生息しているし、危険な目に遭う前に見つけ出さないと。
 寒さに身を震わせながらもずっと探していると、木々の間に赤い目と黄色い身体が見えた。雪の中でも一目でわかるそれにほっと息をつき、彼を呼ぶ。
 しかし彼はちらりとこちらを見たものの、すぐに顔を背けてしまった。怒っているのはもちろんだが、ココガラに近づけば雪に紛れて見えなかったポケモン――ダルマッカが対峙していることに気がついた。――ひ、ひとりでバトルしてるの!?
 俺が何かを言う前に、ココガラはダルマッカにつつくの攻撃をした。多少ダメージを受けたとはいえ、ダルマッカはピンピンしている。攻撃後にできた隙をついてココガラにこおりのキバを突き立てようと……こおりのキバ!? ダルマッカの方が明らかに練度が高い。ココガラはすんでのところで躱したけど、もし今の攻撃が当たっていたら一撃で倒れてしまっていただろう。
「ココガラ! 相手が悪いよ、一旦退こう!」
 わかっていたけどココガラは俺のお願いを聞いてくれない。ガァ、と相変わらず怒った声を出しているし彼から伝わってくるイメージはとても荒々しい竜巻のようだ。そんな俺たちの様子を見ていたダルマッカはフッと馬鹿にしたように鼻で笑った。俺もぎょっとしたがこれは……ちょうはつだ! まんまと乗ってしまったココガラはやってやろうじゃねえかこの野郎!と言わんばかりの勢いで、再びつつくを繰り出そうと飛び上がる。
 攻撃を受けても先ほどと同じく動じた様子もないダルマッカはゆきなだれを起こした。ハッとしてココガラに声をかけたが、ちょうはつにのった彼は避けられそうもない。俺はまた、彼を庇うために走り出して――。
「ウィンディ、かえんほうしゃ!」
 ダルマッカにむけて、横から火の柱が飛んできた。



ばちん、木の爆ぜる音を聞きながら、手元のホットミルクをすすった。真っ赤なキャップを被ったその人は、先ほど俺とココガラを助けてくれた人で、俺の隣に腰掛けた。ココガラは同じく先ほど助けてくれたウィンディと、ボールから出てきたガーディと遊んでいるようだ。
「あの、ありがとうございました」
「いや……、バトルに乱入って、本当はマナー違反なんだけど……。きみたちすごく大変そうだったから」
「……」
「ていうかそんな薄着で雪山って何事? 家出?」
「家出……ココガラが……逃げてしまって……」
 そっかあ、そう言って赤キャップさんは自分に用意していたホットミルクを飲んだ。返事をしつつも俺は上の空で、ココガラになんと言ったらよかったのだろうとぐるぐる考えていた。また俺はココガラの戦いの機会を奪ってしまった。でも、相手は相性不利の上にレベル差がありすぎる相手だ。一体どうすればよかったのだろう。不意にキャップさんがあっ! と声を上げたことで、その思考は強制的に途切れた。
「ねえねえ、その腰のそれって、もしかしてムーンボール?」
「……あ、えっと、はい」
「いいな〜、中々手に入らないんだよね」
「……このムーンボールは人からもらって……。ココガラが入ってたんですけど、もう入ってくれないかも……」
 うーん、だめだ。ココガラを見つけたはいいものの、どう声をかけるべきかがわからない。ちらりと横のキャップさんを見るとばちり視線があって微笑まれる。ううー!
「あの……相談してもいいですか」
「もちろん」
「……俺、ポケモンバトルが苦手で、でも、将来的にポケモンバトルはある程度できるようにならなきゃいけなくて。それにココガラは戦いたいみたいだし……。なのに、やる気満々だったココガラの勝負を邪魔しちゃったんです」
「うん」
「今日が初めてのポケモンバトルで……というか、自分のポケモンを持ったのも初めてで。うーん……ココガラが傷付くのを見たくないんです。でもバトルをする以上はどうしても怪我はつきものだし……自分が嫌だからって、ココガラの気持ちを無視してるのも……ダメだなって……」
「うん……きみの希望としては、ココガラが傷付かずに勝つことなのかな?」
「……対戦相手のポケモンも、なるべく痛い思いをして欲しくないというか……」
 なるほど。キャップさんは呟いた。そしてうーーーん、と首をいろんな方向にぐわんぐわん回している。それは悩んでいる仕草なのだろうか。いつか首をいわさないだろうか。あまりにもなぐわんぐわん具合に次第にハラハラした気持ちになっていると、キャップさんはパッ! とこちらに身を寄せて言った。
「それは、すごく頑張ってめちゃくちゃ強くなるしかないね!」
「……そうですね……」
「一撃でズバーっとやっちゃえばさ、ねっ?」
 腕でズバーっと表現するキャップさん。……はい。うん。ここまで言い切られるといっそ清々しいというか。まあでも、極論だけどそれはそうだよな、とも思う。圧倒的な力は、すなわちパワーなのだ。それに俺だって解決できる答えを求めてたわけではないし……。でも頭もちょっとは冷えたかもしれない。冷えた気がする。外気にさらされて少し冷めたホットミルクを飲み干すと、スマホロトム片手に盛り上がったキャップさんが話しかけてくる。
「ところできみ、バトルタワー行ったことある?」
「え……いえ。ポケモンバトルするところですよね?」
「そうそう。基本は非公開で観客もいない、誰と当たるかもわからないから色んな戦略を考えて試すのに向いてる施設なんだけど、たまに自分で録画して動画サイトにアップロードする人なんかもいてね。あ~、あったあった」
 画面の中にはポケモンバトルの様子が映っていた。スマホロトムが撮影したのだろう、ポケモンの技の光で時折白飛びこそしているものの、特に手ブレなどもなく綺麗にとれている。そしてプライバシー配慮のためか、かトレーナーはどちらの姿も確認できないようになっている。
「きみみたいにポケモンバトルが怖いっていう人はまあまあいてさ、苦手だからわざわざ見に行かないし。となるとテレビとかで流れてくるトップ同士の戦いしか見たことないってパターンが増えるんだよね。トレーナーも、ポケモンも」
 画面の中ではピッピ二体が戦っている。たまたま同じポケモンでの対戦となったから投稿した、という説明が動画についていた。ゆびをふるピッピはかわいい、が、攻撃技が出てつい首をすくめてしまう。……でも、ホントに楽しそうにバトルするんだよなぁ。
「でも今の動画に出てるみたいに、楽しさにこだわったバトルの仕方もあるんだよ」
 ウィンディとガーディ、そしてココガラを見つめる。ココガラとガーディがかけっこをしているらしく、ウィンディはそれを見守っていた。……俺はまだ、バトルでココガラの楽しそうな顔を見ることができていない。怒らせているばっかりだ。
「……よし」
 立ち上がってキャップさんと目を合わせてポケモン勝負をしてくれるように頼んだ。怖いけど、怖いからこそ、俺はこのままではいけない。校長に言われたことももちろんだし、何より俺が奪ってしまったココガラの勝利を、俺は彼に返さなければならない。切り株で休んでいるココガラに小走りで駆け寄る。彼はいまだに俺から顔をそらしつづけていた。
「……ココガラ。勝負を邪魔して、本当にごめんなさい。君に相応しいトレーナーになるっていったばっかりなのに、次の日に反故にするってホントにひどいヤツだと思う。でももし君が俺とまだ戦ってくれる気があるのなら、もう一度力を貸して欲しい」
「……ガーァ、ガァッ」
「うっ……はい、すみません、仰るとおりです、はい」
 ココガラは俺の周りをうろうろ飛び回りあれこれお小言をいう。しかしこれぐらいで済むのならいくらでも甘んじて受け入れよう。ひとしきり俺をつつき回して、彼は最後に腰のムーンボールへと戻っていった。……ココガラは俺と戦ってくれるようだ。うれしい。よかった。正直、足も腕も生まれたての子鹿のようにブルブル震えているけれど、が、がんばろう! なるべくこっちも向こうもダメージが少ない方向で!
 ムーンボールを投げると三日月が散る。そうだ、今朝はこの光をみる余裕も無かった。震える己に気合いを入れるため頬をばちばちと叩きキャップさんと対峙した。キャップさんが繰り出したのはガーディで、次々と息のあったコンビネーションをし、さらにはその間にも俺にいろいろなことを話しかけてくる。
「トレーナーの焦りはポケモンにも伝わるよ」「悩みすぎるのも、相手に次の手を読まれる原因になりえるから注意して」「補助わざは飾りじゃ無いよ」等々。ココガラがダメージを与えても与えられても身が竦む。でも、そうしているとココガラはさらに怪我をしてしまう。それに、次に何のわざを繰り出すべきか考えながらもキャップさんの話に耳を傾ける必要があった。
 完全にキャパオーバーで、それでも必死にココガラに指示を出していくと、いつの間にかバトルは終わっていた。フィールド内で立っていたのは──。
「おめでとう、ココガラときみの勝ちだ」
 俺のパートナーである、ココガラだった。
 呆然としていると、ガーディにげんきのかけらときずぐすりを与えたキャップさんが走ってこちらへ向かってくる。ココガラもどうだと語りかけてくる。えっうそ、勝った? 勝てたの? 興奮しすぎたのか試合中の記憶が全くないんだけど!??!
「せっ、接待みたいなのしたん……いだぁ!!!!」
「こらっ! きみとココガラが頑張った証拠なんだから、うそでもそんなこと言わない! それに、こっちにも喧嘩売ってることになるからね、その発言!」
「ご……ごめんなさい」
「いいよ!」
 にかーっと笑うキャップさん。緊張の糸が途切れた俺はずっと笑っていた膝の力が抜けて、ついに座り込んでしまった。ココガラとガーディはつい先ほどまで戦っていたにも関わらず仲良く隣りあっていて、先ほどのバトルを引きずってる様子は微塵もない。ハッとしてココガラにありがとうと伝えて、きずぐすりをシュッと吹きかける。そして楽しそうなガーディに尋ねた。
「が、ガーディは、怪我とか、大丈夫?」
 何にも問題ないよ、と言わんばかりの笑顔だ。バトルで乱れたココガラの羽根を舐めて毛繕いをするすがたは仲が良い以外に形容しようがない。
 やっと心配し終わって、すると次にはじわじわと、バトルに初めて勝てたのだという実感がにじみ出す。
「っ~~~~ココガラ、俺たち、勝てたよ……!!!!」
 感極まってココガラを抱きしめても、彼は何も言わなかった。ただ、彼とパートナーになったときに感じた大空を羽ばたく風を感じた。

 俺の抜けた腰がもう一度はまるまで待ってから、キャップさんがシュートシティまで送るといってくれたのでありがたく頼んだ。その間に、ちらっとリアちゃんの話になり、まだ見ぬポケモン(ポケモンではない)の話に食いついたキャップさんに質問攻めにされ、俺はかなりしどろもどろになっていた。どんなポケモン? わくわくした顔で聞かれ、ちょうど視線の先にいたガーディになぞらえて、「こおりタイプの、ちょっと大きいガーディ……みたいな」そう答えるといっそう輝いた表情で「カントーのロコンとアローラのロコンみたいな? どこかにいないか探してみようかな!」といっていた。ごめん、シベリアンハスキーはこの世界にはいないんだ。
 キャップさんについての話も聞いた。キャップさんはほのおタイプ統一パーティーでバトルタワーに挑んでいるらしく、もしバトルタワーであったらよろしくね、と綺麗なウィンクをされた。だが、俺がそこにたどり着くまでには何十年かかるのか。またほのおジムのジムリーダーであるカブさんにも憧れているらしい。ちょっと前にやっとメジャーリーグに戻ってきてくれたんだよ、という声色とその後に続くカブさん情報の濃さから伺うに、相当のガチファンなんだろう。
 シュートシティに戻って、キャップさんと別れてすぐにココガラはガァとないた。彼から伝わってくるカランコロンと耳障りのいい音はバニプッチの鳴き声で……えっちょっとまって!? いくの!? 戦いに!? まって! 俺のHPはすり減りまくってるし、PPに至ってはもうゼロなんだよ!!!!! さっきよりちょっとはマシになったけど相変わらず膝が笑ってるんだよ、大笑いだよ!!!
 でも確かに俺は三つ編みの彼女にもバニプッチにもとても失礼なことをしたからやっぱり謝る必要はあると思ったし、けどせめてポケモンセンターにだけは寄らせて! と必死にお願いをして、寄って、今日戦った彼女をなんとか見付けて平謝りして、改めてまたバトルをしてくれないかと頼んだ。彼女はまだ怒っていたものの、バニリッチが頷いたこともあり最終的にはバトルを受けてくれた。
 結果。
 めっっっっっっちゃくちゃに負けました!!!!!!!! もう身も心もボッコボコ!!!!!!!!!! 目を回すココガラを連れてまたポケモンセンターに帰りましたとも、ええ!!!!!! ジョーイさんには元気がいいなぁみたいな、バトルが好きなんだろうなぁみたいな微笑ましげな視線でみられたよ!!!!!!!!!
 やっぱりポケモンバトルは怖い!!! 改めてそう思った!!!!!!!! あっココガラやめてまたすぐ再戦しにいくとか言わないでつつかないでせめてまた日を置いてからにしてーーーーっ!!!!!


2020/01/18