蜜柑とアイスの共存

ポケモンセラピストを目指すトリップ者の話

トリップしたらポケモンの言葉がなんとなくわかるようになったので、ポケモンセラピストを目指そうと思います!



「なんで俺たちの世界にはポケモンがいないんだ? どう考えてもおかしい……世界の方が狂ってる……」
「狂ってるのはお前だよ」
「もしポケモンに触れるなら、いっぱいかわいいかわいいするのに……」
 冷静な友人のツッコミに、ドリンクバーのコーラをぶくぶくと泡立てた。すかさず「お行儀が悪い」とチョップが飛んでくる。痛い。
「それ……実写名探偵ピカチュウの時に流行った文言でしょ? なんでいまさら」
「今までは現実を直視することがつらすぎたんだ……いやでも今でもつらい。ふつうにつらい」
「この前ポケGOでポケモン捕まえて『ポケモンはここに"居る"んだよ……』とかガンギマったこと言ってた人間とは思えないな」
「ハッそうだった……粉……はないから、この炭酸飲料を飲まなきゃ……」
「七味唐辛子」
「そんなもん直に吸ったら死んじゃうでしょうが」
 ファミレスの卓に備え付けられている七味唐辛子の瓶を持った友人が笑う。
「店も混んできたし、そろそろ帰ろーぜ。お前も愛犬が待ってるんだろ」
「ん、そうだな」
 彼の合図にズゴゴッと音を立ててコーラを飲み干した。喉の奥にパチパチとした爽快感が広がる。やっぱりドリンクはコーラに限る。さーて、お家に帰れば俺のかわいいかわいいシベリアンハスキーのリアちゃんが待っている!!!!



「っっっっっっっぶわぁ!!?!?!?!?!?!??!」
 がばっ!!!
 そんな効果音がつきそうなぐらい勢いよく、俺はベッドから飛び起きた。すごく不思議な感覚がする。頭のてっぺんまで布団を被って、やっと顔を出したような、息苦しさから解放されたような感覚があった。身体は軽いし気持ち悪いとかもない。でも、どこかおかしい。
 そもそもここはどこだろう? 白を基調とした部屋だけれど、カーテンはカラフルでかわいいポケモンの柄がプリントされている。ファンシーな柄だ。かわいいけど、なんでポケモン? ……あれ? 俺はさっきまで友達と話して、家に帰る途中で……えっと?
 ひとまず状況の確認をするためにベッドから降りようとしたところで、べしゃりとベッドからころげおちた。痛い。めちゃくちゃ痛い。正直泣きそうだがいい年して転んだぐらいで泣くのはちょっと恥ずかしい。それに、痛みに堪えるよりもいまは驚きの方が勝っている。
「……なんか背、縮んでない?」
 ベッドは通常のサイズに見えるのに、俺の視線はやたら低い。それに見下ろした手足も、第二次成長期を終えた男性のものとはとても思えないぷにぷにふにふに具合。何この世界、パース狂ってる? 魚眼レンズ仕様か? 正距方位図法か? 不思議の国のアリスの世界ですか?
 状況を飲み込もうとしたにも関わらず、さらなる混乱の世界の入り口に立ってしまった俺は、トントン、と肩を叩かれていることに気が付かなかった。深淵が帽子をとってお辞儀してる。ハァイ、じゃないんだよ。こっちは必死なんだよ。いやでもこれ夢か? 夢だな? こんな荒唐無稽なシチュエーション夢しかありえない。そうだよ。俺の見る夢にしては明晰夢っていうの自体珍しいけど、こんなことが現実に起こる方があり得ないもん。
 トントン
 延々と一人で考えている俺にいらつきもせず、先ほどと同じトーンで肩を叩かれた。二度目はさすがに気が付いて、ん? やたらともふもふした感触があるな? これはまるで、マイスイートわんわんであるリアちゃんのおててのような……。
「クー……?」
「……」
「……クー!」
「キャアアアアアア!!!!!」
「クー……?! キーー! キィ……」
 黒いからだにピンクのお顔。そして頭には白いカチューシャのような感覚器。鼻先15センチの距離に、みんな大好きキテルグマがいた。まさかぬいぐるみのようなお顔がすぐ側にあるとは思わなくて、自分でもびっくりするほど高い声が出た。こんな声出したのいつぶりだろう。あっ一週間ぶりだ。友人と二人でホラゲーやってたときに一晩中出してたわ。
 俺が大声を出したにも関わらずキテルグマ……の……きぐるみ? は慌てず、ちょっと困惑している様子はあるが、俺をそっとお姫様抱っこしてのっしのっしと歩き出した。えっヤダ力持ち……じゃないじゃない! 何の因果か夢かエントロピーのせいかはわからないが、俺はいまこの夢の世界においては小さき人になっているらしいので、中の人が大人であれば何もおかしいことは……いや、そもそも夢なのだから、このキテルグマはきぐるみじゃなくて本物でもおかしくない。いきなり頭部分が外れておじさんが出てくるとか、そっち系の夢でなければ。うーんでも子供だとしてもスッと……お姫様抱っこされちゃったから、中の人がもしおじさんでも良いかもしれない。世の中にはバク宙する青いコアラのマスコットキャラクターもいるわけだし。ちょっと惚れちゃうよ。
「……キテルグマ?」
「……クー」
 ずんずん歩いているキテルグマにそっと声をかけると、キテルグマは目を合わせてにこっと微笑んでくれた。かわいい。好き。さっきおじさんでもいいって言ったけどちょっと撤回する。こんなかわいい声で仕草で"キテルグマ"がここに存在してるのなら、中の人がいようといまいと、それはキテルグマなんだなぁ。ここに、キテルグマは、いるんだよ。
 ふかふかの腕に抱きついて、もう一回キテルグマ、と呼ぶと、キテルグマはまるで俺をあやすように一瞬俺を宙に浮かせた。……これ、キテルグマ流の「高い高い」だ!!!
 内心興奮しつつもやっと周りの状況が見えてきた。ここは恐らく病院の小児科棟だ。至る所にポケモンのモチーフのものがあり、そこかしこに子供やポケモンが歩いているし仲良く会話している。ただでさえ身体の大きなキテルグマ。それにお姫様抱っこされているのはどうしたって目立ってしまう。道行くちびっ子たちに羨望の眼差しを受けてちょっと恥ずかしくなりつつも、なんて幸せな夢なんだ……と俺は感じ入っていた。明日の朝ちゃんと起きれるかな?
「くー!」
 そしてついたのはナースステーションっぽい所。桃色と白色を基調とした服を着たお兄さんお姉さん方が振り向くと、彼らはぴりついた雰囲気をだした。しかしその空気もすぐに緩和され、一人が先生、と呼びながら裏に走っていき、俺の一番近くにいたお姉さんは笑顔で話しかける。
「おはよう。目が覚めたのね、よかった」
「? はい……」
 なんだなんだ。一体どういう設定の夢なんだこれは。



 お医者さんっぽい格好をした人と、あとは警察っぽい格好をした人に囲まれつついくつも質問をされた。名前、住所、家族について、一緒に住んでたポケモンは? などなどなど……。素直に答えていけば、段々と難しい顔になっていく。となりで付き添ってくれているキテルグマに視線を向ければ、キテルグマは安心させようとするのかにこりと微笑んだ。かわいい、かわいいけど。かわいいんだけど、これはキテルグマ本人(本ポケ?)の心からの気持ちではない。キテルグマは俺を安心させようとして笑ってるけど、心配や困っているような気配がする。難しい顔になっていく医者と警官をみつめると、難しい顔だということはわかるが、その内訳まではよくわからない。うーん、察しが悪いつもりはないから、ポケモンって表情がわかりやすいんだなぁ。
「えっと……?」
「……よく、聞いてくれるかな」
「あ、はい」
 真面目な顔で話しかけられて自然と背筋が伸びた。彼らの話をまとめると、俺の話した住所もなにも存在しない。また、俺は街中にいきなり現れたらしく、記憶が混濁していることもふくめてエスパータイプの仕業が濃厚、という推理らしい。なんでもこういう人は年間まぁまぁの数いるらしく、家族が捜索願を出していれば比較的早期に身元がわれる場合もあるが、独り身の場合やなんらかの事情で捜索願が出されない場合もあるらしい。そして身元がわかるまで過ごす施設も公共で用意されているようで、俺はそれまで共同生活を送りつつ、年齢に合わせた勉強をすることになるらしい。
 ……うん、なるほど……。
 ちなみに(必要とはいえ)わりとヘヴィーな話をしてくれた医者警官さん方だが、「俺はもう成人してるので勉強は必要ありませんよ」と言ったらウフフ大人ぶっちゃって、みたいな雰囲気をだされた。まあ、そうだよね。記憶混濁してるし、見た目は思いっきり子供だもんね。わかるよ。勉強しようね~のタイミングでそんなこと言ったらああ勉強したくないんだねって思うよね。
 その後、キテルグマは病院ではたらくポケモンらしく別れて(まだ心配そうなキテルグマにばいばい、と笑顔で振ったら、笑顔で振りかえしてくれた。かわいい。)、施設に入り、同じく記憶喪失の仲間たちともりもり勉学にいそしんだ(話し言葉はばっちり日本語で聞こえるのに、なぜか文字は日本語にはなっていなかったので、結果的にこれはとても助かった!)。そして数ヶ月後。
「これ夢じゃないんじゃね?!?!??!?!?!?!??」
 俺は気付いてしまったのだった。
 夢じゃないと気が付いて一番焦ったのはマイスイートわんわんのリアちゃんだ! 俺帰ってないけどさみしがってないかな!? 俺に何かあったときは実家に連絡が行くようにしてるし生存の心配はないけど、っていうかそもそも向こうは時間動いてるのか!? フィクションでよくある事故って異世界に飛んじゃったぜ、って話では動いたり動いてなかったりさまざまだけど、そもそも俺の場合異世界にきたきっかけが何も思い出せないので参考にも出来ない。しいていえば友人とポケモンについての話をしていたぐらいしか──。
『もしポケモンに触れるなら、いっぱいかわいいかわいいするのに……』
 ……これか!?!??!?!?! 俺がいっぱいポケモンをかわいいかわいいできるように?! 異世界まではるばる飛ばしてくれちゃったのか!!???!?!??!? うっそだろ!???!?!?
 いやでも、何故かポケモンにはまあまあ友好的に接してもらえてる気がする……!!! もともと犬からは好かれるタイプな自負があったけど、ポケモンたちの意思表示がわかりやすい影響かコミュニケーションがとりやすい子が多い。目覚めたとき一緒にいてくれたキテルグマのように表情に出やすい子から、なんとなくイメージで伝えてくる子とか。エスパータイプの子はその特性からか、音や匂いで直接伝えてくれる子もいる。
「うーん」
 うんうんうなっていると、横にいたスリープとムンナがそろって首をかしげた。この子たちは施設内に住み着いている半野良のようなポケモンだ。子供があつまる施設には、彼らのような夢を食べるポケモンがよく出現するらしい。子供の夢は美味しいんだそうだ。まぁ俺はばっちり記憶があるし、身体的にはともかく子供カウントされてるのか微妙だけど。
 記憶喪失の原因はエスパータイプのポケモンの仕業が多いということだが、そこは施設の人たちがしっかりと目を光らせているらしく、そもそも同じ個体でも無い限りポケモン全体には罪はないというのが主張のようだ。たしかにそれはそうだよなーと思いつつ、どっかに連れて行かなくても夢は食べ放題だもんなーと彼らの鼻をつつくと楽しそうに笑う。かわいい。
 そんなこんなで木陰の下で休み時間を過ごしつつ、ホシガリスに顔面タックルされつつのんびり過ごしていると、同じクラスの子に呼ばれた。彼は窓から身を乗り出している。危ないぞ。
「先生が呼んでるよー!」
「わかった、いまいくー!」
 大声で返事をすると、スリープがねんりきを使って俺の身体を持ち上げた。どうやら二階まで上げてくれるらしい。独特の浮遊感にどきりとするのもこの数ヶ月で大分なれたし、ここにいるポケモンたちはみんな友好的で度が過ぎたいたずらをすることはない。窓の中に着地して、スリープとムンナに手を振る。
「スリープありがとー! ムンナも、また遊ぼうねー!」
 彼らがうなずいたのを確認してから振り向くと、施設の先生と──ここ、ガラル地方を牽引するローズ委員長がいた。
「えっ、あれっ?!」
 挙動不審になってしまう。それはそうだろう。ここに来る前はゲーム画面の中で。そしてここに来てからは新聞やテレビ、雑誌の中でしかみたことのない人物が目の前に居るのだから。めっちゃ有名人じゃん! 興奮する俺をよそに、先生はにこにこと話し始める。
「あなたも知ってるよね、こちらはローズ委員長。あなたの噂を聞いて、お忙しい中駆けつけてくださったんですって」
「初めまして、わたくしはローズ。君と会えてうれしいよ」
「えっ……、あっ、あの……!? ろ、ローズ……さん……?」
「うん?」
「すっ……素敵なお名前ですね……???」
 しまった。すっとぼけたことを言ってしまった。いくらローズ委員長のカリスマ性に当てられたからといってこれははずかしい。穴があったら入りたい。たまに遊びに来る近所のポケモンブリーダーさんとこのイワークにあなをほってもらわなきゃ……。
 そんな挙動不審な子供の対応もローズ委員長は慣れているのか、豪快に笑いながら面白い子だねと笑っている。あっウケたなら良かったです救われるです……。後ろに控えていた秘書……オリーヴさんが何かを耳打ちする。多分お時間が……って話だと思う。
「君が噂の、ポケモンと話ができるという子かな?」
 あっそうだ。俺の噂がどうとかいってた。わざわざご足労頂いて申し訳ないのだが、俺はそんな某さんのような芸当はできない。ただポケモンたちがわかりやすくコミュニケーションをとってくれる子が多いからで……。そう周りの人たちには話して、いまいち納得されていないのが現状なのだが。
「えっと……話ができるってほどじゃないです。なんとなく考えてることがわかるぐらいで」
「なんとなくっていうのは、例えばどんな感じに? ポケモンたちの表情がわかるのかな」
「表情もそうですけど、えっと……話し声が聞こえてくるとかじゃなくて、匂いとか、イメージが……」
「うんうん」
「こう……ポケモンの方から伝わってくるんです! もちろん気難しい子とかはなかなか話してくれなくて、でもいつもあそんでるスリープやムンナは好きなものの味を教えてくれたりとか、たまに遊びにくるガーディは匂いで気持ちを伝えてくれたり……あ~……上手く言えないんですけど……」
 語彙がどろどろに溶けてしまってる。にもかかわらずローズ委員長はにこにこと俺の話に頷いてくれる。ウワッすごい喋りやすい……なんでもはなしたくなっちゃう……。将来割とやらかしちゃう予定の人だけど、いまは何もしてないから無罪だし!?
 ローズ委員長はしばらくあごひげを撫でて考えるようにしたあと、何かに納得したのかうんうんと頷いた。
「なるほど……わかりました。……オリーヴくん」
「はい。……これを」
 そう言って彼女が俺と先生に手渡したのはとある冊子。表紙は……え~と、目指そう、ポケモンセラピスト……?
「ポケモンセラピーという言葉は聞いたことあるかな?」
「はい。病院にいるラッキーやワンパチみたいな……、怪我や病気で傷ついた人たちのメンタルケアに、ポケモンたちの力を借りるんですよね」
「よくご存じですね。ポケモンセラピストは、その逆……悩みを抱えているポケモンたちを癒やすための職業です」
「ポケモンを癒やす……」
「ええ。例えば君がしたという手負いのトロッゴンを落ち着かせたという話、それもポケモンセラピストの仕事のひとつなんですよ。ポケモンセンターはポケモンの傷を治すところだけれど、心に傷を負ったポケモンを直すのは、セラピストの仕事。……まだまだ認知度の低い職業ですが、君のようなポケモンの気持ちがわかる子が、将来このような仕事についてくれれば、ポケモンや人々の生活にとてもよい影響を与えることが出来ます」
「……」
 思わずぽかんとしてしまう。どのような職業かはわかったが、いきなり話をだされたため理解が追いつかない。ハテナマークを沢山飛ばしているだろう俺にローズ委員長はふぅむと小首をかしげ、俺に一つ質問をした。
「……君は、ポケモンが好きかい?」
「……大好きです!」
「そうですか。ポケモンも、君のことが好きみたいです。まだ君は幼いけれど、この職業も君の道の一つだと思って、考えてもらえることを祈っていますよ」
 にこりと委員長は上品に笑った。その直後、オリーヴさんが再び彼に耳打ちをする。頷いて「貴重な時間をありがとう」と言い去って行く。本当に多忙な人なんだな……。
 呆けていると、視界の端にいた先生がぷるぷると震えだし、俺の両肩を揺さぶった。ぐええ、視界が揺れる。
「すっ……ごいよ! まさかローズ委員長から直々に勧誘が来るなんて! この冊子に紹介されてる施設も委員長が出資してる施設で、特待制度もあるんだって!」
「わか、わかっ……せんせ……おちつい……ビャッ」
 舌を噛んだ。

 先生はまるで自分がポケモンセラピストに誘われたかのように、ルンルンと軽い足取りで職員室へ戻ってしまった。まだ休み時間は残っているので考えてみることにする。ポケモンセラピスト。初めて聞いたけれど、冊子を読み込んでいくと確かに人よりもポケモンのことがわかる(らしい)俺には向いている職業なのかもしれない。……ここに来る前に散々言ってた、『もしポケモンに触れるなら、いっぱいかわいいかわいいするのに……』もこの職業につくならポケモンとふれあう機会はずっと増えるだろうし……。
 ……落ち着いて考えたらじわじわ身にしみてきたけど、やっぱりローズ委員長が会いに来るほど、事件は大ごとになっていたんだな……。周りの人にはそんなに細かいことわかんないよ、と言われていたが、もしかして、俺は割と真面目に……すごいのかもしれない……?
 首をあっちこっちにひねっていると、ふわふわスリープとムンナが近寄ってくる。何だ、中庭で待ちきれなかったのか。いい機会だと彼らに尋ねてみた。
「なあ……ポケモンセラピストっていう職業があるらしいんだけど……俺に向いてると思う?」
 彼らは少し顔を見合わせて、うんうんと頷く。それと同時に、すごく美味しいものを食べたときの味……のようなものが口の中に広がった。彼らは俺の背中を押してくれる気満々らしい。なるほど……。
 ちょっと、この道も考えちゃおっかなーーー!!!
 などと、かなりチョロい俺は思いはじめたのだった。


2020/01/16