蜜柑とアイスの共存

break tea time

encore



「テオ! ごめんね、待たせてしまったかい」
「ううん、今来たところだよ。お疲れさま、ルーカ」
 寒さもすっかり和らいだ春の日。今日はテオは仕事が休みで、ルーカは午前のみのシフトになっていた。であればデートをしようという話になるのはパートナーとして自然な流れだろう。そんなデートの行き先は、ルーカの希望で映画を見に行くことになった。ちょうど今日からの公開らしく、シリーズ三作品目だそうで。その話が決まって今日までの間に自宅のホームシアターでテオは予習を、ルーカは復習を、二人してしたばかりだ。その作品をタイトルぐらいしか知らなかったテオの忌憚なき感想としては、中々に手に汗握る熱い冒険物語だった。
 もとよりファンのルーカはさておきテオもテオで新作を楽しみにしている。そわそわと落ち着かない様子のルーカに小さく笑みを浮かべて、やっと観られるねと声をかける。スタッフから映画のチケットを受け取ったルーカは興奮しているのか、いつもよりさらに饒舌だ。
「数年ぶりの新作だからね。公開日が延長したときはどうして! って思ってしまったけれど、これも作品の完成度を高めるためにスタッフが頑張ってくれているんだと思えばどうってことないよ」
 熱狂的なファン目線の言葉をテオは頷きながら聞いていた。ここまで好きな作品があることを知らなかったため、新たな一面を知ることができて嬉しく思う。そして二人は映画定番のお供であるジュースとポップコーンを買って、劇場へ吸い込まれていった。



「うぅ……どうして……」
 映画が終わった後、カフェに寄った二人は──というよりルーカは、肩を落としていた。顔を手で覆うルーカからは上映前の溢れんばかりの笑みは見られなくなっている。
「どうして死んでしまったんだレオナルド……」
 なぜなら、彼が一作目から好きで応援していたキャラクターが、三作目にして非業の死を遂げてしまったからだ。
「残念だったね……でも、カッコよかったよ」
 ルーカのあまりの悲しみぶりにテオはそう慰めるしかない。仲間のために散っていった命は儚いものだったが、それ故尊い勝利をつかむことができたとも言える。
 テオの言葉に頷きつつも何度目かの長いため息をついて、ルーカは氷の溶けたアイスコーヒーを飲んだ。目を伏せたアンニュイな表情さえも魅力的に映るのは欲目だろうか? 映画作品に心を揺り動かされている様子を微笑ましく眺めつつも、テオは浮かない顔よりはいつもの眩しい笑顔を見たいと思っていた。
 さてどうしようかとしばらく考えて、うつむいた拍子に頬にかかってしまったルーカの髪を耳にかけてやりながら、テオは口を開いた。
「……今日はシュパーゲルにしようか」
 いいながら、冷蔵庫には他に何があっただろうかと思案する。スープの具材は何にしよう。あの調味料が切れていたはず。そういえば缶詰もあったのだったか。徐々に慣れてきた料理だが、やはりまだまだルーカに頼っているところが大きい。ルーカも最近はカフェの店長に及第点をもらえるに至ったらしい。大喜びで振る舞ってくれた料理の味を思い出しながら、最近の市場を占めている食材をどう料理しようかと考える。
「シュパーゲル……」
 ぽつりと呟きながら、ルーカの瞳がたしかに輝いたのが分かりつられて破顔した。やはり、彼は浮かない顔よりもいきいきとした表情の方が似合う。続けざまにテオは提案する。
「メインはパスタにしようか。他の野菜もたっぷり入れて、スープはあっさりめで」
 献立をぽつぽつと話していくと、徐々に彼の口角が上がっていく。どうかな、そう尋ねれば肯定が返ってきた。
「すごくいい、最高だよ! ……フフ、さっきまであんなに悲しかったのに、ご飯の話をしてたらもうお腹が空いてきちゃった」
 どうやらもくろみは成功したようだ。テオは自分のコーヒーを飲み干して彼に微笑み返す。
「ふふ、買い物して帰ろうか」
「そうだね」
 どちらともなく手を差しだして店を出た。そして二人でぽつりぽつりと話し出す。夕食に何の野菜を入れたいか、そういえば仕事でこんなことがあって、来週末は天気が悪くなるらしい。何でもないようなことをぽつぽつと。買い物を終えて二人の手に荷物が増えても会話の内容はそう変わらないものだった。変わらないけれどとても大切な時間。
 そんな二人の指には、夕日に照らされたそろいの指輪がきらりと光っていた。


20/8/19