蜜柑とアイスの共存

break tea time

confabulation


『……ねぇ、ルーカ。今週の土曜って……空いてる?』
 コイル越しに聞こえるテオの声は、やや遠慮がちに響いていた。じゃれつくフクロウのオートメイルの羽を撫でて、それを少し不思議に思いながらルーカは返す。
「空いてるよ? どうしたんだい」
『この間、蒼葉さんと会ったよね。それで、兄さんの家で、四人で夕飯を食べないか、っていう話になったんだけど……』
「いいじゃないか! 是非ご一緒させてもらうよ。……テオ? 元気がないようだけど、何か心配事でも?」
『う、うーん……心配事、というか……』
 歯切れの悪いテオの言葉に益々首をかしげるルーカ。テオの兄についての話は弟である彼からよく聞いてはいたのだが、会うのは初めてだ。楽しみに胸を膨らませたいところだが、テオの懸念はなんなのだろう。
『兄さんのことなんだけど。僕はルーカに兄さんのこと、色々話してたよね。でも、兄さんにはルーカのこと、そんなに話してなくて……。そのうち話そうと思ってたんだけど、いまいちタイミングがつかめなくて』
「……もしかして君のお兄さん、怒ってる?」
『怒ってるっていうか……うん、ちょっと不機嫌そうだったけど』
 言いにくいことなのか、歯切れ悪い返事が聞こえてきた。首を傾げつつ、フクロウの羽をわざと下から上になぞっていくと、きれいに整えられていた羽が逆立った。フクロウにつつかれ手を引くと、彼は定位置である止まり木付近に跳ねて移動する。くつろいでいるルーカの手の届かないところまでいくと、そこでやっと羽づくろいを始めた。
「なるほど。なら、改めてちゃんとご挨拶にいかないとね」
『ルーカ……うん、ありがとう。……話の流れとはいえ兄さんよりも先に、蒼葉さんにルーカのことを紹介したっていうのも理由の一つだから、責任は僕にあるんだけど』
「いやいや。責任ってほどの話でもないさ。……フフ、君の兄さんと話すの、楽しみだなぁ」
『……うん、そういうわけだから、土曜はよろしくね』
「わかった。待ち合わせはいつもの場所でいい?」
『そうだね、そうしよう』



 そして土曜。土産に用意した花とワインを携え、テオの案内で彼らの家へ向かう。玄関を開けたのはテオの兄であるノイズだ。
「兄さん」
「こんにちは、ヴィム。おれはルーカ。今日はお招きいただいてありがとう。これ、ワインと……それから花を持ってきたんだ」
「……ああ、どうも。……いらっしゃい、入りなよ」
 笑顔で、とはいかないものの、ノイズは常よりそう変わらない様子でルーカの差し出したワインを受け取り、二人を家の中へ招き入れた。そのことにテオはひとまず胸をなでおろす。そもそもテオがノイズにルーカのことを話していれば、ノイズに疎外感を覚えさせることもなかったのだ。数日経っているし、ノイズも大人だ。さすがに引きずっている心配はしなかったが、兄と恋人には、不仲であるよりも良好でいてほしいと願うのは当然の感情だろう。
「兄さん、花瓶を借りてもいい?」
 テオがそう尋ねるとノイズは戸棚を開き、そこから花瓶を取り出した。洗面所借りるね、そう一言付け足してノイズが頷くと、彼は花瓶と花を抱え一足先に廊下を曲がっていく。
 玄関から廊下を抜けると料理のいい香りがする。ちょうど食卓へ食事を並べていた蒼葉が顔を上げた。
『いらっしゃい、ルーカ! ……あれ、テオは?』
「テオは花やってくれてる」
「アオバ~! コンニチハ! 元気だったかい」
『おお……コンニチハ』
 多少引き気味になりつつも三度目の邂逅でルーカのテンションにも慣れたのか、蒼葉は挨拶を返しテオにも声をかける。ノイズが蒼葉へワインを渡した後、ルーカの手に何か小さなものを落とした。
「なんだい、これ」
「インカム。アンタ、日本語喋れないんだろ。蒼葉にも同じの渡してあるから、いちいちコイル通さなくてもこれで会話すれば……何?」
 ルーカの様子がおかしいことに気が付いたノイズは訝し気に尋ねた。次の瞬間、ルーカは渡された機械を手にしたままノイズの手を強く握る。
「すっごくうれしい! おれのために用意してくれたんだろう? ありがとう!」
「ハ? 別にアンタのためじゃな、」
「ノイズ~、メシの用意できたぞ」
 手を振りほどいて反論しようとするノイズを見計らったように蒼葉が声をかける。花を花瓶に移し替えたテオもちょうど戻り蒼葉とあいさつを交わした。各々テーブルに着き、いましがた渡されたインカムを装着しスイッチを入れると少しの雑音の後に聞こえるのは蒼葉の声。
「あー、ルーカ……? 聞こえてるか?」
「ちゃんと聞こえてるよ、そっちはどう?」
「こっちも良好」
 まさか翻訳機能の乗ったインカムが用意されているとは。ノイズとルーカはどうやら同じことを考えていたらしい。上着の中に入っている機械の活躍は見送りとなったが、ノイズの気遣いにルーカとテオは顔を見合わせて微笑んだ。

 そうして四人で食卓についた。蒼葉の故郷の話を聞きたいとルーカが尋ねたり、逆に蒼葉がテオやルーカのことについて尋ねたりと箸も進めば会話も弾む。
「じゃあ、ちょうど今アオバはドイツ語の勉強中なんだ」
「うん、勉強のための資料とか、ノイズが用意してくれてさ。俺も気合入れて勉強しないと! って思って頑張ってるとこ。ノイズにテストしてもらったり、学生時代思い出す感じ……」
「テスト結果も、学生時代を思い出す感じ?」
「あっ、またそういうこと言う~お前~!」
「……ま、これからじゃね」
 ドイツに来て日も浅い蒼葉は、当然ドイツに関する勉強もまだまだ始めたばかりだ。ノイズの行うテストとやらの成績はあまりいいとは言えないようだが、それでも二人は前向きにとらえている。
「へぇ~……ねぇ、さっきから気になってたんだけど、ノイズって愛称なのかい」
「……うん? あ~……、愛称っていうか、まぁ。日本にいたときはこいつがそうやって名乗ってたから、本名もちゃんと聞いたんだけど、そのままの流れで」
 ちらりとノイズの表情をうかがいながら蒼葉は話した。ルーカはテオから聞いたままの名前を呼んでいたが、色々と複雑なものがあるノイズはどう受け取っているのか気になったからだ。しかし蒼葉からみても特にノイズにおかしな様子などはなく、蒼葉の視線に気付いては「何?」と返す。
(……仕事場とかでは、当然本名で呼ばれてるわけだしな……)
 考えすぎだったか。何でもないと返した蒼葉は食事の続きを口にはこび…──。
「じゃあこっちではヴィムのことをそう呼んでるのはアオバだけなんだ? なんだか二人だけの特別な呼び方っぽくてステキだね」
 思わぬ発言に軽くむせた。何を恥ずかしいことを、と抗議しようとするも、ルーカは穏やかに笑いながらワインを飲んでいる。ワインが美味しいね、と続いて問われればとうとう熱の行き場がなくなり、蒼葉の顔はうっすらと赤くなっていた。
「アオバ? 酔った?」
「えっ、いや……これは、べつになんでもない。ていうか、俺たちのオートメイルもノイズのことノイズって呼んでるし、二人だけとか……そういうのでは……」
 ごにょごにょと説明するものの、ルーカはにこにこと頷いているのでむず痒さは増していくばかりだ。どうしようもなくなった蒼葉は恥ずかしさの矛先をテオへ向けた。
「……テオ、ルーカからいっつもこういうこと言われてんの……?」
「えっ?! いや……あの……蒼葉さん、そういう話はちょっと……」
 照れたりうろたえたり忙しそうな二人と、なんだか微妙な視線をノイズから送られるルーカ。ルーカにしてみれば単純に二人への素直な賛辞だったのだが、こっぱずかしいセリフとしてとらえられてしまったらしい。でも実際、君たち仲がいいじゃないか。と言うと蒼葉はさらに照れた。
「……紅雀も、よく女にそういう、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと言ってたな……」
 羞恥心から逃れるために現実逃避にもにた回想をする蒼葉。あいつ元気かな……、と幼馴染を思い出すとノイズに名前を呼ばれたが、ノイズもノイズで、日常的になかなか恥ずかしい言葉を発していることに対しては自覚があるのだろうか。
「ていうか! なんで俺だけ恥ずかしくなってるんだ、どうせならテオとルーカの話も聞かせろよ!」
「蒼葉さん……」
 恥ずかしくなるという意味ではルーカは今までの感触を見る限り全く期待できない。よってどちらの話をしても恥ずかしくなるのはテオばかりで、勘弁してほしいというのがテオの正直なところだった。よりにもよって実の兄の目の前で自身の恋愛話をされるのは、あまりにも恥ずかしすぎる。
 そこにタイミングよく現れたミドリと、それを追ってきた蓮が登場し、とりあえずはうやむやに終わった。テオとルーカはミドリにタックル──といっても数センチ四方の立方体であるミドリ自体重量が軽いので、衝撃はほぼあってないようなものだ──をかまされて、対称的に蓮は二人に丁寧な言葉遣いであいさつをした。その間に素早く移動したミドリは、ノイズの肩の上で楽しげに鳴いては跳ねてを繰り返している。
「……そういえば、テオとルーカのオールメイトは? 考えてみると、今まで一度も連れてるところみたことないよな」
「ああ、おれのオールメイトは基本的に、家で留守番してもらってるよ」
「僕も……そうですね、特に外へ連れていく用事もありませんし」
「へ~……」
「蒼葉さんはいつも連れていますよね」
「ああ、俺がもともと住んでたところって、大体誰でも、自分のオールメイトは連れて歩くって習慣があったんだ」
 それが無くても俺と蓮は一緒に出歩いてただろうけどな~、とソファに座った蓮に話しかけると、彼も同意する。
「蒼葉は、俺が青葉のオールメイトになった日から、どこにいくにも俺を連れて出かけている」
「君たちは仲がいいんだね、素敵だなぁ」
 ニコニコと和やかに言うルーカの表情を見て、蒼葉はぼんやりと察した。きっとルーカの中では、誰かと誰かが仲良くしていたり親しくしていたりするのが、裏表も勘ぐりもなくただただ喜ばしいことである、という考えなのだろう。
「P! ミドリとのいずも、仲良シ!」
「……」
「うんうん、そうなんだね」
 ノイズの頭の上で主張するミドリにルーカは頷いた。ノイズは否定も肯定もしなかったが、その沈黙が答えそのものだ。
 それから、ルーカの「アオバとテオは同じくらいの年齢だろう」という発言から、実は蒼葉はこの場にいる四人の中で一番年上であることが判明し、蒼葉は蒼葉でルーカが自分よりも年下だという事実に驚いていた。

 それからも楽しく歓談は進み、すっかり皿が空になったころ、デザートも用意してある、とほろ酔いのまま上機嫌に席を立った蒼葉の後をテオが手伝いますと付いていく。蒼葉は客なのだからと断っていたが、押すところは押すテオはそのまま付いていった。おれも手伝おうか、と立ち上がりかけたルーカをノイズが止める。
「……アンタ、テオから家のことについては聞いてんの?」
「家? うーん、家を継ごうと決めてる、っていうのは聞いてるよ」
 それから「君とは仲のいい兄弟だ、っていうのもたくさん聞いたよ」と付け加えると、「今はそういうのいいから」とにべもなく切り捨てられる。
「会社を継ぐってことは、跡継ぎがいる。それ以外にも世間体がどうのとか、当然親は男同士なんてって反対するだろ。……ていうか、現にいい顔はされてないよな?」
 ルーカをひたりと見つめるその目は鋭い。少し考えるように首を傾けて、そうしてからノイズと視線を合わせ、微笑をたたえたまま口を開く。
「……そう、みたいだね。……テオからもう聞いたのかな? 君たちのご両親が、テオに男性のパートナーがいると知って、そのことについてはまだ考えさせてほしい、って。……君たちのご両親からしてみれば、常識がいきなりひっくり返ってしまったんだ。すぐに認めてもらえるとは思ってないよ。……それまで仲良くしてた人が、おれがそうだと知って離れていった経験も、今までにもあったしね」
 テオは、蒼葉とノイズの関係を知るまで、ルーカとの関係を兄に話すことができなかった。ノイズがドイツに帰ってきたのはここ数か月の話で、お互い、特にノイズがバタバタとしていてゆっくり兄弟水入らずで会話をするという時間もさほど取れているわけでもなかった。それが、蒼葉経由でテオのパートナーの存在を初めて知ったのだ。別段弟の恋愛事情に首を突っ込みたいという話ではないが、というかそもそも、ノイズもノイズで蒼葉と交際している、という話を伏せていたので、兄弟として信じてはいてももしかしたら仲を祝福してもらえないかもしれない、という気持ちがあったことは否定できないし、テオが同じようなことを思っていたとしても何故と責めることはできない。
 数年の空白期間があるとはいえ、昔から仲のいい兄弟だったノイズに対してそうだった。それでは、現時点ですでに、ノイズと蒼葉が一緒に住むことを快く思っていないことがはっきりしている両親に対しては、どうだろうか?
 ノイズは、テオがルーカについて話すことを躊躇った分、余計に目の前の男がどのような人物であるのか、見極める必要があった。
「──…それで?」
「それで……うーん、テオがご両親におれとのことを反対されてしまった場合、おれにできることって寄り添うことぐらいしかできないんだよね。テオとは好きあっているけど、ご両親とは一度も会ったことがない。勿論これから、挨拶にいくこともあるだろう。彼はご両親のことを大切にしているから、おれも彼のご両親のことは大切にしたい。それで、今からおれができることと言えば……」
「……、……」
「外堀を埋めていくことぐらいかなぁ」
「……それ、どうやって埋めんの」
「あー、そう、そこなんだよ。君たちのご両親は忙しいみたいで中々会えないって聞くし、第一外堀にしてもツテがないしねー。そこで君たちのことを知ったんだけど」
 ルーカは長く綺麗な指をぴっと立てた。ノイズは大して反応もせずに、視線だけで続きを促す。一度口を開いたルーカは、しかし自信なさげに眉を下げる。少しだけ視線をうろつかせた後、ノイズに尋ねた。
「……、ちょっと打算的なこと、言っていいかい?」
「──…、何」
「テオの兄さんも男性のパートナーを連れてきたら、もうご両親は認めるしかないんじゃないかなー、って。ズルいことを考えたんだけどね?」
「それ、外堀じゃねーし。……」
「……怒った?」
 首をかしげてうかがうルーカに、ノイズは表情を変えないまま否定する。
「……別に」
「君たちをだしにするようで言いづらいんだけどね。でもこれなら、おれたち四人のことをまとめて認めてもらえるんじゃないかな?」
「俺らが親に言うかどうかは置いといて、それだと根本的な解決にはならないんじゃね?」
 ノイズのもっともな指摘にルーカは再び頷いた。仮にノイズとテオの両親が交際を認めたとしても、それは納得しているからとは言いがたい。目標はしかたなく認められるのではなく、祝福されたうえで認められるところにあるからだ。ルーカは、彼のことを知り今まで離れていった人々のことを思い浮かべながら、ふぅとため息をつく。
「おれは、テオとの仲をご両親に認めてほしいしテオも多分そう思ってる。どちらにせよ、人の考えは簡単には変えられない。それを踏まえたうえで、同性のカップルもそうおかしいものじゃないっていうことを、ゆっくり知ってもらうしかないと思うよ。おれはね」
 君はどう思うの? 苦笑交じりに自分の意見を言い終えたルーカがノイズに尋ねる。
「俺は…──、俺は、別に。蒼葉が居れば親に認められなくてもいい、つか、そもそも認められる必要もないし」
「わ、やっぱりそういう考えなんだ、いっそ男らしいよ!」
「別に、普通だろ。……まあ、俺がそういう考えでも蒼葉はどうか知らねーし……その辺は、またおいおい、……」
 そこまで言って、ノイズは言葉を切った。まだ何か言おうとした気配を感じたルーカがうん? と曖昧な相槌を打つと、彼は「何でもない」とだけ告げて、ふいと視線をそらす。
「……あれ? 君、テオと横顔がそっくりなんだ、さすが兄弟だね」
「……」
 急に何だと言いたげに眉を寄せるが、ルーカは思ったことをそのまま口にしただけだ。確かについさっきまで話していたことからかなりおかしなところに行っているが。
 きゃいきゃい騒いでいると、キッチンから蒼葉とテオが戻ってくる。賑やかな二人――とは言っても実際に賑やかなのはルーカで、ノイズはほぼ一言しか返していない――に蒼葉は少し驚き、テオはうれしそうにほほ笑んでいる。何の話をしていたのかと尋ねるとノイズとルーカの視線が合い、ややあってノイズの方から視線が外れる。ノイズはいつも通り何でもないと答えただけだが、ルーカは首をかしげる二人に対し、いつも通りの笑顔を向けた。
「おれたちって恋人のこと、すっごい好きだよねって話!」



「ヴィム、アオバ、今日は素敵なごちそうをありがとう。とっても美味しかったよ!」
「蒼葉さん、兄さんも、ありがとうございました」
「ああ、二人ともまた来いよ」
 デザートを食べ終え、片付けを交えながらまたしばらく歓談をするとすっかり日が暮れていた。玄関先で二人にあいさつをしていると、一緒にオールメイト二匹も見送りをしてくれるようだ。
「P~! マタネ!」
 ルーカが蓮の背中の上で元気に跳ねるミドリにも手を振ると、振りかえしているつもりなのか立方体がくるくると回りだす。蓮も尻尾を振り見送ってくれた。
「……と、そうだ。ヴィム、これありがとう。おかげでアオバとたくさん話ができたよ」
 危うく忘れるところだったとインカムを外しノイズに手渡す。ノイズは一言そっけなく返事をしただけだが、それが決して悪い反応ではないということはこの場にいる誰もが知っていることだ。
「あ! そうだインカム。ルーカ、俺、今でこそドイツ語勉強中だけど、すぐに慣れてインカムなしでもお前と話せるようになるからな!」
 と、いう言葉はすでにルーカがインカムを外した後なので聞き取ることができなかった。テオが通訳すると、ルーカは頷く。
「……せっかくだし、おれも日本語の勉強しようかな。アオバとどっちが早く日常会話をこなせるようになるか、ってね」
「じゃあ、少しは話せるようになったら、ルーカが働いてるカフェに行くよ」
 対して蒼葉はまだインカムをつけたままなので、ルーカの発言を聞き取ることができる。再びテオに通訳をしてもらい、おかしそうに笑った。
「もし喋れなくてもまたカフェにおいでよ。おれが教えてあげる。かわりにアオバも日本語を教えてね」
「……なあ、何目の前で口説いてんの」
「えっ」
『えっ、ノイズ』
 その言葉はドイツ語だったが、インカムをした蒼葉にはまだ聞くことができる。不機嫌そうな声を出したノイズを見やると、その通りにむっとした表情のノイズがそこにいた。もちろんルーカに口説いたという気はなく完全に友人に接するときのそれで、今回は蒼葉も特に口説かれているとは受け取ってはいない。
 ルーカは、なんとなくピンときていた。拗ねているというよりはわりと明確な不機嫌だが、これは、あまりにも。
「アオバ、……君の恋人……っふふ、……かわいすぎるよ……」
 肩を震わせながらそう言ったあと、インカムを握りこんだこぶしでどつかれていた。

 帰路について駅までの道のりを歩く。星が煌めく夜空の下、恋人同士が手をつなぐには絶好の条件がそろっていた。
「君のお兄さん、とっても優しいひとなんだね」
「……うん。ルーカと兄さんが会ってくれて、本当によかった。……そういえば、僕と蒼葉さんがデザートを用意している間、何の話をしていたの?」
「さっきも言っただろう? おれたちは恋人のことが、大好きだって話」
「っわ、……、ちょっと、くすぐった……、ふふ」
 そう言って軽く唇を寄せられる。その話だけではないとテオは確信していたが、兄の様子を見るに、次回二人が会ったとして、険悪な雰囲気になる心配はいらないだろう。彼らがいったいどんな話をしていたのかは気になるが、兄とルーカ親しく会話をしていた。それだけでテオは十分に思えた。

 一方、ノイズ宅では。
「……んで、どうだった? ルーカ、悪いやつじゃなかっただろ? お前が心配したようなことにはならないって」
「……もともとそんなに心配してたわけでもない。テオももう子供じゃないんだし、自分のパートナーぐらい自分で選べるだろ」
「なぁーんだよノイズー、お前、最低なヤツだったらいくらテオの恋人でもブッとばす、みたいなこと言ってたクセに~」
「いや、さすがにそこまでは言ってないだろ。……つか、やるならもっと徹底的にやるし」
「言ってることが矛盾してるし……」
「……あいつの働いてるカフェ、本当に行くのか」
「え? そりゃあ……あそこ、飯もコーヒーもうまくてさ、散歩にもちょうどいい距離だし」
「……、……」
「……だからさ、今度はノイズも一緒に行こうな」
 なんて会話があったのだった。


18/3/15