蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


ラッド捕獲作戦のその裏で



 仰向けになって目を開ける。トリオンと重なった照明が眩しくてつい目を閉じそうになるけれど、「さしますね~」という言葉に従いまぶたに力をいれた。
 ぽた、ぽたり。点眼薬の冷たさと衝撃に反射で目を瞑るのを二回分。もういいですよ、医師免許を持っているという研究員の言葉にそろそろと身体を起こして椅子から降りた。
「お疲れ様です。しばらくするとぼやけて見えると思いますが、異常ではないので目はこすらないよう気を付けてください。それと、眼鏡も……ある程度慣れるまではなるべく外さないように。データを取るためというのもありますが、何より目を守るためのものですからね」
「はあい」
「データがとれればトリオン体に反映できますから」
「わかりました。ありがとうございます」
 手渡された眼鏡のフレームは、いくつか提案された中から柳瀬が選んだものだ。視界に現れたフレームに何度か瞬きをして、研究員の言う通りはやくもぼやけはじめた世界にああ、と小さく声を漏らした。
 トリオン熱感知。柳瀬のサイドエフェクトだ。彼はトリオンを持つ生物や、トリオンから生成された物体の温度を見ることができる。その調整のために今回柳瀬は研究室を訪れた。
 柳瀬が足を運んだ理由は大まかに三つある。ひとつは、能力を常日頃から使ってはいるが、例えば超聴力を持つ菊地原のように、部隊で共有して使うことはできないかという点。ふたつは、トリオン研究により協力するため。みっつは、見えすぎるために体調を崩す回数を減らすためだ。
 ボーダーに入って一年以上経つのになぜ今になって始めたかというと、柳瀬は自身のサイドエフェクトを頼りにしすぎており、ある種命綱とも言えるその感覚が鈍麻することに一種の恐怖を覚えていたからだ。けれど、部隊の戦術の一つになるかもしれないということと、自分のサイドエフェクトのみを頼りにしなくてもいいと周囲に教えられたことにより研究室の扉を叩くことができた。
 研究員にぺこりとおじぎをして部屋を出ると見慣れた顔が振り向いた。巴虎太郎、柳瀬の友人だ。
「終わった?」
「うん、おまたせ」
「いいね、眼鏡。似合うじゃん。これからはずっとつけてるの?」
「んふふー、そう? しばらくはつけたままだけど、データが取れたらコンタクトみたいなのも作れるかもだって」
「へえー……あれは? 生駒隊が付けてるみたいな、ゴーグルみたいなやつも見せてもらってなかったっけ」
「隊服ならいいけど、生身でもつけなきゃだからな〜」
「……たしかに。学校にいるときもゴーグルだったらちょっと……おもしろいかも」
 制服にゴーグルを合わせている図を想像して、ふたりはけらけら笑った。ひょっとすると、新しいファッションを見つけてしまったかもしれない。
「そうでしょ? ……ねね。眼鏡かけてるとさ、賢そうに見えない?」
「うんうん、見える見える」
「すっごいてきとうに返事してるよね?」
「あはは」
「あははって。……うわっ」
 巴の肩を小突いた柳瀬が、瞬時に手を引っ込めた。巴が首をかしげると、彼は手をぐっぱーしつつもう何度かに触れては離してを繰り返す。
「うわー、うわ〜…..」
「え、なに? ひとのこと触りながら引かないでよ」
「なんかさ〜、目薬のせいかな。ぼやけたトリオンが引っ付いて……離れるときにねばっとしてる……ように見える……」
「とろろみたいってこと?」
「ぶはっ」
 巴の例えに吹き出した。慣れない感覚に居心地悪く感じていたが、確かにそうたとえられるとそんなに気持ちの悪いものではないように思えてくる。そのままとろろをはじめとして、ねばつく食べ物を上げるゲームが自然と発生する。何度か繰り返して遊んでいると、廊下の曲がり角からある人物が姿を現した。
「よー、お二人さん。楽しそうだね」
「迅さん!」
「こんにちは」
「はいこんにちは。……お? たつきはイメチェン?」
 自称実力派エリートの迅悠一だ。ぼんち揚げを貪るいつものスタイルで二人の前に現れて、いつも通り彼らにぼんち揚げを振舞った。尋ねられた言葉にざくざくとぼんち揚げを頬張りながら柳瀬はうなずく。
「ふぁい、ついさっきから。迅さんは? 健診……は、また別の部屋ですもんね」
「ただのパトロールだよ。たつきがよくやってるやつと同じ」
 そういわれると納得するほかない。迅はそのサイドエフェクトの希少性から常に引っ張りだこだが、今はぼんち揚げ片手に雑談する程度の余裕はあるようだ。
 柳瀬のサイドエフェクトの事情を彼はある程度理解している。というか、そもそも柳瀬にこういう研究もある、と提案したのは迅だ。パワーアップできるときにしておいた方がいいとも。その時は柳瀬の心情的に受け入れることはできずにだいぶ時期がずれこんでしまったけれど、結果的に彼のアドバイス通りの行動になったと言えるだろう。
「ふたりともこれから防衛任務?」
「おれは今からですけど、たつきはさっき終わったところです」
「そっか。虎太郎、頑張れよ〜今日は警報がよく鳴るでしょう」
「天気予報ですか……?」
「たつきは……あんまり夜中に、一人で出歩かないように」
「うっ、ふつうに注意された……」
「そりゃあね、大人として心配してるってことくらいは伝えとかないと……まあ、任務で遅くなりがちなのもあるけどさ」
 大人。ここ最近の、柳瀬の中でのホットワードだ。迅と同じ年齢の柿崎と。それから恋人である二宮を思い出しつつむむ、と眉を寄せ──かけたところで、横にいる友人から、心なしかじっとりとした視線を送られていることに気が付きはっとする。
「たつき、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるっ! 聞いてるから!」
 必死に弁明すると、迅はなははと和やかに笑った。



 数日間は経過観察をしつつ、とにかくぼやける視界になれることに注力した。防衛任務も訓練も細かなミスが多かったけれど、背が伸びてグラスホッパーをうまく操れなくなった時と同様、ただひたすらに感覚を身体に覚えさせるしかないのだ。
 レンジが狭く扱いなれたスコーピオンはまだいい。同題は、最近使い始めたパイパーだ。補助的な使用を目的とした弾トリガーを、彼は一般的な使用方法の例に漏れず、あらかじめ設定したいくつかの弾道を状況に合わせて使い分けるという手法で戦っている。
 が、いかんせんタイミングを計るための視界が慣れたものとは変わっているのだ。正確さは徐々に上がっているとはいえ、距離感がつかみきれず暴発を繰り返していた。かろうじてフレンドリーファイアをしていないだけ幸いとでもいうのか。
「だぁ〜〜〜疲れた!」
「わはは、おつかれぇ〜隊長」
「うう~。見てくれてありがとう…」
「どういたしまして」
 先日、柳瀬隊の戦闘員三人目として加入した銃手がひらひらと手を振った。射手ではないにせよ防衛任務ではポジションの関係で近くに位置することが多く、また柳瀬よりよっぽど経験豊富のため支援を兼ねたアドバイスを頼んでいたのだ。
 指摘された課題点を頭の中で反しつつ、作戦室内のトレーニングルームで動きを再確認する。完全に物にするには、もうしばらく調整が必要そうだ。



「う〜〜〜ん……? やっぱりおかしいような……」
 その日、夕方までのシフトに柳瀬隊は入っていた。高台から警戒区域とその周辺の街並みを眺めた柳瀬は、首を傾げて、慣れないなりにも徐々に慣れてきたレンズ越しの視界に唸った。もしかすると、最近頻発している誘導装置の効かないイレギュラー門に関係があるかもしれない。しかし一方で、イレギュラー門が発生しているから過敏になっているだけで、ただの気のせいかもしれない。
 とはいえ防災の基本は取り越し苦労でも何もないならそれでいい、という点にある。防衛任務終わりにでも探りに行くか……と考えたところで、以前迅から言われた言葉を今になって思い出した。「あんまり夜中に、一人で出歩かないように」「心配してるってことくらいは伝えとかないと」。二宮からも、外を歩くときには耳を塞ぐなとか、色々と小言をもらったのはきちんと覚えている。半ば強引に約束させられたことも。尤も、二宮の注意は反論のしようもない正論なのだが。
 夜にはまだ時間があるけれど何らかの異常事態があれば長引くかもしれない。タイミング良く、担当地域が異なるとはいえ二宮隊とはシフトが被っている。
(……防衛任務上がったら、二宮さんのところ寄って行こうかな……)
 そう考えたところでサイレンが鳴り響いた。柳瀬は無線から聞こえる自隊のオペレーターの声に頷きながら、高台を飛び降りた。

 シフト後に提出することになっている報告書をオペレーターに任せそのまま二宮隊作戦室を尋ねた。犬飼と辻の姿が見えないのでもう帰ったのかな、と思ったところでトレーニングルームが使用中表示になっていることに気が付いた。取り込み中ならば挨拶はまた今度にした方がいいだろう。
 ひょっこりと顔を覗かせた柳瀬を迎えたのは二宮と氷見だ。サイドエフェクトを抑えるための眼鏡、と伝えたときはそんなこともできるのかという驚きと、そうまでしないと活動がままならないのかという心配の両方を感じたのは記憶に新しい。
 ただ、眼鏡のようにわかりやすい対処ができるだけ柳瀬のサイドエフェクトはまだ〝マシ〟だという見方もできる。サイドエフェクトに悩む隊員は多いが、中でも視覚の、特に表面的な問題はトリオン学だけではなく既存の医学的な知見も役に立つから対応がしやすいとかなんとか。研究員が話していたのだ。
 どうした、端的に尋ねる二宮に、柳瀬はやや悩みながら伺った。
「二宮さん、このあとって時間ありますか?」
「報告書は終わったのか?」
「今回は任せてます。その……超緊急ってわけでもないんですけど、ちょっと……町の方で、気になることがあって」
 柳瀬の言い方からして、「気になること」というのはあくまでもボーダーの仕事の延長線上のことのようだと察する。二宮は一人で対処できるかわからないことに首を突っ込むなと、関わるにしても保険を掛けろと再三言っていた。その言いつけを守り柳瀬は二宮に相談することにしたらしい。二宮はうなずいて少し待ってろとまた報告書に向き直ったが、一部始終を見ていた氷見がそっと手を上げた。
「二宮さん、報告書は私がやっておきますから、行ってきてください」
 これぐらい直ぐに終わると二宮は首を振ったが、この季節の日暮れはつるべ落としだ。あまり遅くならない方がいいでしょうとすすめられ二宮は席を立った。
「悪いな」
「いえ」
「ひゃみ先輩、ありがとうございます!」
「大丈夫だよ、気を付けてね」
 氷見の気遣いに笑みを浮かべた柳瀬へ同じ表情を返して彼らを見送った。
 二宮からパートナーであると、恋人であると報告を受けたときは衝撃という言葉では片付けられないほどの驚きをもたらしたが、穏やかに関係は続いているらしい。報告を受ける前とさして変わらないように見える距離感で──元々柳瀬の距離感が人を選ばず近めなこともあるのだろうが──彼らが付き合いを続けていることに氷見は安堵を覚えていた。
 我らが隊長のことを信じていないという意味では決してなく、どことなく、ほんの少しだけ。二宮のまとう雰囲気が穏やかな時間が増えたような気がするからだ。彼は隊長然として振舞うことを己に律している。そういう面も含めて部下たちは二宮のことを信頼しているのだが、どうしても自分たちの前では気を張るシーンが多くなってしまう。そんな彼に穏やかな時間が増えるのは素直に喜ばしいことだ。
 ダイナミクス性の安定も関係するのだろうか? はっきりとはわからないけれど、とにかくいい傾向であると思う。
「よしよし、さっと終わらせちゃいますか」
 息を吐いて受け取った報告書を見るとさすが仕事がはやい、すでに半分以上の項目が埋められていた。気合を入れるまでもなかったかもしれない。まったく、頼りがいのありすぎる隊長だ。



「えーと……このあたりがいいかな」
 柳瀬のグラスホッパーを使い訪れたのは、古い民家や商店街の立ち並ぶ場所からやや外れた場所だった。きょろきょろとあたりを見渡した呟きを二宮が拾う。
「それで、ここに何の用があるんだ」
 この地域は警戒区域にほど近い場所だ。三門市の中でもさらに古い町であるが故に、警戒区域に近いとはいえ元々の住民たちによってある程度の人口を維持したまま栄えている。避難勧告を受けても移住のために町を出ていく住民があまりいなかったのだ。有事の際のハイリスク地域として二宮も頭に入れてはいるが、特に何か異変があるようには見えない。柳瀬が覗き込んだ路地裏を続けて眺め、野良猫がいることを確認すると呆れたような視線を向けた。
「えへへ、今日の本命は路地裏じゃなくて……地面の下です」
「地面?」
 古い町かつ警戒区域付近ということで整備不良感は否めないが、しっかりとアスファルトが敷かれている。柳瀬はところどころにあるアスファルトの割れ目を探して、スコーピオンを起動した。
「念のため、民間人がこないかだけ見ててもらってもいいですか」
 それこそ、いくら矯正用の眼鏡をかけているとは言え、〝人よりも目がいい〟柳瀬の方が適任だろうに。ポットホールの隙間を狙いスコーピオンを突き立てると、アスファルトはまるで豆腐のようにくりぬかれる。
「がたがたの道が多いのに、さらに壊してるところ見られたら怒られちゃいそうですからね」
 壊した分プラスアルファくらいは修理されないかな、と呟きつつ、スコーピオンで作った穴に手を突っ込んだ柳瀬は何かを引きずり出した。
 節足動物を思わせるフォルムに扁平型の胴体。ロボット調で明るい灰色の体。夕日の元に晒されたことに気がついたのか、カサカサと足をもぞつかせている。
「わわ、はっきりとは見えてなかったけど……なんか虫っぽい。し、明らかにこっちの生き物じゃないですよね。これ」
「……新種のトリオン兵か?」
 足をつかんでいた柳瀬から推定トリオン兵を受け取った。これまでに会敵したトリオン兵と大きさはまるで違うものの、デザインの傾向には似たものが感じられる。逃げようとしているのかわさわさと足を動かしているが、捕らえている二宮には何の障害にもならない。警戒を緩めず、攻撃するような素振りがあればいつでもアステロイドを打てるようにもしているが──普段戦っているモールモッドとは比べ物にならないほど動きが鈍い。とすればこのトリオン兵の使用目的は捕獲意外にあるのだろう。
 攻撃する様子すらないが、何かしでかす前に破壊した方がいいだろうか、と、どこへ連絡を取ろうとしたのか端末を取り出した柳瀬に向かって口を開いたとき。

 ──バチバチッ

 門が開いた。
「〝アステロイド〟」
 バムスターが完全に全身を現わす前に、間髪入れず二宮は対象を破壊した。何のことはなく、つい一時間前まで入っていた防衛任務と同じ行動だ。しかし、ここは警戒区域にほど近いと言えどたしかに範囲外である。ここ数日エンジニア総出で原因を探っている誘導ゲートの不具合。そこに市街地へ潜む、人目をはばかるように隠れていた攻撃をしない極小の新型トリオン兵。原因は一目瞭然だった。
 残しておいた弾を手元のトリオン兵にも打ち込むとそれは活動を停止した。柳瀬はわずか数秒の間に行われた一連の動作をぽかんとみつめて、通話相手に呼びかけられたのだろう。はっとして返事をする。
「あっ、もしもし! 聞こえてます聞こえてます。えっと……地面の中に潜り込んでたトリオン兵を見つけたんですけど……イレギュラー門が開いて、それで……二宮さんが倒してくれました……」
 漏れ聞こえる通話の声は笑っている。二宮の視線に気付いた柳瀬は「スピーカーにしますね」といって端末のボタンを押す。
『こんばんは、やっぱり二宮さんも来てたんだ。お疲れ様でーす』
「迅か。イレギュラー門の原因はこいつだ」
『ちょうどおれたちの方でも見つけたところだったんですよ。バスケットボールくらいのサイズのやつでしょ?』
「あの、迅さん。これと同じのが市街地にめっちゃいると思うんですけど……」
『うんうん、なるほどね。こっちは今から鬼怒田さんに解析お願いしてレーダーに映るようにしてもらう予定なんだけど、対処は早い方がいいから……たつきには一足先にそいつらの捜索をお願いしたくて』
「捜索? 駆除じゃなくて、ですか」
『うん、どうせ後でみんな動くことになるからひとまずね。やり方は任せるよ』
「なるほど、わかりました」
『防衛任務終わったばっかなのに悪いんだけどさ。そいつらは門の誘導装置って役割しかないみたいだし、噛まないから大丈夫』
「あはは、大丈夫ですよ~、任せてください」
『二宮さんもたつきのことサポートしてもらっていいですか? オペレーター経由で優先場所送りますから』
「……ああ」
 頷くと、迅はいつもながらの飄々とした声で挨拶をしてから通話を切った。サイドエフェクトのことや自称実力派エリートだとか。S級隊員のあの男は話題にことかかない。
「……ここに来たのは迅からの指示か?」
「うーん……半分そうで半分違います。……まあ、遅くに一人で出歩かないように、とかはなんとなく言われてましたけど……」
 柳瀬一人での判断かと思っていたが、迅が絡んでいたと知り二宮は浅く頷いた。これからその判断が癖付いていけばそれでいい。
 ちょうど通信を受け取った場所へ向かいがてら、少しの沈黙ののち柳瀬が口を開く。
「……さっき、迅さん……二宮さんが居るのにやっぱりって言ってましたよね」
「……見えてるんだろう」
「ですよね~」

 ともあれ、ひとまずはこの小さなトリオン兵の掃討だ。周辺地域の中でも高い建物へ移動する途中、二宮が口を開いた。
「トリオンを見るんだろう、目はいいのか」
「はい。まだ調整中なんですけど……短時間ならなんとか」
「そうか。ならさっさと終わらせるぞ」
「はい!」
 二宮から感じられる気遣いに柳瀬は笑みを浮かべながら眼鏡を外した。
 視覚共有はまだ不完全だ。最終的に目指している形式──同部隊員の視界に直接、柳瀬の視界を反映することはまだできない。故に、柳瀬の視界からオペレーターを経由してトリオン反応を二宮のレーダーに共有する。トリオン兵は動き回るため、柳瀬の視界の範囲だけがリアルタイムで表示される。しかし思っていた以上に数が多いようで二宮は眉を顰めた。これをすべて見つけるのは、人海戦術を駆使しても骨の折れる作業だろう。
 さて、今回柳瀬と二宮に課された指令はあくまでも、ラッドの駆除ではなく捜索だ。駆除できる分はもちろんするだけいいのだろうが、なるべく短時間で最大限の効率を上げるとなると、柳瀬のサイドエフェクトを考えても捜索に留める方が全体の利益になるはずだ。と言うかそもそも、迅の指示だってそういった事情を折り込んだ上でしたのだろう。
 二宮は少し考えてから柳瀬を呼んだ。
「……たつき、スタアメーカー入れてたよな」
「え? あ、はい。練習用に、距離感つかむために、今だけ入れっぱなしに」
「バイパーの攻撃力を切れ。ここから〝見える〟範囲のトリオン兵に印をつけろ。そのあとは他の奴らに任せる」
「……。やっぱり、そういう感じになりますよね….?」
「ちょうどいいだろ、実践を兼ねた練習だ」
「ひぇえ……。ば、〝バイパー〟」
 ひるんだような声を上げつつも、自身の役割を理解しているのだろう、彼はバイパーを起動させる。緊張しているのはいつも戦っている危険区域の外、街の中心部ほどではないとはいえ人が生活している区域だからだ。攻撃が目的ではないから、なるべく細かくキューブを割り、何回かに分けてスタアメーカーを付けていく。標的がレーダーと一致しているかを確認しつつ、撃ち漏らしやズレがあれば随時指摘。
「何もリアルタイムで弾道を引けと言ってるわけじゃない」
「はい……。でも、ほぼ動かない的とはいえ……大きさもスピードも違うとなると勝手が変わりますね」
「建物に当てるなよ」
「わ、わかってますよ……」
 オペレーターから共有された地図情報と見てるものを一致させろ。建物の裏もだ。上から回り込ませるとき大振りになりすぎるな。次々投げられる言葉を聞きながら、手元を狂わせないよう注意する。
 しかしいくらトリオン体での活動は実際の肉体の疲労には影響しないとはいえ、いつも戦っている放棄区域とは違うこともあり。今回の作戦は、柳瀬の精神に大変な疲労感を与えた。



「っ……つかれた……」
 本部に帰投後、休憩所にあるソファへ柳瀬はべしゃりとつぶれたように倒れこんだ。これから捕獲作業へ移るほとんどの隊員とは入れ違いになる形で帰ってきたため、いつもは人通りの多い場所に位置するここも珍しく人気がない。
 大きく息を吐いたところでぴと、と額に冷たい感触がきた。閉じかけていた瞼を開けると二宮がペットボトルを差し出している。このひとも、こんないたずらみたいなことするんだ……。と一瞬心がふわついた。
「目を冷やせ」
「あ、そういうことですね……」
「何がだ。痛むか?」
「いえ、痛くないです。元気出ました……ありがとうございます」
「? ああ」
 起き上がって二宮の座るスペースを作る。あまり自覚していなかったが、知らずのうちに目のあたりは熱を持っていたらしい。言われた通り、かけ直したばかりの眼鏡をはずしてペットボトルを当てると、熱が移るのと同時に疲れも薄れていくような心地よさがあった。
 二宮が宣言した通り、割り当てられた区域の処理は短時間で終わった。きっと柳瀬一人であたっていたらもっと時間がかかっていただろう。バイパーの扱いも同様で、射手本職の二宮からの直接指導を受けられたのだ。
 あれこれ含めて深々と礼を述べた後、背後から安穏とした声がかかった。
「お疲れさまー、ふたりとも」
 先ほど端末越しに会話をした迅悠一だ。
「わあ……迅さん、お疲れ様れふ……」
「うわーすっごい疲れてるね。でもほんとにお手柄。そのうち上層部からお礼がくると思うよ~」
「そんなにですか?!」
 ふにゃふにゃになっていた柳瀬が急にしゃっきりとした。その様子を面白がる迅をよそに、柳瀬は隊のみんなとご飯食べに行きましょうよ! と二宮をるんるんで誘っている。ほどほどに返しつつ話を戻した。
「あれは門を作るトリオン兵か?」
「ご明察。周囲の人たちからトリオンを少しずつ集めて、その場に門を作るっていう機能みたいです。二宮さんもたつきもトリオン多いから、ちょうどイレギュラー門が発生したんだろうね」
「ああ、だから市街地に……」
「捕獲しきるにはまだ数日かかるだろうから、二人はこの後休んでまた明日に備えておいて。……あ、たつきは念のため研究室寄っていきなよ」
「はーい、わかりました」
 迅が柳瀬の目元を指さし言ったのに返事した。それじゃあ、と。次の暗躍も迫っているのだろうが、忙しさを感じさせない悠々とした足取りで去っていく彼を見送って、柳瀬と二宮もソファから立ち上がる。
「二宮さん、もう帰ります? それともご飯?」
「……研究室に行くんだろ」
 呆れたような視線と目が合った。
「あれっ、付いてきてくれるんですか?」
「また道中で倒れられたら困る」
「そ、そんなことになりませんよ!」
 言いながら、まだ完全に信用はされてないんだなと考える。純粋に、心配してくれているのだということも。
(……さっき、もう一区画やれますとか言わなくてよかった)
 自分を大切にしてくれる存在のありがたさとくすぐったさを噛みしめて、それから、彼以外にも柳瀬のことを心配する者は大勢いることも思い出す。
 自分で自分を大切にする、ということがどういうことか、完全に理解しているとはまだ言えないけれど。とりあえずの一歩として、二宮とともに研究室へ歩き始めた。


2023/10/15
改訂:2023/10/28