蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


まだダメ、もう少し、あとちょっと?

※夢主が18歳になったときの話


 今日は柳瀬の十八歳の誕生日ということもあり、示し合わせて二人で休みを取った。数年前までは、彼の多忙な両親も誕生祝いのために仕事を休んでいたらしいが、彼が隊を率いるようになってからは個人の都合でそう何日も休みを取るわけにはいかない。とはいえ誕生日に休みを取るという習慣自体は続いていて、それを今年は家族と過ごすのではなく、二宮と過ごしたいという本人たっての希望があった。
 無論、これまでも毎年プレゼントを渡したりと恋人として祝ってきたつもりではあるが、毎年家族と過ごしてきた貴重な誕生日の休みを、他でもない二宮と過ごしたいという、期待の込められた瞳で告げられた恋人からのお願いは──それこそ、いつのプレイのどんなコマンドよりも効いた。一も二もなく頷いて、柄になく浮かれていたとさえ思う。柳瀬主導のプランニングで、一日をフルに使って二人の時間を過ごしていた。ちなみに、両親からはあらかじめ、大いに誕生を祝われたそうだ。
 そうして、夜。まだ深夜というには早い時間に彼を家に送り届け、もう少しだけ一緒に居たいと乞われれば首を横に振れるはずもなく彼の部屋に上がり込んだのだ。

 ぐ、適度に腹部へかかる重みは温かな体温を持ち、二宮に心地よささえ与える。 しかしその重みを与える主は二宮を押し倒しながら、どうしてか焦りにかられた表情をしていた。
「──にのみや、さん」
「──…」
 腹に重みがかかりすぎないようにするためか、それとも逃げられないようにするためか。 彼の両手は二宮の胸元に置かれている。視線だけで続きを促すと、彼の瞳は苦し気に歪められた。
「ぼく…──十八歳になりましたよ」
「ああ」
「四年と、ちょっと。待ちました」
「奇遇だな、俺もだ」
「……まだ、ダメなんですか?」
 彼──柳瀬の指先が、確かな熱をもって二宮の胸元を這う。大人になるまで手は出さない。一種のけじめとして、数年前に誓ったことだ。それは当時中学生だった柳瀬を守るための約束で、 しかし少なくともこの場においては、その誓いが柳瀬を苦しめているようだ。 大人、というのは確かに定義が曖昧だ。こういうこともあるかもしれないとある程度予感していた現状を、二宮はあくまでも俯瞰してとらえようとしていた。
「おまえは、まだ高校生だろ」
「ほぼ卒業したようなものです」
「ダメだ」
「じゃあ、いつならいいんですか」
「成人するまで……いや、焦んなって話をしてる」
「焦るとかじゃないですよ! だって、エロ本が買えるのに好きな人と、……え、えっちできないなんておかしくないですか?!」
「ただの性欲処理と恋人とのセックスを一緒に語るな」
「あ、揚げ足取りだ~……!」
 二宮の口にした単語ひとつで律儀に顔を赤くさせる姿は、どれだけ背が伸びても──押し倒してこようともまだまだ子供だと思う。 ふ、とため息にも笑みにも似た吐息の後、柳瀬を見上げてはっきりと答える。
「少なくとも俺は……そんな顔したヤツを抱く趣味も、抱かれる趣味もない」
「……どんな顔?」
「ガキみてぇな顔」
 言えば彼の表情はますます歪んだ。むっとしたような、悔しそうな、苦しそうな表情。指先に力がこもりやや呼吸が制限された気分になる。そりゃあ、好きな相手とずっと一緒にいれば、どうにかなりたいという気分になるだろう。二宮とて忍耐を重ねた夜は計り知れない。ましてや血気盛んな高校生の時分など尚更だろう。自分が高校生の時はどうだっただろうか、思い出そうとしたけれど、目の前の苦々し気な彼に思考が働かない。
「……ほんとにダメ? 少しも?」
「……少しって、例えば? 何が少しなんだ」
「さ、触りっこ、とか……?」
「……何も挿入するだけがセックスじゃないだろ」
「この話の流れでそんなセリフ言われることある?!」
 とん、と二宮の胸をやや強めに拳が叩いた。二宮はもう一度柳瀬に問いかけた。何を焦っているのかと。すると彼は躊躇うように口の開閉を何度か繰り返して、おずおずと言葉にする。
「だって……年なんて絶対に追いつけない……」
「……だから、後二年待てって言ってんだ」
 後二年経てば、あるいは当時の二宮に〝追いついた〟ことになるのかもしれない。そう伝えても一向に納得しない彼を見て、どうしたものかと思案する。こうなる前に、もっと早くに話しておくべきだったか。
「……おまえが当時、今の年齢だったとしても。どの道二十になるまで手を出すつもりはなかったぞ」
「……う、うそだぁ……」
「何の疑いだ。それは」
「ええ……だって……」
「たつきにはまだわかんねえかもしれないが、高校生と付き合ってる大学生もそれなりにやべえヤツだからな」
「それは……いや、学年にもよるのでは……」
 二つ違いならそんなにおかしくないじゃん……。言いつつもあまり感覚に自信を持てないのか、ごにょごにょとつぶやく彼に手を伸ばし頰をつまむ。
「……なんれふか」
 目に見えて不機嫌そうに柳瀬は言った。あまりにも露骨なそれに肩を揺らしながら二宮は答える。
「自分の年齢に後悔するな、俺もしてない」
「……べつに、してませんけど。 それとこれとは別の話な気がします……」
 口を尖らせたまま二宮の手を剥ぎ取り、そのまま彼の胸に顔を埋めた。納得しただろうか、身体の嵩が増えてより抱きがいの増えた彼の背中に腕を回す。手をつなぐだけでは足りなくて、キスは余計なことを考えてしまいそうになる。何も相手を求めているのは柳瀬だけではない。
 元より引っ付きたがりなのは柳瀬の方だが、この数年間で二宮もすっかり彼の体温に慣れてしまった。
「……」
 柳瀬が無言のまま首を伸ばして、そのままの体勢でもかろうじて触れられる場所──二宮の、首と顎の境目のあたりを唇で撫ぜた。キスというには掠めるだけのそれは心情的にも感触的にもくすぐったい。
「ん……、」
 鼻にかかった声が吐息と共に抜けていく。もぞりと動き出した彼を少しばかり名残惜しく思うが、どうやらそうも言ってられないようだ。かちあった彼の瞳は燻る熱を懸命に押さえつけているようだ。けれどその実、機会を狙っているようにも見える。
 彼の熱にあてられそうで──そう感じる時点で既にあてられているのだろう。少しでも逃れるように、二宮は目を伏せた。


2023/09/24