蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる



※ひとによって「食べ物で遊ぶ」に該当するかもしれない描写があります(無駄にはしてません)。


 キウイ、桃、梨。果物。柳瀬はそれらの皮を剥いてやって、Subに食べさせる行為が好きだった。それは二宮に対しても例外ではない。
 食料品店で二宮の選んだそれを持ち帰り、湯剥きをし種をくりぬいて、くし切りにして冷蔵庫へ。しばらく歓談を楽しみ、冷やしすぎても甘みを感じにくくなってしまうからとほどほどのところで取り出して。買い物からスタートしていたプレイを再開させた。
 はじめて柳瀬が二宮に果物を食べさせた際ちょっとしたトラブルがあってからは、同じようなプレイをするときは手で直接食べさせることは控えていたが──回数を重ねるにつれ、元々の希望であったからか、柳瀬はフォークなり爪楊枝なりを使わずに食べさせるようになりつつあった。
 今も二宮の眼前には、柳瀬の指につままれた桃が差し出されている。食品を素手で扱うからか爪は切りそろえられており、磨かれてもいるのだろう、やはりいつもより艶があるように見える。プレイとして食べる必要のある果物と、触れたいけれど、触れ難い指先の距離が近すぎる。二宮は試されている気分になりながら──実際試されているのだ──そろりと唇で桃を抜き取った。一口で食べるにはやや大きいが、二口に分けるときっと彼の指に触れてしまう。
「……そこまで、神経質にならなくてもいいのに」
 やはり狙いはそこだったらしく、やや不満げに柳瀬は呟きリワードをした。が、二宮にとってそれはおざなりなものに感じて眉を顰める。彼の指先は果汁が付いているけれど、己の欲求を無理に否定せず、こうして彼とのプレイで解消できているからか、あの時ほどの衝動性は感じない。無論、魅力的なのには変わりないが。
 そう思っていることを顔には出さず、逆に彼を咎めるために非難の意味をこめて柳瀬を睨め付けた。口にものが入っているため声こそは出さないものの、意図は伝わったようで彼は不満げに唇を尖らせている。
 噛み砕いた後にごくん、一部を嚥下する。少し口の中に余裕ができたところで元々向き合っていた柳瀬が二宮に顔を寄せ、唇の端をぬぐうように舐めた。
 ちゅう、唇の端から溢れた果汁を啜る音と、リップノイズが重なる。キスというにはやや外れた場所へ与えられた唇に、二宮はぱっと身体を離した。
「っ……おまえ……」
「あ、甘い。当たりだね、おいしい」
 もう一口ちょうだい囁くと、彼はさらに身体を寄せた。身をよじろうとすれば「動かないで」と動きを制限され、加えて人差し指を唇に当てられる。静かに、そういうことだろう。
 二宮は反射的に従いながらも、リワードを蔑ろにされたままで、好きに振る舞うDomにむっとした。否、いつもであれば、Subである二宮を気遣うという前提はありつつも、Domである柳瀬が自らの思うままにプレイするのが好ましいと思ってはいるのだが、これは違う。
 よもや柳瀬が意味も分からずに口端を舐めたわけでもあるまい。二宮は彼の行動に不服を覚え、それと同時に二度、三度と小鳥の戯れのように触れる彼の舌先を「ご褒美」と捉える己のSub性にもふざけんな、と率直に思った。こんな、流されるみたいなリワードでいい訳がないだろう。
 口に残っていた桃を嚥下し終えて、つい数瞬前まで膨らんでいた頬に口付けを落とす柳瀬を無言で押さえつける。彼は二宮を見上げつつも、存外大人しく二宮の腕に収まった。
「口の中無くなった? うん、全部無くなったね」
 一切れを食べきったことに対するリワードにまた心がふわついたけれど、先ほどのあれを誤魔化されるわけにはいかない。
「どういうつもりだ、たつき」
「なにが?」
「褒めるなら、ちゃんと褒めろ。俺のこなすコマンドが物足りないならちゃんと言え」
「……うん、ごめんね? 桃と、桃を食べてる匡貴がおいしそうだったから」
「……」
 繋がっていない話を、よくもいけしゃあしゃあと。彼が素手で食べさせたことに対して諭そうとため息を吐く二宮に、柳瀬は挑発的に目を細めた。
「……前に決めただろ、あんまり触れすぎるとお互い我慢が……」
「へー、ぼくは我慢できるけど、匡貴は我慢できないんだ?」
 今はそれほど切羽詰まっているわけではないことを伏せつつ、説得のために発した言葉尻をすくわれた。そうなれば、百パーセント意図的に煽られているとわかりつつも二宮の負けず嫌いは瞬時に燃え上がってしまう。

 まだまだ皿に残っていたうちの小さな切れをつまみ、自らの口に放り込む。まさか皿に手が伸びるとは思っていなかったらしい柳瀬が目を丸くしているうちに、果汁の付いた指先を彼の唇へ割り込ませるように突っ込んだ。
「っふぁ、へ.…..?!」
 初めて触れる彼の口内は熱かった。舌の上に塗り付けるように指を滑らせ、逃げるように奥へ引っ込んだそれは深追いせず親指で歯列をなぞった。
 口を閉じようにも二宮の指先が邪魔になって閉じられないだろう。もし噛まれたとしても別にいいと考えていたし、譲る気もない。この衝動的な行動は、後になって思い返せばリワードによる高揚感と、それに対する反発心でおかしくなっていたとしか思えなかった。
 挟まれた二宮の指を確かめるように一瞬力を込めたものの、すぐに顎の力は緩められた。二宮の名前を呼ぼうとしたのだろう声も、異物があるせいで舌の動きが制限されてしまい上手く発音できない。
 再度指先を伸ばして、戯れのように彼の舌を捕まえる。ぐり、けれど柔らかい舌は、溢れ出る唾液によってすぐに滑りすり抜けてしまう。
 二宮の指を伝ってつう、と柳瀬の唾液も口端から顎にかけてにじんでいく。頭の端でなるほどな、と納得しながら、かといって挑まれたこれを受け流すほどの落ち着きを持ち合わせてはいない。二宮は宥めるように柳瀬の舌を撫でてから、再度指を支えにして閉じないままの柳瀬の口へ、先ほど含んで、噛み砕いた桃をねじ込んだ。
「っん、んぅ?!」
「……は、……おい、変に口を開くな、咽せるぞ」
 一瞬だけ口を話してそういえば柳瀬の眉間にしわが寄る。けれど元はと言えば柳瀬が仕掛けてきたことなのだ。苦しげな声が聞こえるが、忠告は聞いているらしく咳き込む様子はない。冷蔵庫から出され、二宮の口内でぬるくなった桃をごくり、彼が嚥下したのを確認して。舌に残った果汁もまとめて彼に明け渡すように絡ませた。
 舌がびくつく、怯え逃げるようなそれをあくまでも優しく阻止してしまう。桃の残滓を飲み込むのを手伝ってやり、まるで控えめに手を繋ぐように、舌先を重ねれば時折り擦るようになぞっていった。更には彼の後頭部を撫で、視線でも示そうとしたけれど──生憎と彼は硬く目を瞑っている。
「っ ……」
 細かく息継ぎをさせてやっても徐々に、着実に彼の呼吸は苦しそうになっていく。これ以上は難しいかと判断してやがて唇を離せば、二宮の息も上がっていた。ぽろりと一粒だけ涙をこぼした柳瀬が、かろうじて、といった風に声をあげる。
「っは、こんな盛大な、コマンド無視って……。それにっし……、舌、入れたらダメって、自分で言ってたのに……」
「おまえがきちんと褒めないのが悪い。それに、俺が止めたのを挑発したのはおまえだ、たつき」
「うう……」
 その声に当然力はこもっていない。殊勝な言葉の一つでも言えねえのかこいつは。そう思いつつも濡れたまなじりを拭ってやった。ぎゅっと目を瞑って、それからもう一度見上げてくる彼に顔を寄せれば二度目が来るのを警戒したのか少し後ずさる。
 挑発するように二宮はわずかに微笑んで見せた。タイマンを挑まれたら受けて立つ男。それが二宮匡貴だ。
「……で、桃は美味かったか?」
「……ぬるいのか冷たいのかもわかんない!」
 真っ赤な顔で恨みがましく言うのがおかしくて、二宮は鼻を鳴らした。残った桃はどう食べようか。



2023/09/05