蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる



(原作時間軸あたり)

「どうわっ!」
 グラスホッパーで移動しようとしたものの、足をもつれさせた柳瀬はべちゃっと上半身から着地した奇妙な叫び声を上げた。体勢の崩れた彼を見逃すはずもなく、対戦相手──柳瀬の師匠である影浦は、スコーピオンで少年の身体を貫く。
ベイルアウト用マットの感触を背中に感じながら、柳瀬は敗北を告げる機械音声を聞いていた。
「……ああ……またポイントがごっそりと……」
 無残にもへったポイントを眺めていると、ブースの扉が開き影浦が姿を見せる。柳瀬の師匠は、柳瀬よりもずっと強いのに規定違反をしたペナルティで個人のポイントが没収されてしまった。回り回って、よく影浦と個人戦をする柳瀬の個人ポイントにもダメージが来ている。とはいえ柳瀬は個人ポイントに大したこだわりはないのだが。
 今日はもう終わりかとマットを飛び降りると、影浦に名前を呼ばれた。
「たっき、さっきコケてたのってたまたまか?」
「んー……いえ、最近なんか調子が悪いみたいで」
 グラスホッパーはB級に上がってからずっと使っているトリガーだ。扱いは慣れているはずなのに、ここしばらくは先ほどのように踏み外したり思い通りにジャンプできない場面があった。
 影浦は少し考えるように視線を泳がせてから、何かを推し量るように柳瀬の頭を何度か叩く。
「わあっ。えへへ、マサ先輩? なになに、なんですか?」
 その動きは撫でるのと同じ動作だった。少しの困惑と、それから圧倒的な嬉しさで刺してくる彼の髪をわしゃわしゃかき混ぜて、「うちの作戦室こい」と言い踵を返す。
「……? はい」
 自分の作戦室に戻ろうとしていたが行き先が変わった。おとなしくついていくと北添と絵馬は不在のようだが、仁礼はいつも通り彼女の根城で寝息を立てていた。
「おいヒカリ、起きろ」
「んがっ? ……おー、たつきじゃねえか! 自分とこの作戦室に引きこもってねーで、もっとうちに来いよな」
「無茶言ってんじゃねえよ」
「そうかぁ?」
 影浦の言葉に仁礼がなははと笑い返した。そもそも柳瀬は引きこもっているわけではないのだが、たしかに自分の隊を作ってから影浦隊の作戦室へ訪れる機会は圧倒的に減っていた。「また遊びにきますね」と言うと仁礼は機嫌よさげに柳瀬の手にみかんを置く。
「ヒカリ、たつきのトリオン体の設定ちょっと見てやってくれ」
「んぁ? 別にいーけど……なんかおかしいのか?」
 PCに向かいつつ、トリオン体になっている柳瀬の身体をべたべたと触る。〝おかしい〟自覚のなかった柳瀬から困惑の視線を受け取った影浦はいいからトリガーを渡せと視線で指示した。
「トリガーオフ」
 第二中の制服に戻り仁礼にトリガーを手渡すと、もう一度影浦が推し量るように柳瀬の頭をやわく叩きながら仁礼とを見比べた。
「……やっぱたつき、背ぇ伸びただろ」
「えっ!!」
「おっ、マジで?」
 仁礼の言葉がかき消されそうなほど柳瀬は喜色に満ちた声を上げた。座りかけていた腰を上げた彼女が、自身の背丈と彼の背丈を比べるため水平に手刀を作る。仁礼よりはまだ低いけれど、おー、たしかに伸びてんな。彼女から追加の証言を得られた柳瀬はより笑みを深めていく。
「ほんとですか。ぼくに成長期、きてますか?!」
「きてるきてる。はぁ〜、はじめて会った時はこ~~んなにちっちゃかったたつきがなあ……」
「待って待ってひかちゃん先輩。いくらぼくでもそんなにちいちゃくなかったですよ、さすがに」
 親指と人差し指でちんみりとはかりを作り示した仁礼に首を振った。それでは一寸法師になってしまう。
 気を取り直して。柳瀬の生身とトリオン体の設定を参照するとその差はおおよそ五センチほど。確かに身体データが年度初めに測定したもので固定されたままだった。
「グラスホッパーでうまいこと移動できなかったのもそれだろ」
 背が伸びて体重が増えたり重心が変わると、特に繊細なバランスを要求されるグラスホッパーはブレが大きくなりやすい。どうやら柳瀬は生身は成長しているにも関らずトリオン体が以前の設定のままだったこと、身体が急激に成長したことでバランスを欠きやすくなっていたようだ。
「なるほど……じゃあ、特に攻撃手だとあるあるの話なんですね?」
「カゲもあったよな、いつもみてーにマンティスでビル飛び移ろうとしたとき……」
「あーうるせー! 俺のことはいいんだよ」
 弟子の目の前で過去の失敗を語られてはたまらない。影浦は言葉を遮り、なおもにやにやと笑みを浮かべる彼女を急かした。仁礼はしょうがねえなぁ、ともったいぶりながらモニターを見つめる。
「まだまだにょきにょき伸びる予定だろ? 毎回生体データからスキャンする設定にしとくかぁ?」
「よくわかんないんですけど、確か初期設定のままだったような気がします」
「わざわざトリオン体固定にする意味もねぇんだし、別に困んねえだろ。スキャンにしとけ」
「うーん、たしかにそうかも……」
 生身とは別に、自在に姿を変えられるというのもトリオン体の魅力の一つだ。隊員によっては髪型を固定していたり、身長やバストサイズを多少盛っている者もいる。ただし今回の場合は生身を優先して、よりトリオン体の操作感のズレを修正していく必要がある。
「マサ先輩は、慣れるまでどうしてました?」
「やることは実戦と変わんねえよ。思いっきり暴れてりゃあ、自ずとてめーが思った通りの動きになる」
 つまり、練習あるのみだと。
 仁礼にトリオン体の設定を調整してもらった柳瀬は再び換装し、なんとなく変わった気のするトリオン体をあちこち見回していく。
「どーだぁ?」
「こっちの方が、しっくりくるような……? ……マサ先輩!」
「あ?」
 ばちりと音がしそうな程に目が合った。
「もっかい、個人戦お願いします!」
「おう」
 こぶしを握り、心機一転気合を入れた柳瀬の様子を見て、影浦はにやりと笑みを浮かべた。


2023/07/18