蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる

リクエスト:第三者からみた二人


 お待たせー、ねえねえ聞いてよ、さっきかわいい二人を見かけたんだけど。そうそう電車で。大学生くらいの背が高くてめちゃめちゃかっこいい人と、中学生くらいかな。その子もかわいかったんだよねー。
 友達……にしては年が離れてる気がするし、兄弟にしてもあんまり似てなかったから親戚とかなのかも? めっちゃ仲良いっぽくて、中学生くらいの子がにこにこ~って話しかけてるの。いや、人も多かったし流石に内容までは聞こえないっていうか聞かないけど……。中学生の子がいっぱい喋ってて、もうひとりはそれを聞いてるみたいな感じ。
 いや~よかった……おっきい人はクール系って言うのかな……談笑、ってイメージではあんまりないんだけど、その子のことじっとみてて、なんていうの? 電車でするような話ってめちゃくちゃ大事な話じゃないじゃん、多分。だから普通の何でもない内容だとは思うんだけどさ、そういうのもちゃんと聞いてる雰囲気があって、その感じ全体が、こう……すっごいよかったんだよね……わかる? あ、わかる。よかった。
 これからどっか行くぽかったかな? あたしはすぐ降りちゃったしとこに向かってたのかは全然わかんないんだけどさ、楽しいお出かけなんだね~いいね〜って感じ!

 *

 なあ、たつきってさ。最近ちょっとヘンだよな。
 あ、なんだっけ、ボーダーの隊長? かなんかやってるのは知ってるけどさ。あれだろ、嵐山隊の嵐山隊長みたいなことしてるってことだろ? そもそもうちでボーダー入ってるやつそんなにいないし、中でも隊長ってのが多分すごいんだろうなってのはわかるけど。でもなんか、そういう意味じゃなくって……んー、楽しそうなのはいいんだけど……休み時間にケータイみてにやにやしてなかった? あいつ。
 えっやっぱみた? だよな。そのくせに何見てんの? って聞いたらなんでもなーいとか言って誤魔化すしさ。あいつ、嘘つくのめちゃくちゃ下手だけどさあ、最近自覚したのかはぐらかす方向に行ってないか? いや、まあそこはどうでもいいか。問題はなんでアイツがあんなにやにやしてたかってとこだよ。
 ……やっぱそう思う? もしかしてたつきにさあ、付き合ってるヤツができたんじゃねって思うよな。こないだプレイの話になったとき、パートナー関係全部切ったみたいなこと言ってたし。めーっちゃ怪しいよなって思うじゃん? いままではプレイを頼まれたら断んないみたいな感じだったし、むしろ誘うまであったよな。
 でもさ、カノジョでもできたんかって聞いたらいないって言うんだ。じゃあ違うじゃん。なのに、ケータイ見てはにやにやしてる。
 なーんか、おかしいんだよなあ……。

 *

 おれの役割は、玄界のみんなをより良い未来に向かわせることにある。そのためには勿論おれだけの力じゃ足りなくて、手伝ってもらうためにお願いしたり、それとなく誘導することもある。
 一方で大きく影響しないところは見えていても見えないフリ。特に触れないことが多い。良くも悪くもあんまり関わりすぎるものじゃないと思うし、何より何が良くて何が悪いかなんて、おれには判断が付かないからだ。
 だから、二宮隊の一件で大きく状況が変わっていろんな事柄が起きる確率が一変したことにだって、今後に大きく関るようなこと以外は──おれの処理能力の問題においても──そんなに意識を割くことはなかった。いくつも並行して別々のチャンネルを見続けるって、疲れるからね。ふつうに。……とはいえ、ちょっと見てない間にここまで様子が変わるっていうのもそれなりに珍しい。

『……二宮さんが倒してくれました……』
 状況を伝えながらも呆然としている少年の声を聞いて、端末ごしに迅はひっそりと笑った。かなりの手柄を上げた一方で、彼本人はそれをまだ自覚していない。そんなおかしみもあるけれど、
(そうかそうか、たつきは二宮さんを選んだのかあ)
 この場合、どう動いてもらった方がベストに近付くかを考える傍ら、そんな感想が浮かんだ。迅には柳瀬が一人で向かう未来も視えていたし、また別の人物と調べに向かう未来も視えていた。今日より早い可能性も、そもそも来ない可能性もあった。けれどその中で、彼が選び取った未来はこれだ。
 極力関与しないようにとは思いつつもやはり、それぞれが納得できる方向へ進んだとわかると嬉しく感じるのは身勝手だろうか。だとしてもいい、ちょっとほっとしたおれは、続けて電話口へ向かって話しかける。
『こんばんは、やっぱり二宮さんも来てたんだ。お疲れ様でーす』
 含みを持たせた言い方になってしまったのは、探していたネズミがやっと見つかった安堵もあったとはいえ、ちょっと軽率だったかもしれないけれど。

「あ、迅さん。いいところに」
 呼ばれて振り返ると、ポップな風合いの大袋──パーティ用だろうか──を手にした少年がいた。へらりと笑みを浮かべて挨拶する。
「よーたつき。どうした?」
「これ、飴とかチョコとか入ってるんですけど、いくつか持ってっちゃってください」
「飴? へえ、いいの?」
 中を見やると、確かに彼の言った通り一口サイズのお菓子が詰め合わせになっている。彼のおやつではないのだろうか、そう考えつつ問いかけると彼は大きく首を縦に振った。
「はい。さっき荷物ぶちまけちゃった人がいて。拾ってあげたらゲーセンで取ったって言ってもらったんですけど……ぼくだけだと食べきれないので」
「それで配り歩いてるんだ?」
「そうなんです」
 友達と一緒にって言われましたし。そういいながら彼はもう一度ずいと差し出した。
「なるほどねえ」
 迅は差し出された大袋の中を覗き込み、ひとつふたつ、これまたカラフルな袋を取り出す。その変わりにぼんち揚げの小袋をひとつ取り出し、大袋を抱えている彼の腕へ、バランスを取れるようにしつつそっと乗せた。
「じゃあ、代わりにこれあげる。隊のみんなと食べなよ」
「わらしべだ……」
 神妙に呟いた柳瀬は大袋の中に手を突っ込み、つかめるだけを持ち上げて迅の手にぼとぼと落としていった。豪快さに驚きながら肩を震わせる迅を見上げて、彼が言ったのとほぼ同じことを告げる。
「玉狛のみなさんと、食べてください。新人が入ったんでしょ?」
「お? 耳がはやいね」
「緑川が騒いでました」
「っはは、なるほどね。じゃー有り難くもらおうかな、ありがと、たつき」
「いえ、こちらこそ! いつもお世話になってますし」
 礼を述べたところで彼は廊下の向こうに知り合いを見つけたらしく、じゃあまた、といってぱたぱた走り去っていった。彼の背中を眺めて〝視えた〟ものにふっと息を吐く。
 彼らの関係は変わらず続いているらしい。何を知っていてもやはり、そこに迅から積極的に関わることはしないけれど。手に盛られたお菓子のうちの一つの包装を剥いて、ぽいと口に含んだ。
「んー、うまい」
 オレンジ味をからころ口の中で遊ばせながら、彼もまた止めていた足を踏み出した。