蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


リクエスト:二宮さんと太刀川さん


「なあ、柳瀬って麻雀できるか?」
「……で、できないです」
「マジ? ドンジャラは?」
「わからないですね……」
「そうかあ、困ったなー」
「何かあるんですか?」
「あと一人足りなくて」
 人のまばらな食堂にて。四人席を一人広々と使いながら、もそもそと食事をとっていた柳瀬の目の前にトレイが置かれた。太刀川慶、A級一位部隊の隊長──なのだが、柳瀬の知っている情報はそれに加えて「たまに二宮さんが課題を手伝わされているひと」という、なんとも一位部隊にふさわしくない──否、一位部隊でなくとも、何とも不甲斐ない情報がある。
 彼とはたまに個人ランク戦でやりあうが、途方もなく強くて一向に勝ち筋が見えない相手でもある。知らない仲ではないけれど、仲がいいとも言い難い。そこそこ空席もあるのになぜわざわざ柳瀬と同じテーブルに座ったのだろう。柳瀬としては、一人での食事を少々味気なく感じていたので、誰であろうと同席もやぶさかではないのだけれど。
 そうしてかけられた彼からの問いは、突拍子なく感じるものだった。だが柳瀬は生憎と、パーティーゲームの類はあまり経験豊富な方ではない。
 どーすっかなー、そう呟きながら力うどんをすする彼はさして深刻そうには見えないけれど。ふむ、と少し考えた柳瀬は、和風ドレッシングのかかったレタスの残りをシャキシャキ咀嚼しながら言葉を返す。
「麻雀って、すぐ覚えられますか?」
「おー、覚えれる覚えれる。なんせオレでも覚えれるくらいだから」
 それは笑っていい自虐なのだろうか。曖昧に笑い返しながらじゃあ、と返した。
「教えてもらいながらでいいなら、やってみたいです。この後時間もありますし」
「マジか!」
 ぱっと太刀川の表情が華やいだ。一緒に遊ぶだけでこんなに喜んでくれるのであれば頷いてよかった、そう思い、食べ終わった膳を下げようと立ち上がりかけたところで、柳瀬の隣の席に、膳が置かれた。本人は極めて冷静に置こうとしたのだろうが、勢い余ってすこし音を立てる。
「……二宮さん?」
 どっかりと座ったのは二宮匡貴だ。いつにも増して仏頂面を見せながら太刀川をひと睨みした後、柳瀬と目を合わせた。
「騙されんな。負けるとしこたま奢らされるぞ」
「大人のジュースな」
「酒だろ」
「えっ?! ……ぼく、未成年なのでお酒買えませんけど……」
「わっはっは。ジョーダンだよ。中坊に奢らせるわけないだろー?」
「どうだかな」
 言い返しながら昼食を口にする彼はけっこう機嫌が悪い、ように見える。一方で柳瀬を置いてぽんぽんと交わされる応酬は軽妙だ。ときたま二宮はレポートがどうの、出席がどうのと忌々し気に愚痴ることもあるが実際はそう険悪な中でもないのだろう。そもそも本当に仲が悪いのであればきっと彼は手を貸すことはない。いくら本部長から直々に頼まれていようとも。
 柳瀬にとっては見なれない一面を見せる二宮を興味深く思いながら二人の会話を見守るが、柳瀬に関する会話でありながら柳瀬を介されない謎の言い合いはどう始末をつけたらいいのだろうか。生憎と判事はいない。
 立ち去るタイミングも逃し、手持ち無沙汰になった柳瀬は水を一口飲んだ。
「んじゃあこの後は諏訪隊の作戦室に集合な」
「諏訪隊? ですか?」
「あそこ雀卓あるんだよ」
「おい、行くなと言ってるだろう」
「言っ……いましたっけ……?」
「えー、なんで二宮が柳瀬の用事に口だすんだよ。先に話してたのはこっちだぞ」
「カモられそうになってる中坊を見過ごすか」
「……あのー……」
「だからしねえって」
「どうだかな」
「二宮さん……?」
「諏訪さんも冬島さんもいるんだぜ? 教えるの上手いって」
「やっぱり人任せだろうが。そもそも自分が世話する気もないのに誘うな」
「……」
 やいのやいの、また言い合いが始まる。話の流れからしておそらく二宮は柳瀬のことを慮って引き止めているのだろうことは、なんとなくわかる。しかし、声をかける柳瀬を置いてなお会話を続けるあたり、太刀川への感情が優先されているように感じて逆に疎外感を感じていた。おまえは口を出すなと、言外に突っぱねられているようで。

 しばし口を挟むことを諦めて二人の会話の成り行きを見守っていたが、押し問答を繰り返すばかりで終わりは見えないし、無視されている状況もなんだかまったく、おもしろくない。
「……二人って、仲いいんですね」
 それは皮肉か本心か。ぽろりと口に出せば、この言葉は届いたのか二宮は心底いやそうな顔をした。
「いまの何を見たらそんなこと思うんだ……」
「だはは、俺たち仲良しだもんなー、二宮くん?」
 とうとう二宮も閉口してしまった。しかし二人の口論を面白くないと思っていた柳瀬の狙い通りとも言える。
 太刀川の言う通り二宮が来た時にはもう予定を取り付けた後だったのだ。べつに、今から断る理由もない。むしろ二宮から引き留められたことにより俄然やる気が湧いてきたくらいだ。
「……そんなに言うなら、二宮さんもこればいいんじゃないですか? 麻雀」
 ぼくは後ろから見させてもらいますから。そういうと二宮はややぎょっとしたように柳瀬を見下ろした。なんでそうなる、とでも言いたげだ。
 やっと柳瀬に意識と視線を向けた二宮に反して、けれど柳瀬は目を合わせるでもなくつーん、と顔を背ければ二宮はますます訳が分からない、という表情をした。
 太刀川もよくわからないまま、どうやらあまり平穏とは言えない雰囲気になったことを察しつつもひとまず麻雀のメンツがそろえば満足なため「お? 二宮もくるのか? いいぞ」と締まりのない顔で笑うばかりだ。
「なんでそうなる……」
 感情をそのまま口に出して二宮は深くため息を吐いた。賭け事に中学生を誘う太刀川と、遊びという名目でほいほいついていこうとする柳瀬。二宮からすれば忠告をして止めただけなのに、なぜか急に機嫌が悪くなった。否、遊びの話を遮られれば面白くはないのだろうが、いくら諏訪や冬島が同席するとはいえ太刀川がいるのだ。よりにもよって。
 そっぽを向く柳瀬。困惑する二宮。にやついている太刀川。場は混乱を極めている。

 結局、その後は通りかかった諏訪が人員を一人確保したと伝えたことで、柳瀬も二宮もお役御免となった。
「また今度暇な時に来いよ、麻雀教えてやるから」
 そういって去った太刀川の言葉にまた、行くなだのそんな風に言われる謂れはないだの、二人がややもめるのもまた別の話だ。


2023/09/15