蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


リクエスト:夢主が大きくなって2人でイチャイチャしてる話。気持ちよくなってる匡貴


 深夜というほどではないけれど、夜も中々に更けてきたころ。柳瀬は二宮からのほぼ無言電話を不思議に思い、彼の部屋──大学卒業を機に一人暮らしを始めた──を訪れた。こんな夜中に出歩くなと小言をもらうだろうけれど、声をかけても柳瀬の名前を呼び続けるだけなのだから何かあったのかと心配になるのは仕方がないだろう。それに柳瀬のサイドエフェクトは、対人における危機回避には向いているのだ。二宮が心配するほどではない、と柳瀬は考えている。――尤も、だからこそ危機感が足りない、と二宮が余計に心配するところもあるのだが。
 チャイムを押せば部屋の中から何やら物音が聞こえ、少し間をおいて玄関が開かれる。
「……たつき? なんでおまえがここにいる」
「イタ電まがいの着信があったからですよ。二宮さん、もしかしてお酒飲んでます?」
「あ? 電話なんて……したか? ……したか」
「……飲んでるし、さては半分寝てますね?」
 赤らんだ頬にとろんとした目、明瞭さの欠けた会話。おまけに踏み入れた部屋の中には飲み会の後らしき残骸がある。二宮の部屋を訪れる面々は限られているが、どうやら同学年の彼らと飲んでいたらしい。ずかずかと中に入り込んでも咎める様子はないし、かなり酔っているはずだ。
 飲み会メンバーの誰かが気を利かせたのだろう、おおよそ一か所にまとめられたごみ袋を廊下に移動させてから勝手知ったる顔で冷蔵庫を開け水を取り出す。ずっと柳瀬を注視していた二宮に手渡そうと振り返った。
「二宮さん、水……うわっ! びっくりした」
「……」
 すると、真後ろに彼は立っていた。柳瀬の言葉を聞いているのかいないのか、ああ、と曖昧に頷いて柳瀬を抱きしめる。脈絡のなさに混乱しながらもひとまず水をこぼさないよう腕ごと身体から離すと、受け入れていると思ったのか、二宮はあろうことか柳瀬の首筋をかぷりとかじった。
「っびゃ?!」
「たつき」
「なに?!」
「……たつき」
「だから何……うぁ、……っも、も〜! 座って!」
 通話で聞いたのと同じく柳瀬の名前を呼び続ける二宮。痛くはないがくすぐったいし、何より恋人からこういうことをされると変な気分になってしまいそうだ。否、ちょっとなっている。
 このままでは埒が明かないと判断した柳瀬は半ば強引に二宮の腕を引きベッドに座らせた。なんとかこぼれなかったコップをしっかりと握らせて、気持ち強めに伝える。
「はい、ゆっくり飲んでね」
 大してアルコール耐性が強くないこともありいつもは酒の量を調節しているはずの二宮だが、時折こうやって酔うことがあるようだ。自宅という安心感か同学年と飲んでいるという気安さか、それとも挑発されて、飲み比べまがいのことでもしたのか。体調を崩したり前後不覚になる、というほどではないようなので何かうるさく言うことはないが、それにしても通話がくるほど酔っているというのは珍しい。そもそも未成年の柳瀬が酒の席に呼ばれることもそうないので、もしかすると柳瀬の知らないところではよくこうなっていたりするのだろうか。
 なんとなくもや、としかけた頭を振り払う。違う違う、どこでどう飲もうと二宮さん個人の自由なんだからと。

 ふう、と一息つき、柳瀬に言われた通りベッドに腰かけながら、ちびちびと水を飲んでいる二宮を見下ろした。
「ぼくになにか、用でもあったんですか?」
 尋ねれば彼はまた少し水を飲んで、無言。考え事をするように視線はどこかへ向いているから無視というわけではないけれど、どうやら二宮自身、明確な答えを持ち合わせているわけではないようだ。なみなみ注ぐとこぼさず飲むには難しいだろうと、一杯より少なめにつがれた水は間もなく空になる。
「たつき、飲んだ」
「はい。お代わりいります?」
「そうじゃない」
「?」
 やや不満そうに彼は柳瀬を見上げた。褒めてくれないのか、そう続けられた言葉は寂しそうに響く。その色に柳瀬の心臓はどきりと音を立てた。
「……ひ、とりで、プレイをはじめないで」
 飲酒のせいでふわふわした態度の彼を咎めるものの、それにすら二宮は心地よさそうに目を細めるばかりだ。彼は今柳瀬に〝叱られ〟ている。
「っ…──匡貴は、ぼくにどうしてほしいの?」
「……命令されたい。おまえに触れろと、奉仕……しろと」
「……具体的には?」
「なんでも、いい。キスでも、抱きしめるのも、愛を囁くのでも」
 なんでも好きだ、と二宮は続けた。何かと言葉足らずになりがちな二宮が柳瀬に対して、思い出したように二言三言続けるのはわかっているつもりだったが、酒が入るとより素直さが増える傾向にある。というか、かつて言葉が少ないが故に起こってしまったすれ違いを、二度と起こさないために着けた習慣がより顕著にでるようだ。
 愛おしげな眼差しに焦がされ、頬が熱くなるのを自覚しながら柳瀬は「わかった」と頷いた。頷いて、
「じゃあ、匡貴は何もしないで。いいね」
「……は? っ、」
 空になったグラスを受け取り脇に置いた。二宮が固まっているうちに肩を押し、彼が腰掛けていたベッドに押し倒す。髪がさらりと流れ露わになった額に口づけて、反射的に逃れようとする指先をからませ、きゅうと握った。
「勝手にプレイをはじめちゃうような、悪い子のおねだりは聞けないなぁ」
 体重をかけすぎないよう気は使いつつ、二宮の腹のあたりに乗り上げた。焦っているのか。絡めた指先に力がこもる。彼を襲っているようなものなのに、それが縋られているようでどうにも柳瀬の加虐心がくすぐられた。
 二宮の要求とは逆に、好きに彼をかわいがるというお仕置きを与えるのだ。
 二宮は自覚するのがかなり遅い方だったとはいえ自身のSub性とうまく付き合っているようだ。うまくプレイできる相手が限られているとはいえ、こと柳瀬相手に対しては素直に身を預ける。それにコマンドもご褒美もお仕置きも、どれも従順に受け取り実行する。けれど自身の要求が満たされると思ったところでひっくり返されるのは、元々の性格もあって少々苦手なようだった。

「ええと……まずは、キスだっけ?」
 珍しく大きく晒された額にちゅう、と音を立てる。一日活動したあとだからか汗の味がする。それを口にすれば彼は羞恥心に頬を染めた。きっと柳瀬を睨むが、その眼光に戦場で見かけるような鋭さはない。
「それから、ハグ? ……うふふ、ベッドの上だとちょっとやりにくいかな」
 少し身体の位置をずらして彼を抱きしめた。ドクドクと、いつもより彼の心音が早いのはアルコールのせいだろうか? 彼の腕も柳瀬を抱きしめようとするけれど、控えめに動こうとするたびに「ダメだよ、動かないで」と言うと彼の瞳は切なげに歪んだ。
 ここでは柳瀬の指示をわざと破らないのがいじらしい。つい、彼が望むままに甘やかしてしまいたくなる。けれどこれはお仕置きだから、彼がして欲しいタイミングや場所を、わざとずらしてキスをする。
「ねえ、好きだよ、匡貴。すき、大好き……」
 そうして愛を囁いた。耳の形がかわいい、とか、ボーダーですれ違う時嬉しそうにしてるの気付いてるよ、とか、いろんなところを褒めていく。そのどれもが柳瀬の本心だが、やはり二宮は耐えきれずに力無く首を振った。
「匡貴はいつもぼくのこと甘やかしてくれるけど、匡貴だってぼくに甘やかされるの、好きだもんね? でも、甘やかしたいときに甘やかされるってどうなのかな」
 言いながら、またキスをひとつ落とす度に、ひとこと好きだという度に二宮の指先は震え息は上がっていく。
「……、たつき、っ……」
「うん?」
 アルコールによって元よりとろけていた瞳は、もう戻らないのではないかと思うほどぐずぐずになっていた。まばたきをすればこぼれ落ちてしまいそうな雫を目尻に吸い付くことで拾い上げる。
「……ふふ、しょっぱい」
「ダメ、だ……」
「んー……? 何が……? 匡貴が?」
 返しながら、もうちょっとかな、と柳瀬は考えた。普段から二宮は柳瀬を甘やかしたがっているようだし、実際それに甘えることも多いけれど。柳瀬だって、言葉も出せないくらいに二宮をぐずぐずにしてしまいたかった。
「ちがう、俺は……」
 何かを言おうとした唇に息を吹きかけた。急な刺激に驚いたのか、言葉は途切れて彼の息を詰めた音だけが残る。
「しー……静かに。やっぱりダメ。匡貴は、いい子にしてて」
 許しかけた言葉を遮りひっくり返した。腕を伸ばそうとするたびに咎められ、次第に力も入らなくなってしまう。しまいには酒のせいだけではないもので瞳を潤ませてか細く呻くだけだ。〝いい子〟の耳元に唇を寄せて、キスするように囁いた。
「……もしかしてぼくに電話したのって、寂しくなっちゃったから、とか?」
「……わから、な……っ、あ、」
「そっか」
 実のところどうしてかを深く追求するつもりもなかった。二宮が、他の誰でもない柳瀬を選んだことが重要だったから。
「……寂しくても寂しくなくても、ぼくのこと呼んでいいからね。匡貴」
 さっき噛まれた意趣返しのように、二宮の汗ばんだ喉にかぷりと噛みついてやる。思わぬ刺激に彼は喉をわずかにのけぞらせて震えた。目を細めた柳瀬は「いい子」と囁いて、彼の喉にやわく跡を残した。


2023/08/29