蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


リクエスト:成長した夢主の体の変化をプレイを通して実感する話


 例えば、〝抱っこ〟をせがまれなくなったとこと。
 例えば、ハグのときに屈まなくなったこと。
 例えば、キスのときに彼が背伸びをしなくなったこと。
 彼の身体が、少年のものから成熟した大人のものへ変わりつつあると実感した例は他にいくつもある。

 柳瀬と出会って何年経っただろう。彼と恋人になったときまだぶかぶかだった中学の制服は、卒業するころになってもまだやや手が隠れる程度にとどまったまま卒業を迎えた。けれど高校の制服では、また余裕をもって作ったと入学式前に見せられたときは確かに余っていた袖が、いつの間にか余裕がなくなっていた。ぐんと伸びた背はいつしか平均よりも高くなり、高校に上がるまでむしろ小さい部類だったと言えば当時を知らない者からは驚かれるだろう。
 一時期すさまじく増えていた食事量は、だいぶ落ち着いたとはいえ成長期だ。さすがに二宮ほどの背丈にとどくかはわからないけれど──二宮と柳瀬で横に並んでもすっかり遜色ないくらいには、彼は逞しくなっていた。
「匡貴」
 耳朶を震わせる声はやや低く、けれど柔らかさはかつてのままだ。そういえば、変声期にはいったときはしつこいのど風邪かと疑い心配をしたこともあった。懐かしいかつてを思い出してふ、と口角を上げればもう一度名前を呼ばれる。宙にやっていた目線を呼ばれた方へ向けると、愛しい彼が幾分かじっとりとした視線をこちらに向けていた
「匡貴……ねえ、プレイの途中に、考え事?」
 ああ、柔らかさもそうだけれど、拗ねたときの口調も変わらない。
「……いや、何でもない」
 そう首を振れば、つい先ほどコマンドによって握った手に力が込められた。そして彼はさらに唇を尖らせて、ふうん? と相槌を返す。納得していないのは明白だが、二宮が煽るようにはぐらかしたのだから当然だろう。数年経ち、彼の身体の他に変わったことと言えば、二宮がこういった、戯れのような駆け引きを覚えたこともそうだ。
 指の腹で、つつ、と握られたままの手をなぞられる。骨でも、血管でもしわでもーーその時々で何かをなぞるかは変わるけれど、与えられるどの刺激にも甘さを受け取るようになっていた。
「今日はお仕置きされたいの?」
 二宮の煽りを受け取った彼はそう尋ねた。彼のお仕置きならばそれもいいと、与えられたいと思ってしまう。
「さあ、どうだろうな?」
 二宮は問い返すことでまた、彼を煽った。

 滲む視界の中で彼を呼ぶ。ほぼ吐息のような呟きだったにも関らず、彼は聡く聞き分けて二宮を呼び、繰り返し頭を撫でていた手を止めた。
 二宮は柳瀬の肩にもたれかかり先ほどの続きを考えていた。今日に限ってこんなにも出会ったばかりのころを思い出すのはどうしてだろう。彼がまたひとつ、大人へと近づいたことを実感したからだろうか。
 一尺定規ほどあった身長差もずいぶんと縮まったものだ。コマンドとリワード、そしてお仕置きの繰り返しで脱力している二宮を、苦も無く支えられるくらいには。
「匡貴」
 年相応に低くなった声は、しかし変わらず二宮の輪郭を優しくなぞってかき乱す。髪を梳く指だっていつしか丸みは消えて、骨ばった力強さを備えるようになっていた。これだけ外見が変わっても尚変わらないところはあるもので、彼の話し方はかつてとほぼ変わっていない、むしろ──より柔らかくなった気さえする。
 二宮と交際を始め、また周囲の監視もあって昔ほど無茶な〝人助け〟はしなくなったとはいえ、困っているひとを見かけたら放っておけないというのは彼の人格の根本にある性質だ。相手の警戒心を出来る限り解けるような話し方や身振りを彼はすっかり身につけたらしい。
 人となりは誰しも外界との関りによって形成されていく。二宮とて例外ではないのに、柳瀬が誰かのためにする行動を、たとえ無茶のない範囲だと許容しながらももどかしく──時折妬いてしまうのは、なんとなく悔しいから本人に言ってやる予定はない。
 いくら周囲から見えた彼が穏やかな人物だとしても、その中にある、押さえつけられた荒々しいほどの獣性を覚えているのは自分だけでいい、とも。
「……たつき」
 ささやいた声はひどくかすれていた。大人に近づいたとはいえ、彼はまだ大人にはなっていない。掠れの中に含まれた熱にはどうか、気付かないでくれと願うけれど。おそらく彼は一気付いたうえで気付かないふりをしているのだろう。健全な付き合い方をしているはずなのに、身の内にくすぶる熱にはお互い見ないふりをしている。なんと不健全なことだろうか。
 熱のせいか、それとも矛盾のせいか。急に愉快な気分になり喉の奥にこみ上げた笑いをひっそりと含ませる。すると柳瀬は不思議そうに首を傾げた。
「……うん、どうしたの?」
 丸くした目にはまだ少年の面影が残っている。彼の問いかけには明確に言葉を返すことなく顔を寄せた。意図を理解したように柳瀬は目を伏せて、二宮の唇を受け入れる。
「……ん、」
「ぅ、?……」
 ついばむように、彼の唇を食む。柳瀬は一瞬呼吸を速めたが、その口付けに応えるように二宮の動きに合わせ、吐息を交換していく。彼にこの行為を教えたのは己なのだと、つまらない独占欲が満たされる。プレイについてほぼ何も知らなかった二宮が、数年かけて柳瀬に躾られたように。柳瀬とて二宮に躾られているようなものだ。顔を寄せられたらどうするのか、どの程度顔を傾ければいいのか、呼吸のタイミングは。
 元々湿っていた唇はやがててらてらと互いの唾液によって濡れていく。二宮は最後にちゅう、と彼の唇を吸って距離を取った。名残惜し気な彼の視線が二宮の唇を追いまた唇がわななく。これ以上はまだ進めない二人にとって、止めどきを見極めるのもまた必要な行為だ。
 物欲しげな彼の視線に気付かないふりをしていると、彼は口付けによって溜まった勢いを転換させるかのように二宮を抱きしめた。ぐんと伸びた彼の腕は二宮の背中を難なく一周してしまうし、力も随分と強くなった。けれどやっぱり抱きしめる動作そのものは変わっていなくて、その健気さに肩を震わせる。
「……なにがおかしいんですか、二宮さん」
「おまえのことを、かわいいと思ってたんだ。そう拗ねるな」
 さらり答えてやれば、ごにょごにょと聞き取りづらい文句が出る。内容をまとめるならば差し詰め、拗ねてないですけど、といったところか。
「言っておきますけど」
 ぎゅ、とダメ押しのように力を込められた後身体を離される。彼の澄んだ瞳が二宮を貫き迫ってきた。
「ぼくだって沢山、二宮さんのかわいいところ、知ってるんですからね」
 そう言って二宮がしたものと同じキスをする。唇にやさしく触れて、呼吸のために動いたそれを追いかけて、やわく食んで。二宮をどこまでも甘やかそうとする。
「……..ふ、……..そうか」
 柳瀬の指先が二宮のうなじを撫ぜた。この動きは少し、かわいいの範囲を超えるかもしれない。頭の隅でそう思考しながら、彼と触れ合う唇に意識を集中させた。


2023/08/02