蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


リクエスト:くじメイトのくまをかわいがる夢主か二宮さんのお話


「えっ、なんですかこれ、かわいい!」
 いつも通り二宮の家に招かれた柳瀬が見つけたのは、抱えられるぐらいのサイズのくまのぬいぐるみだった。清潔感のあるオフホワイト色のボディに赤いつぶらな瞳、そして丁寧に結ばれた紫色のリボン。前回訪れたときになかったはずのそれは、二宮家の食卓の一角を陣取るように、堂々と椅子へ腰かけていた。
 柳瀬が部屋に入り真っ先に見つけたのを、二宮は目ざとく思いながら「広報の仕事で使った小道具をそのままもらってきた」と話した。ボーダー隊員はB級以上になればオフィシャルサイトに名前が載るし、広報部隊の嵐山隊以外にも、仕事の一環として雑誌やテレビ、グッズ等のオファーが来ることもよくある。二宮は個人総合ランク二位ということもあり他の隊員と比べてもオファーは多い方だろう。そして、例えばグッズの広告に参加した際、撮影用の小物がそのままモデルに渡されることも少なくない。しかし、これは小物というにはなかなかの大きさだ。
「扱いに困ってたのを、母が面白がってここに置いたんだ。……おまえが欲しいならやる」
 言うなりくまの頭を片手でむんずとわしづかみにして柳瀬へ差し出した。ぶらり揺れる四肢がなんとも哀愁を誘い、別段欲しかったわけではないのだがその様子が哀れに見えた柳瀬は救出の意味でぬいぐるみを受け取る。
「すごい持ち方するじゃん……」
 二宮が持っていた時よりも何故かサイズの大きくなった気がするくまを抱え、乱れた毛並みを整えるように──あるいは慰めるように頭を撫でた。
「でも、ぼくがもらうにもなぁ。やっぱりかわいすぎませんか」
「そうやって愛でるだけ俺よりマシだ」
「電車でこれを持って帰るのは、さすがにハードルが高いんですけど……」
 無言を返されしばし首を傾げたあと、はっとした。二宮は撮影後、電車で持って帰ってきたのか。これを。思わずその様を想像して(すごくいいな……)と噛みしめていると、その考えを見透かされたように額をつつかれた。
「じゃあ、ぼくも食卓を見守ってもらおうかな。そういうコンセプトカフェとか、流行ってますよね」
「わざわざ人形と面付き合わせるための飯屋があるのか」
「言い方に風情がなさすぎる」
 このくまだって泣いちゃいますよ、言いながらくまの両腕を目元に持っていき、えーんと泣き真似をさせる。
 早速ぬいぐるみ遊びを始めた柳瀬に、やはり自宅にあるよりもずっといいだろうと確信した二宮は内心でうなずいた。

 そんな二宮の誤算と言えば、そのくまのぬいぐるみがなぜか今回のプレイに組み込まれたという点だ。
 大抵初めの方に指示される、柳瀬の手を握るというコマンドの代わりにくまを抱えるよう指示された二宮の表情は複雑だ。
「そうそう、いい感じ! じゃあ次は、くまのこと優しくなでてあげて?」
 くまを撫でる、とは。コマンドはコマンドなので、特に抵抗もなく身体は動く。膝の上にのっているくまの頭に手を置き、左右に何往復させた。たしかにぬいぐるみなだけあって手触りはいいし、ぬいぐるみをかわいがる者を否定するわけではないが、二宮個人の感性としては心地いい手触りのものが欲しいならばタオルでも撫でていればいいのでは、とどうしても思ってしまう。
「……うーん……ぎこちないのもそれはそれでアリではあるけど……匡貴、撫でるのそんなに下手じゃないでしょ」
 柳瀬がすぐ隣に腰を下ろして見上げた、ぼくのこと撫でてみて、と言われればぬいぐるみへのコマンドよりずっと素直に身体は動く。頬や髪に指を滑らせる度にうっとりと目を細める柳瀬。対して、何の反応もないぬいぐるみとでは比べるべくもない。
 嬉しい、ありがとう。褒められてぽわぽわとした心地に浸っていると、またぬいぐるみへなにそれをしろとコマンドを出される。二宮にはぬいぐるみを特別かわいがるような感性は持ち合わせていないと、短いやり取りの中で柳瀬も分かったはずなのだが。
「ほらほら、くまたかくんが待ってるよ」
「勝手にひとの名前をもじるな……。俺がこういうことは得意でないのは十分わかったろ」
「そうかなあ……」
 ぎゅっ、とぬいぐるみ越しにハグをされた。ふわふわと柔らかいものに圧迫されて、くまの手やリボンに触れている柳瀬を眺める。何をするでもなく無言でいればやがて彼は顔を上げて控えめに微笑んだ。
「匡貴にぬいぐるみをかわいがる才能があるかどうかはともかくとして……撮影したのがどんな感じだったのか、雰囲気だけでも知りたいなーって」
「そのうち、いやでも本部で目につくだろう。毎回貼り出されるんだ」
「一般公開よりも前に……って思ってさ。それに、選び抜かれたとはいえ写真一枚だけだし……せっかく小道具も本人もいるんだから、やってもらうしかないじゃない。……ダメ? やだった?」
 柳瀬のお願いにもコマンドにも、二宮が拒否しないことをわかっていながら敢えて尋ねる。随分な甘え方だ。せっかく本人がいるのだから、というのは二宮こそ主張したいのだが。コマンドされる内容は全て、ぬいぐるみではなく柳瀬本人にしたいことばかりだ。
 とはいえ彼のわがままに付き合うのも嫌々しているわけではない。それにご褒美のために我慢をするのはすっかりなれたものだ。焦らされた分、それだけのご褒美を要求してやればいい。
「……ダメじゃない」
 二宮は息を吐きながらただ簡素な一言を返して、ぬいぐるみを抱え直した。


2023/07/28