蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる

ご報告


「さっき俺は、前後不覚の状態ではおまえのことを襲いかねないと言った」
「……はい」
「普通に考えて、中学生と付き合ってる大学生はやべえ奴だ」
「え、あ、はい……? はい」
 襲うかもしれない、中学生と付き合ってる。二宮は所謂ツーアウト状態だ。他者を害することにおいてスリーアウト制などなく一発レッドカードだが、この場合は実行に移していないということと真剣交際ということで一旦置いておく。
「だから、間違っても俺がおまえを傷付けないように……万一傷付けたときのために、ある程度の範囲にはおまえとのことを話しておく」
「……? 傷付くける予定、が、あるんですか?」
「ない。しない。だがこれはそういう問題じゃない」
「……そうですか。そうですよね……わかりました」
「なんだ」
「いえ、こういう関係って、隠すものかと思ってたので」
「……」
 はぁ、二宮は隠しもせず大きな溜息を吐いた。
「おまえ……自分が隠し事できるタチだと思ってんのか。戦い方もそうだがもっと客観性を身に着けろ」
「わーっ! ひどい! 傷付いた! 二宮さんとパートナーってこと、いままで誰にもバレたことないのに!」
 大袈裟にふるまえば、彼はいつも通りの感情が読みにくい表情のまま、ゆるく握ったこぶしでぽこんと小突いた。
 まったく痛みのないそれにくすくす笑う。二宮は無言のままじっと見つめて、それから持ち上がった柳瀬の頬を撫でた。
「……ふふ、くすぐったい。なんですか?」
「いや……なんでもない」
 目を伏せた。幸福をかみしめていただけだから。

 しばらく雑談をしながら待っていると、やがて高校から帰ってきた三人が現れた。中に柳瀬がいることに気が付き辻は頬を緩める。
「柳瀬くん、久しぶりだね」
「今日はまだ制服なんだ? 珍しい……っていうか初めて見たかも」
「あれ? 二宮さんもまだ換装してないんですね。もしかして来たばかりですか?」
 本部についたら大抵すぐに換装してしまうので、確かに制服で過ごすのは珍しいかもしれない。犬飼たちの制服姿はたまに見たこともあるのだけれど。入学から一年半たってもまだ長いままの裾を持って見せるように腕を広げると、なんとなくわーっと盛り上がり拍手をされた。
「おまえたち、話がある」
 ぽん、と柳瀬の肩に手を置いた。あっもうその話するんだ、と思った柳瀬と一緒に彼らの視線も二宮へ集中する。
「俺と柳瀬はしばらく前からパートナーだった。いまは加えて恋人でもある。知っておいてくれ」
 パートナー、という単語を出したときに誰かから「えっ」と小さく漏れた声が聞こえたが、恋人、という単語には何も反応がなかった。数秒間二宮隊作戦室内の時間が止まり、彼らの視線が二宮から柳瀬へ移ると、ゆっくりと頷く。
「あ、はい、一応」
「一応ってなんだ」
「ああええと、ちゃんとパートナーで、付き合ってます。さっきのはフィラーみたいなものです」
 くしゃ、と柳瀬の後頭部を混ぜた二宮はたしかにこれまでとは距離感がちがう。
 まだ与えられた情報に対して処理が追い付いていない後輩二人よりも先に、はっとした犬飼は至極当然の指摘をした。二宮は基本的に言葉足らずの傾向がある。自分たちはまだ慣れてるし含意を汲み取れる方だとは思っているけれど、流石に今回のような話題初めてだ。自分がこのタイミングで聞かないと、色々なものが謎なまま話が終わってしまいかねないという使命感もあった。
「いやいや、いや。柳瀬くん中学生ですよ」
「知ってる」
 知ってるかどうかを聞いてるんじゃないんですよ! 犬飼は心中で叫んだ。犬飼の言葉をきっかけに、やっと硬直から解けたらしい辻と氷見も二宮に詰め寄る。
「……に、二中の制服着てるんですよ?!」
「さっきから見てる」
「こんなにちっちゃいのに」
「これから伸びます!」
 そういうことじゃない。言葉は通じているのにも関わらず意図が通じていない状況に、かつてのテストの思い出が蘇えった。どうしようと目線で相談し始めた彼らに、二宮はおもむろに口を開く。
「おまえたちがどう思ってるかはわかってるつもりだ。俺が言いたいのは、柳瀬が俺とのことで何か言ってきたら俺じゃなくこいつを信じて、守ってやってくれってことだ」
 無論おかしなことをするつもりはない。そう続けた二宮を柳瀬が見上げるも、彼の視線は高校生三人へ向いている。辻が迷うように……ちらと柳瀬を一瞥し、言葉を選びながら確認した。
「……それって、二宮さんが柳瀬くんに……その、何かしたら、ってことですよね」
「こいつに手を出すつもりはないが、口で言って信用されるとも思ってない」
「……そう、ですか」
 彼らは二宮のことを信頼しているし、二宮もまた同じだ。けれど平時とはいいがたいこの状況においてどう判断すべきかは各々が迷っていた。

 柳瀬も、一連の中でつくづくまだ自分は子供なのだと思い知らされていた。想像はしていたけれど、彼らはずっと取り乱している。柳瀬の考えが至らなかった証拠だ。
「……あの、多分ぼくから言ってもあんまり意味ないと思われるかもなんですけど、お互い、納得してて……そもそも好きって言ったのもぼくからです」
 思った通り、彼らは納得の表情を浮かべることはなかった。むしろより難しい顔をさせてしまったような気がする。辻と視線が合い、お互い離すこともせずにじっと見つめた。心配しているが、けれど何を言ったらいいのかわからないといった様子だ。
「付き合ってる……ってこともですけど……プレイしてたんですか? というかそもそも、二宮さん前にプレイの必要はないって言ってたじゃないですか」
「おまえたちに話したことは嘘じゃない。……少し前に事情が変わってな、Sub dropに落ちかけてたところを柳瀬にケアされたのがきっかけだ」
「あ……確かに聞いたことがあります、何かのきっかけでプレイが必要なくなったり、逆に頻繁に必要になったり……体質が変わることもあるって」
 氷見が思い出したように声を上げた。二宮はそれのことだと肯定する。
「っていうか、あー……二宮さんがSubってことも知らなかった……」
「話してなかったか?」
「聞いてませんね……いえ、それ自体はほんとにいいんですけど。いざこういう状況になると聞いてないって思うんだ―ってだけの話なので。……まぁ、ひとまずはわかりましたけど……、この話っておれたち以外にはしてないんですか? 最悪……最悪の話ですよ? 何かあったとして、二宮さんの部下であるおれたちしか事情を知らないのって相当不味いですよね」
 控えめにだが釘をさす犬飼に、再び彼はうなずいた。
「わかってる、何があっても百パーセント柳瀬につく……と、周囲が把握している奴にも話しておく必要がある。……柳瀬」
「はい」
「影浦と補崎に、今から時間をとれるかと聞いておいてくれないか。知らない仲でないし同じ時間でいい」
「ああ……わかりました。じゃあちょっと電話してきますね」
 一度退室した柳瀬を見送り、それぞれもの言いたげな彼らに尋ねた。
「おまえたちは三人ともSwitchだったな、少し聞きたいことがあるんだが……」



 幸いにも、柿崎も影浦もちょうど手が空いているようだった。もしかすると、柳瀬のことだからと融通を利かせたのかもしれないが……。面倒をかけていることは理解しつつも、二宮にとっては都合がよかった。たとえ拳が飛んでこようとも甘んじて受け入れるつもりだ。
 小さめの会議室を一室借りて待っていると、やがて彼らは現れた。マサ先輩怒るだろうな、という柳瀬の感情を受け取った影浦がぴくりと反応する。そして隣の二宮を見て、口を開きかけ――やはり閉じて、どかりと椅子に座った。柿崎は影浦の様子をみながらも、幾分落ち着いた様子で着席する。
「……それで、話というのは?」
 口火を切ったのは柿崎だった。二宮隊の三人へ告げたのと同じ内容を伝えたが、予想に反して影浦が激昂することはなかった。隊服の襟に口元をうずめ、じっと二宮を観察している。一通り話を聞いた柿崎がつまり、と二宮に尋ねた。
「……つまり、俺たちは二宮さんの監視役……ってことですか?」
「そういうことになる。もちろん柳瀬が大人にまで何もするつもりはない。だが、公になりすぎない範囲で事情を知ってる……こいつの味方が必要だ」
「……わかりました。三人で話したいので、少しの間外で待っていてもらえませんか」
「わかった」
 二宮はすぐさま立ち上がり、扉に手をかけたところで振り返る。
「影浦」
 ちらちらと視線は合っていたが、改めて見据えた。鋭い眼光は二宮を貫いている。
「何か、俺に言いたいことはないのか」
 聞こえよがしに舌打ちをした。
「さっさと出てけ」
 会議室の扉を開けると、静かな会議室とは異なる空気が入ってくる気がした。遠くの喧騒が聞こえる。

「……あー……、二宮さんだったかあ……」
 二宮が扉を閉じた後、柿崎は机の上に項垂れた。
「ザキさん、何か知ってたのかよ」
「前に、たつきに相談されたんだよ。年上の好きな人がいるって……いや、こんな直接的な言い方はしてなかったけど……。そういうことで合ってたんだよな?」
「はい。あの後……フラれたと思ってたんですけど、ちょっと行き違いがあったみたいで」
「フラれただぁ?」
「や、あの、えーと……とにかく今はいい感じなので!」
「……いい感じ……ってもなあ……」
 柿崎はストレートに困っている、という表情を浮かべている。たしかに柳瀬が失恋したという話を聞かされた時は、どうみても無理に笑っている彼の姿にも、失恋したということ自体にも心を痛めたものだが。けれど成就したとなると、それはそれとして別の心配が浮上してくる。
「……二宮の野郎に、嘘みてーなもんはなかったぞ」
 背もたれに身体を預け、脱力したようにもたれかかった影浦が柿崎に告げた。柳瀬は彼の様子にぱち、と瞬きをして、拍子抜けしたように聞く。
「……マサ先輩、怒らないんですか?」
「怒られるようなことしてんのか」
「してないけど……」
「俺はカゲがいつ二宮さんに殴りかからないかヒヤヒヤしてたよ」
「ブン殴ってやろうかとも思ったけどよ……あいつ、覚悟決めたみてえな刺し方してきやがる」
「……。中学生と付き合ってる大学生は……やばいって……」
「ったりめーだわ。どう考えたってヘンタイだろ。つーかそれを抜いても、あいつのことはそもそもフツーの奴だとは思ってねぇ」
「へ、へんたい……」
 そう思われかねないことは理解していたつもりだがいざ口に出されると面食らってしまい、さっと柿崎を見た。柿崎も二宮に対してそう思っているのだろうか。だとしたらものすごく不名誉なことをさせていることになる。
「うーん……、変態かどうかは置いとくとして、少なくとも俺たちに話を通す気はあるってことだし……カゲの言うこともあるし。……ただなあ。……たつき、ほんとに親御さんに言えないようなことはしてないよな?」
「してないです」
 いくら好き合っていても付き合っていても、してはいけないことはある。柳瀬も理解していることをはっきりさせたところで、影浦が不意に口を開いた。

「……たつき、Glare最後に使ったのいつだ?」
「えっ? えーと……結構まえ……半年……それ以上……?」
「プレイでもなんでも、長いことGlare飛ばしてねーんだろ」
「……う、うん」
「カゲ? なんで急にそんなこと聞くんだ」
「……。ザキさん、こいつGlare使うのにビビってんだよ。……けどよたつき、おめーのためにも……二宮の野郎を悪者にさせたくねえなら、使うのに慣れといた方がいいんじゃねえの」
 影浦はつまり、セーフワードの練習と同じように、いざという時のためGlareをすぐ使えるようにしておくべきだと言っているのだ。
 GlareはDom同士の威嚇やSubの躾のために使われる。プレイの一環として使うときはSubの気分を高揚させたり、逆にお仕置きとして使うときはSubの身体を竦ませることもできる。かつて柳瀬が影浦に向けたものは一般的にタブーとされる殺気混じりの威嚇で、けれど意識的に使っていたわけではなかったから、影浦が指摘すれば柳瀬はあっさりとGlareを収めた。
 つまり、二宮が柳瀬の指を舐めたときのように彼が自身のコントロールが聞かなくなる前に、柳瀬が彼にコマンドをするか、でなければGlareで彼をコントロールする必要がある。プレイにおいてSubへの躾はDomの義務であるとも言えるが、それ以外の側面でも二宮と柳瀬の間には必要なるのだ。
 そもそもプレイの同意書を書いていたときに二宮は「必要だと思ったら使え」と言っていたのだ。その意味を柳瀬は今になってやっと真に理解した。
「……そうですね」
 あっさりと頷いた柳瀬に影浦は瞬いた。
 そして、室内のはずなのに旋風が舞ったような感覚、次いでばちっ、と静電気が走ったかのような痛みが柳瀬の全身を襲う。突然のそれに膝を折り、けれど床に倒れ込む前になんとか机へしがみついたのと、影浦に制服の襟首を掴まれるのはほぼ同時だった。
「っ、おいカゲ!」
 影浦のGlareだ。矛先はあくまでも柳瀬だが、余波が飛んできた柿崎が影浦を咎める。が、元から長時間ぶつける気はなかった影浦のGlareは止められる前にもうやんでいた。けれどたった一瞬のことなのに、冷や汗も動悸も止まらない。ゆっくりと息を整えながら柳瀬は再び立ち上がる。
「悪ぃザキさん。けど、俺は丁寧に教えるなんてできねえからよ」
「うん……よくわかったよ、大丈夫」
 戦い方だって、いつも言葉はなく実戦で教わっているのだ。とはいえ、まだ感覚がおかしい気がしてその場で足踏みすると、汗で張り付いた前髪をかき上げるように柿崎がよけさせた。見上げると気遣わしげな柿崎と目が合う。
「……おまえらなぁ……」
 複雑そうな顔をして、はあっと大きめのため息をついた。影浦が気まずそうな顔をするが、何か言う前に柿崎はそのまま片方の手で柳瀬の、もう片方の手で影浦の頭を引き寄せ、思いっきりかきまぜた。
「うわっ!」
「くすぐってぇ、」
「急に、人に向かってGlareをぶつけた罰だ! 無茶しやがって。実践派にもほどがあるだろ!」
 けれど当然、罰になどなるわけがない。思う存分彼らの頭を鳥の巣にしたあと、しばらく置いて柿崎はぽつりと呟いた。
「たつき、おまえがDomである以上、二宮さんのことを守る立場でもあるんだからな」
「はい、わかってます」
「おまえの師匠にも、友達にも。あんまり心配かけさせてやるな」
「……はい、それは……いつも思ってます……。柿崎さんも」
「俺はいいんだ、嬉しいから。だから、困ったことがあったら……なくても。なんでもすぐに教えてくれよ。おまえも隊長になって忙しいだろうけど、またいつでも遊びにきてくれたっていいんだから」
「……はい。柿崎さんもまたうちの作戦室来てくださいね、マサ先輩も!」
 ちょっと暴れかけた影浦を片腕で押さえ込んで、もう一度柿崎は彼らを抱きしめた。腕の中で、柳瀬がくすぐったそうに笑っている。



 呼び戻された二宮は柳瀬と影浦の頭をみてやや怪訝そうにした。乱れは整えたと思ったが直しきれていなかったらしい。あらぬ方向へ飛んでいる柳瀬の一房を指先で梳き、本来の方向へ戻していく。それに反応したのは影浦だった。
「おい、たつきに触ってんじゃねえ変態」
「一体何してたんだ、影浦も髪が乱れて……いや、いつも通りか?」
「やっぱ表出ろ、一発ぶん殴ってやる」
「もぉー二人とも喧嘩しないで」
「してない」
 そりゃあ二宮は本気で煽っているつもりなど微塵もないのだからそうなのだろう。苦笑いした柿崎が二宮を見据えて告げる。
「……二宮さん。……たつきを、くれぐれもどうか、よろしくお願いします」
 二宮は深く頷いた。

「たつき。おめー、ケーサツの番号すぐ呼び出せるようにしてあるよな」
「うん」
「こいつが変な気配みしたら迷わず押せ。いいな?」
「は……はい」
「そんでオレのことも呼べ」
 影浦が言い含めるのを聞きながら、違和感を覚え片眉を上げる。
「……警察の番号を登録してあるのは、ただの防犯か?」
「ちげーよ。コイツ、サイドエフェクトのせいで遠くからでも誰かがボコられてんの見えるだろ。チビなんだからしゃしゃってもまとめてやられるだけだから、通報だけして逃げろって前に言ったことあんだよ」
「……」
 見下ろすと視線が泳いだ。柿崎も話を聞いたことがあるらしく、どうやら再三注意されていることのようだ。
「おまえ……これからデカくなっても、そういうのに絶対に首突っ込むなよ」
「わ、わかってますよ……」
 本当だろうな? 疑惑の視線は方々から向けられていた。



 柳瀬と柿崎、影浦が話している間に、二宮は東とも連絡を付けていたらしい。柿崎たちと別れたあとすぐに別の場所へ向かう二宮から名前を聞き、柳瀬は素っ頓狂な鳴き声を上げた。
 たしかに東とはここ半年ほどで話す機会が増えたとは思っていたが、まさか二宮から話が伝わっているとは微塵も知らなかった。しきりに二人の顔を見比べる柳瀬に、東は「悪いな」といつも通りの朗らかな笑みを浮かべる。二宮の言葉から察するに柳瀬をずっと見守ってくれていたという話だろうから、別に悪いことはないのだけれど、というかむしろ柳瀬は感謝するべきところなのだろうが。何か壮大なドッキリでもしかけられていたような心地がした。
「大まかな話は二宮から聞いたよ。ひとまずおめでとう」
「あ……ありがとうございます……?」
 これまで見てきた反応とはまた違う言葉を贈られ、一瞬戸惑う。首を傾げられたのでそのまま伝えると、やはり東は柔和な笑みを浮かべたままだ。
「まぁ、別の言葉は他でいくらでも言われてるだろう。それに、なんとなくこういう風になるんだろうなっていうのは二宮から話を聞いてて思ってたからな」
 そう東が考えていたのは二宮も初耳だったようだ。動揺したようにどういうことですかと尋ねている。
「何年の付き合いだと思ってるんだ」
 やはり笑って答えていたが、二宮としては複雑だ。事情をある程度話していたとはいえそこまで把握していたとは。もしかすると二宮が自身の感情にはっきりと気付く前から、東には勘付かれていたのではとすら思わされる。
 微妙な顔をしている二宮に微笑みを返しつつ、東は口を開いた。
「教授とのセッションはどうする? パートナーが確定したならもう頼まなくてもいいのか?」
「ああ……、そうですね。せっかくですが……。俺の方から改めて、またご挨拶に伺おうかと」
「えっ、あっ、そ、それって二宮さんの、新しく見つかったプレイできる相手……ですよね。でも宮さん、体質的に
も何かあったときのために連絡はすぐ取れるようにしておいた方が……というか、めちゃくちゃ大変なのはわかるんですけど、三人目、とかも……探した方がいいんじゃない、ですか」
 二人は意外そうに瞬いた。探し出すまで二宮の負担が大きいのはともかく、有事の際を考えれば柳瀬の意見は正しい。欲求を解消できないことは下手すれば生命にも関わる問題だからだ。
「……柳瀬は、恋人である二宮が別なパートナーを持っていても平気なのか?」
「……正直まだ、プレイは友達としかしたことないし、友達にいて平気だった別のパートナーの存在も、もしかしたら平気じゃないのかも……ですけど、でも、それで二宮さんに何かあった方がいやなので。……二宮さんとその人が、どういうプレイをしてても……」
「……柳瀬」
 二宮を案じる言葉は健気だが、その言い方に東は内心で首を傾げた。二宮はさして不思議に思っていない様子だが、話題を少し変えるふりをして念のために確認を取る。
「そうか。……二宮、教授とのプレイって、病院でするようなのと同じ感じだよな? 基本コマンドの中からいくつか選ぶ形式の……」
「そうですね、俺のNGコマンドを避けて、それ以外のComeやStay、Look……本当に初歩的なものだけです」
「……」
 柳瀬はぽかんとして、段々気まずい表情を浮かべた。かと思えばじわじわと赤くなっていき、ついには顔を覆い項垂れてしまった。
 その様子を見て確信した。きっと、二宮が受けているプレイの内容を深くは聞いていなかったのだろう。その中で徐々に二宮への想いを自覚したとして、ついにはパートナー解消の危機に陥ってしまった。その過程であらぬ妄想を膨らませていたとしても、まあ、さして不思議ではない。
(う〜〜ん……さすがは中学生だ)
 項垂れて復活できないままの柳瀬と、そんな彼に心配そうに声をかける二宮を眺めながら東はにっこりと頷いた。思春期特有……と言っていいのかはともかく、それでもなお彼の体質を心配し、別なパートナーになり得る人物を探した方がと提案できる。彼はまだ少年と言うに相応しい年齢だが、なるほど中々にいい関係ではないか。
 流石にいま彼らに伝えてやるのは、二宮にも柳瀬にも毒になり得てしまうから言わないけれど。何年か後に思い出話として語ってやってもいいだろう。
 それまで彼らが、仲良くやれていればいいと願う。



 後日の話ではあるが、柳瀬は巴にもしっかりと二宮との関係を他言無用であることも含め伝えた。巴から二宮への印象は、ここ半年で柳瀬からやたらと話を聞くようになったり、以前一度だけ勉強を見てもらったことのある現B級部隊の隊長だ。
「……それで、結局仲直りできたってこと?」
「うん! ちょっと遅くなっちゃったけど、二宮さんの誕生日も祝ったんだ。……それで今度、一緒に買い物に出かけるつもり! ……これってさぁ、もしかしなくても、……デートだよね」
 ひそひそと声を潜めて柳瀬は巴に尋ねた。状況を整理し、巴もこくりと頷く。
「付き合ってる人と二人でお出かけは……デートだね。間違いなく」
「やっぱり~?!」
 はしゃぐ様子からはあの情けない顔を想像することもできない。すっかり調子は戻ったようで、その影響か授業も爛々とした目で受けているのを横目で見ていた。二宮との関係は、柳瀬にとっていい刺激になっているらしい。
 色々考えは浮かんだが結局、「もう無理矢理キスなんてしちゃだめだよ」とよくよく言い含めて。丸く収まったのであればそれ以上のことはないと、巴は彼らの関係を応援することにした。
 柳瀬が友達のプレイ相手は全員解消すると決めた影響で再び相談を受け、またもにょもにょと口をもごつかせながら柳瀬に伝えるのはまた別の話だ。


2023/06/25