蜜柑とアイスの共存

ぼくのSubの二宮さんがあまりにもズルすぎる


背中が遠い


「……柿崎さん」
「うん? どうした、たつき」
 がやがやと騒がしいラウンジ。一人休憩していた柿崎の隣へ、てってっと柳瀬が寄ってきた。いつもの溌剌さがないけれど、元気がないというわけでもなさそうだ。神妙な面持ちでずっ、とストローを吸ってから一呼吸おき、柿崎を見上げる。
「柿崎さんから見たぼくやこたって、どのくらい子供ですか」
「……ん?」
 含意を読み取りきれずに思わず聞き返した。どのくらい、とはどういう単位の話なのだろう。首を傾げかけたがまず、率直に浮かんだ考えをそのまま答える。
「……たつきも虎太郎も、頼りにしてるぞ? この前の防衛任務で一緒になった時、危険区域に入り込んでた一般人をいち早く見付けてくれただろう。あれは他の誰でもない、たつきにしかできないことだ」
 柿崎からの評価に柳瀬の頬がにへっと緩んだ。が、すぐにはっとして頭を振る。
 柳瀬がサイドエフェクトの使い過ぎで体調を崩し一晩二宮の世話になってからというもの、やたらと二宮が甘やかしてくるのに困惑していたのだ。困惑というか、もやもやというか。二宮とはボーダー内では言うほど頻繁に会うわけではなく主にプレイのために会うときの話なのだが、彼とプレイをする前後に、何かと世話を焼かれるようになった、なってしまった。どうして急に? 二宮さん、そんなキャラだっけ。もしかして遠まわしな、ぼくの褒めが足りないみたいな要求? なにか要求があれば二宮は迷わず口にだすだろうことを、長くはないがどちらかというと濃い関係性を続けるうちに理解はしているつもりだけれど、とにかく柳瀬は少しずつ不満を積もらせていた。
「あの、えと、ちがくて。や、もちろん嬉しいんですけど……。その、隊員としてっていうより、学年、的な? ぼくと柿崎さんって、五学年違うわけじゃないですか。年齢的に小学校ぐらいしか被らないし、ぼくが六年生の時に見た一年生って、ほんとにちっちゃくてひよこみたいな感じだったんですけど……」
 言葉を探すように視線がさまようのを眺めながら、彼の言いたいことを拾い上げていく。柿崎の年齢から、柳瀬や巴のような年少の者はどう見えるのか。
「それで、俺にとってたつきや虎太郎がどう見えるかが聞きたくなったってことか?」
「はい。ぼくから見た柿崎さんは……というか、一学年上の、例えば木虎先輩たちも、近いは近いけど大人にもみえるんですよね。だから、ううん……いつも学年差を気にしてるって訳じゃないですけど、大学生っていうと、もしかするとすごく遠いのかも、って……」
「なるほどなあ……。確かに中高生では特に、先輩後輩があるもんなぁ」
「教室とかで別れてない分、ボーダーは垣根が低い感じはあるんですけど……」
 用事のために校舎内の教室を訪ねるだけでも、学年が一つ違うだけで緊張が段違いになる経験は、柿崎にとっても記憶に新しい。ふむ、と柿崎は少し考えた。
「……たつきは、俺のことが遠いって思ったことあるか?」
「……! 柿崎さん、も、大人だなって思います。けど、いつも優しいです」
「あはは、ありがとう。親しく感じてくれてるってことだよな」
 端的に表された柳瀬の感情にこくこくと頷いた。柿崎は相好を崩して優しく背中を叩く。確かに柿崎は年上として、年少の柳瀬たちを引っ張っていくべき立場であるべきだ。特に隊長職についていることもあり、防衛任務の臨時隊でも隊長を任されたり、これからの作戦で指揮を任されることもあるのだろう。
 しかし。けれど。柳瀬は、上を見上げすぎているのかもしれないと感じた。

「……情けなく思われるかもしれないけど、俺も別に大人ってわけじゃないんだよ」
「……、というと……?」
 きょとんと目を丸くした。なるほどたしかに、学年差があると柳瀬が例えに出したひよこに見えるかもしれない。柿崎は微笑んだ。
「ひとつはまあ、そもそも成人してないからな。酒もタバコもまだできない」
 人差し指をたてて説明すると、柳瀬が頷いた。柿崎は数えで言うと十九になるが、まだ誕生日が来ていないため十八歳だ。中学生の柳瀬とは違い、既に高校を卒業し十分に就労が出来る年齢とはいえ法的には成人を迎えていない。
「あとは……もっと年上で大人な人は大勢いるってとこだな」
「……? はい、……?」
「はは、当たり前に聞こえるか」
「えーと……?」
「たつきのいるコミュニティって、家族と、学校と、ボーダーがあるよな。家族は親、学校は先輩と先生、ボーダーは大学生までがほとんどで……職員はもう少し上の年齢の人もいるけど、基本的に関わりがあるのはそのくらい。大学生っていうと、たつきよりも大体十歳上の人ってことになる」
 無言のまま柳瀬は頷いた。
「俺がボーダーに入ったのはいまのたつきよりも年上だったけど、それでもやっぱりたつきが言うように、一学年でも上の先輩とか、先にボーダーに入った人のことは随分大きく見えたもんだよ。まあ、それは今もだけど……だからたつきの言うこともわかる。けど、いざ自分が年上になってみると、案外、あのとき大きく見えた先輩達も俺と同じ気持ちだったのかなって思うこともあって……」
「……あんまり自分が大人じゃないって気持ち、ですか?」
「ああ。感覚的なことだからたつきにも絶対にわかるとは言えないが……。それに、たつきはしっかりしてるしな。俺と同じ年になったたつきはもっと大人かもしれない」
「……し、っかり、してますか……?」
 どうやら柳瀬の自己評価ではしっかりしていないらしい。その様子にまた笑い、「ほら、そういう自己評価が出来てるだろ」と返した。なるほど……? 相槌を打ちつつも、しっかりしていない自覚があればしっかりしている、というパラドクスめいた答えに、しきりに首を傾げている。
「年上として危ないことしてたら注意するとか、経験則的にいい方法があれば伝えたりすることはあるけど……でもそれは子供と思って接してるわけじゃない。それに、俺はみんなのことを隊長として導く必要があるけど、同じくらい頼りにもしてるんだぜ。組織は一人では回せないだろ?」
「……はい」
 柿崎の言葉を反芻するように、柳瀬はうん、うんと頷いている。

「えー……と、じゃあ、大学生はぼくが思ってるほど、実際は、あんまり大人じゃないとして……子供扱いされたくない場合って、どうしたらいいんですか?」
 今度は柿崎が首を傾げる番だった。どうやら柳瀬は、柿崎が今し方否定したことをされているらしい。ふむ。それはボーダー内の人物なのか外の人物なのか、いったいどのようなことをされているのか。
「たつきがされてる子供扱いって、たとえばどんなのだ?」
「……なんというか、ぼくのこと、変に甘やかされてる? 気がするというか……」
「……変に?」
「えーと……今まで全然そんなことなかったのに、身体を……持ち上げられたり、いっぱい頭撫でてきたりとか、お風呂から上がったらちゃんと髪乾かせとかそういう……」
「……? 急にっていうのはたしかに気になるけど……俺も結構するし、カゲも遠慮無くやるよな、そういうの。……ホントは嫌だったか?」
「えっ」
「ゴメンな、気付かなくて」
「えっっ! や、ヤじゃないです! ちがっ……。……あれ……?」
「?」
 たしかに柿崎の言う通りだ。ということはつまり、される行動が嫌なのではなく、する人が嫌ということになる。柳瀬は二宮に褒められたい反面、子供扱いされたくないと感じている。柿崎や影浦にされても嫌と思うどころか嬉しかった言動が、彼を相手にすると気になってしまう。それはどうしてか。考え始めてすぐに柳瀬は既に自覚済みの、名前を付けたばかりの感情の横にことんと小気味よい音を立てておさまった気がした。
「……あ。わかったかもしれません」
「ん? え? ……解決、したのか? 今ので?」
「はい。……やっぱり柿崎さん、すごいです」
「うーん……? たつきが自分で気付いたんだと思うけど……まあ、すっきりしたならよかったよ。ところで、俺でもカゲでもないなら誰の話だったんだ?」
「……へへ、それは、ちょっと内緒です。でも、子供扱いされるようなことを先にしたのはぼくでした」
「うん?」
「ぼくのこと、もっと見て欲しいのになって思う人がいて。でもどうしたらいいのか分からなくって。……けど、ちょっとすっきりしました。相談に乗ってくれてありがとうございました」
 少し晴れやかな表情で微笑み、柳瀬は去って行った。一人残された柿崎は彼の言葉の意味をしばし考え、言葉の点と点をつなげたのち、青くなればいいやら赤くなればいいやらの気持ちでいた。彼の表情は青に傾いている。
「……もしかして恋愛相談だったのか、今の……?」
 であれば、有用なアドバイスは出来た気がしない、どころか話が大分変わってくる。特に、大人じゃないの意味だとか。かわいい後輩に振り向いて欲しい人が出来たらしいのは素直に喜ばしいが、相手は恐らく柿崎と同年代の人物ときた。年上に憧れる気持ちは理解できる一方、その相手が一体どんな相手なのか、様々な意味で気になってしまう。
 けれど、内緒と言われてしまった。今まで色んなことを――全てではないにしても、尋ねれば返してくれた柳瀬が。彼に言った通り子供扱いをしていたつもりはないが、それでも大きくなったなと思う。去り際の表情も含めて。
 しかし、それにしたって心配は積もる。嫌われるのを覚悟で問い詰めた方がよいのだろうか。
 柿崎青年の悩みは続く。


2023/06/16