蜜柑とアイスの共存

恋ってやつは5題

5.うまく育てると愛に進化するらしい

「……今日も、逃げられてしまった」
 相談するのは放課後の教室。たまにメール。
 今日も自分のものではないクラスメイトの席を借り、相談を持ちかける。
「勅使河原君が……触られるの? 苦手なのって、悪魔が原因なんだよね?」
「ああ……コールタール、だったか。それが、相手についていってしまうんじゃないかと……これがいいものではないとは分かっていたから」
「でもそれぐらい小さい悪魔なら、普通の人ならなんともないんだよ?」
「それも分かっているつもりだ。自分でそれなりの心積もりをしておけば大丈夫なのだが……」
「少しずつ慣れていけばきっと大丈夫だよ」
「すまない……いや、ありがとう」
「これくらい何でもないよ」
 朗らかに笑う彼女にもう一度ありがとう、そう返す。
 本当に、助けられてばかりだ。

 *

 なんとなくまだ寮に戻る気分ではなく、朴とは教室で別れた。
 自分の席へ戻り、窓から夕日が射し込む外を見る。
 正十字学園町は建物を中心に成っており、その中でも正十字学園は頂点に建てられている。
 見晴らしがよく、日本ではないようにも思える。
 一種のノスタルジーにも似たものを感じていると、背後からかたりと物音が聞こえた。
「……あ……」
「……あれ、忘れ物?」
 その音の主は出雲だった。
 席を立ち尋ねると彼女は曖昧に頷く。
「筆箱を……忘れて」
「そう。塾は何時から?」
「もう少し時間はあるけど……って、あ、あんたに関係ないでしょ」
「……」
 はっとしたように突き放す言葉を吐き、足早に廊下側の自分の席へ向かった出雲。
 自分の席を離れ彼女へ近付く。
 びくりと肩を震わせたが回収した筆箱を片手に辰巳を見やる。
「……何よ、あんたあたしに近付いて大丈夫なの? びびりのくせに」
「……そう。ずっと、僕は怖かったんだ」
「……?」
「悪魔が寄り付きやすい体質のせいで周りの人間を傷付けてきた。でもあの時、君に助けられて、光が射したようだった」
「……大袈裟よ」
「もし君がきてくれなかったら、とうに僕の人生は終わっていたのだと思う。……今まで傷付けてきてしまった人たちとも、また連絡をとるようになったんだ。この悪魔に、僕が触れた人が不幸になってしまうのではないかと怖くて、ずっと人との接触を拒んできた」
「……」
「けれど、そんなことはないと君が教えてくれたから。君は強いから。……君は、僕が初めて触れたいと思った女性なんだ」
「……は、?」
「……いや、すまない、いきなりこんなことを言われても気持ち悪いだけだな」
「え……ちょっとまちなさい! あんた……」
「……?」
 窓ガラスの枠を背に立っている出雲は辰巳の言葉を遮り、しかし話すことが決まっていないようでしばしまごつく。
 首をかしげる辰巳を見上げ、かわいらしい柄の筆箱を抱え直し呆れたようにため息を吐いた。
「……あんた好きな子いるんでしょ? なんであたしにそんなこと言ってるのよ」
「……え」
「命助けられたんならそれでいいでしょ。もうあたしに構わないで、しつこい!」
「ちょ、……ちょっと、まってくれ!」
「きゃっ……」
 辰巳の横をすり抜け走り去ろうとした出雲を引き留め、窓ガラスを後ろに、両側を手ではさみ彼女の逃げ道を塞いだ。
 当初はためらった様子を見せていた出雲だが、とうとうしびれを切らしいつものように辰巳を睨む。
「何すんのよっ……」
「僕の話を聞いてくれないか」
「はぁ!? あたしはなにも……」
「以前、朴さんとは付き合っていないという話をしたとき、僕は好きな子がいるといった。……君が猫と戯れていた時のことだ」
「そっ、そこまで言わなくても覚えてるわよ!」
 恥ずかしい現場を見られた羞恥心から、熱くなった頬を誤魔化すように怒鳴る。
 辰巳はそんな彼女には特に言及せず一つ頷き言葉を繋げた。
「僕が想いを寄せている女性がいて、その相談を朴さんにしていたことは本当だ。それでその……僕が好きな女性のことについてなんだが……」
「……? 何よ……?」
「……その、だな」
 一度言葉を切り、所謂壁ドン、をしていた手を降ろす。
 それにより、知らず知らずの内に緊張して固まっていたらしい出雲の肩もふっと下りる。
 しかし、その緊張は辰巳が出雲の両手を握ったことにより、すぐ振り返すこととなった。
「ひゃっ、な、あんた触れ……っ!」
「君に助けられたときから、ずっと……。神木出雲さん、君の事を、愛していました」
「……!? ……なっ、んで、あ、愛とか、……っば、馬鹿じゃないの!」
「君のためならば馬鹿になるのもそうでなくなるのも、吝かではない」
「っ……ばっかじゃない、」
「ああ。相談していたというのも、君のことだったんだ。どうか、もし僕の思いが受け入れてくれるというのなら……」
「……っ」
「……神木出雲さん。僕と、お付き合いして頂けませんか?」



 5.うまく育てると愛に進化するらしい
 (好きです。君のことが)
 (ずっと言いたかった、言葉)


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