蜜柑とアイスの共存

恋ってやつは5題

4.追いかけると逃げて行くらしい

「……あ、神木さ……」
「っ!」
「……」
 あれから数日。
 出雲は徹底的に辰巳のことを避けていた。
 今のように話しかければ瞬間逃げていき、目が合えば即行逸らされる。
 手伝うよと声をかければ、以前ならば楽ができると言っていたにも関わらず断固拒否されてしまう。
 そして今日も今日とて、放課後。他に人のいない教室で朴に相談を持ちかけるのであった。
「こう……嫌われてはいないと思うが、接触を徹底的に避けられていてだな……」
「うん、ここしばらくはそうだね、避けてるっていうか……」
「……逃げている域だな。……あぁ、自分で言って悲しくなってきた」
「……」
 疲れたように椅子の背凭れに体重を預ける辰巳に朴は労りの言葉をかけた。
 水基は白い体を存分に机の上で伸ばし、群がるコールタールをぱくぱく食べている。
 彼女は昔から見えざるものを食べ、それが集まりやすい体質の辰巳の身を守っている。
 白蛇は神聖なものだからきっと浄化しているのだろうと辰巳は勝手に解釈しているが、その辺りは彼女に直接聞いていないので詳しくは解らない。
「出雲ちゃんも大概だけど、勅使河原君も……」
「何だ?」
「……ううん、何でもない」
 こういうことは本人同士で話し合うべきだろうと判断し、朴は頭を振った。
 
 *
 
「……あ」
「げっ……」
 移動教室の前の休み時間。
 廊下は賑やかな喧騒に溢れている。
 教室を出ようと出雲が扉へ向かうと、丁度そこから入ってきた辰巳。
 あまりのタイミングのよさに狙ったのではないかと考えるが勿論ただの偶然である。
 しかもこういうときに限っていつも行動を共にしている朴がいない。
「……邪魔。どいて」
「……待ってくれ」
 視線は合わせないままに棘のある言葉で彼を退けようとするが、思惑とは違い逆に扉を塞がれてしまった。
 眉を寄せ、何よ、と吐き捨てるように問う。
「僕に対して最近当たりが強くないか?」
「別に普通よ。っていうかあんたは何であたしに話しかけてくるのよ。鬱陶しいんだけど、そーいうの」
「僕はまだ君に助けてもらった恩を返していないんだ」
「っ、ならもう話しかけないで! あたしはあんたに構ってる暇はないの!」
「それにしては律儀に付き合ってくれているけれど、それはどうして?」
「それはっ、あんたがあんまりにしつこいから仕方なく……!」
 逸らしていた視線を上げ辰巳をきっと睨み付ける。が、どうしてか辰巳は微笑んでいた。
「……やっと、僕のことを見てくれたね」
「は……?」
「ここ最近、君は僕のことを徹底的に避けて、だからもう僕の顔は忘れられてしまっているんじゃないかと、思って」
「……何よそれ、っ、大体! あたしがあんたの顔を忘れたとして、あんたに何が……」
「……あ、わっ……」
 出雲が問い詰めようと身を乗り出すと、辰巳は慌てたように一歩退く。
 当然訝しむ出雲。
 確かめるようにもう一歩距離を詰めると、それと同じだけ下がる辰巳。
「……何よ」
「……いや、その……」
 尋ねるがしどろもどろな答えしか返ってこない。
 ふぅん? 小さく洩らし、出雲は止めと言わんばかりに大きく踏み込んだ。
 辰巳が後ろに下がる。すると、廊下への道は開けられた。
「弱っ」
 はんっ、とでも言いたげな嘲笑を残し、彼女は去っていった。
 
 辰巳はしばし呆然とし、深いため息を吐き出し扉にもたれ掛かる。
 弱い、というか、ひたすら情けない。
 彼女が自身に近付こうとしたのはどういった理由であれ素直に嬉しかった。
 しかし拒否反応まで素直になってほしくはない。
「……辰巳さん?」
 声をかけたのは昔馴染み。
 忘れ物を取りにいくといって中々戻ってこない辰巳に焦れて迎えにきたようだ。
 彼はあの一件以来悪魔が見えるようになってしまったが、それでもそこそこうまくやれているらしい。
「……」
「……辰巳さん?」
「……触れられないことは、ないんだ」
 彼へ手を伸ばすと、指先に引っ付くコールタール。
 を、間髪入れずぱくつく水基。
 その手は彼へついた、だがやはりざわりとした嫌悪感がかける。
「……すまない」
「どうして謝るんですか」
 大丈夫ですよ。彼は穏やかに笑った。
「さっき彼女走っていきましたけど、話せたんですか?」
「……話せたんだが、触れられないのを突かれてな」
 逃げられてしまった。息を吐いた。
 いい加減克服しなければならないとは思ってはいるが、今のところ何も気にせず触れるのは水基のみだ。
 如何せん、道は遠い。
 
 
 
 4.追いかけると逃げて行くらしい
 (彼女の背ばかり追いかけている気がする)
 (捉まえたい、その為には、)