蜜柑とアイスの共存

恋ってやつは5題

2.お金では買えないらしい

 辰巳が出雲に助けられて数日。
 彼女がいつも通り祓魔塾に行ったのを見計らい、彼女の友人である朴朔子に話しかける。
 ちなみに昔馴染みの彼は彼で部活動があり、それにいそしんでいる。
「出雲ちゃんに助けてもらったお礼?」
「ああ、彼女は何でもないと言っていたが、僕にとっては命を救ってもらっただけではないんだ」
「うーん……出雲ちゃんは見返りがほしくて勅使河原君を助けた訳じゃないと思うけど……」
「それは僕も解っているんだ。だがそれでは僕の気がすまない。……それとも、逆に迷惑になるだろうか」
「えっ!? それはないと思うよ! ただ出雲ちゃんは素直じゃないところもあるし……行動で示すのが、一番じゃないかな……?」
「……成る程」
 行動で示す、か。口内で反復し頷く。
 彼の首には、先日の件にはいなかった白蛇の水基が絞め跡を覆い隠すように巻き付いており、魔障を受けていないものは水基も見えないため、包帯以上の役割を果たしている。
 朴は魔障を既に受けているため、首もとから顔を覗かせている水基を撫でた。
「この子は喋らないの?」
「ずっと喋らないものだと思っていたんだけど、ここ数日で会話をするようになってね。……水基と話が出来るようになったのも、彼女のお蔭かな」
「そうなんだ……」
 襲われた経験から人との過度な接触を拒む、すると辰巳が襲われやすい環境が出来てしまう。その負のスパイラルが断ち切られたのが先日の件だ。
 どうも他人との交流を拒む気持ちは水基から発信されるものも遮断してしまっていたらしい。
 とはいっても、彼女自身も話すことが出来るようになったのはここ数年の話らしいが。
 他人に対する警戒心がやや和らぎ、以前よりは人と談笑を交わすことも多くはなった。とは思う。
 水基が頬に頭を寄せ、頬擦りをするような形に辰巳はそのくすぐったさに小さく笑った。
 そして彼女に促されると頷き、改めて朔子に向き直る。
「それと、もうひとつ君に尋ねたいことがあるのだが」
「うん、なぁに?」
「僕は神木さんの事を好きになってしまったようなんだが、彼女を振り向かせるにはどうしたら良いだろうか?」
「出雲ちゃんを振り向かせる……?」
「ああ」
 うーん、と彼女は思案した。かと思えば、数秒後ぴしりと固まってしまった。
 ぎこちない動きで辰巳と視線を合わせる。
「……あの、勅使河原君は、出雲ちゃんのこと好きなの?」
「ああ」
「ほんとに?」
「冗談でこういうことを言うほど最低な人間ではないつもりだ」
「一応聞くけど、友達とかじゃなくて、恋愛感情でだよね?」
「ああ」
「そっ……」
 そうなんだぁ……!! やけにきらきらした眼差しで朔子に見つめられる。
 淀みなく恋愛感情を抱いていることを告げた辰巳だが、その視線には若干たじろいでしまう。
「朴さん……?」
「あっ、ごめんね! 私、出雲ちゃんの良さが解る人がいて嬉しくて……祓魔塾ではそこそこやれてるらしいんだけど、やっぱり恋愛目線とは違うし……うん、そっか、私勅使河原君のこと応援するよ!」
「そうか、それはありがたい」
「私に出来ることならなんでもするから、なんでも言ってね!」
「ありがとう。心強いよ」
「早速だけど番号交換しよ! 放課後くらいしか話す時間なくなっちゃうし」
 それから、お互いに携帯電話の番号を交換してから別れた。
 穏やかな印象だった彼女がまさかあれほど熱くなるとは。
 唯一無二の親友のことだからというのも勿論あるのだろうが、女性は恋愛話が好きなのだと再認識した。
 
 *
 
「神木さん」
「……なに」
「次の授業の準備を頼まれているんだよね? 手伝うよ」
「え……いいわよ別に」
「でも同じ係りの者は今日は休みだろう、重いだろうし」
 訝しげに辰巳を見る出雲。
 しゃー、と口を開けて挨拶する水基と目が合い、仕事が楽ならいいかと考えたらしい。
 そう。と一言だけ返し彼女は歩き出した。
「学校の他にも塾に通ってるって大変じゃないか?」
「それくらい何ともないわよ。自分から行きたくて行ってるんだもの」
「朴さんと話したときに聞いたんだが使い魔を出せるのは珍しいらしいな」
「あんたのは使い魔じゃないんだっけ。まぁあたしは巫女の血統だもの。当然よ」
「そうなのか。塾には何人くらい通ってるんだ?」
「十人弱」
「少ないな」
「多い方らしいわよ」
「へぇ、楽しい?」
「勉強は嫌いじゃないけど、メンバーが最悪」
「苦手?」
「嫌い」
「厳しいな」
「あーもう、思い出したらいらいらしてきた。あんたのせいよ」
「僕にどうしろというんだ」
「あんたには何も期待してないわよ!」
「……ふふ」
「何よ」
「いや、君は喜怒哀楽がよく出るな」
「馬鹿にしてんの!?」
「してないよ。素直だなと思っただけだ」
「なっ……」
「ほら、ここだ」
 鍵も何もついていない扉を開けると、前の時間に他のクラスが使ったのだろう。
 指定されたものはすぐ目につくところに置いてあった。
「僕はこっちを持つから、君はそこのを持ってくれ」
「……」
「どうした?」
「……別に」
「そう」
 教室へ帰るまでは、行きとは違い特に会話はなかった。
 辰巳は何かを言い淀んでいる様子の出雲が切り出すのを待っていたのだが、ちらりとこちらに視線を送るだけで中々口から出ないようだ。
 このまま何も話さずに教室につくだろうかと思われたが、あと少しというところで漸く彼女は口を開いた。
「……ねぇ」
「どうした?」
「……さっき、あたしが素直だって言ったの、どういう意味」
「どういうも何も……そのままだよ。素直に自分の感情を表に出せる。……特に、君のさっきの誇らしげな表情。僕は好きだな」
「……!」
「朴さんと一緒にいるとよく笑っているけれど、すごくかわいいと思うし」
「……なっ……か、かわいいって……」
 教室の扉をくぐる。
 教卓に荷物を置いた辰巳は出雲を振り返り、彼女が扉の前で足を止めているのに首を傾げた。
「どうかしたか? ほら、そっちの荷物も置かないと……っ!?」
「あ、ああたしちょっと用事できたから!」
「へ、……もうすぐ授業始まるけど……足早いな」
 荷物を押し付けられた辰巳は、出雲の赤い頬を見ることはない。
 結局、彼女は鐘が鳴る時には教室に戻り席についていたが、その日は最後まで辰巳と目を合わせることはなかった。
 
 
 
 2.お金では買えないらしい
 (言葉の不意打ち)
 (何よりも効果のあるそれ)