蜜柑とアイスの共存

満月シロノ

べつに拗ねてませんけど

 バルバッドの第三王子であるアリババ、マギであるアラジン、そしてファナリスのモルジアナをシンドリアに受け入れて半年。そして、シンドバッド国王が煌帝国へ発ってから四ヵ月。ついに王が帰ってくるという報せに国中が沸き立っていた。
「おかえりなさいませ、シンドバッド国王」
 王宮の一室で王を出迎えたバドルが手を組み挨拶をする。シンドバッドはにこやかにうなずいた。
「ああ、バドルも変わりはなかったか?」
「……、……はい、何事もありません」
 妙な間と、いつもはまっすぐすぎるぐらい見つめてくる真紅の瞳が伏せられていることに、確実に何かがあったことを悟った。
「そうか。……そういえば、半年前に迎え入れた彼らとはどうだ? アリババくん……は多少離れているにしろ、アラジンとモルジアナはバドルと近いくらいの年ごろだし、話が合うんじゃないか?」
 本人が言いたくなさそうなことを深く突っ込むのも野暮だろうと話題転換のために、しばらくまえに迎え入れた食客のことを上げるとピクリとバドルは肩を揺らす。
「彼らとは……ええ、はい。……モルジアナさんとは、たまに会話します」
 目の前の少年の反応を見るに、話題転換になっていなかっただろうか、シンドバッドはひやり首を傾げた。
 人見知りのするバドルのことだ、自分からはあまり積極的に話かけには行ってはいないのだろうと踏んでいたが、アラジンやアリリバは積極的に人と関わっていく性格だ。もしかすると王宮に住まう年の近い者同士ですでに友人関係になっているのではいないか、と親心からくる期待のようなものをしていたのだが、バドルの様子を見るにどちらかというと複雑な関係になっているらしい。そして、賑やかな二人とはあまり話はしないが、三人の中で一番大人しいモルジアナとは話していると。
 意外そうにバドルを伺うと、そんなことより、と話を切り替える。
「長い船旅でお疲れでしょうが、お仕事も溜まっているのではないですか? 油を売るのもほどほどになさらないと」
 始まったお小言にシンドバッドは言葉を詰まらせる。近頃益々彼の親に似て来たのではないか。昔はあんなにかわいかったのに……とは言わないが、――なんせ今も変わらずかわいいままなので、というのは小さな頃から見てきていることによる、完全な親バカ目線である――こうしてバドルと話しているのも久しぶりに会いに来たかったからだというのに、その気持ちをぴしゃりと否定されてしまったようで切ない。
「そんなつれないことを言うなよバドル~、王様と久しぶりに話せて嬉しくないのか?」
「そっ……んなことは、ありません、けど」
 めそめそと泣き落としにかかればバドルはうろたえたように視線を泳がせる。戸惑う中にも嬉しさが滲み出ているように見えるのは、自分のフィルターがかかっているからという訳ではないはずだ。シンドバッドはにんまりと笑った。
「そういえば、今日はジャーファルとは一緒じゃないんだな」
 珍しそうに言うと、恥ずかしそうにしていたバドルの表情が一気に不穏なものに変わる。今までジャーファルの話題をだして明るくなることはあれど、暗くなることはまずなかったはずなのに。
「ジャーファルは……どうせ、アリババ様やアラジン様と一緒にいるんじゃないですか……」
 顔を背けながら吐き捨てるようにバドルが言った。なるほど、単純に人見知りを発揮しているだけであればしないような反応を見せていたのは、ジャーファルに関連していることで、あまり良くないことがあったからか。
 丸々と太った二人にダイエットをするよう命じたが、ジャーファルはアラジンを早速甘やかすようなことを言っていた。子供には常々甘い彼だが、おそらくこの半年で大切な人を失った二人を気の毒に思うあまり色々と目をかけた結果、彼の子供であるバドルは疎外感を覚えたのだろう。そしてそのせいで、アリババとアラジンに対して良い印象を持っていない、と。
 つまり、「うちのおかあさんをよその子にとられた」という嫉妬である。
 色々と察したシンドバッドはバドルの肩を抱く。寂しかったなぁ、と慰めると一瞬ぽかんとしたあと首を振り、ジャーファルなんか知りません。と明らかにむっすりした声で答えた。語るに落ちている。
「まあまあ、アラジン達には優秀な師匠をつけたし、いまジャーファルはいつも通りの仕事に戻っているはずだ。俺も仕事の話がある。一緒にきてくれないか?」
「……し、シンドバッド様一人でいってください。やる気を出してらっしゃる今なら、ぼくが付いていなくともお一人でいけるでしょう」
 ツーンと顔を背けられてしまい、提案もすげなくはね返されてしまった。なるほど、拗ねているのももちろんあるだろうが、もともとこんなに強情な子ではなかったはずだ。もしかするとそろそろ反抗期なのかもしれない。一人の子供の健全な成長の証に嬉しく思いながらも、ジャーファルはつくづく罪深いことをしたなぁ、と苦笑するシンドバッドであった。