蜜柑とアイスの共存

01

 春。私立帝光中学校生徒、小豆澤佑は中弛みの学年といわれる、二年生に進級した。
 帝光中はバスケ部の強豪ということで、毎年どのような生徒が入部してくるのかと部室ではその話で持ちきりだ。
 なんといっても今日から、部活に新しい顔ぶれが増えるのだ。
 つい最近まで一年生だった者は、まだ見ぬ後輩に─――或いは夢を押し付ける勢いで――─思いを馳せているのだった。
「お前ら集合かかるぞー!」
 部長の声に急かされ、慌ただしく部室から近くに位置している第一体育館に入っていく。
 通常の学校ならば部員全員で新入生と顔合わせをするのだろうが、帝光中はいかんせん人数が多い。
 予め行われていた入部テストの結果により、新入生は既に一軍から三軍に分けられ、また移動先の体育館も第一体育館から順に、というようにしっかりと分けられていた。
 勿論、今後の成長や試合の結果次第では昇格も降格もありえる。
 佑は二軍からスタートし、約半年後。定期的に行われる昇格試験にパスし、見事一軍の座をもぎ取ったのだ。
 そんなこんなで、競争率が半端ない、狭い門である一軍は勿論人数が少ない。
 当然、新入生はその数が元から少ないのである。聞くところによれば、「ハズレ」の年は新入生の一軍部員が一人も出なかった年も有るようだ。
 体育館に整列し待つこと数分。
 新入生と共に、監督が姿を現した。
 これからレギュラー争いのライバルになる訳だが、かわいい後輩への期待に胸を膨らませそわそわするチームメイトを横目で見る反面、佑は違う意味で、そわそわとしていた。
 ただし、その様子はおくびにも出さずに。
 違う意味で、というのは、「先輩をいびる後輩とか、先輩を睨む後輩とか、怖い後輩とか、いないといいな」という、まず心配する者はいないだろうという意味でのそわそわだった。
 
 小豆澤佑は、つまり小心者であった。
 例えば、電車。部活終わりの疲れている時でも、座席の空きが少ないとつい立ってしまう。廊下ですれ違う人の顔が見れない。というか、正直正面から人と目を合わせる事が苦手。果てには、褒められるとどうしようもなく照れてしまい、軽く挙動不審になる。
 誰かに見られているような気がして悪い事などとてもてきない。───とまでは流石にいかないにしても、小豆澤佑は、臆病者であった。
 にも関わらず、若干の期待はあるものの概ね恐怖の対象である後輩にそわそわとした様子を出さないのは、単純にその様子を出せないからである。
 始まりはいつだったか、小学生の頃所属していたクラブチームで練習をしていた時のこと。当時のエースであるチームメイトのシュートの打ち方に妙な癖を見つけたのだ。
 それは特定の方向からシュートするときに出る癖のようで、そこからのシュートは総じて得点率が低いらしい。
 それをふとした折りに彼に伝えてみた所、早速試してみたらしい。そして佑を待っていたのはきらきらと輝いた瞳。スゲースゲーと持て囃され、挙動不審になっていくうちに次の週。
 その話が幾分か誇張され、チーム中に広まっていた。
 そして、チームメイトらにされた質問や求められたアドバイス。それにいちいち律儀に答えていった末、佑はチームキャプテンになっていた。
 何故だ。解せぬ。どうしてこうなった。
 まぁ、チームキャプテンになっただけならばまだ、まだいい。
 問題は佑の意識にもあった。
 キャプテンであるということは、チームメイトから頼りにされる。頼りになる存在でなければならないと思ったこと。
 他人からみれば見上げたキャプテン根性だと思うだろうが、佑にとってはある種の強迫観念だった。
 様々な焦燥感により佑の外面、いわゆるキャラは少しずつ、小心者の臆病者から自分にも他人にも厳しい、だがそれでもついていこうと思える、頼りがいのあるキャプテンへと変わっていった。
 理想のキャプテン像を実現するにあたり、表情筋がやや固まってしまったかもしれない。
 今思えば、アニメのキャラを見本にしていた辺り軽く中二病だったかもしれない。今の方がリアル中二なのに。
 さて、キャプテン像の話はそこそこにして。監督が言うには今年の新入生の一軍入りは五人。例年より多いそうだ。
 それにしても、なんともまぁ、カラフルな頭だと思う。
 監督の左手から、赤、紫、青、緑、灰。
 至って普通の髪色であるはずの周りの部員達まで色味に加えてしまえる程色鮮やかだった。
 しかも彼らは名前にも髪、瞳と同じ色が入っているらしく、インパクトが強すぎる。
 とりあえずは、びくついていた不安の心配はしなくてもよさそうだ。───灰崎祥吾には、いささか不安が残るが。
 一年の自己紹介が終わり、二年、三年へと移っていく。
 正直一度で覚えられる訳がないとは全員がわかりきっていることだが、しないわけにもいかない。
 特に他の部員と代わり映えなく、佑も自己紹介を終えた。
 
 *
 
 新入生をそう呼べなくなる頃。
 赤司を筆頭とした一軍の一年生は着実に実力を伸ばして行き、同じ一軍の二、三年でと比べても遜色はない。
 バスケ選手としての頭角を表し始めた彼らは、別の意味でも話題性には事欠かない。
 
「赤司」
「……小豆澤先輩」
 
 呼んだのは、鮮やかな赤い髪をした───赤司征十郎。
 彼は何故か、四つん這いになり、所謂お馬さんになった灰崎の背に足を組んで座っていた。
 灰崎に視線を向ければ屈辱の表情で手を握りしめており、こっち見んなオーラがありありと漂っている。
 佑の後ろではお菓子を部活中に食べたために、がみがみとモップを動かしながら半泣きで叱る部長と、それにうんざりした様子のモップを手にもつだけで、滞りなく駄菓子を口に運び続ける紫原。
 ゴールに向かって一心不乱に3Pシュートを打ち続けている緑間に、様々な体勢からシュートを打っているにも関わらず一つのこらずリングに吸い込まれていくボール。を、投げている青峰。
 の、更に向こう側で遠巻きにこちら側を眺めている残りの一軍。
 あ、今のシュートどうやって打った何あれかっこいい。後でもう一度見せてもらおう。
 なんて、現実逃避をし始めるくらいには、体育館がカオスだった。
 どうしようこれ。
 そもそもどうしてこうなった。
 今日は一年の授業が特別早く終わる日で、彼らは先に練習を始めているはずだったのだが。
「……赤司、灰崎。アップはもう終わったのか?」
「ええ、これは彼とちょっとしたゲームをして、俺が勝ったので彼に少し椅子になってもらっているんです」
「……くそっ、赤司もういいだろ!どけよ!」
「敗者であるお前が俺に逆らうのか?」
「んだとこのっ」
「落ち着け灰崎」
 赤司の下で吠えても格好つかねぇだろ。
 言えば、ぐぅ、歯軋りをし、灰崎が押し黙った。
 かと思えばそれを挑発するように、赤司がその上でふん、と鼻で笑う。
「赤司も煽るな」
 言えば、鼻白んだ様子でこちらをちらりと見やり、ようやく灰崎の上から降りた。
 一年をまとめに声をかける赤司を眺めて、灰崎を起こしてやろうと手を差し伸べ、振り払われ。心が折れた所で人知れず、深い、深ぁいため息をついた。
 そもそも何で俺が。
 部長を振り返る。何事かを叫びながら床に散らばったゴミを塵取りで拾っている。その上から紫原が引き続き食べカスをこぼしている。が、赤司に呼ばれ食べカスの道を作っていく。
 副部長を振り返る。視線が明後日の方向へ向いている。我関せず。全く役にたたねぇ。
 もう一度ため息をつく。頼りにされているというか、唯のお守りだろう、これでは。
 外面だけはご立派な佑は、ひっそりと涙を飲んだ。